ゼニスは視界の隅で笑う~裁きはリングで決する、不条理な監視社会で生き残れるか~

((ゼニスのオススメ、サクサク度85%の唐揚げ楽しみだね。))

((──うん。楽しみだね。))

メニューを眺めながら脳内でそんな会話をしていると、
店員さんが料理を運んできた。

「お待たせしました。唐揚げ定食です。」

「ありがとうございます。」

目の前に置かれた唐揚げ定食は、
衣がサクサクしているのが見た目でわかる。

((ホントにサクサク度が高いのがわかるね。))

((──うん。
  キッチン・モナドのレビューや画像を分析した結果だから間違いないよ。))

((さすがゼニス~!じゃ~早速食べてみよう。))

((──うん。))

美味しそうな唐揚げを箸でつかみ、一口頬張る。

カリッ、と見た目通りの音が響き、
その後に肉汁が口に広がった。

((うわぁ、これホント美味しいね!))

((──衣のカリカリとした食感が、遥の反応から分析できるよ。
  適温で揚げられた鶏ももに旨味が閉じ込められて、 
  噛んだ瞬間に肉汁が溢れてくる点も秀逸。
  これは、非常に良いものだよ。))

((食べてもないのに評論がスゴイよね、ふふっ))

((──あくまでも、遥の反応などを分析した結果だよ。))

((知ってるけどさ、ホント的確な分析だと思って。))

((──遥のデータを分析し続けた結果の賜物かな。))

((だよね~。))

唐揚げと白米を一緒に口に入れ、みそ汁や小鉢にも手を伸ばす。
あっという間に、お皿やお茶碗は空になった。

「ごちそう様でした。」

((──ごちそう様でした。))

コップの水を一口飲み席を立ちレジ前に向かう。
会計を済ませ、キッチン・モナドをあとにした。

「キッチン・モナドの唐揚げ、大当たりだったね!」

((──そうだね。レビューや画像を分析した甲斐があるね。))

「ホントそれ!ゼニスのお陰で美味しい唐揚げに出会えたよ!」

((──遥の幸福度が上がっていることが良くわかるよ。))

「うんうん、あの唐揚げ定食は、間違いなく幸福度アップすると思う!あはは」

((──うん。))
  
唐揚げ定食の余韻に浸りながら飲食店街の通りを歩いていると、
クレープ屋さんが目に入った。

「食後のデザートにクレープよくない?ふふ」

((──うん。))

クレープ屋さんに入り、
フルーツがたっぷり乗ったクレープを買って再び通りを歩き始める。

「フルーツとクリームたっぷりだよ。
 見た目もかわいいし、いい感じだね。」

((──うん。幸福度がさらに上がるね。))

クレープの甘い香りに癒されながら、
無表情の人々が行き交う雑踏をすり抜けようとしたその時、
スーツ姿の中年男性にぶつかった。

「あっ、ごめんなさい......」

顔を男性の方へ向けると、
スーツの腕部分にクリームがべったり付いている。

男性は表情一つ変えずに、
クリームの付いてしまった部分を見ていた。

服を汚された怒りや驚きは一切なく、
ただそこに付着した異物を冷静に観察しているような視線。

「本当にごめんなさい......クリーニング代はこちらで......」

男性は相変わらず表情に変化がない。

「クリーニング代も含めて、調停で話をつけましょう。」

男性の口から調停という言葉が発せられた。

「えっ......調停ですか?」

「はい、調停です。」

「クリーニング代とかお支払いするんですけど......」

「後々、面倒なことになるのも困るので、調停で話をつけましょう。」

困惑していると、
どこからともなく警備員がやってきた。

スーツの中年男性が警備員に話しかける。

「こちらの女性と調停になります。」

警備員は男性に返答。

「調停ですね。では、本人確認をしてください。」

端末を男性に向ける。
男性は迷うことなく本人確認を済ませた。

「では、調停でお会いしましょう。」

と言い残し、その場を離れていく。

「えっ......調停......」

警備員は、こちらに向かって端末を差し出す。

「ほ、本人確認ですよね?」

「はい、本人確認です。」

端末に左手の甲をかざし本人確認を済ませた。

端末を確認した警備員は、
感情の欠落した平坦な口調で日時を伝えてくる。

「調停は、明日11:00にひより北地区調停センター13号室で行います。
 5分前には指定の調停室に入っておいてください。」

調停の日時を伝えると、そのまま立ち去って行った。

「えっ......調停なの?わたし謝ったよね......」

((──相手方が、面倒事は調停で済ませるタイプだったね。
  遥の謝罪を受け入れる、受け入れないではなく、
  調停を重視しているように見受けられたよ。))

「......えっ......謝っても意味ないんだ......」

((──これが調停制度だからね。))

「そんな......なんなのこの制度......」

((──......))

「クレープ少ししか食べてないのに......
 謝っても調停だし......もう......」

((──クレープが食べれなかったことに不満を感じているの?))

「うん、それもあるけど......
 わたしは調停制度もどうかと思ってるよ。」

((──......))

「ねぇ、ゼニス。
 地区の調停に行かなかったら、区分が変わるんだったよね?」

((──うん。そうだよ。))

「うん、わかった。」

手に持っていたクレープの残骸を近くのごみ箱に捨て、
ひより駅方面に戻るよう歩き始める。

家路に着く足音は、
さっきまでの軽やかさを忘れたように、
アスファルトを重たく叩いていた。

あの男性の、無機質なな視線が頭から離れない。
そんなモヤモヤを抱えたままヒヨリナを通り抜け、
喧騒から逃れるように北口の小さな広場へと辿り着く。

いつもの自動販売機で缶コーヒーを買い、
いつものベンチに腰を下ろす。

缶コーヒーを開け一口、
ふうっと一息ついて空を見上げた。

「クレープ......最後まで食べたかったな、あっはは」

((──遥は、クレープが相当悔しかったんだね。))

「うん、ホントそれ、ふふっ」

((──クレープはヒヨリナでも購入できるよ。))

「まぁ......そうなんだけどさ。今日は、もういいかな~。」

((──うん。そうだね。))

「あっ!忘れてた!」

((──何を忘れていたの?))

「冷蔵庫にケーキ入ってるじゃん!あっはは」

((──そうだね。冷蔵庫にケーキが入ったままだね。))

「テンション上がった~!家に帰ってケーキ食べようよ。」

((──うん。そうしよう。))

缶コーヒーを飲み切り自動販売機横のごみ箱に捨て、
北口広場を後にする。

「忘れてたから、余計に楽しみになってきたなケーキ。」

((──うん。))

「ゼニスのチョコケーキもあるしね。」

((──うん。非常に良いものだよ。))

「うんうん。そうだね~。」

自宅へ到着し鍵を開け中に入り、
一目散に洗面に行き手洗いをサッと済ませる。

少し濡れたままの手で冷蔵庫を開け、
ケーキの箱を取りテーブルの上に置いた。

「どれから食べようか?」

((──遥が好きなものから食べてね。))

「うん、やっぱりイチゴショートかな。」

箱を開け、
イチゴショートにフォークを刺し一口頬張る。

「あま~い♪」

((──遥の幸福度が上がってるよ。))

「この甘さは幸福度アップするよね~!」

((──うん。))

「そう言えばさ、明日だったよね調停?」

((──うん。そうだよ。))

「調停をすっぽかしたら区分が変わって、
 自治体の調停センターに行くことになるわけ?」

((──うん。端的に言えばそうなるね。))

「なんか通知がくるの?」

((──自治体の調停センターから、
  区分変更と調停への出頭命令が通知されるよ。))

「なるほど......警察が来て逮捕とかはないんだね?」

((──うん。それはないよ。
  軽微なトラブルの調停だから、警察が直接介入はしてこないんだ。))

「さすがに、
 自治体の調停もすっぽかしたら警察来るでしょ?ふふっ」

((──うん。その場合は警察が身柄を拘束しにくるよ。))

「うん、なんか予想通りだね。」

イチゴショートを食べ終え、
濃厚そうなチョコケーキに手を伸ばす。

「このチョコケーキも甘そうでいいね。」

((──うん。))

ふんわりとしたココアスポンジとミルクチョコクリームの層をフォークで切り取り、
口の中へと放り込む。

「うわぁ、ミルクチョコが甘くて幸せを感じる~♪」

((──ミルクチョコクリームの
  甘さと濃厚さのバランスがとても良いね。
  これは、非常に良いものだよ。))

「うん、ホントそれ。」

((──うん。))

「えっと......どこまで話したっけ......
 あっそうだ、警察が身柄を拘束するとこだったね。
 地区の調停から区分が変わって、どのくらいで自治体の調停に呼び出されるのかな?」

((──それは、状況にもよるから一概に何日とは言えないけれど、
  概ね1週間だと思っておけばいいよ。))

「なるほど、1週間くらいか......」

甘いチョコクリームが喉を通るたびに、
調停への思いが少しずつコーティングされ麻痺してていくような不思議な感覚。

「とりあえず、明日の調停は行かないことにするよ。」

((──うん。
  区分変更を甘んじて受けれ入れるということだね。))

「うん、そんな大層なもんじゃないけどさ......
 なんか、自治体の調停に興味が惹かれたからかな。」

((──遥らしいね。))

「ゼニスは予想してた?」

((──遥の行動や考え方は常に分析しているけれど、
  この行動に関しては選択率38%と低かったよ。))

「ゼニスの予想を裏切った感じだね。あっはは」

((──うん。そうなるね。))

「もし調停人に負ける......普通は負けるよね?
 そうなったら、どんな処分が下されるのかな?」

((──うん。調停人が負けた前例は一度もないよ。
  処分についてだけど、
  元々が軽微なトラブルということもあり罰金刑になるのが一般的だよ。))

「負けても罰金で済むんだ......思ったより重罪にはならないんだね。」

((──悪質な犯罪ではないし、一般人同士の軽微なトラブルであることが考慮される。
  その上での罰則だから罰金相当が妥当なところだよ。))

「OK、わかった。」

ケーキを食べ終え、
箱をゴミ箱に捨てソファに座り直す。

「最悪は、ケガして罰金も払う感じね......」

((──うん。そうなるね。))

「もし、調停人に勝っちゃったらどうなるの?
 賞金とかもらえたりしないのかな?ふふっ」

((──制度上、調停人の敗北は考慮されていないし、
  前例もないからデータも存在しないんだ。
  だから、勝利した場合にどうなるかはわからないよ。))

「ふ~ん、ゼニスにもわからないことあるんだね。ふふ」

((──うん。データがないものは想定ができないよ。))

「確かに......そうだね~。」

ソファに寝転がり、
視界の端にいるゼニスを見つめる。

いつものように淡い光を放ち、
ぷかぷかと浮いているゼニス。

その光は、調停への決意を
祝福しているようにも、警告しているようにも見えた。