ゼニスは視界の隅で笑う~裁きはリングで決する、不条理な監視社会で生き残れるか~

「『2:30』『3:00』『3:30』って、
 表示されているけど、これはなんなの?」

((──これは時間を示しているんだ。))

「つまり時間にベットするんだね~。」

((──うん、そうだよ。))

「時間にベットするって、面白いシステムだね。」

ストライプ柄のカップに入った揚げ物を、
付属の爪楊枝で刺し、口に運ぶ。

周囲の群れが画面とスマホを往復するなかで、
その熱だけが......どこか他人事のように喉を落ちていく。

「どう、調停センターの唐揚げは?ふふっ」

((──うん、非常に良いものだね。))

「唐揚げ、ほんと好きだよね。」

((──うん。))

アイスコーヒーを一口飲み、視線を上げて周囲を見渡す。

会場の大多数は、
巨大なスクリーンと手元のスマホの間で、せわしなく視線を往復させていた。

感情の消えた顔で、
同じ軌道の動きを、ただ機械的に何度も何度も繰り返している。

「ちなみに、時間に賭けてピッタリなら当たりって感じ?」

((──イメージ的には、そんな感じだよ。))

「へぇ......時間がどうなればいいんだろうね。」

((──それは、見てからのお楽しみだよ。))

「そうだね。ネタバレすると、つまんないもんね! あっはは」

((──うん。))

もう一度、静かに周囲の座席を確認する。

視線をスマホに落としている人々の隙間はいつの間にか消失し、
会場は完全に満員となっていた。

――その瞬間、静寂を裂くようにアナウンスが流れる。

「ご来場のお客様もう間もなく調停開始です。」

((そろそろ始まるんだ。
  声は出さない方がいいと思って脳内の会話に切り替えたよ。))

((──うん、とてもいい判断だね。))

観客席の照明が完全に落ちる。
暗闇のなか、中央の空間だけが鮮明に浮かび上がった。

四方のスクリーンに映し出されたのは、
調停人と、その前に立つ者の鮮明な写真。

逃げ場のない光の下で、二人の名前と、
これから行われる対戦方法が表示されていた。

((──対戦方法は、ボクシングなんだね。))

((──そうだね。))

その時『カァーン』という音を合図に、調停が開始された。

((始まったね。))

((──うん。))

調停人は、正確なマシーンのように容赦なくパンチを繰り出している。
対峙する者は、防戦一方のまま追い詰められていく。

やがて、調停人の拳が的確に顔面を捉えた。
抵抗する術を失った身体が、リングに吸い込まれるように仰向けに倒れる。

((もう終わりなのかな。))

((──うん。倒れたから終わりかな。))

スクリーンには、調停時間とオッズが静かに表示されていた。

((──スポーツ観戦と違って盛り上がりみたいなのはないんだね。))

((──うん。これはあくまで調停だからね。))

((──なるほど。))

スクリーンから先ほどの表示が消え、新たな対戦が映し出されていた。

((次は空手なんだ。))

((──うん。))

調停人は、相変わらず容赦のない攻撃を仕掛けている。

((調停人の一方的な蹂躙って感じだね。))

((──うん。その道のエキスパート揃いだからね。))

((──そうなんだ。))

調停人の上段蹴りが側頭部を捉え、相手はそのまま床に倒れた。

((──あんな蹴り当たったらヤバいんじゃない。))

((──うん。そうだね。))

対峙していた人は、担架に乗せられて運ばれて行く。
中央スクリーンの数字だけが、短い間隔で更新を続けている。

((──こんなの見て面白いの?))

((──......))

((──もういいかな。途中だけど帰ろう。))

((──うん。))

席を立ち会場の出口へ向かう。
建物の外に出ると、タクシーが並んでいた。
運転手に合図をして、ドアを開けてもらい乗り込む。

「ヒヨリナまでお願いします。」

「はい。ヒヨリナですね。」

タクシーは静かに
ヒヨリナへと向けて走り出した。

((──調停が人気イベントって......
   ホント意味がわからなかったな......))

((──......))

((──いくら悪いことをしたとしても、あれはないと思う......))

((──......))

((──しかも公営ギャンブルなんだもんね。
   わたしは、おかしいと思うな......))

((──うん。))

脳内で会話を続けていると、ヒヨリナが見えてきた。
タクシー乗り場に停まり、会計を済ませて降りる。

「調停ってさ、怪我するリスクもあって、さらに刑も執行されるんでしょ?」

((──そうだね))

「いくらなんでも、あんまりじゃない......」

((──うん。でも、そういう制度だからね。))

「それはそうだけどさ......」

南口広場に設置されたベンチに座り
空を見上げ伸びをしながら深呼吸をした。

「こんなことゼニスに言っても、
 仕方がないのはわかってるけどね......」

((──うん。))

「よし!気分転換にケーキ買いにいく!」

((──うん。そうしよう。))

ヒヨリナの中に入り、そのまま1階のケーキ売り場へ。
煌びやかなショーケースの中から、いくつかのケーキを選んだ。

会計を済ませ、丁寧に箱に詰められたそれを左手に持ち、そのまま北口へと向かう。

「ゼニス......この世界は......。ううん、なんでもない。」

((──うん。))

「ケーキ食べるの楽しみだね。」

((──楽しみだね。))

「ゼニスが好きなチョコケーキも買ったしね。」

((──うん。チョコレートは幸福度が上がるからね。
  とても良いものだよ。))

「だね。」

北口を抜け自宅に辿り着く。
テーブルにケーキの箱を置き、大きく息を吐きながらソファに腰を下ろした。

「今日は、なんか疲れちゃったな......」

((──ゆっくり休んでね、遥。))

「そだね......ケーキは明日にしようか?」

((──うん。))

買ってきたケーキを冷蔵庫に押し込み、這うようにしてベッドに潜り込む。
思考が完全に途切れ、意識が深い闇の奥へと沈んでいく。

気がつけば、カーテンの隙間から、
いつも通り変わらない、光が差し込んでいた。

「んっん~......」

((──おはよう、遥。))

「おはよ、ゼニス。」

((──睡眠は、いつも通り安定していたよ。))

「疲れてたのかな......なんか、すぐ寝ちゃったもんね、ふふっ」

((──そんな時は、ゆっくり休めばいいんだよ。))

「うん、ありがと。」

軽く身体を伸ばしてから、ベッドを降りてキッチンへと向かう。

淹れたてのコーヒーをカップに注ぎ、ソファに座って一口、喉を潤した。

まだ底の方で眠っていた意識が、その熱に引き上げられるように、少しずつクリアになってくる。

「ふわぁ~......まだ眠いかも......」

((──うん。))

「シャワー浴びようかな。」

((──うん。そうだね。))

浴室へ行き、少しぬるめのお湯でシャワーを浴びる。

さっきまでの眠気は、
どこかへ行ったかのように輪郭がはっきりと、意識が澄み渡っていった。

「完全に目が覚めた感じだね。」

((──うん。))

「なにしようかな~......今日は......」

ソファに腰を下ろし、カップのコーヒーを飲む。

「たまには、外でご飯食べようかな。
 ゼニスはどう思う?」

((──とても良いと思う。))

「でしょ!」

((──うん。唐揚げがあれば、さらに良いよね。))

「ホント、どんだけ唐揚げ好きなのさ、あっはは」

((──唐揚げとチョコレートは、非常に良いものなんだ。))

「うんうん、知ってる~。」

ソファから立ち上がり、サッと着替えをして準備を済ませる。

「北口の方には飲食店ってないもんね?」

((──うん。
  北口側は住宅エリアで、スーパーやコンビニはあるけれど飲食店はないね。))

「だよね。南口の方にいくかヒヨリナか......」

((──うん。そうなるね。))

「ヒヨリナよりは、南口の方かな~。」

((──うん。そうしよう。))

バッグを肩から下げ、玄関に鍵かけて外に出る。

「いつも通り天気はいいね。」

((──そうだね。))

「ひかり食堂の方って、他にも飲食店あるのかな?」

((──ホテルの裏側の区画だね。))

「そうそう。」

((──あの通りは、他にも飲食店があるよ。))

「だよね、なんかありそうだもんね。」

ゼニスと会話を続けながら、
北口からヒヨリナを抜けて南口広場へと辿り着く。

「とりあえず、ひかり食堂の方に行ってみよっか。」

((──うん。))

「唐揚げありそうなとこにしないとね、ふふっ」

((──うん。そうだね。))

おしゃれセンターしもむらの脇をひかり食堂の方に向かって歩く。
特盛の唐揚げ弁当を買ったお店の隣にも、食堂が並んでいる。

「この路地って飲食店街って感じだね。」

((──うん。))

「なんかいい感じのお店探そっ!」

((──うん。いいね。))

和食のお店やイタリアンレストランなど、
様々なジャンルの飲食店が立ち並んでいた。

「このお店はどうかな?
  表の看板に唐揚げ定食って書いてあるよ。」

((──うん。『キッチン・モナド』の唐揚げは、
  衣のサクサク度が85%と推定されるよ。))

「衣のサクサク度って、どうやって算出したわけ?あはは」

((──うん。
  それは、『キッチン・モナド』を訪れた人の評価を分析した結果なんだ。))

「ひかり食堂の時は分析してないじゃん。」

((──それはね、ひかり食堂には評価が存在しなかったからなんだ。))

「なるほど、評価がないから分析できなかったわけね。」

((──うん。))

「あっ!それならさ、
 ここの飲食店街でサクサク度が100%に近い唐揚げのお店探そうよ!
 っていうか探してよ!ふふ」

((──うん。データを集計するから少し待っててね。))

「OK、ぜんぜん待ってるよ。」

ゼニスの光が少し輝きを増して、データを分析している雰囲気を出している。
ほどなくして、光はいつもの明度に戻っていた。

((──遥、お待たせ。
  この飲食店街の唐揚げデータをまとめたよ。))

「さすが、ゼニス!それで、結果はどうだったの?」

((──評価を分析した結果、
  『キッチン・モナド』よりサクサク度の高い飲食店はなかったよ。))

「そうなんだね~......
 でも唐揚げって、サクサクもいいけどしっとり系もアリでしょ。」

((──そうだね。そこは好みの部分になるかな。))

「ゼニスは、サクサクとしっとりはどっち派なの?」

((──遥と違って、噛んで食べることができないから、
  あまり重要ではないかもしれないね。))

「そうだよね、あっはは」

((──だから、遥の好みで決めてね。))

「うん、わかった。
 じゃ~せっかくだし『キッチン・モナド』にしよっ。」

((──うん。そうしよう。))

入口を開け店内へと入ると、
香ばしい揚げ物やカレーなどスパイスの匂いが食欲を刺激する。

((すっごい食欲湧く匂いだね~。))

((──うん。遥の反応から、
  選択して良かったことが伝わってくるよ。))

((でしょ。))

入口付近で立ち止まっていると、女性の店員さんが気が付いてくれた。

「いらっしゃませ。空いてるお席にどうぞ。」

「はい。ありがとうございます。」

店内には飲食を楽しんでる人も居て、半分くらい席が埋まっていた。
空いてるテーブル席を見つけ椅子に座りメニューを手に取る。

((やっぱり唐揚げ定食だよね。))

((──うん。
  でも、他に食べたいものがあるなら、唐揚げ定食じゃなくてもいいと思うよ。))

((うん、でも唐揚げだろうね。))

店員さんが水の入ったコップをテーブルに置く。

「ご注文はお決まりですか?」

「はい、唐揚げ定食をお願いします。」

「唐揚げ定食ですね、少々お待ちください。」

注文を伝えると店員さんは厨房へと入っていく。
コップの水を飲みながらメニューを眺め、唐揚げ定食の到着を待った。