スキゾフレニアの恋人

 甲斐さんと半年ぶり――つまり、僕にマイクとインターフェースを押しつけにきたとき以来に――顔を合わせたのは、駅前のホテルラウンジだった。ホテルラウンジには僕らと同じように仕事の打ち合わせをするサラリーマンと赤いジャケットの男の姿があった。

 甲斐さんはコーヒーを注文すると、僕に「久しぶり」と笑みを浮かべた。僕は「お久しぶりです」と返した。もう既になんとなく居心地の悪い感じがし始めていた。

「配信はどう?」
「まあまあです」
「うまくいっているみたいね」

 甲斐さんは何かを探るように僕の両目をまっすぐ覗き込んだ。僕はとっさに視線を外した。甲斐さんは「ふふ」と笑みをこぼした。

「ま、気に入ってくれたようでなにより。プレゼントしたかいがあるわ」
「あまり期待されても困ります」
「そりゃね」と甲斐さんは肩をすくめる。「急にスランプから抜け出せというのも無茶な話よ。でも、なにかしらきっかけは必要じゃない? エンジンのイグニッションみたいな」

 私の見立てでは、と甲斐さんは僕の胸を指さした。

「あなたのなかには、この10年の間に蓄えられた燃料がもうたっぷり詰まっているはずよ。ただ、エンジンに点火することができないだけ。きっとあまりに長い時間が経ってしまったから部品が錆びついてしまったのね。私はあなたの再点火を助けたいの」
「僕はもう終わった作家ですよ」
「また始めるのよ。何度でも」

 ウェイトレスがコーヒーカップを二つ持って現れた。甲斐さんは会話をいったん中断してコーヒーに角砂糖をふたつ落とした。僕もそうした。甲斐さんは「この話はできればしたくないんだけれど」といったん前置きを入れた。

「薬を飲まない選択肢はないのかしら」

 甲斐さんは机の上で手を組むとまじめな顔で僕を見詰めた。

「集中力が続かないというのは、薬の副作用なわけでしょう? やめたら状況は好転するんじゃないかしら。実際、あなたは病気の頃にはなんら問題なく小説が書けていたのだし」
「なんら問題なく」
「訂正するわ」と甲斐さんは僕の言葉を払うように手を振った。「生活に多少の問題を抱えながらも。でも、生活に問題があるのは今も同じでしょう。だったら、薬は小説を書く邪魔をしているだけじゃない。違う?」
「集中力の低下は症状のひとつでもあるんです。どちらがどうとは、」
「なら、いずれにせよ薬はなんら効果を発揮していないということよ」

 僕は「でも」と無駄な反論を試みた。

「症状はマシになっています」
「あなたの場合はそれがまさしく問題なのよ。過去のあなたは言ってみれば病気からインスピレーションを得ていたわけでしょう? 薬はあなたの才能にふたをしてしまったというわけ。それじゃあ書けるものも書けないわ」
「健常者は病気からのインスピレーションなんかあてにしませんよ」
「私はあなたの話をしているのよ」

 甲斐さんは「ねえ」と眉をひそめた。

「もちろん、病気の症状を抑えるのは場合によっては必要よ。たとえば、実生活に悪影響が及ぶ場合とかね。でも、あなたは症状が深刻な頃でも問題なく仕事ができていたじゃない。あなたには病気の症状を抑える必要がそもそもなかったのよ。こうなるとわかっていれば私も薬物療法には断固反対したのに」
「たしかに仕事ははかどっていましたよ。でも、」
「その話はいいの」と甲斐さんは僕の話をさえぎった。「とにかく、私が言いたいのは薬物療法をやめて他の治療法に切り替えるべきだということよ。非薬物療法に実績のある病院をいくつか紹介してもいい。あなたが望むならね」

 甲斐さんは首を左右に振った。

「私はね、あなたの失われた10年が悔しいのよ」

 失われた10年、と僕は思った。そして、はじめて小説を書き上げた頃のことを思った。

 当時、僕は20歳だった。東京の大学に通うために地元を離れて一人暮らしをしていた。とはいえ、僕も同い年のほとんどの学生と同様に勉強にはあまり身を入れずもっぱら映画館で映画を観る日々を送っていた。僕は毎週金曜日になると朝から晩まで映画館で新作映画の視聴にふけった。面白い映画があり、つまらない映画があった。面白いけれど深みに欠ける映画もあれば、つまらないけれど何度も観てしまう映画もあった。そんな映画漬けの毎日を過ごすうち、僕は自分の中に「物語の芽」のようなものが萌え出るのを感じた。なかなか立派な芽だった。うまくやれば大きく育つかもしれないと思った。僕はAmazonでブレイク・スナイダーの『SAVE THE CATの法則』とホワイトボードを購入し、思いつくままに付箋を貼って物語のプロットを考えた。プロットを考えるのは楽しい作業だった。僕が今まで観た膨大な数の映画がそのままアイデアのもとになった。あとはそれを適切な場所に配置するだけだ。

「斬新なアイデアとは、既存のアイデアの組み合わせである」

 僕はほとんど寝食を忘れて執筆作業に没頭した。僕の集中力はほとんど――というか、まったく――病的と呼んで差し支えなかったと思う。アイデアは嵐の夜の稲妻のように次から次へと僕に降り注ぎ、僕はそれらすべてを全身で受け止めた。

 小説は3日後に完成した。我ながら会心の出来だった。新人賞の規定枚数を完全に超過していたので、僕は処女作をネット小説として発表することにした。別に金が欲しいわけではなかったし誰かに読んでほしいともそれほど思わなかった。ただ、出来上がった小説が世に出ることを望んでいたように僕には思えたのだ。

 公開された小説はたいして読まれなかった。少なくとも僕が思ったほどには。だから、登録したメールアドレスにとある出版社の編集部から連絡がきたときは本当に驚いたのだ。担当編集者は、自分を「甲斐」と名乗った。

「あなたの小説、面白いけれどこれじゃぜんぜん売れないわね」

 僕は甲斐さんの指導のもとに何度も小説を書き直した。甲斐さんの指摘は常にロジカルで正しかった。しかし、甲斐さん自身はそうしたロジカルな思考を超越するアイデアを作家に求めているらしかった。僕らはときには意見を戦わせ、ときには妥協を重ねて歩みを進めた。僕より四つ年上で既に編集者として活躍している甲斐さんは僕には年齢以上に大人びて見えた。

「小さな出版社なのよ。だから入社したの。早いうちから好きにやれそうだったから」

 改稿に改稿を重ねるうち、小説の内容は当初とはほとんど違ったものに変わっていった。それでも僕が筆を止めなかったのは物語の芯となるテーマをしっかりと掴んでいたからだ。甲斐さんはその点には非常な感心を見せた。

「自分を見失わないというのは作家が持つべき才能のひとつね」

 そして、小説は完成した。甲斐さんは「おめでとう」と祝福の言葉を授けてくれた。実際またこれは甲斐さんにとっても独力ではじめて出版にこぎつけた小説だったのだ。僕も甲斐さんも自分の仕事にいたく満足していた。

「10年後も一緒に仕事ができるといいわね」

 と甲斐さんは言った。僕は「ぜひ」と答えた。

 それから、10年が経った。僕が世に出せた小説は結局そのひとつだけだった。甲斐さんは順調にキャリアを重ね、今では編集部のエースとして出版社の急成長に貢献している。甲斐さんが僕を気にかけるのは、若手時代の苦労をともにした相手に対するセンチメンタリズムでしかないのだ。

「とにかく、考えてみて」

 甲斐さんは僕のぶんも支払いを済ませると、ホテルラウンジをあとにした。僕はしばらく外の景色を眺めていたが、そのうち残ったコーヒーを飲み干して帰途に就いた。

 自宅のアパートメントに帰ると猫のジェムさんが「おかえり」と僕の足元にすり寄った。

「どこへ行ってきたんだい?」
「甲斐さんに会ってきたんだ」
「甲斐さん?」
「編集者の人」
「ぼくの知らない人だな」
「ジェムさんに会う前に知り合った人だからね」

僕は配信に使っているMacBookでegword Universal 2を久々に立ち上げた。僕は真っ白な原稿にためしに気の向くまま文章を書きつらねてみようとした。昔、本格的な執筆作業に入る前にそうしたように。しかし、だめだ。三行と書けない。

 おれは終わった作家なんだ。

 僕はegword Universal 2を閉じた。そして、代わりにOBS studioを立ち上げた。ツナマヨくんがきてくれるといんだけれどな、と思った。