バレンタインデーに適当にチョコを渡したら、いつの間にか彼氏ができてた話

 春休みへ入る前に、俺たちにはまだ重要なイベントが残されている。それは遠足でも、球技大会でも、3年生を送り出す卒業式でもなく、それはそう――学期末最後に行われる、期末試験のことだ。

 
「お邪魔しまーす!」

 元気な山越の挨拶を先頭に、ぞろぞろとデカい男たちが俺の家に入ってくる。

「や、柳くん! これ、お土産。よかったらご両親が帰ってきたときにでも、一緒に開けて食べて」
「……ありがとう。わざわざ用意してくれたのか?」
「う、うん。今日一日、家をお借りするから。あっ、でも、オレがやりたくてやったことだから、柳くんは気にしないでね」

 美甘はそう言って、俺にケーキが入ってるような白い箱を手渡してくれるけど、たぶん他の奴らはそういう考えすら持ち合わせていない。現に山越は「マコっちゃんの部屋どこ~?」っていの一番に玄関上がってくし、矢崎は「これ小さいときの家族写真じゃないか?」って言いながら下駄箱の上に置かれた写真立てを美甘に教えてるし、八ツ屋はそもそも来たことあるから勝手にリビングのドア開けて入ってった。

「しょ、小学生の柳くんッ!?」
「けっこう面影あるな」
「かっ、かっ、かわいいいい……!!」

 なにやら感激してる様子の美甘は放っておいて、俺は山越を連れ戻しに廊下を戻る。

「おい山越。今日は俺の部屋使わねえからこっちこい」
「え、マコっちゃんの部屋入れねえの?」
「男5人で勉強できるスペースなんて俺の部屋にはないから」
「えー! マジかよ入りたかったー! エロ本漁りたかったー!」

 コイツ、絶対最後のが本音だろ。俺は紙より動画派だから、いくら探しても見つかんねえけどな。

「ねえ柳くん! これ写真撮ってもいいっ!?」
「……勝手にしろ」

 美甘はまだ玄関で騒いでるし。
 すぐさま写真立てにパシャパシャとシャッター音が鳴るのを横目に、矢崎が苦笑しながら上がってくる。俺はそんな矢崎と、部屋に入りたかったーとぶつぶつ文句をこぼす山越をリビングに案内した。

「ヒロくんくつろぐのはやっ」

 リビングではソファに深く座ってスマホをいじる八ツ屋がいる。

「オレは何回も来たことあるからね~」
「八ツ屋と柳は家近いのか?」
「いや? オレの家はむしろ反対にあるけど、ここなら金かからず過ごせるから。学校からも近いし」
「おお……見事な図々しさだな」

 その通りだ矢崎。もっと言ってやってくれ。

「あーっ、なんで勉強なんかしねえといけねえんだ! 俺が彼女作りに奔走するのと、試験でいい成績取るの、どっちが世のため人のためになると思う!?」
「世のためかは知らないが、今やるべきなのは圧倒的に後者だろうな」
「ケンは黙ってろ!」
「オレは前者。彼女はやっぱ作るべき」
「ヒロくん……! ヒロくんなら分かってくれると思ってた……!」

 ヒシッ……と手を握り合う山越と八ツ屋に、呆れながら床に座って教科書を取り出す矢崎。俺は美甘からもらったお土産を冷蔵庫へしまいに行こうとして、まだ本人の姿がないことに気が付く。

「おい美甘――」

 呼びながら玄関に戻った……けど、いったいコイツはいつまで写真眺めてる気なんだ。俺の顔だけズームして撮るのもやめろ。


***



「じゃあ俺お茶用意してくるから」

 なんとか全員がリビングのテーブルに集まったのを見て、俺は今度こそキッチンへと向かった。

「あ、オレも手伝うよ」
 
 美甘が後ろからついてくる。他の3人――主に山越と八ツ屋は、だるそうに教科書とノートを広げながら、好きな女のタイプを語り合っていた。相手する矢崎は勉強の邪魔をされて可哀そう。俺は心の中で合掌だけ送っておく。

「柳くんのご両親……今日も帰ってくるの遅いんだよね?」
「うん。父さんは接待で、母さんは普通に休日出勤」
「……土曜日なのに、柳くん一人?」
「今日はたまたまな。いつもはどっちか家にいること多いよ」
「あ、そうなんだ。それならよかった」

 美甘は何に安心してるのか、眉を下げて緩んだ笑みを浮かべると、俺の持つ白い箱を指さした。

「それ、プリンだよ。学食のプリン好きな柳くんなら、絶対これも好きだろうなって思って、食べてほしかったやつなんだ」
「へえー。なめらかってこと?」
「うん。舌触りがすごくよくてね。……柳くんが食べてるところ、ほ、本当はオレも、目の前で見たかったんだけど……」

 学食のデザートは日替わり制だ。だからプリンは週に1回しか出てこない。
 俺は毎日食いたいくらい学食のプリンが好きけど、スーパーで買ってくる市販のやつは味も食感も違うから、いつも物足りなさを覚えていた。
 箱を冷蔵庫にしまう前に、キッチン台の上に置いて開けてみる。中には瓶のプリンが6つ。
 
「多くね?」
「あ……柳くんがたくさん食べられるようにって思ったら、つい……」
「じゃあ今一個食っていい?」
「えっ!? もちろん!」

 俺は一つ取り出して瓶の蓋を取った。つやつやと輝くカスタードプリンが俺を待っている。一緒についてたプラスチックのスプーンでゆっくりと掬ってそのまま一口。

「……っ! う、うま……!」

 コクのあるクリーミーな甘さが舌で蕩け、バニラの香りが広がる。追うように底から掬い上げた次の一口も、ビターなカラメルが良いアクセントになって絶妙な甘さを引き出していた。

「み、美甘! これすげえうまい!」
「…………う、ん」
「なあ、これどこの店のやつ――」

 隣を向くと、熱で浮かれたような美甘の視線とバチッと合う。碧の深まったグレーの瞳が俺を閉じ込めるみたいに、じっと見つめて離れない。
 
「美甘?」

 あ、唇に触られた。端のほうから舐めるみたいに、指でなぞられてる。

「柳くんに喜んでもらえて、よかった」

 そう言いながら、俺の唇をいじった親指が、美甘の赤い舌に吸われていく。

「ほんとうだ。甘くて、おいしいね」

 目尻を下げてとろんと微笑む美甘は、息を呑むほど美しかった。心臓を鷲掴みにされるって、こういうことなのかって、俺を捕らえようとするその瞳から、固まったまま動くことができない。

「――おーい、マコっちゃんたちまだ~?」
「っあ、ごめん、すぐ行く……!」

 無意識に止めていた息が、山越の一言によって吐き出された。酸素が循環して、心臓がビートを刻むみたいにドッドッドッと繰り返し音を主張する。

「……美甘、下の棚から適当にコップ取って」
「あ、う、うん……っ」

 美甘は自分でしたくせに、白金の髪から覗く耳朶は真っ赤だった。――プリンを慌てて食べる俺も、この高鳴る鼓動の意味が、よく分からなかった。



「なんで数学なのにこんなアルファベットが多いんだよおおお」
「サイン……コサイン……タンジェント……。えっ、これってオレらほんとに将来使う? 問題文の意味すらよく分かんないんだけど?」

 数Ⅱの教科書を前にして、山越が呻き、八ツ屋が開き直ってキレ始める。

「数学なんてとりあえず公式覚えとけ。当てはめりゃなんとかなるから」

 そんで矢崎は随分パッションだな。

「うーん、意味が分かればけっこう数学も面白いんだけどね」
「えっ、美甘くんって数学得意なの?」
「いや、得意……ってほどでは」
「やめるんだヒロくん! こう見えて海寧は数学のスペシャルボーイ……でも教わったところでほとんど何言ってるか分かんねえから、その道には進まない方がいいぜ」
「え、そうなの? 美甘くんって生粋の理系なんだ……意外」

 八ツ屋は目を開いて感心してるけど、ここにいる俺たちは一応全員理系クラスだ。山越なんて絶対向いてないだろうに、なんで文系を選ばなかったんだか。

「マコっちゃんの視線が痛い……。俺だって母ちゃんが、『男は問答無用で理系だよ!』なんて言わなかったら、潔く文系いってたし~!」
「なんだ、時代錯誤な親がいるのは山越だったか」
「え、なに? 時代……?」

 その言葉の意味も分からないなら、文系でも多分やっていけないだろうな。

「――ねえちょっとさ、昼休憩にしない? オレたちなんだかんだ2時間くらい勉強してるよ」

 八ツ屋にそう言われて時計を見ると、確かに10を示していた短針は、もう12を越えようとしていた。

「そうだな……。俺も数字と向かい合うのは少し疲れた……」
「おお~! そうしようぜそうしようぜ! どうする? なんか食いにいく?」

 目頭を押さえて俯く矢崎の肩をバンバンと叩きながら、山越が意気揚々と立ち上がる。他の奴らもそれに合わせて動こうとしてるけど、俺はポケットから札束を取り出して、みんなの前に出した。

「――今日は母さんから金もらってるから、これで出前でも取ろう」