不機嫌な幼なじみと鈍感な僕

僅かな寂しさと遼人との別れの後味の悪さを引きずりながら帰路につく。
一軒家やアパートが建ち並ぶ住宅街。そこの二階建ての緑の屋根が特徴的な家が旭の住んでいる佐野夫婦の家だ。

 旭は自宅の合鍵で玄関先へと入ると「ただいまー」と奥のリビングに向かって声を掛ける。
しばらくして、花柄のエプロンを身に付けたまま現れたのが旭の義母である佐野文子(さのふみこ)さんだ。

顔の輪郭が少し丸み帯びていて、ショートカットの優しい笑顔だけではなく人柄も温厚な彼女。
彼女の笑顔は旭が此処に居ることを許されている証明のようで、帰ってくるたびに安心できた。

「旭、おかえりなさい」
「ただいま、文子さん」
「今日は部活お休みだったのね」
「うん、今日は顧問の先生がお休みだったから……。ちゃんと連絡入れてなくてごめんなさい」
「いいのよ、気にしないで。旭が無事に帰ってきたらそれでいいか
ら。晩御飯、できてるから着替えておいで」

 文子さんに言われて、玄関すぐの二階へ繋がる階段に足を踏み出
したところで、旭は急に思い立ち、彼女を呼び止める。

「あ、そうだ。文子さん、今年も施設で縁日やるんだ。僕も行こうと
思うんだけど……」
「旭の育った場所だものね、もちろん。いってらっしゃい。遼人くん
も星杏ちゃんも喜ぶわよ」
「うん。それで、星杏ちゃんがその日、浴衣着たいって言ってたんだ
けど……。文子さんに着付けとか頼みたいなって思って……。浴衣
は園で用意してくれると思うんだけど……」

 文子さんなら『ダメ』なんてことは言わないと分かっていても、遠
慮による後ろめたさから伏し目がちになる。

「もちろん、いいわよ。そうよ、確か箪笥に私が着てた朝顔の浴衣があったはず。探しておくわね。当日、星杏ちゃん連れてきていらっしゃい」

「ありがとう。星杏ちゃん、喜ぶよ」

 着付けどころか自分の浴衣を探してくれる文子さんに驚きながら
も、旭も自分のことのように嬉しくなった。園が用意してくれる浴衣は、きっと誰かからの貰い物だ。同じおさがりだったとしても、那月兄妹共々親交の深い、文子さんが着ていた浴衣を着る方が何倍
も星杏ちゃんは喜んでくれるような気がした。

「遼人くんは?浴衣いいの?どうせなら旭も着て三人で御祭り行っ
たらいいじゃない」
「僕はいいよ……。遼は……どうだろう。浴衣は乗り気じゃないみ
たいだから……」
「そう?旭、遠慮しなくていいのよ?」
「うん、ありがとう。僕は大丈夫だから星杏ちゃんのだけで充分」

 心配そうに眉を下げて問うてくる文子さんにそう返事をすると、旭は静かに二階へと上った。三人で浴衣を着て園の夏祭りを歩く姿を想像して、少しだけアリかもと思ったが先程の遼人のやり取りを
思い出しては気持ちが萎んだ。

『あさひの部屋』と札のかかった扉を開けて部屋の中に入るなり深く息を吐く。
最近、遼人と上手く関係を築けていない気がする。

 元々遼人の性格は気分屋で何考えているか長年一緒にいる旭です
ら分からなかったが、高校に上がるまではもっと楽しく過ごせてい
た気がする。

 少なくとも今みたいに常に不機嫌な表情ではなく、笑った顔の方が多かった。

今まで通り、接しているつもりでも、自分の言動で遼人に不快な思いをさせている時が多くなった気がする。
  
星杏ちゃんは思春期だからだと言っていたけど、本当にそうなのだろうか……。

やはり遼とクラスが離れて寂しくさせているからか……。

 それとも遼は僕のことを嫌いになってしまったんだろうか……。

 けれど、今朝は遼から連絡してきたしその線はない気がするけど……。

 家に帰ればそんな答えの出ないことを考えることが増えた。
旭は机に通学鞄を置くと、鞄の内ポケットから和柄の小さい手のひらサイズの巾着を取り出す。紐を解いて中のものを摘まみ出すと澄んだ水色のビー玉を取り出して、部屋の明かりに照らす。

 旭がまだ園で暮らしていた頃に遼人から貰ったもの。御守りのように大事に仕舞って持ち歩いていた。