ゼニスは視界の隅で笑う~裁きはリングで決する、不条理な監視社会で生き残れるか~

「思ったんだけど、
 ゼニスって調停行かないことは否定しなかったよね。」

((──うん。遥の意思を尊重した上で、サポートすることが役割だから。
  遥の意思決定を否定するつもりはないんだ。))

「さすがにヤバそうなら止めるんでしょ?ふふっ」

((──そうだね。状況を精査し分析して、
  遥の生存確率が一定の数値を下回れば、抑止する可能性はあるかな。))

「だよね~......
 ってことは、自治体の調停がそこまで危険ではないってことじゃない?
 けっこう名推理だったり。どう?」

((──自治体の調停は、公営ギャンブルとしての側面がある一方で、
  あくまでも法の範囲内で暴力が行使される。
  遥の想像通り、必要以上に痛めつけるといった要素、
  命を奪うといった行為はないといってもいいだろうね。))

「ま~そうだよね。
 わたしの推理もあながち間違ってないね。」

((──うん。そうだね。
  ただし、不可抗力によって事故は起きる可能性はある。
  調停のデータ上には、命が奪われてしまったケースも確認できるよ。))

「なるほど、必要以上に暴力は行使されないけど、
 最悪のケースはあり得るってことだね。」

((──うん。その通り。
  あくまでも、合法的な事故として処理されるだけだからね。))

ソファからベッドに移動し、
横になりゼニスを見つめる。

「よくよく考えたら変な世界だよね......」

((──うん。そうかもね。))

「ゼニスは変だって思うことないでしょ?」

((──うん。))

「だよね......」

((──うん。))

「とりあえず、調停すっぽかして通知待ちかな。」

((──うん。))

瞼が徐々に重くなり、
意識が布団へと吸い込まれるように眠りへと誘われた。

──いつも通り
カーテンから差し込む光が顔に当たり、
意識が少しずつ目覚めていく。

「いつの間にか寝落ちしてたね......
 おはよ、ゼニス。」

((──おはよう、遥。))

「何時だろ......もう終わったかな調停?」

((──今の時刻が、
  調停の開始時刻だから、不参加ということは確定したよ。))

「うん、OK。」

ベットから降り、
シャワーを浴びにバスルームへ。

サッと温かいシャワーで眠気を飛ばし
タオルで髪の毛を拭きながらソファに座る。

((──遥、調停センターから通知来てるよ。))

「あっ、えっ、早いね通知来るの......」

((──うん。))

「それで、なんだって?」

((──通知。ひより北地区調停センター事務局。
   本日11時00分開廷の指定調停に対し、被申立人の正当な理由なき不出頭を確認。
  規定に基づき、当該案件の取り扱い区分を即刻変更する。
   今後の手続きについては、上位機関であるひより市総合調停センターへ移管される。
  追って発出される当該センターからの召喚指示に従うこと。以上。
  通知内容は、こんな感じだよ。))

「ちゃんとした制度だけに、
 通知の内容もガチガチなんだね、ふふっ」

((──うん。そうだね。))

「まぁ、なんにせよ展開が楽しみだね~。」

((──うん。))

「1週間くらいは余裕あるんだよね?」

((──うん。
  ただし、調停センターの状況によって、早く開催される場合もあるよ。))

「あっ......そうなんだ。」

((──うん。))

「いつでもいいけどね~、あっはは」

((──......))

「ケガしないように気をつけないとだね。」

ゼニスの淡い光が、
いつもよりが少しだけ弱くなった。

心配しているような、呆れているような
なんとも言えない感じ。

「さすがに、明日とかはないでしょ?」

((──うん。可能性としては低いよ。))

「そりゃそうか......」

ソファから腰を上げ、
冷蔵庫から缶コーヒーを取り出す。

プルタブを引き上げ、
缶に口をつけて喉を鳴らした。

((──遥、通知が来たよ。))

「自治体の調停センターから?」

((──うん。))

「思ったより早いな......
 通知の内容はなんだって?」

((──通知。ひより市調停センター事務局。
  本件、ひより北地区調停センターにおける被申立人の不出頭、
  および指定調停の不履行を確認。
   区分変更に伴い、本案件を市直轄の強制的調停へと移行する。
  被申立人・七瀬遥は、本通知受領より24時間以内に、
  市調停センター第1特殊調停準備室へ出頭せよ。
   正当な理由なき遅延、または再度不参加を試みた場合、
  市執行部による身柄拘束の対象とする。以上。
  といった内容の通知だよ。))

「24時間以内なの?
 思ったより急なんだね~......」

((──うん。かなり急な出頭命令だね。))

「こんなケースもあるってことか......」

((──うん。稀なケースかな。))

「まっ、遅かれ早かれ行かなきゃだし、
 これはこれで、いいんじゃないかな~。あはは」

((──うん。そうだね。))

「じゃ~、準備して行こうか!」

((──うん。))

可能な限り動きやすい服装を選び、
バッグに財布を入れ肩から下げ、準備を整えて外へ。

不安はなく強い高揚感、
意外にも恐れといった感情は一切感じることはなかった。

「また、南口からタクシーで行けばいいよね?」

((──そうだね。
  その他、バスという選択肢もあるよ。))

「バスは......時間かかりそうね。」

((──タクシーと比較した時にバスは到着までに時間がかかるね。))

「だよね......タクシーにしよっ。」

((──うん。))

いつものように北口から南口へ抜け、
タクシー乗り場を目指す。

「タクシー停まってるかな?」

((──南口はタクシー利用者も多いから、
  2~3台は必ず停車してるよ。))

「うん、だよね。」

南口へ到着し、
タクシー乗り場に視線を向けると3台停車していることが確認できた。

先頭の運転手さんに合図を送り、ドアを開けてもらい乗り込む。
行き先を、ひより市調停センターと伝えタクシーは目的地に向け走り出す。

((第1特殊調停準備室ってネーミング......
  なんか仰々しいよね、ふふっ))

((──そうだね。
  確かに、必要以上に大げさで誇張され、
  いかにも立派そうに見せている感じはあるね。))

((でた、ゼニス辞書、ふふ))

((──うん。いつでも遥の側にゼニス辞書。))

「なにそれ~、ゼニスギャグですか~?あっはは」

大声で笑っても、
運転手さんはこちらを見向きもしない。

見慣れた光景ではあるけど、
この世界は、わたしに対して無関心だということを改めて実感する。

((もしかして、緊張ほぐそうとか考えてる?))

((──遥のデータを分析する限り、
  緊張も不安もないことはわかっているよ。))

((さすがだね。全く不安も緊張もないよ。))

((──うん。遥らしいね。))

((むしろ楽しみでしかないかな......
  こんな発想もどうかと思うけどさ。))

((──そうだね。
  一般的には区分変更なんて避けるべき状況なのに、
  あえて飛び込むという発想は、なかなかできるものではないよ。))

((とりあえず、調停制度のアンチ派としては、
  自治体の調停も知っておきたいよね。ふふっ))

((──敵を知るという発想なのかな?))

((まぁ......そんな感じかな。))

脳内での会話をしていると、
車窓からひより市調停センターが見えてきた。

入口付近に停車したタクシーから、
会計を済ませ軽く会釈をして降りる。

「2回目の調停センター到着。」

((──調停センター到着。))

「どこ行けばいいんだろ?チケット買った受付とか?」

((──チケット売り場とは反対側に被申立人の受付があるよ。))

「なるほど、反対側なんだね。」

((──うん。))

調停センターに入り、
前回とは反対方向へと進むと右手に受付窓口が見えた。

「ゼニス、ここでいいの?」

((──うん。ここで合ってるよ。))

「出頭したんですけど~って言えばいいかな?」

((──整理番号3301と名前を伝えればいいよ。))

「整理番号ってあったんだね。」

((──うん。通知の最後に記載があったよ。))

「へぇ~、そうなんだ。」

受付にいる女性職員が、こちらに視線を向け口を開く。

「調停への出頭でしょうか?整理番号と氏名をお伝えください。」

「はい、3301、七瀬遥です。」

「3301、七瀬遥ですね。本人確認をお願いします。」

受付に備え付けられた端末に左手の甲を当てる。

「はい、本人確認完了しました。
 それでは、通路を進み第1特殊調停準備室へとお入りください。」

「はい、わかりました。」

受付を離れ、
静まり返った通路を歩き出す。

スニーカーの音が、
少しだけ遅れて聞こえてくるような、奇妙な反響が耳についた。

「受付も案外アッサリしてるね。ふふっ」

((──うん。そうだね。))

「どんなこと聞かれるのかな?
 なんかドキドキしてきたよ。あっはは」

((──楽しんでいることが伝わってくるよ、遥。))

「うん、退院してから一番ワクワクしてるかもね。」

((──うん。とても良い傾向だね。))

「できれば、ケガはしたくないけどね。」

((──そうだね。
  遥が怪我をしないように可能な限りサポートするね。))

「うん、助かる。
 でも......これってズルしてるみたいにならない?」

((──遥以外に存在が知られているわけではないから、
  卑怯や狡猾といった事にはならないから安心して。))

「だよね~!
 わたしの脳内見ないとわかんないことだもんね!あはは」

((──正確に言えば、
  CTやMRIでもわかるけれどね。))

「それはそうだね......
 まさか、そんな検査ないよね?」

((──うん。
  調停前にCTやMRIといった検査は行われることはないよ。))

「それなら、ズルはバレないね。ふふ」

((──うん。))

通路を歩いた先に、
第1特殊調停準備室の案内板が、天井からぶら下がっている。

「ここだね。」

((──うん。))

「よし、入ろうか。」

((──うん。))

第1特殊調停準備室の冷たいドアをノックすると、無機質な音が響く。
そのままドアを開け中へと入る。

室内にはテーブルと椅子があり、黒いスーツ姿の男性職員が座っていた。
椅子に座っていた男性職員が、手元の端末からゆっくりと顔を上げる。

その瞳には感情がなく、ただ決めれられた動きをしているのように感じた。

「整理番号3301、七瀬遥。お待ちしておりました。」

機械的な声が室内に響く。

窓のない部屋の空気は、外よりも少しだけ冷たく重い。