バレンタインデーに適当にチョコを渡したら、いつの間にか彼氏ができてた話

「うーん、オレも応援はしてたけどさあ。まさかここまで露骨になるとはね……」

 4月。進級した俺に一番大きな変化をもたらしたことと言えば、やっぱりクラス替え。
 八ツ屋は結局三年間同じクラスで、今は俺の前の席に座りながら、腑に落ちない顔をこっちに向けている。
 そんで周りにいるのは山越と矢崎。理系コースは三組しかないから確率は高いと思ってたけど、コイツらも今年は同じクラスだ。

「いや~、海寧の心を射止めてたのがまさかマコっちゃんとは、正直俺もビックリよ」
「海寧の態度はかなり分かりやすかったけどな」
「え、マジ? ヒロ君知ってた?」
「オレは気づいたの最近」
「だよな! まさか相手が男だとは思わねえだろ。俺全然そんなの頭になかったし。……ってヤベ。今の偏見っぽかった?」

 申し訳なさそうに山越が俺を窺ってくるけど、コイツのデリカシーのなさは今に始まったことじゃない。それに俺の腹に腕を回しながら、俺の椅子に座ってニコニコ微笑む美甘は何も気にしてなさそう。最初は触れるだけでも照れてたって言うのに、今じゃ片時も離れないくっつきマシーンだ。

「柳くん、どうかした? あ、飴もう無くなっちゃった?」
「もうないけどそうじゃない。お前体温高すぎる。暑いから離れろ」
「えっ、――えっ?」

 ガーン、と効果音でも聞こえそうなほど、言葉に詰まった声が聞こえた。

「い、嫌だ。無理」
 
 しかもさっきより腕が強まった。毎日毎日飽きもせず、どこ行ってもひっついてきやがって。
 俺は大して周りの視線も気にならないし、誰と同じクラスになろうがどうでもよかったけど、コイツと一緒なのは少し避けてほしかったかもしれない。……だって、さすがに夏はくっついて来ないよな?

「おーい、真琴。顔死んでるよ~」
「うるせえ。俺は暑いのも嫌いなんだよ」
「それならこのオレが仰いで差し上げましょうか?」
「お前他人事だと思って面白がってんな」

 八ツ屋の椅子を蹴る。八ツ屋が驚いて飛び跳ねる。その様子が滑稽すぎて、俺の溜飲は少し下がった。
 隣の机に腰かける山越から、吹き出すような笑いが聞こえる。

「ぷっ! お前らやっぱ熟年夫婦みた……、じゃなくて、ベストパートナーだな!」
「……昇。それあんまマシになってないぞ」
「え、嘘」
「ちょっとちょっと山越くん! 美甘くんに睨まれるのオレなんだからやめてよ!?」

 3人がわちゃわちゃと騒ぎ始めた。俺の耳元ではその間、ボソッと抑揚のない低音が響いていた。

「柳くんよそ見しないで……。う、浮気されたらオレ……っ、自分でもどうなっちゃうか――」

 チラッと背後を見ると、整った顔に影を落とす美甘がいる。
 俺はただ少し離れてほしかっただけで、傷つけたかったわけじゃないんだけど。明るい髪色が心なしか光を失ったようにくすんで見えて、ついそれに手を伸ばしていた。

「なに言ってんの。俺の恋人はお前しかいねえよ。今はほんとに暑くて離れたかっただけだし。……でも不安にさせたなら謝る。美甘のことも嫌になったわけじゃないから、そんな顔するな」
「や、柳くん……っ」
「それにわざわざ抱きついてこなくても、手繋ぐとか方法はいろいろあるだろ。これから夏になったら暑くなるし、二人でそういうの探してこうぜ。……別に俺も、お前とくっつきたくないわけじゃないからさ」
「~~ッ、ッ!!」
「美甘?」
「好きッ、好き好き好き……ッ!」

 全身からハートを飛ばすほどの勢いで抱きつかれた。背中に感じる拍動がこっちに伝播するくらい強すぎて、速すぎる。
 俺は美甘の髪を撫でるように指で梳かした。それにもっともっとと俺の顔に頬ずりしてくるのがデカい犬みたいで、ふっと口角が緩んだ。

「――あれ、なんかすげえイチャイチャしてる」
「た、助かった……。美形の真顔ってちょー怖いから、またオレの寿命縮むとこだった……」
「海寧は柳のことになると様子おかしくなるからな。……でも、二人が幸せそうで本当に良かったよ。しばらくはこのまま、そっとしておいてやるか」

 八ツ屋たちのこっちを見守るような視線を感じたけど、俺は美甘の相手をするのに忙しかった。
 蒸せるような暑さに汗が滲む。さっきはお前の体が熱いから、なんて言ったけど、本当は俺もおんなじくらい発熱してるんだよ。だって好きな奴に抱きしめられて、体温上がんないわけないだろ。
 まあこんなこと言ったらコイツが調子に乗るだけだから、言ってやらないけど。

 
***


 俺には最近付き合い始めた恋人がいる。それも俺より大きくて、顔も良くて、時々重く感じるときはあるけど、とびっきりの愛をくれる彼氏が。

「あ、あれって美甘?」
「うっ、うん! この前柳くんに話したやつだよ!」
「ああ……たしか大きいスポンサーと契約することになったんだっけ」

 見上げる俺の視界に入るのは、有名な化粧品会社の広告モデルとして、駅の大型モニターに映し出された美甘の姿。見る人を虜にするような微笑みの上に、乗せた赤いリップが魅惑的で、思わず目を奪われるような魔性の男感がある。とてもじゃないけど、俺のよく知ってる奴と同一人物には思えない。

「恋させる……唇……?」
「今回のメインコンセプトなんだ。……さ、誘ってるような雰囲気を出してほしいって言われたんだけど、出てるかな?」
 
 隣を見ると、縁の広い黒ハットの下で、落ち着きのない視線が俺に向いている。
 モデルやってる時の美甘と、俺の前に立つ美甘。――相変わらずあんまり結びつかないけど、あんなに堂々と撮られてる格好いい男が、俺の前だとグズグズになってすぐ真っ赤になってしまうのが、なんだか不思議だ。

「美甘、演技とか意外と得意そう」
「え……っ、演技?」

 繋いだ手を引っ張って俺は先に歩き始める。

「ま、待って。感想は? オレ誘ってるように見えない? 柳くんのこと、カメラの向こう側に浮かべて撮ったんだけど……?」

 慌てて隣に並ぶ美甘が必死すぎて、小さく笑いがこぼれた。

「わ、わらった……!」
「おい待て、なんか顔近いな――」
「あっ、あのっ、すみません! もしかして美甘くん……ですか?」

 食い入るように凝視されながら歩いていたら、前から駆け寄ってきたロングヘアの女の子に声を掛けられた。花柄のかわいらしいワンピースを着て、丸い大きな瞳が美甘のことを見つめていた。

「きゅ、急にごめんなさい! 遠目からすごくスタイル良い人だなって眺めてたら、美甘くんっぽい顔が見えて、思わず走ってきちゃって……っ」

 そう言う彼女は、わたわたと手櫛で髪の毛を整えている。

「も、もしよかったら、握手とか、写真撮ってもらえたりって――」
「ああ……ごめんね。今はオレ、大事な人と過ごしてるんだ。だからまた今度、一人でいる時に声かけてもらってもいい?」
「……えっ?」

 ――えっ?
 俺も声には出さなかったけど、咄嗟に美甘に視線をやった。ゆるゆると細めたグレーの瞳と目が合う。

「柳くん、行こ。早くしないと映画の上映時間始まっちゃう」

 そして、そのまま彼女の返事も聞かずに、美甘は俺を連れて横を通り過ぎた。すれ違いざまに聞こえた女の子の声は、戸惑いに溢れていた。

「お前、いいの?」
「うん。プライベートなんだから、断るのは自由でしょ。柳くんといる時は、柳くんを優先したいし」
「でも断るの苦手って言ってただろ」
「……それは確かに、今でも苦手だけどね」
「じゃあなんでさっき――」

 立ち止まった美甘が絡めた俺の手を強く握る。

「柳くんが隣にいるから。柳くんが傍にいてくれるだけで、オレは百人力になるんだよ」

 愛おしそうに微笑む綺麗な顔が近づく。帽子の影が俺に重なって、唇に柔らかいリップ音が鳴る。

「大好き、柳くん」
「お前……ここ外なんだけど」
「したくなったからしちゃった」

 でも周りに牽制できるからいいよね? と悪びれる様子の一切ない美甘は、頬を桜色に染めながら眩しいくらいにキラキラと笑っていた。それを愛おしいと、胸がギュッと詰まる俺も大概コイツに惚れてる。
 俺は美甘の手を引き寄せると、同じようにチュ、と音を立てた。

「――俺も好き、美甘のこと」

 一瞬で燃え上がった美甘の顔を横目に、今度こそ映画館に向かおうと手を引く。

「やっ、やなっ、柳くん……!!」
「えっ?」

 でも俺の彼氏は、勝手に暴走し出すのも早かった。

「おい待てッこれ以上は無理だって!」
「オレのほうがもっともっと好き……ッ!!」
「あ、ちょ……っ」

 美甘の愛は、どんなスイーツよりも甘い代わりに、一度ハマったら抜け出せないくらいドロドロしてる。甘すぎて、俺も時々溺れそうだ。

「――オレの隣で、オレのこと一生見ててね、柳くん」
 
 
 結ノ坂男子高等学校には、最近有名なカップルがいるらしい。それも片方は人気モデルの美甘海寧で、他の誰も目に入らないくらい、男の恋人を溺愛しているんだとか。
 ――そんな噂が世間に広がるのは、これからそう遠くない未来の話……かもしれない。

【バレンタインデーに適当にチョコを渡したら、いつの間にか彼氏ができてた話 完】