ゼニスは視界の隅で笑う~裁きはリングで決する、不条理な監視社会で生き残れるか~

「そろそろ、夜ごはんどうするか考えないとだね~。」

((──はい。))

「何食べよっかな~......ゼニスは食べたいのない?」

((──わたしは食事を必要としませんが、
  唐揚げは非常に良いものでした。))

「ゼニスは、唐揚げも好きっと......メモしておこう......ふふ」

((──好き......という概念ではありません。))

「はいはい~、わかってるってば。
 でも、良いって言うなら好きに近いよね~?ふふっ」

ゼニスの光が、わずかに揺れた。

((──......表現としては、否定しきれません。))

「ほら~~やっぱり好きなんじゃん! かわいいな~ゼニス♪」

そんな軽い掛け合いなのに、
胸の奥がじんわりあたたかくなる。

((──遥が楽しそうだと、わたしも安定します。))

「え、なにそれ! 今の言い方ちょっとかわいい!」

ほんの一瞬、ゼニスの返答に柔らかさを感じた。
気のせい......なのかな。

「じゃ~夜ごはんは、テイクアウト? お店で食べる? どっちがいいかな?」

((──どちらでも対応可能です。
  遥が快適に食事を摂れる選択を推奨します。))

「そういえば、退院してから部屋でしかご飯食べてないよね?
 ......ってことは、そろそろ外食するのもアリでしょ~!」

((──はい。外食行動は、
  環境からの適度な刺激を得る機会にもなります。))

「つまり、オススメってことだね……ふふっ」

((──はい。推奨します。))

「そだな~、さすがに顔とか洗ってからにしよっかな......
 ある意味、寝起きだしね~......えっへへ」

((──はい。最低限のマナーですね。))

「うわぁ~、マナーとか言い始めちゃったよ......」

軽く笑いながら、洗面台に向かう。
顔をぱしゃぱしゃっと洗ってタオルで拭くと、
さっきまでのぼんやり感がすっと抜けていく。

「よし!これでOKでしょ~。
 ゼニス、行こっか!」

((──準備完了。))

「なんか出撃するみたいだね......あはは」

財布を手に取り、
外食にわくわくしながら、
部屋をあとにする。

外の風は少しひんやりして、
気分がすっと切り替わるようだった。

((ゼニスは、中華とか和食とか......
  興味あるジャンルってないの?))

((──特に興味があるものはないですが、
  遥が好むものには興味があります。))

((......唐揚げは中華かな......))

((──唐揚げですが、
  中華の技法を取り入れた日本発祥の和風揚げ物として、
  和食カテゴリに分類される傾向があります。))

((でた~!ゼニス辞書解説......
  てか、わたし唐揚げの気分って言ってないよ!?))

((──遥のデータを分析すると、
  唐揚げを選択する確率が最も高いと推測しました。))

((ふむふむ......なるほど。
  わたしのデータから唐揚げを選択する確率が高いと......
  よしっ!絶対に唐揚げは食べませんっ!))

((──推定確率の変動を確認しました。
  しかし、唐揚げを意識しているという点では
  依然として優位です。))

((きぃ~っ、それなら絶対に唐揚げがない店を選んでやる~!))

((──唐揚げがない店舗の候補も、提示可能です。))

「もう......ゼニスの手のひらで踊らされてるみたいじゃん......あはは」

思わず声に出して笑ってしまう。

((──遥。声量にご注意を。))

((ですよね~......))

肩の力が抜けて、自然と笑みがこぼれた。

((冗談はさておき、ホントどうしようかな?
  う~ん、オムライスとか食べたいかも!))

((──オムライスですね。提供している店を検索します。))

((ぶらぶらしながら、探すんでもいいよゼニス。))

((──はい。では、散策しながら探しましょう。))

ぶらぶら歩きながら周囲を見渡してみると、
ふと、まばたきをしていない人がやけに多いことに気づく。

だけど——
そのほうが自然に思えてしまう。

規則正しいリズムで歩き、
一定の角度でスマホを見て、
同じタイミングで信号を渡っていく。

まるで、みんな忙しいからそうしているだけみたいに。

違和感はあるけど、
同時に『こういうものだよね』と
不思議と受け入れていた。

「みんな忙しそうだね~......」

ぼそっと声に出た。

((──はい。人の流れは効率的に最適化されています。))

((効率的に最適化とか、なんか怖いっていうか......
  でも、社会ってそんなものなのかもね......))

((──はい。社会は個々の行動が集まり、
  最適化される傾向を持つ集合体です。
  遥の感じ方も、その一部です。))

「あ~~っ!暇なのわたしだけじゃん!」

((──遥。声量にご注意を。))

((は~い。))

((──遥は暇なのではありません。
  現在、社会的タスクから一時的に離脱しているため、
  周囲との行動リズムが一致しにくいだけです。))

((ありがと......ゼニス))

ゼニスの淡い光が、
わずかに明度を増したように見えた。

それは返事の代わりみたいで、
胸の奥がじんわり温かくなる。

「オッムライス! オッムライス!」

思わずリズムにのって口に出してしまい、
自分でハッとする。

((ごめん、声量に注意でした。ふふ))

((──はい。))

その返事に合わせて、
ゼニスの淡い光が、
まるで呆れているみたいに
ほんの少しだけ揺れた。

ぶらぶら歩いているうちに、
どこをどう進んできたのか、よく覚えていない。
気づくと食堂の前にいた。

目の前のショーケースには、
オムライスの食品サンプルが並んでいる。

((オムライスじゃん!))

((──はい。ここにしますか?))

((ひかり食堂だって......はじめて見たかも......))

((──検索にもヒットしないようです。))

((へぇ......隠れた名店的な感じかな?))

((──可能性はあります。))

((もしかして、食堂って唐揚げあるんじゃ……))

((──可能性はさらに高まりました。))

「オムライスと唐揚げだね......夜ご飯は......ふふふ」

そうつぶやきながら、
ひかり食堂と書かれた暖簾をそっとくぐり、
店内へと入る。

どこか懐かしい空気の漂う、
昔ながらの老舗食堂といった趣だった。

長年使い古された感のある、
木のテーブルと椅子が整然と並ぶ。

しかし、
それらには汚れや傷がなく、
長年この場所で営んできた店内とは思えない。

古いはずなのに新品のような――
そんな不思議な食堂だった。

「お好きなお席どうぞ〜。」

と声をかけてくれたのは、
食堂をずっと切り盛りしてきたような、
やわらかい笑顔の女性だった。

「は〜い。ありがとうございます。」

軽く会釈しながら言って、
奥の席へと腰かける。

腰を下ろしたタイミングで、
さっきの店員さんが近づいてくる。

「ご注文お決まりでしたら、お声がけくださいね。」

柔らかい声が、食堂の空気にそっと溶けた。

「は〜い、ありがとうございます〜。」

微笑んで返事をする。
テーブルの端に置かれていたメニュー表を手に取った。

パラリと開く。

......少し古めのデザイン。
字体やレイアウトに、どこか懐かしい気配がある。

でも......

角に折れ曲がりや油染み、
色褪せもない......

使い込まれているように見えるけど、
まるで新品に見える不思議な感覚。

((ゼニス、このメニューなんかスゴイね!))

((──はい。
  一見すると経年劣化しているようですが、
  同時に新品同様の状態にも見えます。))

((なんかそれ、頭が混乱しそうな矛盾だね~。))

((──気にする必要はありません。
  使用には問題ありませんので。))

((うん、気にしてるわけじゃないよ。
  不思議だな~って、ちょっと思っただけ......))

((──遥。唐揚げはありそうですか?))

((そうだった! 唐揚げ、超大事じゃん!!))

メニューの中に、
オムライスと唐揚げの両方がちゃんと載っていることを確認し、
店員さんにそっと声をかけた。

「すいませ~ん。注文お願いします。」

声をかけると、
店員さんは振り返って微笑んだ。

「は〜い、ただいま〜。」

「え~っと、オムライスと唐揚げをお願いします。」

「オムライスと唐揚げですね。
 少々お待ちくださいね~。」

注文を終え、
ふと店内を見渡してみる。

壁際に、小さな本棚があった。

置いてある本の並びが妙に整っていて、
背表紙の高さも色味も、どれも均一にそろっている。

まるで――
同じ本を何冊も並べているみたいな揃い方。

((......全部、同じ本なのかな?))

((──同じ本を複数配置するのは、
  非合理的です。
  通常では考えられません。))

((その本が、めっちゃ好きとか~。
  まぁ......ないか......ふふふ))

((──それなら、可能性はゼロではないですね。))

「いやいやいや!ないでしょ〜〜っ!あははは〜!」

思わず大きな声でツッコんでしまったのに、
店員さんは何事もなかったように、淡々と作業を続けている。

((......くろいわベーカリーの時も思ったけど、
  わたしへの無関心ぶりがスゴイ......ふふふ))

((──遥に対して無関心なのではありません。
  作業に集中していると、周囲の音が入りにくくなるだけです。))

((あ〜......たしかに、わたしもあったな~。
  『七瀬さん聞いてます?』とかよく言われてた気がする......))

((──遥も体験があるように、
  一般的によくあることなのです。))

((だよね〜。))

脳内会話を楽しんでいると、
注文した料理が運ばれてきた。

「オムライスと唐揚げです。
 唐揚げは揚げたてで、熱いので注意してくださいね。」

「は~い。ありがとうございます。」

((めっちゃ美味しそうだね~ゼニス。))

((──はい。美味しそうですね。
  遥の食欲が高まっていることが伝わってきます。))

((いやいや、美味しそうだけでいいの!
  食欲が〜とか言わなくていいよゼニス......ふふ))

オムライスをスプーンですくい、
一口ほおばる。

ふわっとした卵の甘みと、
中のケチャップライスの香ばしさが広がっていく。

((おいしい!))

自然とほっぺがゆるむ。

((ゼニス、これめっちゃ美味しい!))

((──はい。味覚はないので、直接的に味わうことはできませんが、
  遥の反応で、オムライスも非常に良いものだと理解できました。
  つまり、美味しいということです。))

((うんうん、素直に美味しいって言えば、
  もっといいけどね〜......うふふ))

((──美味しいですね、遥。))

((じゃ〜、ゼニスが楽しみにしてる唐揚げも食べてみよ〜。))

唐揚げを箸でつまみ、そっと一口かじる。

じゅわっと広がる肉汁に、
衣のサクッとした食感が重なって......
一瞬で幸福感が押し寄せてきた。

「おいしっ! 熱いけど、めっちゃ美味しい〜!」

思わず声に出てしまう。

((──遥。熱いのでご注意を。))

((揚げたてなの忘れてたよ〜......えへへ))

((──気をつけてください、遥。))

((うん。唐揚げも美味しいね、ゼニス。))

((──はい。唐揚げも美味しいです。))

((ホント......一緒に食べてるって、いいもんだよね〜!))

((──はい。非常に良いものです。))

そのあとも、
オムライスのまろやかさと、
唐揚げの香ばしい余韻を楽しみながら、
ゆっくりと食べ進めた。

気づけば、お皿はきれいに空っぽになっていた。

「ふぅ〜......お腹いっぱい!ごちそう様でした!」

胸の奥まで、じんわり満たされていく感覚。

((──満腹状態を確認しました。
  良い食事でしたね、遥。))

((うん! 大満足だよ〜!))

((──良い傾向です。))

オムライスと唐揚げのお皿をそっと重ね、
テーブルの上を軽く整える。

それから席を立ち、レジで会計を済ませる。

大満足の食事を提供してくれた
ひかり食堂をあとにした。