バレンタインデーに適当にチョコを渡したら、いつの間にか彼氏ができてた話

 オレの上部だけの優しさっていうのは、幼い頃のちょっとしたトラウマからきている。 

 オレの母さんは昔、体が弱かったらしい。カメラマンだった父さんと母国で出会い、日本で結婚した後、産むリスクが大きいと言われた中で苦労の末に生まれてきたのがオレだった。
 でも、母さんは本当は女の子がほしかったらしい。産む前に子供が男の子だと分かってても、名前は「アマネ」っていう女の子らしい名付けにしたし、着る服もレースやひらひらのついたスカートばかり用意した。

 オレは物心つく前から女の子みたいに育てられたせいで、それが普通だと思っていた。
 違和感に気づいたのは、幼稚園に入ってある程度周りの状況を理解できるようになった時。女の子なんだからボクって言うのはおかしいって言われて、外ではしゃぎ回ってる男の子たちを羨ましいって感じた時。

 どうしてオレは、女の子たちに混ざって、好きでもないままごとをしてるんだろう。先生たちは、どうしてオレを困ったような目で見るんだろう。

 その頃には少し、可愛い服を着るのが嫌になっていた。でも着たくないって言うと、母さんが泣きそうな顔をするから、オレはだんだん言えなくなった。自分のせいで誰かを傷つけることが嫌になったのは、この時からかもしれない。
 でも母さんのことが大好きだったオレは、この胸を巣食うウジウジも無視して明るく振る舞うように努めた。毎日おいしいごはんを作ってくれて、あったかくて優しい笑顔を向けてくれる母さんのことが好きだったんだ。もちろん父さんのことも同じ。大きな腕でいつも抱えあげてくれる父さんみたいになりたいって、オレはずっと思ってた。

 小学校に上がると、母さんは父さんが撮ったオレの写真を、どこかの芸能事務所に送った。いつも通りひらひらのワンピースを着て、母さんたちに微笑むオレの写真を。

 そのうち、オレは大勢の大人の前で、いろんな写真を撮られるようになった。
 こんなに可愛い子はめったにいない、逸材だ――ってこの時はたくさん言われたような気がする。
 オレは正直自分が何をしてるのかよく分かってなかった。でもカメラの前で笑ってるだけでみんな喜んでくれるし、なにより母さんが一番幸せそうに微笑んでくれるから、オレも嬉しくなった。だからこれが正解なんだと思って着たくない洋服もたくさん着た。それがオレにできることの全てだった。

 小学校3年生ごろになると、オレの身長はぐんぐん伸び始めた。体格もよくなって、手足も大きくなってきて、クラスで並んだ時の列でも一番後ろを立たされるようになった。なんで女みたいな格好してるくせに、こんなデカいのって言われたこともあったっけ。

 オレは父さんみたいな立派な男になれるって嬉しかったけど、それと反比例するように母さんの顔からは笑顔が少なくなり始めた。目を逸らされて、話しかけても弱弱しい声で返事がくるだけ。オレを撮影するカメラマンや、衣装を用意してくれるスタッフさんたちの表情も、だんだんと思わしくないものになっていった。

 ――ど……どうしてみんな、そんな顔するの?
 ――お母さんも、いつもみたいに微笑んでよ。
 ――ボク、なにかした? みんなが笑ってくれないと、胸がギュッてなって、痛くて苦しいよ……。
 
 オレは、みんなの落胆する顔を見るのが怖くなった。向けられた好意や期待が、失意や失望に変わっていくのが耐えられなくて、心臓が握られてるみたいに苦しくなった。足元がグラグラとおぼつかなくなって、耳の中がキンキンと甲高い音で頭を揺さぶられてるみたいだった。
 頑張ってるのに。着たくない服着てるのに。みんなの、お母さんの期待に応えたくてやってるのに。ボクの、なにが足りないの?

 ――オレはそれから、自分自身を否定することが増え始めた。がっかりされることに怯え、必要以上に頑張り、必死に外面を取り繕うようになった。

 
『もう女の子として芸能活動するのは、難しいかもしれないね』

 芸能活動って、なに? こうやってカメラの前で笑って、みんなとお話すること?

『でもアマネくんなら、男の子としても絶対人気が出ると思うよ』

 男の子として? そうしたら、お母さんもみんなも、また笑ってくれるの?

『うーん。お母さんには少し時間が必要かもしれないけど……でもきっと大丈夫だと思うよ。だってお母さんも、君のことを心の底からちゃんと愛しているからね』

 オレは自分に自信がない。どれだけ称賛をもらっても、本当の自分は臆病で、人の顔色が気になってしまう。
 正解のレールから踏み外すのが怖いんだ。求められた役割を演じるのが、身に染み付いて得意になってしまうくらい、周囲の期待から外れた行動を取るのが怖い。
 
 でもいよいよ女の子の格好が似合わないって気づいた時、母さんは髪を切ったオレを見て、夢から目覚めたように泣き崩れた。
 ごめんなさいって、嫌なことさせちゃってごめんなさいって、何回も何回も謝った。オレに無理させてる自覚はあったんだなって、その時ふと思ったけど、同時に一つの重圧から解放されたような感覚もあった。
 胸のつかえが取れて、それからようやく本音もこぼれた。オレのこと女の子として見ないで。ありのままのオレを受け入れてよ――って。

 オレは別に母さんのこと恨んではないし、モデル活動だってそれなりに楽しいから、今ではやっててよかったって思ってる。ファンの子達にも応援してもらえて、やりがいのある仕事だなって誇りを持ってる。
 ……だけど、オレの根幹は昔のまま、何も変われてない。今でも人の笑顔がなくなる瞬間とか、期待に応えられなくてがっかりされたり、幻滅されたりする顔を見るのが怖いんだ。
 嫌われたくない。失望されたくない。みんなに見損なわれたくない。
 
 オレが人に優しくするのは、そんな自分のことだけしか考えてない薄っぺらな理由。臆病な自分を隠すための、卑怯な防衛策。
 笑いたくないときに笑って、本音を裏にずっと潜ませてる。

 柳くんに話すのも、本当はずっと迷ってた。これでオレのこと嫌になったらって考えると、怖くてどうにかなりそうだった。
 でもやっぱり君は、オレみたいな薄汚い欲なんてない、まっすぐな優しさを持ってる人だから。誰に対しても平等で、変わらない態度を取ってくれる人だから。
 そんな柳くんなら大丈夫だって思ったんだ。オレのことを全部知ってほしいって、包み隠さず全部言いたいって――心から、純粋にそう思えたんだよ。