不機嫌な幼なじみと鈍感な僕

学校から走って三十分程で最寄りの駅に辿り着いた。

踏切がカンカンと鳴っては電車が通り過ぎて行くのを見届け、ゆっくり駅構内へと入って行く。時刻は午後二時ちょうど。都内まで一時間程かかるので、もうそろそろ帰ってくる頃だろう。
旭は乗り場の待合所のベンチで遼人が帰ってくるのを待っていた。



改札口から人が出てくる度に遼人の姿を探す。午後の授業をサボってまで星杏ちゃんに背中を押されてきたものの、遼人と話すことを考えていなかった。きっと遼人に今の気持ちを伝えてしまえば良くも悪くも関係は変わるだろう。

 それ以前に話しを聞いてもらえるかも危うい。幼馴染に対してこんな邪な感情を抱いていることを軽蔑されるかもしれない。

 待ち人を待つ間、リュックを抱えたままそんなことを考えていると到着した電車から下車してくる人の中に遼人がいた。大きいスポーツバックにナイロン素材の黒無地のパーカーにジャージを着ている。

 キャップに色付きの眼鏡なんかして、今まで見てきた彼と違う雰囲気にドキッさせられた。
見ないうちに、遼人の美しさに磨きがかかったような気がする。

「りょ、遼……。おかえり」

 旭は改札付近まで歩み寄って行くと、彼が改札口を抜けると同時に目が合った。声を掛けてみるものの、素通りされてしまった。旭は慌ててその背中を追いかける。 

「遼、待って」

 旭が何度呼びかけても振り返ることはせずに、ずんずん前へと進んでいってしまう。駅構内を抜け、道路に出る。信号で止まったところで漸く追いつくことができた。

「遼、久しぶり。レッスンの帰り?星杏ちゃんから聞いたよ、本格的に向こうで活動するって」

 前を見据えて信号機を見つめたまま動じない遼人。完全に無視されている……。
いくら気まずい別れ方をしたからと言って、幼馴染に無視を決め込むのは如何なものだろうか。
 遼人の態度に腹が立った旭は、信号が青に変わり、先へ進もうとする彼の腕を掴んだ。

「ねぇ遼、なんで怒ってんの」
「はぁ⁉怒ってねぇし」

 反論する声にあからさまに怒気が込められている。

「遼が返事してくんないからじゃん。理由話してくんないと僕だって分かんない」

 すれ違う人達の視線を気にしながらも、今この手を離したら遼人は逃げてしまいそうで旭は握る手にギュッと力を込めた。

「それは‼いい加減にしてくれよ……少しは俺の気持ちも考えろよ……」
「考えろって……。分かんないよ。遼の気持ちなんて」

 遼人の本心は彼自身しか分からない。旭がいくら考えたところで分かる訳がない……。遼人が何で怒っているかも、なんで離れていくかも分からない。けれど、そうやって離れていくのは寂しい。
どんどん遼人が遠くなってしまうのは嫌だ……。

「邪魔者の俺は二人の邪魔しないように気を遣ってやってんの」
「なんで?遼を邪魔だなんて僕は思ってないよ」
「お前が思ってなくてもっ。俺が気にすんだよっ。妹の恋路なんか邪魔したくない」
「邪魔って、今まで僕たち一緒だったじゃん。今更邪魔もなにも……」
「俺が苦しいんだよ。お前らを見んのが……」

 遼人は旭の手を振りほどくと、その場に屈みこんで頭を抱え込んだ。その姿を見て、旭は酷く抱き締めたい衝動に駆られる。

「なんで?」

 こんな場面で不躾だと分かっていても遼人の本音を聞き出したくて意地悪いのを自覚しながら問う。

「なんでって……。い、言えるわけないだろっ」

 旭の問いに顔を上げた遼人は、瞳を潤ませながら瞠目していた。その顔が可愛くてたまらない。不謹慎にも自分だけのモノにしたい独占的な欲が掻き立てられる。

旭は無理やり遼人の腕を掴んで立ち上がらせると、商店街を抜け人の目につかないビルとビルの隙間へと連れて行く。その間も遼人の抵抗する声が後ろから聞こえてきたが無視をしてやり過ごした。

暗く光の当たらないビルとビルの隙間。遼人と向かい合うなり、旭は遼人の体をキツく抱き締めた。