ツナマヨくんのアイコンは初期アイコンだった。プロフィールは空白だ。アカウントはFlutter連携もされていない。つまり、ツナマヨくんの趣味嗜好を今の時点で推し量るのはあらゆる点から不可能だった。僕は話題を探るために「どこからきたの?」と尋ねた。
「映画のハッシュタグ検索からきたのよ」
とツナマヨくんは答えた。僕は「映画が好きなんだね」と確認した。ツナマヨくんは「そう」と同意した。僕は「好きな映画は?」と尋ねた。
「『テリファー』」
僕は「『テリファー』」とくりかえした。
「ちなみに、アート・ザ・クラウンのグッズ蒐集が趣味よ」
僕は「とんでもないやつがきたな」と思った。
『テリファー』は2016年にアメリカが制作したホラー映画だ。アート・ザ・クラウンは映画に登場する猟奇殺人鬼で、今では往年の名作映画『IT』のペニーワイズから「悪のピエロ」のアイコンを継承したような立ち位置にいる。ちなみに、僕は『テリファー』を観たことはない。僕はある種のホラー映画のジャンルに頻出するグロテスクなゴア表現がとても苦手なのだ。血液と内臓が飛び交うような傾向のある映画はまず観ないようにしていた。たとえば『ホステル』とか。
「『ホステル』も大好きよ。シリーズは全部観ている」
僕は「こいつマジでやばいな」と思った。
『ホステル』は2005年にアメリカとチェコが共同制作したホラー映画だ。その他の内容を僕は何一つ知らない。映画のメイン要素が凄惨極まるゴア表現であること以外は。僕は『SAW』も観られない人間なのだ。『ホステル』なんか観られるわけがない。
「『SAW』ね。いつも寝るとき子守唄代わりにしているわ」
僕は「この子は猟奇殺人鬼なのかな?」と思った。というか、仮に今は猟奇殺人鬼じゃなくてもいずれは猟奇殺人鬼になる類の人間だ。
『SAW』は2004年にアメリカが制作したホラー映画だ。猟奇殺人鬼「ジグソウ」を主役にした大人気シリーズで現在まで計10作が制作されている。当然、グロ描写は満載だ。僕は一作目の途中でギブアップしたので話の内容は又聞きでしか知らない。なぜこんな(と言ったら失礼だが)視聴者を選ぶ映画がこれほど大人気なのか正直理解できなかった。
僕は話題を変えようと思った。
「『ズートピア2』は観た?」
「観ていない。どうだった?」
「いい映画だったよ」
「いい映画って何?」
「つまり」と僕は少し考えをめぐらせた。「最近のディズニーはポリティカル・コレクトネスを前面に押し出しすぎているように感じていたから、もしかしたら今回もそうなるんじゃないかと僕は危惧していたんだ。新作ならともかく思い出深い『ズートピア』でそれをやられたらと考えると結構つらいものがあった。でも実際ふたを開けてみたらそこに待っていたのはまさしく10年前に僕が観たズートピアの続編だったんだ。そういう予想を裏切って期待を裏切らなかったところがすごくよかったね。あとなぜか急に挿し込まれた『シャイニング』のパロディでめちゃくちゃ笑ってしまったのもある」
ツナマヨくんは「なるほど」と言った。配信画面に表示されたコメントから表情を推し量ることはできないが、その「なるほど」からはいささかの感心の念が感じ取れた。
「あなたの話し方すごく具体的で好きだわ」
それから、ツナマヨくんは僕の配信にしばしば現れるようになった。ツナマヨくんの現れるタイミングは新作映画の公開日とぴったり重なっていた。僕は金曜日になるとだいたいいつもツナマヨくんと新作映画の話をした。
「今日は『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を観たよ」
「どうだった?」
「面白かったよ」
「どのへんが?」
「つまり」と僕はいつものように考えをめぐらせた。「僕は最初不安だったんだ。壮大なスケールのSF超大作というから『2001年宇宙の旅』みたいな冗長な映画なのかと思って。でも実際観てみるとビッグバジェットとは思えないくらい焦点が絞られたコンパクトな映画だった。2時間35分の上映時間もまったく苦にはならなかった。ほとんどがライアン・ゴズリングの一人芝居というのも僕の好きな要素だったかな。僕はロケーションや登場人物が限定された小規模な映画が好きだから」
「『月に囚われた男』みたいな?」
「『月に囚われた男』みたいな」
僕が「サム・ロックウェルも好きな俳優だな」というと、ツナマヨくんは「『ジョジョ・ラビット』とか好きそう」とコメントした。実際僕は『ジョジョ・ラビット』でサム・ロックウェル演じるクレンツェンドルフ大尉が大好きだった。
「きみは好きな俳優はいる?」
ツナマヨくんは少し考えたあとに「西塔イルハを知っている?」と尋ね返した。僕は「西塔イルハ?」と疑問符を浮かべた。
「日本の女優?」
「そう」
「ごめん、邦画とテレビは観ないんだ」
沈黙。多分、沈黙だ。その後、ツナマヨくんは「じゃあ、クリストファー・ウォーケン」と答えた。
「クリストファー・ウォーケンが真顔でダンスしながら宙を舞う動画が好きなの」
僕は「クリストファー・ウォーケンが真顔でダンスしながら宙を舞う動画」とくりかえした。ツナマヨくんは「そう」と答えた。
「とても面白いのよ。あとでURLを送ってあげる」
配信後にFlutterのチャットに送られてきたYouTubeのURLを開くと、動画の内容はたしかに「クリストファー・ウォーケンが真顔でダンスしながら宙を舞う動画」としかいいようがないものだった。2001年にスパイク・ジョーンズが製作したファットボーイ・スリムの「Weapon Of Choice」のプロモーション・ビデオだ。クリストファー・ウォーケンのミュージカル俳優らしい軽やかなステップに僕はすっかり感心してしまった。ツナマヨくんはこんな愉快な動画をいったいどこから見つけてくるんだろうと思った。
初配信から半年が経過する頃になると、僕の配信にも常連の視聴者が増えてきた。ほとんどは10代から20代の学生で、授業や講義の合間のスキマ時間に30分ほど配信を見にくる、というのが多かった。僕の声が好きだという視聴者も一定数存在した。おかげで僕は自分の声に対するコンプレックスをいささか和らげることができた。事実はどうあれ欠点を他人に受け入れてもらえたと感じられるのは嬉しいものだ。
ツナマヨくんも今では僕の配信に毎日入り浸るようになっていた。僕が配信開始の通知を飛ばすと5秒と経たずツナマヨくんが「こんばんは」と最初のコメントを打った。ツナマヨくんは僕の配信でもっとも熱心な古参の常連だった。ただし、ツナマヨくんが他の視聴者と一緒にコメントすることはない。ツナマヨくんはいつも僕の配信にいの一番に現れるが映画の話を一通りすると他の視聴者がコメントにきたタイミングで挨拶もせずいなくなってしまう。かと思えば、コメントが再び途切れたタイミングで再び現れて何食わぬ調子で話の続きを始めたりもする。
「配信にはいつもいるわよ。最初から」
とツナマヨくんは言った。
「でも、だいたいは配信を聞きながら他のことをしているの」
僕は「他のことって?」と尋ねてみた。ツナマヨくんからの返答はなかった。僕は暇さえあれば一日中配信しているから、ツナマヨくんは朝から晩までいつも配信にいる、ということになる。
ツナマヨくんはいったいなにをしている人なのだろう?
同様の疑問はツナマヨくんにもあるらしかった。ある日、ツナマヨくんは「あなたはなにをしている人なの?」と僕に尋ねた。
「一日中配信をしているみたいだけれど」
「自宅が仕事場なんだ」
「でも仕事をしている様子がないわ」
「仕事をするもしないも自由なんだ」
ツナマヨくんは「自営業?」と尋ねた。僕は「そう」と答えた。ツナマヨくんは「ふうん」というのにわざわざコメントを打った。
「気楽な商売ね」
僕は「そうかもしれないね」と言った。でも本心は違った。実際のところ僕の仕事はぜんぜんまったく「気楽な商売」などではないのだ。
「映画のハッシュタグ検索からきたのよ」
とツナマヨくんは答えた。僕は「映画が好きなんだね」と確認した。ツナマヨくんは「そう」と同意した。僕は「好きな映画は?」と尋ねた。
「『テリファー』」
僕は「『テリファー』」とくりかえした。
「ちなみに、アート・ザ・クラウンのグッズ蒐集が趣味よ」
僕は「とんでもないやつがきたな」と思った。
『テリファー』は2016年にアメリカが制作したホラー映画だ。アート・ザ・クラウンは映画に登場する猟奇殺人鬼で、今では往年の名作映画『IT』のペニーワイズから「悪のピエロ」のアイコンを継承したような立ち位置にいる。ちなみに、僕は『テリファー』を観たことはない。僕はある種のホラー映画のジャンルに頻出するグロテスクなゴア表現がとても苦手なのだ。血液と内臓が飛び交うような傾向のある映画はまず観ないようにしていた。たとえば『ホステル』とか。
「『ホステル』も大好きよ。シリーズは全部観ている」
僕は「こいつマジでやばいな」と思った。
『ホステル』は2005年にアメリカとチェコが共同制作したホラー映画だ。その他の内容を僕は何一つ知らない。映画のメイン要素が凄惨極まるゴア表現であること以外は。僕は『SAW』も観られない人間なのだ。『ホステル』なんか観られるわけがない。
「『SAW』ね。いつも寝るとき子守唄代わりにしているわ」
僕は「この子は猟奇殺人鬼なのかな?」と思った。というか、仮に今は猟奇殺人鬼じゃなくてもいずれは猟奇殺人鬼になる類の人間だ。
『SAW』は2004年にアメリカが制作したホラー映画だ。猟奇殺人鬼「ジグソウ」を主役にした大人気シリーズで現在まで計10作が制作されている。当然、グロ描写は満載だ。僕は一作目の途中でギブアップしたので話の内容は又聞きでしか知らない。なぜこんな(と言ったら失礼だが)視聴者を選ぶ映画がこれほど大人気なのか正直理解できなかった。
僕は話題を変えようと思った。
「『ズートピア2』は観た?」
「観ていない。どうだった?」
「いい映画だったよ」
「いい映画って何?」
「つまり」と僕は少し考えをめぐらせた。「最近のディズニーはポリティカル・コレクトネスを前面に押し出しすぎているように感じていたから、もしかしたら今回もそうなるんじゃないかと僕は危惧していたんだ。新作ならともかく思い出深い『ズートピア』でそれをやられたらと考えると結構つらいものがあった。でも実際ふたを開けてみたらそこに待っていたのはまさしく10年前に僕が観たズートピアの続編だったんだ。そういう予想を裏切って期待を裏切らなかったところがすごくよかったね。あとなぜか急に挿し込まれた『シャイニング』のパロディでめちゃくちゃ笑ってしまったのもある」
ツナマヨくんは「なるほど」と言った。配信画面に表示されたコメントから表情を推し量ることはできないが、その「なるほど」からはいささかの感心の念が感じ取れた。
「あなたの話し方すごく具体的で好きだわ」
それから、ツナマヨくんは僕の配信にしばしば現れるようになった。ツナマヨくんの現れるタイミングは新作映画の公開日とぴったり重なっていた。僕は金曜日になるとだいたいいつもツナマヨくんと新作映画の話をした。
「今日は『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を観たよ」
「どうだった?」
「面白かったよ」
「どのへんが?」
「つまり」と僕はいつものように考えをめぐらせた。「僕は最初不安だったんだ。壮大なスケールのSF超大作というから『2001年宇宙の旅』みたいな冗長な映画なのかと思って。でも実際観てみるとビッグバジェットとは思えないくらい焦点が絞られたコンパクトな映画だった。2時間35分の上映時間もまったく苦にはならなかった。ほとんどがライアン・ゴズリングの一人芝居というのも僕の好きな要素だったかな。僕はロケーションや登場人物が限定された小規模な映画が好きだから」
「『月に囚われた男』みたいな?」
「『月に囚われた男』みたいな」
僕が「サム・ロックウェルも好きな俳優だな」というと、ツナマヨくんは「『ジョジョ・ラビット』とか好きそう」とコメントした。実際僕は『ジョジョ・ラビット』でサム・ロックウェル演じるクレンツェンドルフ大尉が大好きだった。
「きみは好きな俳優はいる?」
ツナマヨくんは少し考えたあとに「西塔イルハを知っている?」と尋ね返した。僕は「西塔イルハ?」と疑問符を浮かべた。
「日本の女優?」
「そう」
「ごめん、邦画とテレビは観ないんだ」
沈黙。多分、沈黙だ。その後、ツナマヨくんは「じゃあ、クリストファー・ウォーケン」と答えた。
「クリストファー・ウォーケンが真顔でダンスしながら宙を舞う動画が好きなの」
僕は「クリストファー・ウォーケンが真顔でダンスしながら宙を舞う動画」とくりかえした。ツナマヨくんは「そう」と答えた。
「とても面白いのよ。あとでURLを送ってあげる」
配信後にFlutterのチャットに送られてきたYouTubeのURLを開くと、動画の内容はたしかに「クリストファー・ウォーケンが真顔でダンスしながら宙を舞う動画」としかいいようがないものだった。2001年にスパイク・ジョーンズが製作したファットボーイ・スリムの「Weapon Of Choice」のプロモーション・ビデオだ。クリストファー・ウォーケンのミュージカル俳優らしい軽やかなステップに僕はすっかり感心してしまった。ツナマヨくんはこんな愉快な動画をいったいどこから見つけてくるんだろうと思った。
初配信から半年が経過する頃になると、僕の配信にも常連の視聴者が増えてきた。ほとんどは10代から20代の学生で、授業や講義の合間のスキマ時間に30分ほど配信を見にくる、というのが多かった。僕の声が好きだという視聴者も一定数存在した。おかげで僕は自分の声に対するコンプレックスをいささか和らげることができた。事実はどうあれ欠点を他人に受け入れてもらえたと感じられるのは嬉しいものだ。
ツナマヨくんも今では僕の配信に毎日入り浸るようになっていた。僕が配信開始の通知を飛ばすと5秒と経たずツナマヨくんが「こんばんは」と最初のコメントを打った。ツナマヨくんは僕の配信でもっとも熱心な古参の常連だった。ただし、ツナマヨくんが他の視聴者と一緒にコメントすることはない。ツナマヨくんはいつも僕の配信にいの一番に現れるが映画の話を一通りすると他の視聴者がコメントにきたタイミングで挨拶もせずいなくなってしまう。かと思えば、コメントが再び途切れたタイミングで再び現れて何食わぬ調子で話の続きを始めたりもする。
「配信にはいつもいるわよ。最初から」
とツナマヨくんは言った。
「でも、だいたいは配信を聞きながら他のことをしているの」
僕は「他のことって?」と尋ねてみた。ツナマヨくんからの返答はなかった。僕は暇さえあれば一日中配信しているから、ツナマヨくんは朝から晩までいつも配信にいる、ということになる。
ツナマヨくんはいったいなにをしている人なのだろう?
同様の疑問はツナマヨくんにもあるらしかった。ある日、ツナマヨくんは「あなたはなにをしている人なの?」と僕に尋ねた。
「一日中配信をしているみたいだけれど」
「自宅が仕事場なんだ」
「でも仕事をしている様子がないわ」
「仕事をするもしないも自由なんだ」
ツナマヨくんは「自営業?」と尋ねた。僕は「そう」と答えた。ツナマヨくんは「ふうん」というのにわざわざコメントを打った。
「気楽な商売ね」
僕は「そうかもしれないね」と言った。でも本心は違った。実際のところ僕の仕事はぜんぜんまったく「気楽な商売」などではないのだ。
