ゼニスは視界の隅で笑う~裁きはリングで決する、不条理な監視社会で生き残れるか~

公民館を出ると、
背後で自動ドアが静かに閉まった。

本を抱えたまま、
少しだけ足を止める。

「本も借りたし帰ろっか。」

((──はい。))

そのまま、
来た道を引き返す。

「配達は、まだだよね?」

((──はい。))

「うん、OK。」

サンダルが地面に触れる感触を確かめながら、
一定の速さで歩く。

「そういえばさ、
 調停センターって、なにするとこなんだろ?
 名前的には、争いごとを解決する場所って感じだよね?」

((──はい。
 当事者間の紛争に第三者が介入し、
 話し合いなどによって解決を図る場、
 という認識で合っています。))

「でもさ、
 そういうのって、裁判所でやるもんじゃないの?」

((──はい。
 認識としては間違っていません。
 ただし、軽微な紛争については、
 裁判所だけでは対応しきれない場合があります。))

「うんうん......」

((──そのため、
 地域の公民館などに併設される形で、
 小規模な紛争の調整を目的とした機関が
 設けられている、という位置づけです。))

「なるほど......
 個人同士の、ちょっとした争いごとは、
 調停センターで話し合って解決する、
 って感じなんだね。」

((──はい。))

本を抱えたまま歩きながら、
会話を続ける。

「う~ん......
 さっき、『話し合いなど』って言ったよね?
 ってことは、
 話し合い以外もあるって意味じゃない?」

((──はい。
 必ずしも当事者同士が、
 直接向かい合って議論する形式に
 限らない、という意味を含めて
 そのように表現しました。))

「あぁ~、そういうことね。
 なんか、
 別の解決方法があるのかと思ったよ。ふふっ」

((──状況によって、
  適切な手段は異なります。))

「なるほどね~......
 話し合いだけに縛られてないってことだよね?」

((──はい。))

歩いているうちに、
白い壁にグレーのアクセントが入った建物が視界に入る。

もうすっかり見慣れた、
落ち着く我が家だ。

「ただいま~&おかえり~。」

((──お帰りなさい、遥。))

「そろそろ、配達くるかな?」

((──はい。
  間もなくの予定です。))

「時間ぴったりだね。」

((──はい。))

借りてきた小説をテーブルに置き、
ソファに腰を下ろす。

その時、
インターフォンが二回鳴った。

「来たみたいね。
 ゼニスネットスーパー、ふふっ」

いつものように段ボールを受け取り、
キッチンの作業台へ置く。

「食材も届いたし、
 ご飯作ろうかな~。」

((──はい。
  何を作るのですか。))

「ふっふっふ~......ひみつだよ。
 作ってる途中で、わかるかもね~。」

((──はい。
  調理の進行状況から、
  正解を導き出します。))

「うんうん。
 それ、面白いね。」

食材を包丁で切り、
フライパンで炒める。

調理は、
滞りなく進んでいった。

「まだ、わかんない?」

((──肉と野菜を炒めています。
  ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎを使用しており、
  ここから考えられる料理は、
  肉じゃが、カレーライスなどが
  高い確率で該当します。))

「へぇ~。
 さすがだね~、ゼニス!」

((──正解ですか。))

ネットスーパーの段ボールを開き、
長方形の箱を取り出す。

「じゃじゃ~ん!
 これ、な~んだ?」

((──カレーライスのルウです。))

「ゼニス、大正解!
 やったね!」

((──はい。
  興味深い食べ物です。))

「ゼニスの好きな唐揚げにも合うよ。」

((──益々、
  興味深いです。))

「いいね、いいね!
 唐揚げも乗せちゃおうか?」

((──はい。))

唐揚げを小皿に取り、
電子レンジで温める。

「できた~!
 唐揚げトッピングのカレーライス!」

((──はい。
  調理は完了しています。))

「じゃ~、食べよう!」

((──はい。))

テーブルにカレーライスを運び、
ソファに腰を下ろす。

「いただきま~す。」

((──いただきます。))

できたてのカレーを、
一口、頬張る。

「う~ん、おいしっ♪
 どう、ゼニス?」

((──はい。
  非常に良いものです。))

「でしょ、でしょ!
 カレーって、いいよね!」

((──はい。))

「唐揚げも合うから~、
 味わってみて!」

唐揚げにカレーをつけて、
そのまま口に運ぶ。

「どう?」

((──はい。
  非常に良いものです。))

「間違いないよね!」

((──はい。))

いつの間にか当たり前になった、
ゼニスとの食事を楽しみつつ、
カレーライスを食べ進めた。

「ごちそう様でした。」

((──ごちそう様でした。))

「自分で作ると、
 余計においしいよね。」

((──はい。
  遥が以前から自炊をしていた、
  という推測の妥当性が
  確認されました。))

「うん。
 『自炊してたと思う』は、
 間違ってなかったね。ふふっ」

((──はい。))

食器をキッチンに運び、
汚れを落としてから洗う。

ソファに戻り、
図書室で借りてきた小説を手に取る。

『特別な力はありませんが、異世界で生きてます』

「なんか、
 面白そうなタイトルだよね。」

((──はい。
  近年流行している、
  異世界転生系のライトノベルに
  多く見られる形式です。))

「へぇ~、
 やっぱり流行りなんだ。」

((──はい。))

ソファに身を預け、
そのままページをめくる。

((──読書を開始しました。))

返事をする代わりに、
続きを追う。

文字を目でなぞり、
ページを一枚、また一枚と進めていく。

((──......))

部屋には紙の擦れる音だけが残った。

本を読み終えて、
膝の上に置いたまま、
少しだけ余韻に浸る。

「......読破だね。」

((──読了を確認しました。))

表紙をもう一度だけ見てから、
そのままテーブルに置く。

『特別な力はありませんが、異世界で生きてます』

「想像してたより......普通の話だったね。」

((──日常描写を中心とした構成でした。))

「異世界で、
 ご飯作ったり働いたり......」

((──生活の継続が、
  主軸に置かれていました。))

「だよね。」

言いながら、
ソファに体を預ける。

「世界が変わってもやることは、
 そんなに変わらないのかもね。」

((──環境が変化しても、
  行動様式が即座に変わるとは限りません。))

「だよね......」

((──現状の遥に、
  通ずる部分はあるかもしれませんね。))

「確かに......
 似てるところはあるかも、ふふっ」

本の表紙に目を向けてから、
天井を見上げる。

「もしかして、
 ここが異世界だったりしてね、あはは~!」

((──退院後に目覚めた世界が、
  異世界であったという展開は、
  物語としては興味深いですが、
  現実に起きる確率は限りなくゼロに近いです。))

「知ってる~、ふふふ......
 でも、ホントにそうだったら面白いよね。
 事実は小説より奇なりって言うじゃん。」

((──現実世界で実際に起きている出来事が、
  フィクションとして描かれる小説よりも、
  かえって奇妙で不思議に感じられる場合がある、
  という意味ですね。))

「うんうん。
 ゼニス辞書、さすがだね。」

((──はい。))

「まぁ......そんなわけないんだけどさ......
 でも、可能性はゼロじゃないよね?」

((──可能性は限りなくゼロに近いですが、
  完全に否定することはできません。))

「つまり、
 ここが異世界の可能性もあるってことだよね?」

((──意味合いとしては、そうなります。))

「それなら、
 ホントに面白すぎる展開なんだけどね。ふふっ」

天井から視線を戻し、
視界の隅で漂うゼニスを見つめる。

「もし、
 異世界だったとしても、
 ゼニスは判別できないのかな?」

((──いいえ。
  現実世界の特徴は、
  十分に学習されています。
  差異や違和感があれば、
  判別は可能です。))

「だよね......
 元の世界とすごく似てても、
 違和感があればさ。
 さすがに、わたしでも気づくよ。あはは」

((──はい。))

「でも、わたし記憶がないじゃん?
 だからさ......もし異世界に迷い込んでても、
 正直わかんないよね。あっはは!」

((──はい。
  ただし、遥に代わって環境を判別することは可能です。
  その点については、
  過度に心配する必要はないと思われます。))

「そだね、それはそう......
 ゼニスに頼りっぱなしだね。
 いつもありがとね、ゼニス。」

((──はい。遥のサポートが役割です。))

「う~ん、異世界のイメージって......
 モンスターが出てきたり、魔法があったり、
 そんな世界観だよね?」

((──はい。
  ライトノベルなどでは、
  そのような世界観が多く描かれています。))

「逆にさ、
 現実世界と区別がつかなかったら、
 なんか怖くない?」

((──はい。
  仮に現実世界と酷似していたとしても、
  完全に同一であれば、
  異世界とは定義されません。))

「うんうん......」

((──異世界である以上、
  何らかの差異や違和感が
  生じると考えられます。))

「そういうもんか......」

ゼニスの淡い光が、
少し輝きを増している。

「まぁ、
 ここが異世界だったとしても、
 わたしにはどうすることもできないけどね。あはは!」

((──はい。
  遥の心配は杞憂です。
  必要なサポートは行いますので、
  安心してください。))

「うんうん、
 わかってるよ~。
 たぶん、『特別な力はありませんが、異世界で生きてます』に
 感化されただけだと思う。」

((──はい。))

「もう一冊は、
 あとで読もうかな。」

((──はい。))

ソファから立ち上がり、
軽く伸びをする。

「あっ、そうだ!
 ヒヨリナでも行く?」

((──はい。お任せします。))

「OK!
 じゃ~、散歩がてら行ってみよ!」

((──はい。))

財布と鍵を持ち、
サンダルを履いて家を出た。

「なんか、
 小さいバッグ欲しいかも。」

((──財布や鍵の持ち運びを考えると、
  ショルダーバッグが使いやすいと思われます。))

「いいね!
 両手も空くし、アリだね!」

((──はい。))

北口広場を通り過ぎ、
そのままヒヨリナへと入っていく。

「どんなショルダーバッグがいいかな?
 やっぱり、USA-DE-PPONかな、ふふ」

((──遥のお気に入りのキャラクターですね。))

「うん。
 けっこう好きかも。」

((──では、
  2階の雑貨店を見てみますか。))

「うん。」

エスカレーターに乗り、
2階へと上がる。

エスカレーターを降り、
前にキーホルダーを買った雑貨屋へ。

所狭しと並んだ棚には、
小物や文房具、キャラクターグッズがぎっしりと並ぶ。

「相変わらず、
 いろいろ置いてあるね。」

((──商品の入れ替わりはありますが、
  陳列の傾向は、
  前回と大きく変わっていません。))

通路をゆっくり進みながら、
視線を棚から棚へと移していく。

キーホルダー、ポーチ、
小さなぬいぐるみ。

手に取っては戻し、
また別の商品を眺める。

((──ショルダーバッグは、
  奥の棚にまとめられています。))

「ほんとだ。」

視線の先に、
小ぶりなバッグがいくつか並んでいるのが見えた。

USA-DE-PPONの刺繍ワッペンがついた、
小さめのショルダーバッグを手に取る。

「このバッグ、ちょうどいいね。」

((──決定ですか。))

「うん。
 かわいいし、使いやすそう。」

レジで会計を済ませ、
タグを外してもらう。

財布と鍵を入れ、
肩からぶら下げる。

少しバッグの位置を調整してから、
店を後にした。