不機嫌な幼なじみと鈍感な僕

蝉が鳴く八月中旬。青い空にカンカン照りの太陽。ついにこの日が来た。今朝の我が家は慌ただしい。

 縁日が始まる二時間前から星杏ちゃんが自宅に訪問してきた。目的は義母である文子さんに浴衣を着付けて貰うためだ。

 リビング奥の畳の間で障子扉を閉めて着付けをしている。時折聞こえてくる星杏ちゃんが嬉々としている声を耳にしながら、旭はリビングのダイニングテーブルの上で一眼レフのカメラのお手入れをしていた。

「旭……どうかな?」

 暫くして扉が開かれると、着付けを終えた星杏ちゃんが肩を竦めて恥ずかしそうに出てきた。

旭はゆっくりと彼女の足元から視線を上げていく。この日の為に綺麗に整えたのであろう足の爪は水色にキラキラ輝いていた。

 白を基調とした記事に、水色、青、薄紫の朝顔が散りばめられた柄に紫色の帯。
決して子供っぽ過ぎず、かといって大人っぽすぎない、その浴衣は彼女らしくてとても似合っていた。
 編まれた右側の髪を耳に掻き上げ小花の簪が揺れる。良く見ると口元が僅かに色づいていて化粧もしているのだろうか。女性はこんなにも洋服や、身なり一つで変わる物なのかと感心した。

「似合ってるよ、すごい。綺麗だね」

 旭がそう答えると星杏ちゃんの頬が微かに桃色に色付く。

「そうかな」
「うん」

 照れている彼女に伝染して旭も気の利いた言葉を返すことが出来ずにいると、星杏ちゃんの後ろから文子さんが出てきた。

「ホント、星杏ちゃん。元々可愛いから、おばさん楽しくなっちゃって、やりすぎちゃったかしら?」
「いいえ、有難うございます。とっても可愛いです」
「そう、良かった。星杏ちゃんみたいな可愛い子が旭の彼女だったらおばさん、嬉しいわ」
「文子さん‼」

 幾ら文子さんでも星杏ちゃんに対して失礼すぎる発言に、旭は思わず声を上げる。星杏ちゃんには自分はもったいないくらい綺麗だ。それに彼女にはこれから花火大会に一緒に誘われた相手がいると言うのに……。

「あら、ごめんなさい。余計なお世話だったわね」

 旭の声に言葉を慎んだ文子さんは、口元を抑えて自重していた。

「いいえ、文子さんに褒めて貰えて嬉しいです」
「星杏ちゃん、ほんといい子ね。そうだ、旭も浴衣着て行ってみない?」

 突然文子さんが畳の部屋へと戻ったかと思えば、男性用の紺色の浴衣を持ってきては、そう提案してきた。旭は、顔を上げたと同時に勢いよく左右に首を振る。

「え?僕はいいよ……」
「いいから、こんなこともあろうかと買ってきてたの。旭に来て欲しいなーって思って」

 着たいか着たくないかで言えば、着るのは遠慮したいが文子さんがわざわざ自分の為に買ってきたというのであれば話が変わる。

でも、着て行ったら遼人に笑われそうで気が引けた。

 返事をするのに迷っていると、星杏ちゃんが此方に駆け寄ってくると旭の腕を掴んでくる。

「旭もせっかくだし着ようよ‼遼人に見せつけよ?」

 文子さんが手にしている浴衣と星杏ちゃんを交互に見る。
彼女の期待するような眼差しと、文子さんの気持ちに押されて、旭は渋々頷くしかなかった。