ゼニスは視界の隅で笑う~裁きはリングで決する、不条理な監視社会で生き残れるか~

「......んっ......ん〜、ふわぁ~よく寝たぁ......」

カーテン越しの柔らかい光が、
ホテルの部屋を静かに照らしている。

視界の端にはゼニスの淡い光が浮かび、
いつもの一定リズムでゆるく揺れていた。

((──おはようございます、遙。
  本日も体調は安定しています。))

「おはようゼニス!今日は物件見に行く感じだね〜!」

胸の奥が、少しだけぽかぽかする。

((──はい。))

「ん〜、じゃあ準備しよっか!」

掛け布団をぱさっと押しのけ、
軽く伸びをしながらベッドから降りる。

そのままシャワールームへ向かい、
サッと温かいシャワーを浴びた。

すっきりしたところで、
昨日買ったワンピースに袖を通し、
サンダルも合わせてみた。

「よし、準備OK〜!」

((──準備完了を確認しました。))

「毎回確認するよね〜、ふふふ」

((──はい。遥の状態確認は重要事項です。))

「はいはい、頼りにしてますよ〜ゼニスさん♪」

((──では、該当不動産業者へ向かいましょう。))

「OK〜!じゃあ行こっか!」

エレベーターを降り、
ロビーへと歩いていく。

外へ出ると、
景色はいつも通りで何も変わらない。

「不動産屋さんは、ひより駅の方なのかな?」

((......おっと、外だったね......ふふ))

((──はい。ひより駅方面に向かいましょう。))

((どの辺なのかな?))

((──ひより駅北口方面です。))

((なるほど~、あっちなんだね。))

外へ出て、ひより駅へ向かって歩き始める。

道沿いを進むと、
右手に《おしゃれセンターしもむら》がある。

そのまま通りすぎると、
正面には駅ビル《ヒヨリナ》が見えた。

駅ビル前の、ひらけた広場を横切り、
そのまま入口へ。

南口から北口へと抜ける通路を、
まっすぐ歩いていく。

北口に出ると、
南口より小さな広場。

その向こうに、
不動産屋の看板が見えた。

((あの黄色い看板のことかな?
 《サンクチュアリ27》かぁ……
  なんかおしゃれな感じの不動産屋さんだね~。))

((──はい。
 《サンクチュアリ27》が該当不動産業者です。))

((じゃ〜入ってみようか。))

入口の前に立つと、
静かな電子音とともに、すっと自動ドアが開いた。

店内は明るくて、木目調のカウンターが正面に見える。
落ち着いた雰囲気があり、
外のざわつきとは少し違う静けさがあった。

「いらっしゃいませ!」

受付の女性が笑顔で声をかけてくる。

まさにテンプレート通り......

((どの店も同じなんだよな~......
  ホント録音みたい......))

そんな風に感じるのにも慣れて、
気にはならなくなってきている。

「すみません、物件を見たいんですけど......」

受付の女性に声をかけた。

「物件はお決まりでしたか?」

「はい、気になっているのがありまして......」

((ゼニス、なんて物件なの?))

((──候補物件は、
  《ヒヨリ北レジデンス101》、
  《コモレビテラス204》、
  《ステラハウスA-3》の3件です。))

「えっと、ヒヨリ北レジデンス101と、
 コモレビテラス204と、
 ステラハウスA-3の3件なんですけど......」

受付の女性は軽く頷き、やわらかく微笑んだ。

「かしこまりました。
 すぐ担当の者をご案内いたしますね。」

そう言うと、奥へ向かって声をかけた。

奥から足音が近づいてきて、
スーツ姿の男性が姿を見せた。

「お待たせしました。
 《サンクチュアリ27》の佐藤と申します。」

担当者の男性は名乗りながら、
にこやかに会釈をしてくる。

「ご希望の物件を案内させていただきますね。」

((──担当者は佐藤というようです。))

((いやいや、そこは佐藤『さん』でしょ......ふふ))

「はい、よろしくお願いします!」

自然と姿勢を整えながら返事をする。

担当の佐藤さんはタブレットを軽く操作し、
確認するように画面へ視線を落とした。

「これから、
 すぐに内見できますが、いかがいたしますか?」

((──即時の内見が可能なようです。))

((いいね!こんなすぐ内見できるんだね~!
  佐藤さんって暇なのかな?......ふふっ))

((──暇という表現は適切ではありません。
  今の時間に偶然空きがあったと考える方が妥当です。))

((はいはい、冗談だよ~......
  真に受けないでよゼニス......ふふふ))

「はい!お願いしたいです!」

「では、準備をしてきますので、少々お待ちください。」

そう言い残して、佐藤さんは奥へと姿を消した。

((このまま即入居とかもあり得たりしてね......
  そんなわけないか。))

((──可能性はあります。
  本日の候補はすべて新築で、家具、家電つきの物件です。
  即入居が可能な条件が揃っています。))

((ってことは......
  わたしが決めさえすれば、なんじゃない?))

((──はい。遙が入居の意思を示し、
  手続きが完了すれば即入居が可能と推測できます。))

((おぉ〜......ホテル暮らしともお別れかもね〜......うふふ))

いつも通りゼニスと脳内会話をしていると、
準備を終えた佐藤さんが戻ってきた。

「それでは、ご案内いたしますね。」

「はい、よろしくお願いします。」

佐藤さんの案内に続き、
内見予定の物件へと向かう。

サンクチュアリ27から道路沿いに少し歩くと、
真新しい建物が見えた。

佐藤さんが歩みをゆるめ、
正面の建物を手で指し示す。

「こちらが、《ヒヨリ北レジデンス》になります。」

白を基調とした外壁に、
淡いグレーのアクセントが入った三階建ての新築。
賃貸アパートの割には、とても上品な雰囲気がある。

「おぉ〜......これすごいけど......高いんじゃない?」

思わず心の声が漏れ出たけど、
佐藤さんの反応はなかった。

((......佐藤さんには、聞こえてなかったのかな......))

((──はい。その可能性はあります。))

((まぁ......いつものことだしいっか......))

((──はい。))

「それでは、お部屋へご案内いたしますね。」

「はい、お願いします。」

建物へ入っていく佐藤さんの後を追う。

オートロックの電子音が鳴り、
開いたエントランスを通って中へ入る。

エントランスを抜けると、
まだ新しい香りが残る共用廊下が続いていた。

佐藤さんが先を歩き、
左手のドアの前で立ち止まる。

「こちらが、101号室になります。」

鍵を取り出し、
静かに差し込んで回す。

カチリ、と小さくロックが外れた音が響いた。

「では、どうぞご覧ください。」

ドアがゆっくり押し開かれていく。

玄関でスリッパに履き替え、
一歩、部屋の中へ足を踏み入れた。

正面にはまっすぐ伸びる廊下。
左手にはドアがひとつ、
その先はゆるやかに明るい空間へと続いている。

((1LDKなんだね......その割には広いよね......))

((──はい。リビングは約12畳。
  キッチンスペースも平均より広めです。
  間取り全体のゆとりが確保されています。))

((めっちゃいいけど......
  これお高いんでしょう?......ふふ))

((──家賃は相場と大差なく......))

そこへ、佐藤さんの声が重なった。

「リビングは12畳あり、
 キッチンスペースも広くゆとりがあります。
 バスも1坪タイプとなっており、
 足を伸ばして入浴することが可能です。」

タブレットを軽く確認しながら説明を添えた。

「こちらの物件は家具家電付きでして、
 ベッド、ソファ、ローテーブル、テレビ台、
 冷蔵庫・洗濯機・電子レンジ、
 それから照明やカーテンも備え付けとなっています。
 入居後すぐ生活できるような仕様です。」

「ホントに素敵な物件ですね!」

思わず声が弾んだけど......

「では、次の物件に向かいましょうか。」

佐藤さんは、
こちらの言葉が聞こえていなかったかのように、
淡々とタブレットを閉じ、そのまま次へ進む姿勢を取った。

((......えっ、聞こえてなかったのかな?))

((──可能性は高いです。))

((いや、今の距離で聞こえないことある?))

((──佐藤は、効率を優先して行動しているようです。
  本日は3件の案内があるため、
  次の作業へ早めに移行したと推測されます。))

((そっか......うん、そうかもね~。
  ゼニス、佐藤『さん』ね......ふふ))

1件目を後にして、
そのまま次の2件も案内してもらった。

どちらも新築で、
条件もほとんど同じだったけれど——

((......ヒヨリ北レジデンスだっけ?最初の物件ね。
  あそこがホントによかった気がするんだよね......))

((──はい。設備や間取りに大きな差異はありません。
  ですが、遙の反応はヒヨリ北レジデンスに、
  より好意的な傾向を示していました。))

((うんうん、確かにそうだと思う。))

((──ヒヨリ北レジデンスに決めますか?))

((うん......そだね!決めちゃおうか!))

3件目を退出し、建物を出ると、
佐藤さんが軽くタブレットを確認しながら口を開いた。

「では、一度サンクチュアリ27へ戻りましょう。
 お手続きのご案内をいたします。」

((おぉ......もう決める流れになってる......ふふ))

((──はい。そういう段階です。))

((だよね〜、じゃあ戻ろっか。))

「はい、お願いします。」

新しい生活が始まるかも......
歩きながら、そんな予感が脳裏を掠め、
胸の奥がほのかに熱くなる。

サンクチュアリ27に戻ると、
受付の女性が軽く会釈し迎えてくれた。

「お戻りですね。どうぞこちらへ。」

案内された席に腰を下ろすと、
佐藤さんがタブレットと書類をまとめて持ってきた。

「それでは、
 先ほどご覧いただいた物件のご説明をさせていただきます。」

((手際がいいな佐藤さん......ふふ))

((──はい。))

「よろしくお願いします。」

佐藤さんはタブレットを操作しながら話を続けた。

「3件とも新築で条件は似ておりますが、
 いかがなさいますか?」

「ヒヨリ北レジデンスがいいと思ってます。」

「ヒヨリ北レジデンスですね。承知いたしました。
 では、手続きを始めてもよろしいでしょうか?」

((おぉ......考える時間とかないんだね......ふふふ))

((──はい。佐藤は効率重視の傾向があり、
  手続きを早めに進める判断をしたと推測されます。))

((佐藤『さん』ね......))

「はい、お願いします。」

「では、こちらの書類に必要事項をご記入ください。」

書類が静かに差し出される。
目を通した瞬間、手が止まった。

((ねぇ......
 名前と希望入居日しか記載するとこないんだけど......いいのかな?))

((──はい。サンクチュアリ27では、この形式が採用されています。
  必要最低限の情報のみで手続きが完了します。))

((最低限すぎない!?))

佐藤さんは淡々と説明を添える。

「お名前と入居希望日だけご記入いただければ大丈夫です。」

((......普通って、住所とか勤務先とか必要だよね......!?))

((──はい。一般的にはそのような情報が必要ですが、
  サンクチュアリ27では必要ないということです。))

((まぁ......勤務先とか住所もわかんないから、ありがたいけどさ~......))

とりあえず......名前と、1週間後の日付で入居希望日を記載し、
佐藤さんへと渡す。

「確認いたしました。問題ございません。では手続きを進めますね。」

((早っ!?))

((──佐藤は処理速度が安定しています。))

((佐藤『さん』ね......))

佐藤さんはタブレットを再び操作し、
数秒だけ画面を確認するとスッと顔を上げた。

「では、明日からご入居いただけます。」

((えっ......そんなすぐ!?))

((──はい。
  サンクチュアリ27では、即日対応が標準仕様です。))

((サンクチュアリ27......すごいね......))

「わかりました、ありがとうございます。」

佐藤さんは軽く頷き、静かに書類を整えた。

「それでは、明日の午前中にこちらへお越しください。
 鍵と、入居に関する簡単なご説明をいたします。」

((ホント......怖いくらいとんとん拍子で決まったね......ふふ))

((──サンクチュアリ27のシステムが優れている証拠です。))

((すごい、不動産屋さんだね、サンクチュアリ27......))

((──はい。))

「明日の午前中ですね、よろしくお願いします。」

そう言って席を立ち、
サンクチュアリ27を後にした。