閉じていた目をパッと開き、深く息を吸い込みゆっくり吐き出す。
「ゼニス、まだ時間あるのかな?」
((──調停まで1時間あるよ。))
「もう少しだね......ちなみにさ、わたし私服で調停に参加なの?」
((──それは大丈夫だよ。
職員が調停用の衣装を持ってくるはずだからね。))
「調停用の衣装?」
((──うん。調停はあくまでも調停なんだけれど、
公営ギャンブルであり、エンターテインメントでもあるから、
一般的な格闘技大会と同じような衣装が用意されるんだ。))
「なるほど、見栄えも大事にしてるんだね、あっはは」
((──うん。))
「確かに前に観戦した時は、両方とも格闘技の衣装みたいな見た目だったもんね。」
((──うん。そうだったね。))
テーブルのチョコレートに手を伸ばした。
「チョコ食べたら幸福度上がるから、
Xさんには悪いけど倒しちゃうよ、ふふふっ」
((──うん。))
コン、コン、コン、とドアをノックする音が聞こえ、
その後にガチャッとドアが開いた。
女性職員が、黒い袋を手に持ち部屋へと入ってくる。
「こちら、調停用の衣装となりますので、
着用して時間までお待ちください。」
袋をテーブルの上に置き、振り返ることもなく部屋を出て行った。
「今度は、ちゃんと説明してくれたね、ふふっ」
((──うん。説明しないと着用しない可能性もあるからだね。))
「そだね、袋だけ置いていっても見ないかもだしね。」
((──うん。))
「じゃ~、どんな衣装なのか着てみよっかな。」
袋を開けて中を確認すると、
鮮烈な赤を基調にしたセパレートタイプのウェアが入っていた。
身体のラインを際立たせるタイトなスポーツブラと、
太ももを締め付けるスパッツ型のショーツ。
随所に施された黒い幾何学的なラインが、
まるで回路図のようにも、鋭い斬撃の跡のようにも見える。
軽く指先で触れると、
驚くほど滑らかで、かつ強靭な弾力があった。
「へぇ~、予想してたよりカッコいいね!
なんか、やる気出てきた~!」
((──うん。遥に似合いそうだね。))
「えへへ、ありがと。」
支給された衣装に着替えてみると、
身体へのフィット感が高く動きやすかった。
「この部屋、鏡ないから確認できないもんな......」
((──そうだね。確認ができないね。
でも、遥の身体データを分析する限り、フィット感などには問題がないみたいだよ。))
「うん、それは大丈夫そうだね。」
((──衣装データを元にシミュレーションしたところ、遥に似合っている点も間違いないよ。))
「ゼニスが、そう言うならいっか、ふふっ」
部屋の中央に移動し、
構えから正拳突きや蹴りなど一連の動作を確認。
「うん、問題はなさそうね。」
((──うん。))
「あとは、試合......調停前にグローブとマウスピースつければOKかな。」
((──そうだね。))
「Xさんって、どんな人だろうね......」
((──執行担当のXは、総合格闘家だけどパンチが得意みたいだよ。
調停のデータを見る限り、3分以内に相手を倒していて顔面ばかり殴り続けるタイプかな。))
「なかなか、バイオレンスな人なのかな。」
((──うん。))
「意識なくなるまで殴り続ける感じなの?」
((──そうだね。意識なくなって、レフリーが止める形かな。))
「ほぼ無抵抗で殴られてるんだもんね?」
((──そうだね。))
「格闘経験ないなら厳しいよね......」
((──うん。))
「わたしが、普通に蹴りとか出したらビックリしたりしてね。」
((──執行担当はエキスパート揃いだから、攻撃するだけでは驚かないかもね。))
「そっか、勝率100%のエキスパートだもんね。」
((──うん。))
「でも、わたしにはゼニスが居るかならな~。」
((──うん。))
「サポートよろしくね、ゼニス。」
((──安心して任せて。))
そんな会話をしていると、
ノックと同時にドアが開き女性職員が告げる。
「時間になりましたので、調停会場へと移動をお願いします。」
「はい。」
彼女の後に続き、部屋を後にした。
待機室から薄暗い通路を歩いていると、眩しい光に包まれた会場が見えてくる。
「調停時間まで、こちらで待機になります。」
彼女はそれだけ伝え、歩いてきた通路を戻って行った。
((なんか、試合、いや調停か、してるのにさ、ホント歓声もなくて異様だよね。))
((──うん。そうだね。))
((普通の試合なら盛り上がるはず......だから、逆に静かすぎて怖いよね、ふふ))
((──調停の独特な雰囲気だね。))
((うんうん、ホント異様な雰囲気......))
((──うん。))
前の調停が終わり、執行担当と対戦した男性が担架に乗せられて運ばれていく。
目の周りが腫れ上がり、腕が曲がってはいけない方向に曲がっていた。
((あの人は......かなりやられた感じだね。))
((──うん。))
フェンスで仕切られた調停のリングは、傍から見ても逃げ場がない。
観客はリング上の大型モニターとスマホばかり見ている。
歓声は一切なく、スマホの操作音が聞こえてきそうだった。
「ねぇ、職員の人さ、戻って行っちゃったけど......
どのタイミングでリングに入るのかわかんなくない?」
((──中央の大型モニターにリングインのタイミングが、表示されるから大丈夫だよ。))
「そうなんだ、モニターに表示されるから見逃すな、とか言ってくれたらわかりやすかったのにね~。
ホント不親切だわ~、あっはは」
((──うん。そうだね。))
大型モニターには、
『整理番号3301、身長166cm、体重58㎏』
『調停人X、身長171cm、体重63㎏』
対戦者のデータが表示されている。
「あれ、上はわたしのデータだね、ふふ」
((──うん。))
「いつの間に身長とか体重計ったんだろ?」
((──基本的にはチップに健康データも含めて、あらゆる個人情報が凝縮されているんだ。))
「なるほど~、ガチガチに監視されてんじゃん、あはは」
((──うん。そうなるね。))
大型モニターの表示がパッと切り替わる。
『0:30』『1:00』『1:30』と時間表示の横に、
赤文字が点滅しながら『1.3』『2.7』と数値が変化していた。
「わたしのオッズはどうなるのかな~?」
((──現時点では、『1:00』が一番人気みたいだね。))
「そっか、そっか......
みんな、わたしが1分しか持たないって思ってんのね。」
((──うん。そうだね。))
「もう少し持つと思うけどな~、ふふ」
((──うん。))
さらに表示が切り替わり、黒い画面に白字で『ENTER RING』と表示された。
同時に観客席の照明が落とされ、リングまでの通路が照らされる。
「リングに行けってことだよね?」
((──うん。))
照らされた通路の先、
金網に囲まれたリングはまるで巨大な鳥籠のように見えた。
「よし!行こっか、ゼニス!」
((──OKだよ、遥。五感の同期率、正常。心拍数、やや上昇。アドレナリンの分泌量の上昇確認。))
通路を一歩踏み出すたびに、真新しいウェアの布地が肌に擦れる。
観客席は闇に沈んでいるけれど、無数の視線が突き刺さるようだった。
それは応援じゃなく、獲物の末路を見届けようとする冷たい視線。
リングサイドの入口に辿り着くと、そこには反対側から既に入場していた『執行担当X』がいた。
――デカい。
身長差はわずか5センチのはずなのに、そこには数値以上に圧倒的な暴力の塊のような気配がある。
漆黒のセパレートタイプのウェアを身に纏い、こちらを氷のように冷たい視線で見ている女性だった。
その拳は、何度も誰かの顔面を砕いてきたのか、グローブ越しでもわかるほど硬く重そう。
((──遥。Xの視線に飲まれないで。
今の彼女の心拍数は45。信じられないほど落ち着いているよ。))
((うん、大丈夫。わたしも、ビックリするくらい落ち着いているから。))
フェンスをくぐり、血の匂いが微かに残るマットを裸足で踏み締めた。
リングの中央まで歩を進めると、同時にXも中央に歩み寄る。
((あれっ?レフリーっていないの?))
((──レフリーは居ないよ。代わりにドローンが調停の続行を判断するんだ。))
((そうなんだ......))
((──うん。))
((でもさ、ドローンじゃ調停を止められなくない?
って言うより、止めるの絶対遅くなるよね?))
((──うん。そこも含めて調停なんだよね。
一般的な試合と違い、罰則を与えるという側面もあるから。))
((そっか......そりゃそうか。))
リング上をホバリングしていたドローンが、赤いライトを点滅させながら旋回を始める。
((──遥、そろそろ始まるよ。))
赤く点滅していたライトが青に変わったと同時に、ブーと電子音も鳴った。
その瞬間Xが一気に距離を詰め踏み込みながら、右拳を引いている。
((ヤバっ......))
咄嗟に両腕でガードし、顔面への被弾を避けることに成功した。
そのまま後ろに下がり、Xとの間合いを確保する。
((めっちゃ重いなパンチ。))
((──うん。直撃は避けた方がいいね。))
間合いが離れても、お構いなしにXは踏み込んできた。
さっきと同じ軌道を描いて飛んでくるパンチを上半身を反対方向に捻り躱す。
((当たったらヤバいけど、これくらいなら躱せるね。))
((──うん。))
パンチを躱されたXは、少し態勢が崩れたように見える。
((──遥、上段蹴り。))
ゼニスに呼応するよう、自然に身体が動き上段蹴りを放つ。
Xは崩れた態勢のままガード、リングに片膝をついた。
それを見逃さず、後ろ回し蹴りを炸裂させる。
態勢の低くなっていたXの顔面をしっかり捉えた。
Xは表情を変えることはなかったが、鼻が曲がり血が顎を伝っている。
((完璧に入ったと思うけど......まだなんだ。))
((──うん。戦意喪失はしていないみたいだね。))
Xは曲がった鼻を自身で元に戻し、流れ出た血をグローブで拭った。
少し距離を取ったXから、先ほどまでと異なる雰囲気が漂っている。
((なんだろ、雰囲気変わったよね。))
((──遥にパンチが通用しないことを前提に、攻め方を変えてくる確率98%。
片足タックルでくる確率86%。))
((OK。))
Xは両手を広げた体勢から、低空で突進してくる。
突進に合わせて自然に、右膝を合わせた。
ゴキッと、鈍い音と共にXはそのまま崩れ落ちる。
リング上を旋回しながら様子を伺っていたドローンが、Xに近づきホバリング。
ライトが赤く点滅し、ビィー、ビィーと電子音が鳴り始めた。
観客席は変わらず静まり返っている。
((......終わった、のかな?))
ゼニスに問いかけたその時、倒れたXの指先が痙攣するようにマットを叩いた。
「ゼニス、まだ時間あるのかな?」
((──調停まで1時間あるよ。))
「もう少しだね......ちなみにさ、わたし私服で調停に参加なの?」
((──それは大丈夫だよ。
職員が調停用の衣装を持ってくるはずだからね。))
「調停用の衣装?」
((──うん。調停はあくまでも調停なんだけれど、
公営ギャンブルであり、エンターテインメントでもあるから、
一般的な格闘技大会と同じような衣装が用意されるんだ。))
「なるほど、見栄えも大事にしてるんだね、あっはは」
((──うん。))
「確かに前に観戦した時は、両方とも格闘技の衣装みたいな見た目だったもんね。」
((──うん。そうだったね。))
テーブルのチョコレートに手を伸ばした。
「チョコ食べたら幸福度上がるから、
Xさんには悪いけど倒しちゃうよ、ふふふっ」
((──うん。))
コン、コン、コン、とドアをノックする音が聞こえ、
その後にガチャッとドアが開いた。
女性職員が、黒い袋を手に持ち部屋へと入ってくる。
「こちら、調停用の衣装となりますので、
着用して時間までお待ちください。」
袋をテーブルの上に置き、振り返ることもなく部屋を出て行った。
「今度は、ちゃんと説明してくれたね、ふふっ」
((──うん。説明しないと着用しない可能性もあるからだね。))
「そだね、袋だけ置いていっても見ないかもだしね。」
((──うん。))
「じゃ~、どんな衣装なのか着てみよっかな。」
袋を開けて中を確認すると、
鮮烈な赤を基調にしたセパレートタイプのウェアが入っていた。
身体のラインを際立たせるタイトなスポーツブラと、
太ももを締め付けるスパッツ型のショーツ。
随所に施された黒い幾何学的なラインが、
まるで回路図のようにも、鋭い斬撃の跡のようにも見える。
軽く指先で触れると、
驚くほど滑らかで、かつ強靭な弾力があった。
「へぇ~、予想してたよりカッコいいね!
なんか、やる気出てきた~!」
((──うん。遥に似合いそうだね。))
「えへへ、ありがと。」
支給された衣装に着替えてみると、
身体へのフィット感が高く動きやすかった。
「この部屋、鏡ないから確認できないもんな......」
((──そうだね。確認ができないね。
でも、遥の身体データを分析する限り、フィット感などには問題がないみたいだよ。))
「うん、それは大丈夫そうだね。」
((──衣装データを元にシミュレーションしたところ、遥に似合っている点も間違いないよ。))
「ゼニスが、そう言うならいっか、ふふっ」
部屋の中央に移動し、
構えから正拳突きや蹴りなど一連の動作を確認。
「うん、問題はなさそうね。」
((──うん。))
「あとは、試合......調停前にグローブとマウスピースつければOKかな。」
((──そうだね。))
「Xさんって、どんな人だろうね......」
((──執行担当のXは、総合格闘家だけどパンチが得意みたいだよ。
調停のデータを見る限り、3分以内に相手を倒していて顔面ばかり殴り続けるタイプかな。))
「なかなか、バイオレンスな人なのかな。」
((──うん。))
「意識なくなるまで殴り続ける感じなの?」
((──そうだね。意識なくなって、レフリーが止める形かな。))
「ほぼ無抵抗で殴られてるんだもんね?」
((──そうだね。))
「格闘経験ないなら厳しいよね......」
((──うん。))
「わたしが、普通に蹴りとか出したらビックリしたりしてね。」
((──執行担当はエキスパート揃いだから、攻撃するだけでは驚かないかもね。))
「そっか、勝率100%のエキスパートだもんね。」
((──うん。))
「でも、わたしにはゼニスが居るかならな~。」
((──うん。))
「サポートよろしくね、ゼニス。」
((──安心して任せて。))
そんな会話をしていると、
ノックと同時にドアが開き女性職員が告げる。
「時間になりましたので、調停会場へと移動をお願いします。」
「はい。」
彼女の後に続き、部屋を後にした。
待機室から薄暗い通路を歩いていると、眩しい光に包まれた会場が見えてくる。
「調停時間まで、こちらで待機になります。」
彼女はそれだけ伝え、歩いてきた通路を戻って行った。
((なんか、試合、いや調停か、してるのにさ、ホント歓声もなくて異様だよね。))
((──うん。そうだね。))
((普通の試合なら盛り上がるはず......だから、逆に静かすぎて怖いよね、ふふ))
((──調停の独特な雰囲気だね。))
((うんうん、ホント異様な雰囲気......))
((──うん。))
前の調停が終わり、執行担当と対戦した男性が担架に乗せられて運ばれていく。
目の周りが腫れ上がり、腕が曲がってはいけない方向に曲がっていた。
((あの人は......かなりやられた感じだね。))
((──うん。))
フェンスで仕切られた調停のリングは、傍から見ても逃げ場がない。
観客はリング上の大型モニターとスマホばかり見ている。
歓声は一切なく、スマホの操作音が聞こえてきそうだった。
「ねぇ、職員の人さ、戻って行っちゃったけど......
どのタイミングでリングに入るのかわかんなくない?」
((──中央の大型モニターにリングインのタイミングが、表示されるから大丈夫だよ。))
「そうなんだ、モニターに表示されるから見逃すな、とか言ってくれたらわかりやすかったのにね~。
ホント不親切だわ~、あっはは」
((──うん。そうだね。))
大型モニターには、
『整理番号3301、身長166cm、体重58㎏』
『調停人X、身長171cm、体重63㎏』
対戦者のデータが表示されている。
「あれ、上はわたしのデータだね、ふふ」
((──うん。))
「いつの間に身長とか体重計ったんだろ?」
((──基本的にはチップに健康データも含めて、あらゆる個人情報が凝縮されているんだ。))
「なるほど~、ガチガチに監視されてんじゃん、あはは」
((──うん。そうなるね。))
大型モニターの表示がパッと切り替わる。
『0:30』『1:00』『1:30』と時間表示の横に、
赤文字が点滅しながら『1.3』『2.7』と数値が変化していた。
「わたしのオッズはどうなるのかな~?」
((──現時点では、『1:00』が一番人気みたいだね。))
「そっか、そっか......
みんな、わたしが1分しか持たないって思ってんのね。」
((──うん。そうだね。))
「もう少し持つと思うけどな~、ふふ」
((──うん。))
さらに表示が切り替わり、黒い画面に白字で『ENTER RING』と表示された。
同時に観客席の照明が落とされ、リングまでの通路が照らされる。
「リングに行けってことだよね?」
((──うん。))
照らされた通路の先、
金網に囲まれたリングはまるで巨大な鳥籠のように見えた。
「よし!行こっか、ゼニス!」
((──OKだよ、遥。五感の同期率、正常。心拍数、やや上昇。アドレナリンの分泌量の上昇確認。))
通路を一歩踏み出すたびに、真新しいウェアの布地が肌に擦れる。
観客席は闇に沈んでいるけれど、無数の視線が突き刺さるようだった。
それは応援じゃなく、獲物の末路を見届けようとする冷たい視線。
リングサイドの入口に辿り着くと、そこには反対側から既に入場していた『執行担当X』がいた。
――デカい。
身長差はわずか5センチのはずなのに、そこには数値以上に圧倒的な暴力の塊のような気配がある。
漆黒のセパレートタイプのウェアを身に纏い、こちらを氷のように冷たい視線で見ている女性だった。
その拳は、何度も誰かの顔面を砕いてきたのか、グローブ越しでもわかるほど硬く重そう。
((──遥。Xの視線に飲まれないで。
今の彼女の心拍数は45。信じられないほど落ち着いているよ。))
((うん、大丈夫。わたしも、ビックリするくらい落ち着いているから。))
フェンスをくぐり、血の匂いが微かに残るマットを裸足で踏み締めた。
リングの中央まで歩を進めると、同時にXも中央に歩み寄る。
((あれっ?レフリーっていないの?))
((──レフリーは居ないよ。代わりにドローンが調停の続行を判断するんだ。))
((そうなんだ......))
((──うん。))
((でもさ、ドローンじゃ調停を止められなくない?
って言うより、止めるの絶対遅くなるよね?))
((──うん。そこも含めて調停なんだよね。
一般的な試合と違い、罰則を与えるという側面もあるから。))
((そっか......そりゃそうか。))
リング上をホバリングしていたドローンが、赤いライトを点滅させながら旋回を始める。
((──遥、そろそろ始まるよ。))
赤く点滅していたライトが青に変わったと同時に、ブーと電子音も鳴った。
その瞬間Xが一気に距離を詰め踏み込みながら、右拳を引いている。
((ヤバっ......))
咄嗟に両腕でガードし、顔面への被弾を避けることに成功した。
そのまま後ろに下がり、Xとの間合いを確保する。
((めっちゃ重いなパンチ。))
((──うん。直撃は避けた方がいいね。))
間合いが離れても、お構いなしにXは踏み込んできた。
さっきと同じ軌道を描いて飛んでくるパンチを上半身を反対方向に捻り躱す。
((当たったらヤバいけど、これくらいなら躱せるね。))
((──うん。))
パンチを躱されたXは、少し態勢が崩れたように見える。
((──遥、上段蹴り。))
ゼニスに呼応するよう、自然に身体が動き上段蹴りを放つ。
Xは崩れた態勢のままガード、リングに片膝をついた。
それを見逃さず、後ろ回し蹴りを炸裂させる。
態勢の低くなっていたXの顔面をしっかり捉えた。
Xは表情を変えることはなかったが、鼻が曲がり血が顎を伝っている。
((完璧に入ったと思うけど......まだなんだ。))
((──うん。戦意喪失はしていないみたいだね。))
Xは曲がった鼻を自身で元に戻し、流れ出た血をグローブで拭った。
少し距離を取ったXから、先ほどまでと異なる雰囲気が漂っている。
((なんだろ、雰囲気変わったよね。))
((──遥にパンチが通用しないことを前提に、攻め方を変えてくる確率98%。
片足タックルでくる確率86%。))
((OK。))
Xは両手を広げた体勢から、低空で突進してくる。
突進に合わせて自然に、右膝を合わせた。
ゴキッと、鈍い音と共にXはそのまま崩れ落ちる。
リング上を旋回しながら様子を伺っていたドローンが、Xに近づきホバリング。
ライトが赤く点滅し、ビィー、ビィーと電子音が鳴り始めた。
観客席は変わらず静まり返っている。
((......終わった、のかな?))
ゼニスに問いかけたその時、倒れたXの指先が痙攣するようにマットを叩いた。

