俺の幼馴染(男)が俺のこと大好きなのに、告白してこない。

 河川敷をあとにして、そのまま隆也の家に来た。
「お、お邪魔しまーす……」
 玄関に立った途端、妙に落ち着かなくなる。
 こうして隆也んちに泊まることなんて、珍しくない。
 でも、ブレザーので心の声が聞こえるようになってからは、初めてだ。

「飲み物持ってくる」
「お、お構いなく……」

 いや待て俺。
 自分のこと好き(かもしれない)相手の部屋、普通に上がり込んでるってどうなんだ。警戒心なさすぎだろ。
 ……いやいや、隆也に対して、そう考えるのも失礼か。第一、隆也はそんなことするようなやつじゃないし。
 そう言い聞かせながら、部屋の中を見回す。
 見慣れたはずの部屋なのに、妙に意識する。

「暑くない? それ」
 不意に声がして、肩が跳ねた。隆也が、飲み物を持って立っていた。
「っ、え」
「ブレザー脱げば?」
「え、あ、いい。ちょうどいいから」
 とっさに答える。
 脱げない、なんて言えるわけない。お前の声、聞くために着てるなんて。

「まあ、別にいいけど。今日は見ないのか? いつもの」
「恋リアな。うーん……今日はそういう気分じゃないかも」
「じゃ、ホラー映画見るか? 新作が出てて……」
「いや、いい」
「じゃ、何見るんだよ」
「ホラー以外ならなんでもいい」
「……分かった」
(ずっとホラー苦手だよな。怖がってる樹、可愛いから見たかったのに)
 適当にリモコンをいじる隆也の横顔を、つい見てしまう。
 いつもと同じはずなのに、なんか違って見えるのは、俺がブレザーを着てるから?

(……樹が俺の部屋にいるの、嬉しい)
「っ」
 思わず肩がびくっと跳ねた。
「どうした」
「な、なんでもない! 俺、トイレ行ってくる」
 逃げるみたいに部屋を出る。
 ……無理だろこれ。こんな状態で一晩とか、絶対無理だろ。
 
「樹、風呂入ってから寝ろよ」
「ん……」
 気づけば、映画の途中で寝落ちしていたらしい。
 ベッドに上半身だけ乗せたまま、変な体勢でうとうとしていたせいで、体が重い。

「俺はもう入ったから」
 顔を上げると、隆也の髪の毛が濡れている。やけに色っぽい。

「…むり。動けない」
「……しょうがねえな」
 小さくため息をついて、隆也が背を向けてしゃがんだ。
 ……え、これ。
「乗せてくれんの?」
「早くしろ」
 言われるままに腕を回すと、そのまま軽く持ち上げられる。
 ……いや、待て。
 甘やかされすぎじゃないか、俺。いくら幼馴染だからって、男におんぶされるなんて。さっきまで眠かった頭が、一気に覚醒する。

「風呂場行くから。じっとしてて」
「……」
 廊下に出ると、足音だけがやけに響く。
 背中越しに伝わる体温が、土手で隣に座った時より、ずっと近い。
 息を吸うタイミングまで、変に意識してしまう。
 このまま何も言わないでいた方がいいのは、分かっているけど。見ないふりは、したくなかった。
「隆也ってさ……好きな奴とかいるの?」
 気づけば、口が勝手に動いていた。
「何だよ、急に」
 少しだけ呆れた声。でも、歩く速さは変わらない。

「いや、いつも俺の話ばっかでさ……隆也のそういう話って、聞かないから」
 短い廊下に、沈黙が落ちる。
 さっきまで聞こえていたはずの心の声も、今は何もない。
 ただ、一定のリズムで響く足音と、背中越しの体温だけ。
 なあ。今、何考えてる?聞けるはずなのに、聞こえない。その時間が、やけに長く感じた。

 ……あれ、待てよ。これで「お前」って言われたら、俺どうするつもりだ。
 そんな考えがよぎった、次の瞬間。
 
「……いないよ」
 あっさり返ってきた。
「……え?」
「好きなやつ。いない」
 前を向いたまま、淡々と繰り返す。
 ――聞こえない。まだブレザーは着てるのに、心の声が何も。
 ……つまり。
 本音と同じこと言ってる時は、聞こえない。
 ってことは、今の言葉が本心だってことで。

「……へえ~、そっか。まあ、そうだよな」
「ああ。今は部活に集中したいし」
 
 ぎゅっと、ブレザーの裾を握る。やっぱり、何も聞こえない。
 ――じゃあ、今までのあれは何だったんだよ。
 
「樹?」
 はっとして顔を上げる。
「ついたぞ」
 洗面所の前で、ゆっくり降ろされる。体が離れた瞬間、さっきまでの距離が嘘みたいに遠く感じた。

「今日、ベッド使うだろ? 俺は布団で寝るから」
「今日は俺が布団でいい」
 ほとんど反射で答えていた。
 ――無理だろ。今の状態であのベッドとか。
 一瞬でも、 “お前が好きって言われるかも”なんて思った自分が、やけに恥ずかしい。
 ……でも、ほかの誰かじゃなくてよかった、とか。なんでそんなこと考えてんだよ。

 その夜、風呂に入った後も、目が冴えて仕方なかった。
 部屋に戻ると、隆也はもうベッドに入っていた。布団をかぶって、静かに寝息を立てている。
 電気が明るいままなのは、俺が転ばないようにだろう。こういう優しいところは、出会った時からずっと変わらない。
 ベッドの横に敷かれた布団に潜り込む。
 手を伸ばせば、届く距離。なのに、隆也が何を考えてるのかは、もう分からない。
 ――さっきの言葉が、頭から離れない。
 目を閉じても、すぐに開いてしまう。寝ようとしても、意識ばかりがはっきりする。
 なんか最近、寝不足になってばっかの気がする。