それから数日後。
「いてっ、ま、真琴!」
なんでよりにもよって、体育が1時間目からあるんだろうな。
「ちょ……っ、いってえ!?」
足を延ばして座る八ツ屋が前で喚いてるけど、俺は気にせず乗り上げるように背中を押した。日頃の体育への憎しみを込めて、特別に全体重をかけてやろう。
「ふざけんな! ギブッ、ギブだって!!」
「お前体硬すぎ」
「真琴に言われたくないんだけど!?」
グラウンドを叩いて限界を示す八ツ屋に、俺は渋々離れた。まだ朝一の脳が覚醒しきってない体で運動するのも嫌だけど、そもそも外のグラウンドでストレッチさせんのもどうかしてる。砂とか小石が足につくじゃん。
「はい次背中伸ばし合って~」
緩い体育教師の声が前から響く。俺は砂を払いながら立ちあがって、痛そうに太ももを擦る八ツ屋へ手を貸した。
「……真琴ってさー、何気にギャップの塊みたいな男だよね」
「は? 何言ってんの?」
「いや……、美甘くんもこういうところにコロッとやられちゃったのかなって」
俺の手を取りながらぶつくさ呟く八ツ屋は、最近ずっとこんな調子で様子がおかしい。特に美甘が現れると顔をさっと逸らして、自然とどこかに消えていく。いつも気づいたらいなくなってるから、俺が隣にいない八ツ屋へ話しかけたことが何回あるか。
「お前実は美甘と仲悪かったりする?」
「えっ、なんで!? そんなわけないじゃん!」
「でも美甘が来たら八ツ屋どっか行くだろ」
「そ、それはさあ……、やっぱ、二人っきりにさせてあげた方がいいのかなって思って……。それに、オレが真琴にくっついてると、美甘くんの顔がちょっと引き攣るっていうか、怖いっていうか……」
ごにょごにょと聞こえづらい声量で話す八ツ屋の背後に回って、俺は後ろ向きに立つ。そのまま交差するように腕を取り、肘を曲げながら上半身を前に倒した。
「ちょおっ急に伸ばすなって――!」
今度は俺の背中の上で八ツ屋が喚いている。
「身長たいして変わんないんだからきつくないだろ」
「そういう問題じゃねーよ! 一言くらいくんないとビックリするだろって!」
面倒な奴だな。
「おいため息聞こえてるから!!」
ジタバタと足を揺らす八ツ屋が重かったので、俺は体を起こした。いつも一方的に喋りかけてくるのはうるさいけど、コイツはグダグダ悩んでるよりも元気に騒いでる方がちょうどいい。
「ああもう、下ろす時も急……」
「次、お前の番」
「ッだー! 分かってるってば!」
勢いのままぐっと体を持ち上げられる。背中が気持ちいいほど伸びた。空が青い。でも日光が眩しい。
「……あのさあ……真琴は最近どうなの? 美甘くんと」
「どうって?」
「ほら、一緒に下校したりしてるじゃん。この間も二人で遊びに行ったって聞いたし」
「うん。お前に話した通りだけど。あとは学校で普通に昼食べて、休み時間に時々会うくらいだろ?」
「いや、そうね? それはそうなんだけどね?」
背中合わせで喋ってるとすげえ振動伝わってくる。俺、意外とこのストレッチは好きなんだよな。
「んー、なんかさーオレからすると、二人の距離近くない? って思っちゃって」
「距離? 俺と美甘の?」
「そう。……や、たぶんあっちはそういうつもりできてるんだろうけど、真琴はさ、違うから。オレはこのまま、面白半分で黙っておいてもいいものなのかどうか――」
「美甘はもともとスキンシップ多い奴なんだろ。俺もよく手握られたりハグされたりするし」
「うんそうだよね、手握ってハグするよね――ってえええ!?」
八ツ屋が突然振り返ってきたせいで、俺はずり落ちて地面に倒れそうになった。
「ッ、おい! 危ねえな……!」
「うわっ、ごめんごめんごめん!!」
いつかの繰り返しでコイツはまた俺の顔をベタベタと触ってくる。どっからどう見たってそんなとこ打ってねえのに。むしろちょっと楽しくなって頬揉んでるだろコイツ。
「……八ツ屋」
「はっ! ごめんっ、真琴のほっぺがモチモチでつい……!!」
もちもち? 俺は今ひりひりなんだけど。
「――よーし、ストレッチ終わったら二人一組でボールとグローブ持てー!」
俺たちがバカみたいなことをしていると、他の奴らは早々にストレッチを終わらせて先生が叫ぶ方へと向かっていた。
どうやら今日の体育は野球らしい。運動は全般苦手だけど、特に球技が無理な俺は早くもテンションがだだ下がりした。
「なるほどなあ……真琴がこんなんだから勘違いが終わらないわけだ……」
「おい、俺ボール持ってくるから、お前グローブな」
「はいはい。…………まあでも、真琴が嫌がってないならオレが間に入って言う必要もなさそうか」
***
ようやく体育を終えてへとへとになった俺は、すでに腹が減ったと嘆く八ツ屋と一緒に、3組の教室を目指して階段を上っていた。
「――柳くん!!」
「あ……? 美甘?」
「ちょ、ちょっと3分だけ時間ちょうだい!」
そう言われると、突然現れた美甘に手首を掴まれて、いま上ってきたばっかの階段を下らされる。
「あー、遅くなったらオレ誤魔化しとくからねえ」
後ろから八ツ屋ののんびりした声が聞こえてくるけど、そういう問題じゃねえ。ただでさえ疲れ切ってんのに、なんで俺は美甘に走らされてるんだよ。振りほどこうにも足が速すぎて、追いつくだけで精一杯だし。
「みっ、美甘……!」
ヤバい。コイツがとまんないと、俺の体力のほうが先に限界かも――。
「え……? なに?」
息切れしながら横腹が痛くなり始めたときだった。
渡り廊下を通って、特別教室棟の端の階段裏で止まった美甘は、俺を引っ張ると勢いよく抱きしめた。ふわふわと揺れる白金の髪から、柔らかな馴染みのある甘い香りがする。
「……どうした?」
「さっき……八ツ屋くんと楽しそうだったね」
「八ツ屋? もしかして授業中にグラウンド見てたのか?」
「……うん。それが俺の楽しみだから。でも、今日はオレ……どうしても我慢できなくて、急にこんなとこ連れてきちゃってごめん」
そう言って腰に回った腕が、グッと強く俺を囲う。
結ノ坂の校舎は教室棟からグラウンドが見える造りになってるけど、俺は廊下側に席があるから普段は見えない。もし窓側に美甘の席があるなら、さっきの体育の時間もよく見えただろうな。でもグラウンド見るの楽しみにしてるって、立派なサボり宣言じゃねえか。
「授業に集中しろよ」
「だって……柳くんがいるのに、見ないわけないよ」
「なんだそれ。じゃあ俺がベストポジションいたのに、落ちてきたボールすかって取れなかったのも見てたってことか?」
「ふふ、うん。あれはちょっと面白かった」
「ふざけんな。太陽とボール被ってなけりゃ俺だって取れそうだったんだよ」
思い出すとムカついてきた。伸ばしたグローブから綺麗にすり抜けて、俺はボール追いかけながらグラウンドの端まで走らされて、二塁にいた八ツ屋からドンマイって顔されたこと。
「……柳くん」
「なに」
「あんまり、オレ以外の人に触らせないで」
「触らせる? ストレッチのこと?」
「それも、そうだけど。……本当は、普段から、肩組んだりされるのも……嫌」
耳に届く声が震えていた。俺は美甘が何にそんな嫌がってんのか、よく分からなかった。でも友達が、他の友達と仲良くしてるのを見て、思わず寂しく感じる――みたいなやつは漫画かなんかで見た気がする。美甘も今、そんな気持ちになってんのかな。
「授業なんだからストレッチやらないは無理だろ」
「……うん。ごめん。柳くんのこと縛りたくないのに、オレが我が儘言ってる。それは、分かってるんだけど――」
「じゃあ、不安になったらこうやって抱きしめていいから。そうしたら美甘は安心する?」
「えっ……、えっ……?」
恐る恐る体を離しながら、グレーの瞳を揺らす美甘と視線が合う。
「そ、そんなの……いいの……?」
「時間がある時だけな」
「まっ、毎日してもいい?」
「毎日? お前そんなに俺取られるのが嫌なのか?」
「うん……! 嫌だ!!」
ここは自慢げに頷くところじゃないんだけど。
「まあ、でも、分かっ――」
言い終わる前に、美甘から飛びつく勢いでまた抱きしめられた。
「大好き……っ、大好き柳くん!」
「……は」
ドクンッと俺の心臓が飛び跳ねた。
当然、友達として、ってことは分かってる。分かってるんだけど、苦しいくらいに抱きついてくる両腕とか、頭に擦り寄せられた頬とか、うなじに当たる堪えるような熱い吐息とか。――その全部がなんか、俺の顔を、じわじわと茹らせて。
美甘のブレザーの裾を摘まむように指で掴んだ瞬間、休み時間の終わりを告げるチャイムが廊下全体に鳴り渡った。
「いてっ、ま、真琴!」
なんでよりにもよって、体育が1時間目からあるんだろうな。
「ちょ……っ、いってえ!?」
足を延ばして座る八ツ屋が前で喚いてるけど、俺は気にせず乗り上げるように背中を押した。日頃の体育への憎しみを込めて、特別に全体重をかけてやろう。
「ふざけんな! ギブッ、ギブだって!!」
「お前体硬すぎ」
「真琴に言われたくないんだけど!?」
グラウンドを叩いて限界を示す八ツ屋に、俺は渋々離れた。まだ朝一の脳が覚醒しきってない体で運動するのも嫌だけど、そもそも外のグラウンドでストレッチさせんのもどうかしてる。砂とか小石が足につくじゃん。
「はい次背中伸ばし合って~」
緩い体育教師の声が前から響く。俺は砂を払いながら立ちあがって、痛そうに太ももを擦る八ツ屋へ手を貸した。
「……真琴ってさー、何気にギャップの塊みたいな男だよね」
「は? 何言ってんの?」
「いや……、美甘くんもこういうところにコロッとやられちゃったのかなって」
俺の手を取りながらぶつくさ呟く八ツ屋は、最近ずっとこんな調子で様子がおかしい。特に美甘が現れると顔をさっと逸らして、自然とどこかに消えていく。いつも気づいたらいなくなってるから、俺が隣にいない八ツ屋へ話しかけたことが何回あるか。
「お前実は美甘と仲悪かったりする?」
「えっ、なんで!? そんなわけないじゃん!」
「でも美甘が来たら八ツ屋どっか行くだろ」
「そ、それはさあ……、やっぱ、二人っきりにさせてあげた方がいいのかなって思って……。それに、オレが真琴にくっついてると、美甘くんの顔がちょっと引き攣るっていうか、怖いっていうか……」
ごにょごにょと聞こえづらい声量で話す八ツ屋の背後に回って、俺は後ろ向きに立つ。そのまま交差するように腕を取り、肘を曲げながら上半身を前に倒した。
「ちょおっ急に伸ばすなって――!」
今度は俺の背中の上で八ツ屋が喚いている。
「身長たいして変わんないんだからきつくないだろ」
「そういう問題じゃねーよ! 一言くらいくんないとビックリするだろって!」
面倒な奴だな。
「おいため息聞こえてるから!!」
ジタバタと足を揺らす八ツ屋が重かったので、俺は体を起こした。いつも一方的に喋りかけてくるのはうるさいけど、コイツはグダグダ悩んでるよりも元気に騒いでる方がちょうどいい。
「ああもう、下ろす時も急……」
「次、お前の番」
「ッだー! 分かってるってば!」
勢いのままぐっと体を持ち上げられる。背中が気持ちいいほど伸びた。空が青い。でも日光が眩しい。
「……あのさあ……真琴は最近どうなの? 美甘くんと」
「どうって?」
「ほら、一緒に下校したりしてるじゃん。この間も二人で遊びに行ったって聞いたし」
「うん。お前に話した通りだけど。あとは学校で普通に昼食べて、休み時間に時々会うくらいだろ?」
「いや、そうね? それはそうなんだけどね?」
背中合わせで喋ってるとすげえ振動伝わってくる。俺、意外とこのストレッチは好きなんだよな。
「んー、なんかさーオレからすると、二人の距離近くない? って思っちゃって」
「距離? 俺と美甘の?」
「そう。……や、たぶんあっちはそういうつもりできてるんだろうけど、真琴はさ、違うから。オレはこのまま、面白半分で黙っておいてもいいものなのかどうか――」
「美甘はもともとスキンシップ多い奴なんだろ。俺もよく手握られたりハグされたりするし」
「うんそうだよね、手握ってハグするよね――ってえええ!?」
八ツ屋が突然振り返ってきたせいで、俺はずり落ちて地面に倒れそうになった。
「ッ、おい! 危ねえな……!」
「うわっ、ごめんごめんごめん!!」
いつかの繰り返しでコイツはまた俺の顔をベタベタと触ってくる。どっからどう見たってそんなとこ打ってねえのに。むしろちょっと楽しくなって頬揉んでるだろコイツ。
「……八ツ屋」
「はっ! ごめんっ、真琴のほっぺがモチモチでつい……!!」
もちもち? 俺は今ひりひりなんだけど。
「――よーし、ストレッチ終わったら二人一組でボールとグローブ持てー!」
俺たちがバカみたいなことをしていると、他の奴らは早々にストレッチを終わらせて先生が叫ぶ方へと向かっていた。
どうやら今日の体育は野球らしい。運動は全般苦手だけど、特に球技が無理な俺は早くもテンションがだだ下がりした。
「なるほどなあ……真琴がこんなんだから勘違いが終わらないわけだ……」
「おい、俺ボール持ってくるから、お前グローブな」
「はいはい。…………まあでも、真琴が嫌がってないならオレが間に入って言う必要もなさそうか」
***
ようやく体育を終えてへとへとになった俺は、すでに腹が減ったと嘆く八ツ屋と一緒に、3組の教室を目指して階段を上っていた。
「――柳くん!!」
「あ……? 美甘?」
「ちょ、ちょっと3分だけ時間ちょうだい!」
そう言われると、突然現れた美甘に手首を掴まれて、いま上ってきたばっかの階段を下らされる。
「あー、遅くなったらオレ誤魔化しとくからねえ」
後ろから八ツ屋ののんびりした声が聞こえてくるけど、そういう問題じゃねえ。ただでさえ疲れ切ってんのに、なんで俺は美甘に走らされてるんだよ。振りほどこうにも足が速すぎて、追いつくだけで精一杯だし。
「みっ、美甘……!」
ヤバい。コイツがとまんないと、俺の体力のほうが先に限界かも――。
「え……? なに?」
息切れしながら横腹が痛くなり始めたときだった。
渡り廊下を通って、特別教室棟の端の階段裏で止まった美甘は、俺を引っ張ると勢いよく抱きしめた。ふわふわと揺れる白金の髪から、柔らかな馴染みのある甘い香りがする。
「……どうした?」
「さっき……八ツ屋くんと楽しそうだったね」
「八ツ屋? もしかして授業中にグラウンド見てたのか?」
「……うん。それが俺の楽しみだから。でも、今日はオレ……どうしても我慢できなくて、急にこんなとこ連れてきちゃってごめん」
そう言って腰に回った腕が、グッと強く俺を囲う。
結ノ坂の校舎は教室棟からグラウンドが見える造りになってるけど、俺は廊下側に席があるから普段は見えない。もし窓側に美甘の席があるなら、さっきの体育の時間もよく見えただろうな。でもグラウンド見るの楽しみにしてるって、立派なサボり宣言じゃねえか。
「授業に集中しろよ」
「だって……柳くんがいるのに、見ないわけないよ」
「なんだそれ。じゃあ俺がベストポジションいたのに、落ちてきたボールすかって取れなかったのも見てたってことか?」
「ふふ、うん。あれはちょっと面白かった」
「ふざけんな。太陽とボール被ってなけりゃ俺だって取れそうだったんだよ」
思い出すとムカついてきた。伸ばしたグローブから綺麗にすり抜けて、俺はボール追いかけながらグラウンドの端まで走らされて、二塁にいた八ツ屋からドンマイって顔されたこと。
「……柳くん」
「なに」
「あんまり、オレ以外の人に触らせないで」
「触らせる? ストレッチのこと?」
「それも、そうだけど。……本当は、普段から、肩組んだりされるのも……嫌」
耳に届く声が震えていた。俺は美甘が何にそんな嫌がってんのか、よく分からなかった。でも友達が、他の友達と仲良くしてるのを見て、思わず寂しく感じる――みたいなやつは漫画かなんかで見た気がする。美甘も今、そんな気持ちになってんのかな。
「授業なんだからストレッチやらないは無理だろ」
「……うん。ごめん。柳くんのこと縛りたくないのに、オレが我が儘言ってる。それは、分かってるんだけど――」
「じゃあ、不安になったらこうやって抱きしめていいから。そうしたら美甘は安心する?」
「えっ……、えっ……?」
恐る恐る体を離しながら、グレーの瞳を揺らす美甘と視線が合う。
「そ、そんなの……いいの……?」
「時間がある時だけな」
「まっ、毎日してもいい?」
「毎日? お前そんなに俺取られるのが嫌なのか?」
「うん……! 嫌だ!!」
ここは自慢げに頷くところじゃないんだけど。
「まあ、でも、分かっ――」
言い終わる前に、美甘から飛びつく勢いでまた抱きしめられた。
「大好き……っ、大好き柳くん!」
「……は」
ドクンッと俺の心臓が飛び跳ねた。
当然、友達として、ってことは分かってる。分かってるんだけど、苦しいくらいに抱きついてくる両腕とか、頭に擦り寄せられた頬とか、うなじに当たる堪えるような熱い吐息とか。――その全部がなんか、俺の顔を、じわじわと茹らせて。
美甘のブレザーの裾を摘まむように指で掴んだ瞬間、休み時間の終わりを告げるチャイムが廊下全体に鳴り渡った。
