俺の幼馴染(男)が俺のこと大好きなのに、告白してこない。

 次の日の朝。
 今日は軽音部の朝練がないので、隆也と待ち合わせして一緒に登校する日だ。
 昨日借りたブレザーを着てエントランスで待っていると、ワイシャツ姿の隆也が降りてきた。胸には学校指定の赤色のネクタイをしている。
 
「樹。はよ」
「……はよー……」
「どうした?元気ないな」
「いや……。昨日あんまり寝られなくてさ」
 お前の隠された恋心を知ってしまい、どうしようか考えてましたなんて言えるわけがない。

「あ、てかさ。このブレザー、しばらく借りていい?」
 隆也の気持ちがちゃんと分かるまでは、このまま借りていたい。いや、心の声を盗み聞きしたいわけではない、決して。
 
「別にいいけど……これから暑くなるのに?」
「い、意外と通気性よくて涼しいんだよな〜これ」
 
 さっきから普通に話してるけど、今日はまだ隆也の心の声は聞こえていない。
 俺の仮説だと、本心を話しているぶんには、心の声も聞こえない。
 つまり、本人が黙っている時とか、本心と違うことを話している時に聞こえるのだろう。

 どうやって隆也の気持ちを確認するか考えていると、ぐいっと腕を引かれた。
「危ない」
 次の瞬間、猛スピードで走ってきた自転車が俺のすぐ横を通り過ぎた。隆也に腕を引かれていなければ、思い切りぶつかっていただろう。
 
「樹、ぼーっとしてどうした?お前が考え事なんて珍しい」
(どんな顔してる樹も可愛いけど……)
 
 隆也の整った顔がすぐそばにあって、今日初の心の声が聞こえる。
「うわああ! ……な、何でもねえよ」
「……?」
 
 つくづく思うけど、顔だけじゃなくて行動もイケメンなんだよな。
 この顔であんな甘いこと言えるんだったら、その辺の女子はイチコロだ、きっと。
 
「オッス樹、隆也」
「うーす」
 今日も明るい榊原とは対照的に、隆也は声が低いからローテーションに思える。だけど、俺も榊原も慣れているから気にしない。
 今日の体育について榊原が話し出し、隆也は静かに自分の席に座った。
 
(樹、様子がおかしかったけど、熱とかじゃないよな……)
 
 大声でペチャクチャしゃべる榊原とは違う声が、俺の頭に直接流れ込んでくる。隆也の心の声だ。
 ご心配なく。お前のことを一晩中考えてたらよく眠れませんでしたなんて、口が裂けても言えないけどな!
 
(朝練がない日は貴重だからな……。樹ともっと一緒に過ごしたいし)
 
「カハッ」
「樹? どうした?」
 不意打ちに、思わず噴き出す。クラスの女子の目線が一気に俺に集まるのを感じる。やばい。学校一のモテ男が、いきなり噴き出す姿なんて見せられないだろ。
 
「いや、何でもない。体育でもバスケやれるの、楽しみだな」
 
 不思議そうに見つめてくる榊原に、ちゃんと話を聞いていたことをアピールする。
 脳内に響く隆也の声と、直接話す人の声は音質が違うとは言え、同時に聞こうとするとちょっとしたコツがいる。変な目で見られないように、気をつけないとな……。
 それもこれも、急にすごい発言してくる隆也のせいなんだけどな。
 視界の端っこで隆也を捉えると、涼しい顔をして楽譜を眺めていた。

 授業が始まってからも、隆也の心の声は時折聞こえた。
 さすがに教科書の問題を考えてる時とかは、そこまで大きな声で聞こえない。
だけど、独り言っていうのかな、無意識に思うんじゃなくてハッキリ思うやつ。たとえば「腹減ったなぁ」とか「めんどくさいな」とか、そういう気持ちは大きく聞こえる。
 
(早くベース触りてえな……あのコードもっと練習しないと)
(あ、樹またあくびしてる。やっぱ寝られなかったのか)
(この先生、話し方がゆっくりだからな。樹はよく眠そうにしてるんだよな)
 
 そんなことまで考えてたのかよ。
 ていうか、ほんとに俺のこと好きすぎだろって。俺が言えたことじゃないけど、授業に集中しろって。
 こんなことばかり考えてても、成績は良いんだよな、隆也って。
 顔が良くて頭も良いとか、ほんと彼女いないのが意味不明だけど、それは隆也が、俺を好きだからで――。

「あ、あの天宮くん」
「ん?」
 隣の席の堀田さんが、小声とともに俺の軽く机を叩く。
「消しゴム、貸してくれないかな? 忘れちゃって……」
「うん、いいよ」
 俺は消しゴムをちぎって、大きい方を堀田さんに渡す。

「それ使って。ちょっと不格好だけど」
「あ、ありがとう……」
 堀田さんの顔が赤くなる。挨拶ぐらいしか交わしたことのなかったけど、また告白カウントが増える日も近いかもしれないな。
 小さくなった消しゴムを見ながら、この前告白してくれた花井さんを思い出す。
 ラブレターの丸っこい字、小柄な体格、緊張で赤くなった顔。
 その全てが俺の知る“恋する乙女”の表情だった。
 先生に気づかれないように、斜め後ろを振り返る。
 少し離れた席に座っている隆也が、こちらを見ていた。相変わらずのポーカーフェイス。
 でも、心の声は丸聞こえだ。
(……堀田さんに消しゴム貸してあげたのか。優しいな)
 
 隆也の心の声に集中していたら、あっという間に放課後がやって来た。
「俺部活行くけど、樹は帰る?」
「あー、今日は帰ろっかな」
 隆也の部活が終わるまで、榊原たちと教室で時間を潰すこともある。
 けど、今日は寝不足だ。帰ってゆっくり昼寝でもしたい。

(帰るのか……一緒に帰りたかった……)
 びしょ濡れの子犬みたいな顔をするものだから、思わず言ってしまった。

「あ〜、もう! 待ってる! 待ってるって」
「……ありがとう。6時には終わると思うから」
「文化祭のオーディションに向けて練習してんだろ? がんばれよ」

 うちの学校の軽音部はレベルが高い。軽音部の一大イベントと言えば文化祭でのライブだが、出演できるバンド数は決められている。
 オーディションで、隆也のバンドは去年落ちた。もともと三年の最後の文化祭ということもあって、一年が選ばれることはほぼないらしいけど、期待の星だったらしい。
 今年は絶対に出たい。そんな意気込みが、言わなくても伝わってきた。

 部室に向かう隆也を見送った後、適当にスマホで時間を潰す。
 榊原はバイト、小野田は好きなラノベの新刊発売日だとかで帰ってしまった。
「ねむ……」
 仕方なく、机に突っ伏して目をつむる。
 すると、静かな教室に、女子の声と隆也の声が聞こえてきた。そういえば、教室から見える中庭で、たまに軽音部が練習してるんだった。
 隆也の心の声は聞こえてこない。ブレザーを着ていても、物理的に離れ過ぎると心の声も聞こえないのは、昨日の夜に発見済みだ。

 何となく気になって窓から顔を出す。こちらには気付いていないようだった。
「…………」
 別にいいんだけどさ、隆也が誰と話してたって。ていうか、同じ部活の女子となんて話して当たり前だろ。
 でも……。今日一日、ずっと着ていた隆也のブレザーを握り締める。
 
 ずっと隆也の心の声が聞こえてたから。聞こえないまま、隆也の笑顔だけを見るのは変な感じで。
 今も俺のことを考えてるのかな、なんて。
「……意味分かんねえ」
 昨日までだったら絶対考えていなかったであろうことを、俺は考えていた。
 また机に突っ伏すと、ふわあ、と欠伸を一つする。
 ……まあ、後で隆也が起こしてくれるだろ……。
 そう思って、俺は意識を手放した。

教室のドアが開く音で目が覚めた。
体を起こそうとして、やめた。今は隆也のブレザーを着ているのだ。
隆也の心の声を聞く絶好のチャンス。

(寝てる……)
(無防備すぎだろ)
(可愛い。ほんと疲れたらどこでも寝るよな)

 あれ、おかしい。どんどん顔が近づいてくる気配がする。
 隆也の声が頭に響いて、目の前には隆也の顔がすぐ近くにあって――何だこれ。

(……触っても、起きねえかな)
 その一言で、一気に現実に引き戻される。
 これ以上近づいたら――
 ちかいちかいちかい!
 堪らなくなって、俺は目を開けた。
「……あ」
 目の前に、隆也の顔。
 思ってたよりずっと近くて、息がかかりそうな距離だった。

「んあ、ね、寝てたわ」
「ごめん、起こしたか?」
 いつも通りの声。さっきまでの、あの熱のある声じゃない。
「いや、全然。帰ろうぜ」
 俺も、いつも通りの声を意識した。

 隣を歩く隆也は、相変わらずの無表情で。さっき近づいてきたのは夢だったのかと思うくらい。
「……そうだ。今年は文化祭のオーディション、部室じゃなくてライブハウス貸し切ってやるらしくて。終業式の後に」
「え、すげえじゃん。外部も見に来るってこと? スカウトとかされちゃったりして」
「他校の生徒が来るくらいだよ。…それで、できたらでいいんだけど、樹も見に来てほしい」
 ほんの一瞬だけ、視線が泳いだ気がした。
 
「行くに決まってんだろ。お前のベースが一番好きなのは俺だぞ」
 目をぱちくりさせる隆也に、俺はしまったと思う。

(……やっぱり好きだ)

「……や、その、深い意味じゃなくてな? お前のベースかっこいいし、ライブハウスでも聴きたいなって」
「……サンキュ」
 顔が熱い。意識し過ぎて、俺もおかしくなってしまったのかもしれない。