スキゾフレニアの恋人

 その日の夜の映画はツナマヨくんのおすすめを観ることになった。ツナマヨくんは「ホラー映画だけれどグロいシーンはそんなにないから」と僕を説得した。僕は「そんなに」という部分に恐怖を覚えた。ツナマヨくんの基準で「そんなに」はおそらく僕の基準では「たくさん」にあたる。

「でも、好きな映画なのよ」

 僕は意を決してツナマヨくんのおすすめ映画を検索した。M・ナイト・シャマラン監督の『オールド』だ。監督が有名だから名前だけは知っている映画だった。

「たしかにシャマラン監督ならグロいイメージはないな」
「でしょう? 怖がりすぎよ、あなた」

 僕らはいつも通り「いっせーの」で同時に映画を再生した。

 『オールド』は2021年にアメリカが制作したホラー映画だ。話のおおまかな筋は「1日で50年が経過する奇妙な砂浜」に取り残された家族たちの決死の脱出劇を描くものだった。僕はなんとなくスティーヴン・キングの小説みたいだなと思った。もっとも、アメリカのホラー映画なんかみんなスティーヴン・キングの影響下にあると言われればそれはそうだ。

 僕は最初とても楽しく『オールド』を鑑賞していた。普段ホラー映画をまず観ない僕には色々な要素が新鮮に映った。日本では無名に近い俳優陣の顔と名前を新しく知ることもできた。今後はホラー映画を一緒に観るのも悪くないなと思った。

 しかし、話が中盤に差し掛かると雲行きが怪しくなり始めた。奇妙な砂浜に取り残された人々はみななんらかの「病気」を抱えていることがあきらかになったのだ。人々は時間の経過と同時に病気の悪化とも戦わなければならなくなる。そして、ある病気を抱えた人物が主人公たちの敵対者として立ちはだかることになる。

 話が終盤を迎える頃には、僕は何も喋れなくなっていた。気分が悪かった。ツナマヨくんに心配をかけないように途中までは話を合わせていたが最後にはそれも無理になった。僕はまったくの無言で映画のエンドクレジットを見つめた。

 映画を観終えたあと、ツナマヨくんが「つまらなかった?」と僕に尋ねた。僕は「いや」と答えた。実際、いい映画だと思う。でも。そう、でも、だ。

「でも、統合失調症がまるで人を襲うモンスターみたいに扱われていたね」

 ツナマヨくんは「統合失調症?」と疑問符を浮かべた。

「統合失調症って『ルックバック』のあれみたいな?」
「『ルックバック』を観たことはないからわからない」

 ツナマヨくんは「そう」と答えた。僕はベッドに寝転んだまま部屋の天井を眺めた。ツナマヨくんに何を言うべきか考えながら。

「サメは人を襲うと思う?」
「いいえ」とツナマヨくんは言った。「サメは人なんか襲わない。おとなしい生き物だもの。残虐な人食いザメのイメージは、スティーヴン・スピルバーグと『ジョーズ』が作った架空のものよ」

 僕は「そうだね」と首肯する。サメは映画がつくった架空のイメージによっていわれなき迫害を受けている。でも、と僕は思う。ツナマヨくんも「でも」という。

「でも、統合失調症は実際に人を殺したわ。残虐な方法で」

 僕は「そうだね」と再び首肯した。そして、全国を震撼させたあの恐ろしい事件のあらましを思い出した。

『京都アニメーション放火殺人事件』

 2019年7月18日に京都府京都市伏見区にある「京都アニメーション」で発生した日本戦後最悪の殺人事件だ。

 被害者70人が死傷した。
 36人死亡、34人負傷。

 実行犯の男は、 自身の応募した小説が京都アニメーションに盗用されたという「妄想」から犯行に及んだとされる。男は医療機関で「統合失調症」の診断を受けていた。

 統合失調症、恐るべき病気だ。

 統合失調症の症状は「陽性症状」と「陰性症状」の二つに分けられる。

 陽性症状の主な症状は「幻覚」「幻聴」「妄想」など本来「存在しないもの」が生活に現れるというものだ。

 統合失調症の天才数学者を描いた映画『ビューティフル・マインド』では、主人公ジョン・ナッシュのもとに「存在しない親友」や「存在しない国家の陰謀」が次々に現れた。

 統合失調症の患者は自分の陽性症状に気づくこともあれば気づかないこともある。症状も様々で自分を「全能の神」だと信じるものもいれば逆に「自分はもう死ぬんだ」と訴えるものもいる。彼らがそうした「妄想」から人を傷つけることは統計学的にいっても非常に「まれ」だ。サメが人を襲うのと同じくらいには。

 逆に、陰性症状の主な症状は「意欲」「感情」「社会性」など本来「存在するはずのもの」が生活から消えていく。うつ病の症状を思い浮かべてもらうのが一番早いのかもしれない。陽性症状が特徴的な統合失調症だが、やっかいなのはどちらかと言えばこの陰性症状だった。たとえば作家から「小説を書く才能」をまるごと消してしまったりするのだから。

 総じて言えば、統合失調症とは「ないはずのものが現れ、あるはずのものが消える病気」である。原因は、脳内のドーパミンの不均衡が原因というのが一説だった。つまり、脳のある箇所ではドーパミンが異常に増え、また別の箇所では異常に減る。結果、増えた箇所ではドーパミン過多による「陽性症状」が起き、減った箇所ではドーパミン不足による「陰性症状」が起きるのだ。心の病気というよりは「脳の病気」という理解の方が実態に近かった。

「僕はね」と僕は喉がつかえるのを感じた。「僕には、猫の言葉が聞こえるんだ」
「猫の言葉?」
「ジェムさんという猫を飼っているという話はしたよね。僕はジェムさんと会話ができる」
「何かの比喩なの?」
「違う。本当に聞こえるんだ。猫と会話が成り立つように感じられる。昔は何もおかしいことだと感じなかった。猫がしゃべるなんて僕の世界では当たり前のことだったからね」

 ツナマヨくんは「猫がしゃべる」とくりかえした。

「他には?」
「小説を書くのを手伝ってくれるやつがいた。僕は彼を『狼』と呼んでいた」
「狼?」
「名前は彼が名乗ったんだ。狼は僕といつも一緒だった。というか、僕に他の友達はいなかった。学校にはほとんど行けなかったからね
「ご家族は気づいていたの? あなたの、その」
「母親は気づいていなかったと思う。僕を普通の子として扱いたがっていた。でも、父さんは気づいていた。父さんも僕と同じ統合失調症だったんだ。父さんは僕のそれは自分の遺伝だと言った。そして、狼のことを大切にするんだと言った。お前の一番の理解者になるのだから、と」

 でも、僕は父さんとは離れ離れになってしまった。父さんの症状が悪化してそれを気味悪く思った母親が離婚を切り出したのだ。父さんは病気を理由に僕との面会も厳しく制限されるようになった。母親は父さんを「あの頭のおかしい人」と呼んだ。

「狼は母親が嫌いだった。いつか殺してやろうぜ、とよく言っていたよ」
「殺したの?」
「死んだのはたしかだ」

 ツナマヨくんは「それで」と話の続きを促した。

「今、狼はどうしているの?」
「見えなくなってしまった。薬を飲み始めたら次第にね。そして、狼が完全に消えるのと同時に僕は小説を書く才能を失ってしまった。10年前のことだ」

 僕は首を左右に振った。

「実際、小説は僕と狼の合作だったんだ。僕らは創作のあらゆる作業を共有していた。狼は僕の相棒だった」
「でも、その相棒は現実には存在しないのね?」
「僕の頭の中にだけいる架空の相棒だ。でも、僕にとって彼は現実なんだ。しゃべる猫と同じように」

 ツナマヨくんは何も言わなかった。僕の次の言葉を待っていた。

「僕はね」と僕は再び喉をつかえさせた。「僕は、」

 そして、僕は言った。

「僕は、統合失調症なんだ」

 時間が止まってしまった気がした。目覚まし時計の針が動くカチカチという音がいやに大きく聞こえた。ツナマヨくんは「スマホがあるのに時計なんかいる?」と首をひねっていたが、僕は部屋に目覚まし時計がなければ絶対に落ち着かない性分なのだ。

「私、自閉スペクトラム症なの」

 今度はツナマヨくんが言った。

「少し前は、アスペルガー症候群と呼ばれていた。他にも色々あるけれど、一番酷いのはそれ。比喩表現が理解できないの。あいまいなものも嫌い。日常生活には、そうね。今は大丈夫だけれど、以前は支障をきたしていた。人の表情や場の空気を読み取る力がぜんぜんないの。知ってる? 人間のコミュニケーションに占める割合の実に7割が『その場の空気』という非常に曖昧なものからなる非言語コミュニケーションなのよ。私は健常者と比べて3割のコミュニケーション能力しか持っていないというわけ。

 だから、私はあなたに好意を持ったんだと思う。

 あなたは残り3割の言語コミュニケーションのみで私と会話を成り立たせることができる特別な人だから。最初はなぜそんなに言語能力が高いのか不思議に思っていた。でも、作家と聞いて納得がいったわ。あなたは言語のみで人に自分の思いを伝える訓練を何年にも渡って積み重ねてきた人なのよ」

 ツナマヨくんは息継ぎをした。

「でも、私があなたを好きな理由はべつにコミュニケーションが成り立つからではないの。それはスタートラインであって、ゴールじゃない。

 なんと言えばいいのかしら。

 私、あなたと映画を観ていると子供の頃の自分を思い出すの。誰かに自分を無条件に受け入れてもらえると信じ切っていた頃の自分を。それって、すごく特別な感覚だわ。違う?」

 僕は「自閉スペクトラム症」とくりかえした。ツナマヨくんは「そう」と首肯した。

「『ザ・コンサルタント』だ」
「好きよね、あの映画」
「ベン・アフレックがね、いいんだ」
「私も『ビューティフル・マインド』好きよ」

 『ビューティフル・マインド』は2001年にアメリカが制作した伝記映画だ。主演はラッセル・クロウ。ノーベル経済学賞を受賞した統合失調症の天才数学者、ジョン・ナッシュの半生を描く。

 僕はツナマヨくんが『ビューティフル・マインド』を観てくれていて――そして、好きだと言ってくれたことで心から救われた気がした。

 僕は「ねえ、ツナマヨくん」と言った。

「前にデートの話をしたことを覚えている?」
「デート、という言い方はしてなかったと思うけれど」
「今度しよう」
「今度っていつ?」
「明日は?」

 ツナマヨくんは「明日」と会話に句点を打つみたいにくりかえした。

「デートしてなにをするの?」
「映画を観る」
「なんの映画を観るの?」

 僕は「なんでもいいよ」と答えた。すると、ツナマヨくんは「じゃあ」と言った。

「西塔イルハの『アクアリウムの恋人たち』がいい」

 僕は「いいよ」と首肯した。ツナマヨくんは「楽しみね」といつも通り抑揚のない声で答えた。

「ねえ、私がなにをしている人なのか知りたい?」
「もちろん」と僕は言った。「でも、いやならいいんだ。なにをしていてもツナマヨくんはツナマヨくんだ」
「教えてあげる。会ったときに」

 それから、僕らは明日に備えて早めに寝ることにした。僕は電気の消えた部屋でスマートフォンの画面を見た。ツナマヨくんのFlutterアイコンは初期アイコンのままだ。僕にとってツナマヨくんと言えばこの初期アイコンだったのだけれど、明日にはお互い実際に会って顔を合わせることになる。なんだか不思議な感じがした。

「ねえ、本当に僕が怖くない?」
「どうして?」
「僕はある月夜の晩にナイフを持ってきみを訪ねるかもしれない」
「いいわ」

 ツナマヨくんの声はやさしかった。

「そうなったら私のところにきて」