俺の幼馴染(男)が俺のこと大好きなのに、告白してこない。

 隆也の部屋に泊まってから数日後。
 今日も俺はブレザーを着ている。隆也の心の声を聞いて、本当に俺のことが好きかどうか確かめるため。

 今日も、マンションのエントランスで待ち合わせする。
(今日も俺のブレザー着てる……可愛すぎるだろ……)
 ……ほら、まただ。何なんだよ。好きなんだろ、俺のこと。

 泊まった日、俺は勇気を振り絞って隆也に「好きな人はいるのか」と聞いた。
 返ってきたのはあっさり一言、「いない」だけ。それでも、相変わらず甘い心の声は聞こえっぱなしだった。

 だったら――なんで、「いない」なんて言うんだよ。
 心の中じゃ、あれだけ好きだって言いまくってるくせに。せめて、あの時のことを少しは考えてくれてもいいだろ。俺が「好きな人いるのか」って聞いた意味とか。
 ……なのに、何もなかったみたいな顔しやがって。
 俺は、女子に告白されたことを思い出すよりことも、隆也の気持ちを考えることのほうが多くなっていた。

「あ、そうだ。そのブレザー、今日返してもらっていいか?」
隆也がおれのほうを振り向く。
 
「え……なんで」
「もうすぐ夏服になるだろ。クリーニング出したいんだけど……」
「あ、ああ〜! クリーニングな。放課後返すよ」
 もう、ブレザーなんていらないくらいの暑さで。着ているやつの方が少ない季節だった。
「放課後、部活の前でいいから」
「分かった」
 俺はあっさり頷いたくせに、胸の奥がざわつく。
 
「……返したくねえな」
 誰にも聞こえないくらいの声で呟いて、袖をぎゅっと握った。
 これを返したら、もう聞こえなくなるのか。そう思った瞬間、指先に力がこもる。
 ……嫌だ。そんなの、困るに決まってる。
 隆也が何考えてるのか分からなくなるのも、あのどうしようもなく甘い声が聞こえなくなるのも。

 なのに。ふっと、力を抜く。
 ……だめだろ。こんなのに頼ってるの。
 聞こえたところで、どうすんだよ。答えなんて、本人が言ってたじゃねえか。
 あの日。隆也の家で聞いた言葉が、頭をよぎる。
『好きなやつ。いないよ』
 あれが、隆也の本音なら。もう、考える必要なんてない。考えたって、どうにもならない。
 幼馴染でいる。それでいい。それが、一番楽だ。それ以上は、踏み込まない。踏み込まなければ、失うこともない。

 授業が終わる。
 俺は何でもない顔を作って、隆也にブレザーを差し出した。
「隆也、これ。貸してくれてサンキュ」
「おう」
 それだけ。それだけなのに、少しだけ胸の奥が引っかかる。
 部活へ向かう隆也に背を向けて、俺は足早に図書室へ向かった。
 今日は、家にも帰りたくなかった。

 下校時刻。図書館を出ると、昼間の晴れが嘘みたいに雨が降っていた。
 しばらく待っても、やむ気配はない。
 仕方なく昇降口へ行くと、隆也が軽音部の女子と話していた。
「どうした樹。帰ったんじゃなかったのか」
 一緒にいるのは、この前中庭で隆也と話していた女子だ。

「あー…図書館で勉強しててさ」
「へえ、珍しい」
 俺が近づくと、その女子が顔を赤らめるのが分かった。でも、今はそんなのどうでもよかった。
 女子の手元には、一本の傘。
 ――ああ、これ。邪魔したな、と一瞬で分かる。

「じゃあ、また明日」
 背を向けかけた、その時。

「ちょっと待てよ。傘持ってんのか?」
「……持ってないけど、何とかする」
「風邪ひくだろ。俺の折り畳みに入れ」

 女子を見送ってから、隆也はこっちに来た。
 ……バカだな。俺がいなければ、あのまま二人で帰れただろ。
 あの女子だって、嬉しかったはずなのに。彼女だって、できたのかもしれないのに。
 隆也が紺色の折り畳み傘を広げる。男二人で入るには小さすぎて、濡れないようにするにはどうしたって肩を寄せあう必要があって。
 少しでも離れて歩こうとすると、引き寄せられた。
「濡れるだろ。もっとこっち」
 ブレザーは隆也のかばんにあって、俺はワイシャツ一枚で。
 こんなに近いのに、今は聞こえない。あのうるさいくらいに甘い声が。
 何も聞こえない、はずなのに。やけに静かで、妙に意識してしまう。

 触れている肩とか、すぐ隣にある体温とか。
 それに、心臓の音。どっちのだか分からないくらい近くて。
 ……やっぱり。俺のこと、好きだよな。

「…良かったのかよ」
「何が?」
「あの子。隆也と傘一緒に入りたかったんじゃねえの」
「ん?…ああ、軽音部の後輩。たまたま帰りが一緒になっただけだよ。それにあの子、付き合ってるやついるし」
「ふーん……」
「何?」
「いや、隆也もそういうの知ってるんだなあと思って」
「…何だと思ってるんだよ」
「べつに。なんか珍しかっただけ」

 ブレザーはもうない。それでも、今まで通り隆也のそばにいられたら、それでいいと思った。
 そんな、雨の日だった。

 次の月曜。週末の雨が嘘みたいに晴れて、暑いくらいだった。
 制服に手を伸ばして――ふと、止まる。ブレザーが、ない。
 
「……あ」
 そうだ。この前、隆也に返したんだ。もう、心の声が聞こえないのか。
 
「……まあ、別にいいだろ」
 いいはずなのに。
 エントランスに向かう足取りは、やけに重かった。
 
「……やっぱ、着てないと落ち着かねえ」
 自分でも理由が分からないまま、そう呟いた時。
 
「あ、樹」
 顔を上げると、隆也がいた。
 
「はよ。ほら、これ」
 差し出されたのは、見慣れた紺色。
 
「ブレザー。これから暑いけど、必要なんだろ?」
「……っ、サンキュ」
 ほとんど反射で受け取って、そのまま袖を通す。
 ――その瞬間。

(なんで俺のブレザー着たがるんだろ……)
(……でも、樹が俺のブレザー着てるのは、やっぱ可愛い)
 息が詰まる。久しぶりに聞く、その声に。
「……お前なあ」
 思わず、息が漏れた。

「どうした?」
「いや……」
 ——やっぱり。思わず、口の端が緩む。
「好きじゃん」
「え?」
「いや、独り言」
 やっぱり隆也、俺のこと好きじゃん。
 なんで、こんな安心してんだよ。俺は女子が好きなのに。
 こんなんじゃまるで……。
 足を止める。
 まるで、なんだ?まるで、俺が隆也のこと……。首を振る。

「いやいやいや、ないないない!」

 男だぞ!? 隆也だぞ!? 小学校の時から知ってんだ。ただの幼馴染だろ。
 不思議そうに俺を見つめてくる隆也の目が、まともに見られない。
 こんなこと、初めてだった。

 その日の夜。
 気を紛らわせるみたいに、いつもの恋リアを流す。
 この前、隆也の部屋で一緒に見たシリーズだ。
 あの時一緒に見た、告白シーンが再生される。勇気を出して、言って――振られる。
 展開は分かっているのに、胸が痛くなる。
 もし。俺が、隆也に振られたら。
 
「…………」
 これまで告白された場面を思い出す。花井さん、堀田さん……全部ぜんぶ、嬉しかったはずだ。
 告られることが、俺の生き甲斐だった。
 でも今、頭に浮かぶのは隆也の顔ばかりで。

「……なんで告白してこないんだよ」
 しかも、「好きな人はいない」って言ってたし。
 俺は、隆也のブレザーを着る前の自分を思い返す。
 距離なんて、気にしたこともなかった。隆也のことを、恋愛対象として見たことなんて一度もない。
 もし、あの頃の俺が、隆也から告白されていたら――。

「……そりゃ、言えねえよな」
 ぽつりと呟く。
 でも、俺は天宮樹。学校一のモテ男なのだ。
 幼馴染(男)に告白させるくらい――そのくらい、できるだろ。

「絶対、告らせてやるからな!」
 そう決めて、俺は隆也のブレザーを抱きしめた。