ゼニスは視界の隅で笑う~裁きはリングで決する、不条理な監視社会で生き残れるか~

黒いスーツの男性職員は口を開くことなく、
ただ視線をこちらに向けた。

そして、テーブルを挟んだ向かい側の椅子を、
顎を引くような予備動作もなく、スッと指先だけで指し示す。

((座れってことなのかな?))

((──うん。そういうことだね。))

男性職員の意図を汲み、椅子を引き腰を下ろす。

「整理番号3301、七瀬遥。
 第1特殊調停準備室への出頭を命じられた理由は理解していますか?」

感情は一切なく、
淡々と機械的な声で問いかけてきた。

「はい、ひより北地区調停センターの調停をすっぽかしたからです。」

「なぜ、出向かなかったのですか?」

彼は端末を見ながら続ける。

「特に意味はありません。」

男性職員は端末に何かを入力している。

「そうですか。」

その投げやりな答えにも、
彼は眉一つ動かさず、ただ指先で何かを入力していた。

((ねぇ、ゼニス。これって取り調べ的な感じなの?))

((──言葉の意味は、取り調べも事情聴取も大差ないよ。
  ただ、今回は区分変更とは言え、任意での事情聴取という事になるかな。))
  
((強制されてるわけじゃないから?))

((──うん。そうだね。))

「七瀬遥、区分変更により、ひより市調停センターでの調停となります。」

こちらに顔を向け、
生気の籠っていない目で見ながら、伝えてきた。

「はい、わかりました。
 ちなみに、ここでの調停は、犯罪記録って形で残ったりするんですか?」

「では、調停の日時は、本日20:00からとなります。」

質問には一切答えることなく、視線を端末に向けている。

((なんで、犯罪記録のところスルーしたんだろ?))

((──端末操作で聞いてなかったのかもね。))

((あっ、なるほどね。))

「すいません、犯罪って形の扱いになるんですか?」

彼は、こちらに顔もむけず耳も傾けない。

((ねぇ......大丈夫この人?ふふっ))

((──......))

「七瀬遥、調停までの時間は待機室で準備をしてください。」

それだけ伝えると、彼は席を立ちドアから出て行く。

その足音は静まり返った室内で、
メトロノームのように正確なリズムを刻んでいた。

「最後までスルーしてたね、あはは」

((──今日は調停が立て込んでいて、職員も忙しいのかもしれないね。))

「そっか......調停って不定期だもんね。
 ある程度、数が増えてからってことなんでしょ?」

((──うん。そうだね。))

「犯罪みたいな記録で残るのかな?」

((──地区の調停に行かなければ、
  区分変更にはなるけれど、犯罪とは違い犯罪歴は残らないよ。))

「そうなんだね~。」

((──ただし、自治体の調停も不参加の場合は、
  強制的に執行される事になるから、犯罪歴が残る事になるね。))

「なるほど~。」

椅子から腰を上げ、ドアの方に向かう。

「待機室に行けってことだったよね?」

((──うん。でも、案内の職員が来るはずだよ。))

「待ってればいいのかな?
 あの黒スーツの人さ、めっちゃ不親切じゃん。
 案内来るなら教えてくれればいいのにね。あっはは」

((──うん。そうだよね。))

テーブルの方に戻り、椅子に座り直す。

「20:00から調停とか言ってたけど、どのくらい時間あるのかな?」

((──4時間くらいあるよ。))

「そっかぁ......なんか食べたいよね。ふふ」

((──うん。))

「パンくらい持ってくればよかったね。」

((──職員に伝えれば、飲食物は注文できるはずだよ。))

「それはラッキー。
 腹が減っては戦ができないからね~。な~んてね。あはは」

((──うん。))

その時だった、
乾いたノックの音が部屋に響きガチャリとドアが開く。
黒いスーツを着た女性職員が中に入ってきた。

「整理番号3301、七瀬遥。
 待機室へ移動します。後に続いてください。」

男性職員同様、
機械的で淡々とした口調。

「はい、わかりました。」

椅子から腰を上げ、女性職員の後へ続く。

第1特殊調停準備室から、
さらに奥へ通路を進むと待機室へと辿り着いた。

彼女はこちらを向き、言葉を発さず指でドアを指し示す。

((ここで待機か......))

((──うん。))

「すいません、食べ物とか注文したいんですけど。
 どうすればいいですか?」

女性職員に問いかけると、端末を手渡された。

「この端末から注文可能です。」

それだけ伝えると、
彼女は通路を戻って行った。

「すっごい淡々としてるな職員......
 なんか、ある意味怖いんですけど~、ふふっ」

((──うん。調停センターの職員は、
  事務的だから仕方ないかもね。))

「まっ、そうかもね。
 待機室入ってなんか注文しよっか。」

((──うん。))

ドアを開けて中に入ると、
そこは窓一つない、けれど驚くほど清潔で完璧な空間だった。

「ソファとテーブルしかないじゃん......」

((──うん。そうだね。))

「さっきの準備室と同じ感じだね。」

((──うん。))

「こんななにもない部屋とかさ、
 精神に異常をきたしそうだけどな~、あっはは」

((──遥は大丈夫だと思うけどね。))

「確かに~、わたしは大丈夫そう、ってコラ!」

((──遥は大丈夫だよ。))

「うん、そだね。」

ソファに座り、
渡された端末を操作する。

「なに食べようかな?ゼニスはリクエストある?」

((──遥が好きなもの注文してね。))

「うん、わかった。
 コーヒーとかつ丼にしようかな......あと、チョコも頼もっと。」

((──チョコレートは、とても良いものだよ。))

「うん、
 バトル前に幸福度アップしておこうと思ってさ。えっへへ」

((──うん。とても良い傾向だね。))

注文を済ませ、ソファに深く座り直す。

職員から手渡された端末を手に持ちソファでくつろいでいると、
コン、コン、コン、と3回乾いた音が部屋に響いた。

ガチャ、というドアを開ける音と共に、
白い袋をぶら下げた女性職員が入ってくる。

「あっ......注文のやつですか?」

彼女に問いかけるが、
こちらには顔を向けることもなくテーブルに袋を置き、
部屋を出て行ってしまった。

「えっ......えっ~~!
 不愛想にもほどがあるんじゃない!」

((──職員は、基本的に必要な事しか話さないのかもね。))

「まぁ......そんな感じはするけどさ......
 それにしても何も言わず置いてくのもね......」

((──うん。))

テーブルに置かれた袋を開け中を確認すると、
缶コーヒー、かつ丼、チョコレートが入っていた。

「注文したやつは間違いないね。
 でも、コンビニで売ってるやつみたいだよね。ふふっ」

((──うん。))

「なんか、食堂みたいな感じで、
 丼とか器に入ってくると思ってたよ。
 でも、食べたら同じだからいいけどさ、あっはは」

((──そうだね。))

缶コーヒーを開け、
かつ丼のラップと蓋を外し割りばしを割る。
かつ丼を一口食べコーヒーで流し込む。

「......うん、おいしい。
 おいしいんだけどさ......
 妙に整いすぎてて薄っぺらい味だよね、ふふっ」

((──うん。遥の反応から、美味しいという事は伝わってくる。
  整いすぎていて薄っぺらい味というのは、
  型にはまった無難な味や人間味が感じられないって事かな?))

「あ~、上手いこと言うね、ゼニス!
 そうそう、なんか無難で当たり障りがないって感じ。」

((──うん。遥の言いたいことが理解できたよ。))

「うん、ニュアンスが伝わってよかった。」

ゼニスと会話をしながら食べ進め、
かつ丼はしっかり完食した。

「ごちそう様でした。」

((──ごちそう様でした。))

かつ丼の空容器と割りばしを袋に入れてテーブルの隅に置いておく。

「とりあえず、お腹も満たされたね。
 この後って、どんな流れになるのかな?」

((──職員が手渡してきた端末に、
  執行する調停人やルールが表示されるはずだよ。))

「端末って注文用じゃなかったんだね、あはは」

((──うん。注文や調停センターの連絡用といったところかな。))

「なるほどね~。」

ピロリン、
端末から聞きなれない電子音が聞こえた。

「端末から音したよね?」

((──うん。調停センターからの通知音かな。))

画面に視線を落とすと、
お知らせと書かれたメッセージが届いている。

「お知らせだってさ......
 メッセージは開いていいんだよね?」

((──うん。))

「えっと、『執行調停人:X』?
 『開始時刻は20:30』って書いてるね......
 Xってどうゆうこと?まだ、決まってないとか?」

((──調停人はコードネーム表記だから、
  遥のように七瀬とか苗字などはないんだよ。))

「おっ、なるほどね。
 コードネームか......ミステリアスだね、あっはは」

((──うん。))

メッセージを下の方へと読み進めると、
対戦方法について記載がある。

「ねぇ、対戦方法は......
 『オープンフィンガーグローブ着用・総合格闘技形式』って書いてるけど......」

((──総合格闘技形式だから、
  打撃、投げ技、関節技などを複合したものだね。))

「それはわかるけど......
 関節技とかされたらさ、わたしめっちゃ不利じゃん。」

((──うん。遥は空手だから、
  組み付かれないように蹴りで牽制しながら対応かな。))

「そうなるよね~......
 調停人は総合格闘家ってことか......絶対ケガしたくないな~、ふふっ」

((──うん。そうならないようにサポートする。))

「うん、お願いねゼニス。」

((──うん。))

「あ、あとね、
 最後に『当調停において発生した肉体的・精神的損害について、
 センターは一切の責任を負わないものとする』だって。
 ......なんか、急に物騒になってきたね、あはは」

((──......))

端末をテーブルに置き、ソファから立ち上がる。
部屋の広いスペースまで歩き、立ち止まり目を閉じ深く深呼吸。

「よし!少し体を動かしておこう!」

((──うん。))

スッと空手の構えをとり、
正拳突きや上段蹴りなど一通りの動きを確認する。

((──技能記憶が残っているから、動きに問題はないよ。
  正拳突きや蹴りの速度、推定威力も申し分ない。))

「うん、体も軽いしいけるかもね。」

前蹴り、横蹴り、後ろ回し蹴りなど、
動きを確かめていく。

「蹴り技メインでいくからね、しっかり動かしておかないとだね。」

((──うん。))

「Xさんの実力は未知数だけどさ、わたしの勝率ってどんくらいあるかな?」

((──総合格闘家で女性、遥と同じくらいの階級と仮定した場合、
  勝率は18%ほどになるよ。))

「思ったより高いのかな?あっはは」

((──遥は空手の技能記憶があるから、勝率としては高いと言えるね。))

「でも、一般的には勝率0%なんだよね?」

((──うん。))

「格闘経験ある人が調停人と対戦するとしたら?」

((──執行される側の対応が難しい対戦方法が用意されるかな。))

「対応が難しい対戦方法?」

((──うん。
  例えばボクシング経験者なら、ボクシングルールはない。
  総合格闘技ルールや拳での打撃禁止など、不利になるようにルールが変更される。))

「えっ......
 パンチできないボクサーとか、戦いようがなくない?」

((──うん。格闘技イベントではなく、
  あくまでも刑の執行であり調停だからね。))

「それもそうか......」

ウォーミングアップを終え、ソファに戻り腰を下ろす。
軽く目を閉じ、気持ちを落ち着かせた。