通話時間が96時間を超えた記念に『96時間』を一緒に観た。
『96時間』は2008年にアメリカとフランスが共同制作したクライムアクション映画だ。主演はリーアム・ニーソン。中年の域を越えて老境にさしかかったニーソンがヘトヘトになりながらアクションをがんばる姿に僕らは別の意味で涙を禁じ得なかった。
「アクションシーンでのカット割りの多さに時代を感じるわね」
「やっぱり『ボーン・アイデンティティ』の影響があるのかな?」
「時代的にそうじゃない?」
僕らは特別な用事がない限り――つまり、事実上24時間常に――通話を繋ぎっぱなしにするようになっていた。
「通話時間が500日を超えたら『(500)日のサマー』を観よう」
「100年を超えたら『アデライン、100年目の恋』ね」
「1000年を超えたら『千年女優』だ」
僕もツナマヨくんも仕事もしていなければ学校にも通っていなかったから時間は無限にあった。僕らは人間の四大欲求である「食欲」「性欲」「睡眠欲」そして「映画欲」の充実に勤しんだ。
ツナマヨくんの食事はすべて宅食サービスが配達するミールキットでまかなわれていた。管理栄養士が監修した冷凍弁当のようなものだ。電子レンジがあればいつでもすぐに食べられる。自炊に比べればずいぶん高くつくはずだが「そのへんは心配いらないのよ」とツナマヨくんには特に値段を気にした様子はなかった。僕がパスタを茹でながらにんにくと鷹の爪を刻む音を聞かせていると、ツナマヨくんはお腹の音を鳴らしながら「早くして」とたびたびわがままを言った。
えっちな話になるとツナマヨくんはいつも楽しげだった。ツナマヨくんは自分の胸のサイズはHカップなのだと教えてくれた。Hカップ。とてもおおきな胸だ。僕はそんなにおおきな胸を持つ女の子と知り合いになったことがなかったのでツナマヨくんのスタイルをうまく想像することができなかった。ツナマヨくんは「私は自分の体が自慢なの」と言った。
「だから、えっちな格好をするのも好きよ。コルセットとかね。ウエストを絞って胸を思いっきり強調するの。知り合いからは『そんな格好やめろ』って言われるんだけれど、でも私は好きでやっているんだもの。それは、たまには変な男に絡まれてうっとうしくもあるけれど、好きな格好をするための必要経費というやつね」
えっちなことをしたあとには、ツナマヨくんは「あなたの声すごく好きよ」と何度も僕に言って聞かせてくれた。僕もツナマヨくんの声が好きだと言った。ツナマヨくんは「誤解しないで欲しいんだけれど」と僕に念を押した。
「誰とでもするわけじゃないのよ。本当に。一緒にしたのはあなたがはじめて」
「一緒にしたのは?」
「見ていてあげることはある」
「それって楽しいのかな?」
「どうかしら」とツナマヨくんは頭の上に疑問符を浮かべた。「暇潰しね、たぶん。そういうことに付き合ってあげれば、みんなかまってくれるから」
「自分を安売りし過ぎているんじゃないかな?」
「お金を取ったことはないけれど」
「そうじゃなくて」と僕は言った。「つまり、そんなことしなくてもきみにはふさわしい話し相手がきっと見つかったんじゃないかなということだよ」
「あなたみたいな?」
僕は押し黙った。自分がツナマヨくんにふさわしい話し相手かどうかと言えば答えは確実にノーだ。僕は30歳で、ほとんど無職で、おまけに病人だった。いったい僕なんかが誰にふさわしいというのだろう?
毎日ちょうど0時になると僕らは寝る支度をした。ツナマヨくんが「なにか面白いことをして」というので僕は寝る前に一緒に観ていた『ペインハスラー』を何段階かのプロットに分解して解説してみせた。もしその映画が教本に忠実につくられているならプロットのターニングポイントから「現在の時間経過」と「おおまかな次の展開」を読み取ることができる。
僕が初見の映画にもかかわらず知識と経験にもとづく「予言」を次々に行うと、ツナマヨくんは「お見事ね」と感心したようにうなった。
「超能力者みたいだわ」
「ちょっとしたコツがあるんだ」
僕はシド・フィールドやブレイク・スナイダーの脚本術に関する話を少しした。ツナマヨくんは「でも知っているのと実際にできるのとではまったく別の話だと思うけれど」と言った。
「作家か何かなの?」
僕は「まあ、そんなところだね」とお茶を濁した。ツナマヨくんは例によって「そんなところって何?」と僕に尋ねた。ツナマヨくんはあいまいな表現を決して許さないのだ。僕は観念して答えた。
「元作家なんだ。今は無職だ」
「書くのをやめた、ということ?」
「まあ、そんなところだね」
ツナマヨくんが「その『まあ、そんなところだね』という返事の仕方やめてくれる?」といらいらした声で言った。
「書くのをやめたの? やめてないの? どっちなの?」
「書くのはやめてない」と僕は言った。「でも、なにも書けない。書くのをやめたのと同じだ」
「どうしてなにも書けなくなってしまったの? それだけの知識と経験があって」
僕は「それは」と言いかけて口をつぐんだ。ツナマヨくんが「それは?」と尋ねた。僕は長く沈黙を守った。不思議なことにツナマヨくんは沈黙を守る限りはおとなしく返事を待っていてくれた。ツナマヨくんはただ「あいまいな表現」に苛立つだけなのだ。沈黙という明快な答えにはかえって安心感を覚えるのだろう。
「言いたくない」と僕はやがて言った。
「わかった」とツナマヨくんは即答した。「ごめんなさい。いやだった?」
「いやじゃないよ。これは僕の問題だ。僕が悪いんだ」
ツナマヨくんはいつもの抑揚のない平坦な声で「私には何が悪いのかわからないけれど」と言った。僕はツナマヨくんはもしかして僕を慰めようとしてくれているのだろうかと思った。
「きみは?」
「私?」
「何をしている人なの?」
今度はツナマヨくんが沈黙する番だった。しかし、意図は明白だ。イエス・オア・ノーの世界に生きるツナマヨくんが即答できないのならそれはつまり「話したくない」ということなのだ。
「ごめんなさい」とツナマヨくんは言った。「話したくないの。この話はこれでおしまいよ」
僕は「わかった」と首肯した。僕らはどうやらお互いなにかのっぴきならない秘密を抱えているらしいなと思った。もちろん、秘密を抱えずに生きている人間はいない。これは世界中の男女の間で今も交わされているおなじみのやりとりのひとつに過ぎないのだ。
「いつかあなたに会ってみたいわ」
とツナマヨくんは言った。僕は「そうだね」と返した。
「でも、今は会えないのね?」
「今の秘密を抱えた状態できみと会ったら僕は息苦しくて窒息してしまうと思う」と言ってから僕は嘆息した。「ごめん。今のは比喩だ」
「人は秘密を胸につかえさせて窒息死したりはしない」
「その通り」
『96時間』は2008年にアメリカとフランスが共同制作したクライムアクション映画だ。主演はリーアム・ニーソン。中年の域を越えて老境にさしかかったニーソンがヘトヘトになりながらアクションをがんばる姿に僕らは別の意味で涙を禁じ得なかった。
「アクションシーンでのカット割りの多さに時代を感じるわね」
「やっぱり『ボーン・アイデンティティ』の影響があるのかな?」
「時代的にそうじゃない?」
僕らは特別な用事がない限り――つまり、事実上24時間常に――通話を繋ぎっぱなしにするようになっていた。
「通話時間が500日を超えたら『(500)日のサマー』を観よう」
「100年を超えたら『アデライン、100年目の恋』ね」
「1000年を超えたら『千年女優』だ」
僕もツナマヨくんも仕事もしていなければ学校にも通っていなかったから時間は無限にあった。僕らは人間の四大欲求である「食欲」「性欲」「睡眠欲」そして「映画欲」の充実に勤しんだ。
ツナマヨくんの食事はすべて宅食サービスが配達するミールキットでまかなわれていた。管理栄養士が監修した冷凍弁当のようなものだ。電子レンジがあればいつでもすぐに食べられる。自炊に比べればずいぶん高くつくはずだが「そのへんは心配いらないのよ」とツナマヨくんには特に値段を気にした様子はなかった。僕がパスタを茹でながらにんにくと鷹の爪を刻む音を聞かせていると、ツナマヨくんはお腹の音を鳴らしながら「早くして」とたびたびわがままを言った。
えっちな話になるとツナマヨくんはいつも楽しげだった。ツナマヨくんは自分の胸のサイズはHカップなのだと教えてくれた。Hカップ。とてもおおきな胸だ。僕はそんなにおおきな胸を持つ女の子と知り合いになったことがなかったのでツナマヨくんのスタイルをうまく想像することができなかった。ツナマヨくんは「私は自分の体が自慢なの」と言った。
「だから、えっちな格好をするのも好きよ。コルセットとかね。ウエストを絞って胸を思いっきり強調するの。知り合いからは『そんな格好やめろ』って言われるんだけれど、でも私は好きでやっているんだもの。それは、たまには変な男に絡まれてうっとうしくもあるけれど、好きな格好をするための必要経費というやつね」
えっちなことをしたあとには、ツナマヨくんは「あなたの声すごく好きよ」と何度も僕に言って聞かせてくれた。僕もツナマヨくんの声が好きだと言った。ツナマヨくんは「誤解しないで欲しいんだけれど」と僕に念を押した。
「誰とでもするわけじゃないのよ。本当に。一緒にしたのはあなたがはじめて」
「一緒にしたのは?」
「見ていてあげることはある」
「それって楽しいのかな?」
「どうかしら」とツナマヨくんは頭の上に疑問符を浮かべた。「暇潰しね、たぶん。そういうことに付き合ってあげれば、みんなかまってくれるから」
「自分を安売りし過ぎているんじゃないかな?」
「お金を取ったことはないけれど」
「そうじゃなくて」と僕は言った。「つまり、そんなことしなくてもきみにはふさわしい話し相手がきっと見つかったんじゃないかなということだよ」
「あなたみたいな?」
僕は押し黙った。自分がツナマヨくんにふさわしい話し相手かどうかと言えば答えは確実にノーだ。僕は30歳で、ほとんど無職で、おまけに病人だった。いったい僕なんかが誰にふさわしいというのだろう?
毎日ちょうど0時になると僕らは寝る支度をした。ツナマヨくんが「なにか面白いことをして」というので僕は寝る前に一緒に観ていた『ペインハスラー』を何段階かのプロットに分解して解説してみせた。もしその映画が教本に忠実につくられているならプロットのターニングポイントから「現在の時間経過」と「おおまかな次の展開」を読み取ることができる。
僕が初見の映画にもかかわらず知識と経験にもとづく「予言」を次々に行うと、ツナマヨくんは「お見事ね」と感心したようにうなった。
「超能力者みたいだわ」
「ちょっとしたコツがあるんだ」
僕はシド・フィールドやブレイク・スナイダーの脚本術に関する話を少しした。ツナマヨくんは「でも知っているのと実際にできるのとではまったく別の話だと思うけれど」と言った。
「作家か何かなの?」
僕は「まあ、そんなところだね」とお茶を濁した。ツナマヨくんは例によって「そんなところって何?」と僕に尋ねた。ツナマヨくんはあいまいな表現を決して許さないのだ。僕は観念して答えた。
「元作家なんだ。今は無職だ」
「書くのをやめた、ということ?」
「まあ、そんなところだね」
ツナマヨくんが「その『まあ、そんなところだね』という返事の仕方やめてくれる?」といらいらした声で言った。
「書くのをやめたの? やめてないの? どっちなの?」
「書くのはやめてない」と僕は言った。「でも、なにも書けない。書くのをやめたのと同じだ」
「どうしてなにも書けなくなってしまったの? それだけの知識と経験があって」
僕は「それは」と言いかけて口をつぐんだ。ツナマヨくんが「それは?」と尋ねた。僕は長く沈黙を守った。不思議なことにツナマヨくんは沈黙を守る限りはおとなしく返事を待っていてくれた。ツナマヨくんはただ「あいまいな表現」に苛立つだけなのだ。沈黙という明快な答えにはかえって安心感を覚えるのだろう。
「言いたくない」と僕はやがて言った。
「わかった」とツナマヨくんは即答した。「ごめんなさい。いやだった?」
「いやじゃないよ。これは僕の問題だ。僕が悪いんだ」
ツナマヨくんはいつもの抑揚のない平坦な声で「私には何が悪いのかわからないけれど」と言った。僕はツナマヨくんはもしかして僕を慰めようとしてくれているのだろうかと思った。
「きみは?」
「私?」
「何をしている人なの?」
今度はツナマヨくんが沈黙する番だった。しかし、意図は明白だ。イエス・オア・ノーの世界に生きるツナマヨくんが即答できないのならそれはつまり「話したくない」ということなのだ。
「ごめんなさい」とツナマヨくんは言った。「話したくないの。この話はこれでおしまいよ」
僕は「わかった」と首肯した。僕らはどうやらお互いなにかのっぴきならない秘密を抱えているらしいなと思った。もちろん、秘密を抱えずに生きている人間はいない。これは世界中の男女の間で今も交わされているおなじみのやりとりのひとつに過ぎないのだ。
「いつかあなたに会ってみたいわ」
とツナマヨくんは言った。僕は「そうだね」と返した。
「でも、今は会えないのね?」
「今の秘密を抱えた状態できみと会ったら僕は息苦しくて窒息してしまうと思う」と言ってから僕は嘆息した。「ごめん。今のは比喩だ」
「人は秘密を胸につかえさせて窒息死したりはしない」
「その通り」
