梅雨のじめじめした空気は終わり、ここ数日は夏本番かよってくらいの晴天が続いている。
期末テストを乗り越えれば夏休み、そして夏休みが開ければすぐに文化祭だ。
「あれ? 樹のブレザーでかくね?」
クーラーの効いた教室。
いつも通り、俺と隆也、榊原、小野田の四人。昼食を食べている時に、榊原が俺の袖口を見て聞いてきた。
「……ああこれ、隆也の」
「また借りてんのかよ、お前らほんと仲良いなー!」
その一言に心臓が跳ねた。
いつもなら「幼馴染だからな!」と笑って返せるのに、この前、隆也の気持ちを知ってしまってから妙に意識してしまう。
隆也の心の声が聞こえるようになってから、はや二週間。
俺はブレザーの謎よりも、別のことに驚かされていた。
(樹、今日もモテてるな)
(さっきの問題、あいつ絶対分かってねえだろ)
(あー、今日も可愛い。ちょっと寝癖ついてる)
――いや、さすがに俺のこと好きすぎじゃね!?
隆也は普段からあまり話さない。思っていることがあっても、自己主張するようなタイプじゃない。
それはつまり、よくしゃべるヤツより、心の声が聞こえやすいってことで。
無口なヤツでも、心の中で何も考えていなければ何も聞こえないんだろうけど、隆也は違う。普段は無口なのに、心の中ではうるさいほどよくしゃべる。
しかも、俺のことばっかりで。
けど、行動では何も示してこない。
放課後、キスされそうなくらい顔が近くなったのが夢みたいだ。
こうも毎日可愛いと言われると、告白されないのが不思議に思えてくる。
いつもの炭酸ジュースを飲みながら隆也を見ていると、小野田に話しかけられた。
「なあ樹」
「ん?」
「お前さ、隆也のこと気にしすぎじゃね?」
「……は? してねえよ」
「ふーん」
「勘違いなら悪い。けどさ、最近隆也の方ばっか見てる気がしたから」
小野田はゲームばかりしてるようでいて、周りのこともちゃんと見てるんだよな。
小野田になら、言ってみてもいいかも。
「あー……。あのさ、友達だと思ってたやつに好かれてるって分かったら、小野田ならどうする?」
「はあ? なんだよ、恋愛相談なら、する相手間違えてるぞ」
「ちがくて。単純に小野田ならどうするのかなって話」
「……相手によるけど。俺なら、好かれたことに嫌な気はしないよ、多分」
「でも友達だと思ってたんだろ? いきなり恋愛対象に見るのは難しいと思うし……一旦はデートっぽいことしてみるとか。知らないけど」
「デートっぽいこと…」
隆也とのそういうシーンを思い浮かべてみる。
(樹……)
甘い声で、寝ている俺に近づいてくる隆也。触れそうな距離まで顔が近づいて――
「――き、いつき」
はっとして顔を上げる。
想像じゃない。現実の隆也が、すぐそばにいた。
「……話してるとこわりい」
いつも通りの声。なのに、さっきの残像が消えない。
「今日、母さん仕事でいないんだけど。樹、うち泊まるか?」
横で、小野田が不思議そうな顔で俺を見ている。
「あー……その前にさ、ちょっと寄りたいとこあるんだけど」
気づけば、そう口にしていた。
放課後、俺と隆也は二人でマンション近くの河川敷に来ていた。
「うわー、懐かしいなこの河川敷!」
「中学んとき、よく来てたよな」
土手に並んで座る。
くだらないことで笑って、走って、転んで。
あの頃から、こうして隣にいるのが当たり前だった。
隆也と初めて会ったのは、小五の春。
転校してきて、同じクラスになった。初めて会った時のことは、何となくしか思い出せない。
その頃の俺は、まだ引きずってた。
五年に上がる前の二月、あの出来事。あれがあってから、俺は今の“天宮樹”になった。
誰にでも優しくして、誰にも踏み込ませない。
そうしていれば、もう何も失わなくて済むって。
……なのに。
隆也は、いつの間にかずっと隣にいた気がする。
「この辺歩いてる時だったよな、進路の話したの」
「……ああ」
中三の秋なら、まだ記憶に新しい。
この土手で、志望校の話をした。
俺が「制服ゆるいから」なんて適当な理由で決めたのを聞いて、隆也は次の模試で志望校を変えた。
模試の後、職員室で先生と話しているのを、たまたま見かけた。
『鮫島ならもっと上の高校狙えるぞ?』
『…家から近いので』
あのとき、俺は何も思わなかった。ああ、そうなんだ、くらいで。
でも今なら、少しだけ引っかかる。……それだけじゃねえだろ。
低い声が、記憶に重なる。あの時、隆也はどんな顔してたっけ。
思い出そうとしても、うまく浮かばない。
ただ、ひとつだけ分かることは、あの時も、今も、隆也は、俺の隣にいてくれる。
「そういやさ、文化祭ではどんな曲やるんだよ」
「音源あるけど、聞く?」
差し出されたイヤホンを受け取る。左耳に隆也、右耳に俺。コードの短さのせいで、肩が触れそうな距離になる。
「このアルバムの5曲目。リズムが取りづらくて難しいんだよな」
「まじだ。……これ、ズレたら一発でバレそうだな」
「はは、怖いこと言うなよ」
音楽に集中していると、不意に音が止まった。
「隆也?」
顔を上げると、目が合う。さっきまでスマホに向いていたはずの視線が、まっすぐ俺を捉えていた。
「……今日、小野田と何話してた」
いつも以上に低い声。
「別に、大したことじゃねえよ」
「……ふーん」
短く返したきり、隆也は何も言わない。それきり、また無音が落ちる。再生されないままのイヤホンが、やけに存在感を主張してくる。
(くっつきすぎだろ……。俺も樹とくっつきたいのに)
ブレザー越しに、はっきりと心の声が聞こえた。分かりやすいくらい、嫉妬してる。小野田はただの友達なのに。
少しだけ、胸の奥がくすぐったくなる。隆也が俺のことを好きなんて、最初は、ただ驚いただけだったのに。
こうして思われるのも、悪くないなんて思っている自分がいて。
隆也が再生ボタンを押して、再び音楽が流れた。
(俺のブレザー、よく似合ってる。……あの時と逆だな)
肩が触れて、心の声が入ってくる。
あの時? そういえば中学の時、隆也が熱中症で倒れたことがあった。夏の体育の後だったか、よく覚えてない。
保健室で寝ている隆也に、俺のブレザーをかけたことがあった。今の今まで、忘れていたけど。
――別に、それだけだ。なのに、なんで今思い出してるんだ?
このまま何も知らないふりしてるのも、違う気がした。
期末テストを乗り越えれば夏休み、そして夏休みが開ければすぐに文化祭だ。
「あれ? 樹のブレザーでかくね?」
クーラーの効いた教室。
いつも通り、俺と隆也、榊原、小野田の四人。昼食を食べている時に、榊原が俺の袖口を見て聞いてきた。
「……ああこれ、隆也の」
「また借りてんのかよ、お前らほんと仲良いなー!」
その一言に心臓が跳ねた。
いつもなら「幼馴染だからな!」と笑って返せるのに、この前、隆也の気持ちを知ってしまってから妙に意識してしまう。
隆也の心の声が聞こえるようになってから、はや二週間。
俺はブレザーの謎よりも、別のことに驚かされていた。
(樹、今日もモテてるな)
(さっきの問題、あいつ絶対分かってねえだろ)
(あー、今日も可愛い。ちょっと寝癖ついてる)
――いや、さすがに俺のこと好きすぎじゃね!?
隆也は普段からあまり話さない。思っていることがあっても、自己主張するようなタイプじゃない。
それはつまり、よくしゃべるヤツより、心の声が聞こえやすいってことで。
無口なヤツでも、心の中で何も考えていなければ何も聞こえないんだろうけど、隆也は違う。普段は無口なのに、心の中ではうるさいほどよくしゃべる。
しかも、俺のことばっかりで。
けど、行動では何も示してこない。
放課後、キスされそうなくらい顔が近くなったのが夢みたいだ。
こうも毎日可愛いと言われると、告白されないのが不思議に思えてくる。
いつもの炭酸ジュースを飲みながら隆也を見ていると、小野田に話しかけられた。
「なあ樹」
「ん?」
「お前さ、隆也のこと気にしすぎじゃね?」
「……は? してねえよ」
「ふーん」
「勘違いなら悪い。けどさ、最近隆也の方ばっか見てる気がしたから」
小野田はゲームばかりしてるようでいて、周りのこともちゃんと見てるんだよな。
小野田になら、言ってみてもいいかも。
「あー……。あのさ、友達だと思ってたやつに好かれてるって分かったら、小野田ならどうする?」
「はあ? なんだよ、恋愛相談なら、する相手間違えてるぞ」
「ちがくて。単純に小野田ならどうするのかなって話」
「……相手によるけど。俺なら、好かれたことに嫌な気はしないよ、多分」
「でも友達だと思ってたんだろ? いきなり恋愛対象に見るのは難しいと思うし……一旦はデートっぽいことしてみるとか。知らないけど」
「デートっぽいこと…」
隆也とのそういうシーンを思い浮かべてみる。
(樹……)
甘い声で、寝ている俺に近づいてくる隆也。触れそうな距離まで顔が近づいて――
「――き、いつき」
はっとして顔を上げる。
想像じゃない。現実の隆也が、すぐそばにいた。
「……話してるとこわりい」
いつも通りの声。なのに、さっきの残像が消えない。
「今日、母さん仕事でいないんだけど。樹、うち泊まるか?」
横で、小野田が不思議そうな顔で俺を見ている。
「あー……その前にさ、ちょっと寄りたいとこあるんだけど」
気づけば、そう口にしていた。
放課後、俺と隆也は二人でマンション近くの河川敷に来ていた。
「うわー、懐かしいなこの河川敷!」
「中学んとき、よく来てたよな」
土手に並んで座る。
くだらないことで笑って、走って、転んで。
あの頃から、こうして隣にいるのが当たり前だった。
隆也と初めて会ったのは、小五の春。
転校してきて、同じクラスになった。初めて会った時のことは、何となくしか思い出せない。
その頃の俺は、まだ引きずってた。
五年に上がる前の二月、あの出来事。あれがあってから、俺は今の“天宮樹”になった。
誰にでも優しくして、誰にも踏み込ませない。
そうしていれば、もう何も失わなくて済むって。
……なのに。
隆也は、いつの間にかずっと隣にいた気がする。
「この辺歩いてる時だったよな、進路の話したの」
「……ああ」
中三の秋なら、まだ記憶に新しい。
この土手で、志望校の話をした。
俺が「制服ゆるいから」なんて適当な理由で決めたのを聞いて、隆也は次の模試で志望校を変えた。
模試の後、職員室で先生と話しているのを、たまたま見かけた。
『鮫島ならもっと上の高校狙えるぞ?』
『…家から近いので』
あのとき、俺は何も思わなかった。ああ、そうなんだ、くらいで。
でも今なら、少しだけ引っかかる。……それだけじゃねえだろ。
低い声が、記憶に重なる。あの時、隆也はどんな顔してたっけ。
思い出そうとしても、うまく浮かばない。
ただ、ひとつだけ分かることは、あの時も、今も、隆也は、俺の隣にいてくれる。
「そういやさ、文化祭ではどんな曲やるんだよ」
「音源あるけど、聞く?」
差し出されたイヤホンを受け取る。左耳に隆也、右耳に俺。コードの短さのせいで、肩が触れそうな距離になる。
「このアルバムの5曲目。リズムが取りづらくて難しいんだよな」
「まじだ。……これ、ズレたら一発でバレそうだな」
「はは、怖いこと言うなよ」
音楽に集中していると、不意に音が止まった。
「隆也?」
顔を上げると、目が合う。さっきまでスマホに向いていたはずの視線が、まっすぐ俺を捉えていた。
「……今日、小野田と何話してた」
いつも以上に低い声。
「別に、大したことじゃねえよ」
「……ふーん」
短く返したきり、隆也は何も言わない。それきり、また無音が落ちる。再生されないままのイヤホンが、やけに存在感を主張してくる。
(くっつきすぎだろ……。俺も樹とくっつきたいのに)
ブレザー越しに、はっきりと心の声が聞こえた。分かりやすいくらい、嫉妬してる。小野田はただの友達なのに。
少しだけ、胸の奥がくすぐったくなる。隆也が俺のことを好きなんて、最初は、ただ驚いただけだったのに。
こうして思われるのも、悪くないなんて思っている自分がいて。
隆也が再生ボタンを押して、再び音楽が流れた。
(俺のブレザー、よく似合ってる。……あの時と逆だな)
肩が触れて、心の声が入ってくる。
あの時? そういえば中学の時、隆也が熱中症で倒れたことがあった。夏の体育の後だったか、よく覚えてない。
保健室で寝ている隆也に、俺のブレザーをかけたことがあった。今の今まで、忘れていたけど。
――別に、それだけだ。なのに、なんで今思い出してるんだ?
このまま何も知らないふりしてるのも、違う気がした。
