幼馴染の鮫島隆也が、俺のことを好きだって知ってからもうすぐ二週間。
梅雨のじめじめした空気は終わり、ここ数日は夏本番かよってくらいの晴天が続いている。
期末テストを乗り越えれば夏休み、そして夏休みが開ければすぐに文化祭だ。
「あれ?樹ブレザーでかくね?」
クーラーの効いた教室。
いつも通り、俺と隆也、榊原、小野田の四人。昼食を食べている時に、榊原が俺の袖口を見て聞いてきた。
「……ああこれ、隆也の」
「また借りてんのかよ、お前らほんと仲良いなー!」
その一言に心臓が跳ねた。
いつもなら「幼馴染だからな!」と笑って返せるのに、この前、隆也の気持ちを知ってしまってから妙に意識してしまう。
※※※
昨日、夢をみた。
いつもの通学路で、勇気を振り絞って隆也に「好きな人はいるのか」と聞く夢。
返ってきたのはあっさり一言、「いない」だけ。
でも、あの出来事は夢じゃない。一週間前、現実にあったことだ。
隆也からはっきり「好きな人はいない」と聞いた後も、相変わらず甘い心の声は聞こえっぱなしで。
(樹が俺のブレザー着てるのは、やっぱ可愛い)
目の前では、いつも通り澄ました顔で弁当を食べている。それなのに、頭の中にはこんな声が流れ込んでくる。
あれから、何も聞けないままだった。
勘違いだったならそれでいい。水に流せばいいだけの話だ。
だけど俺は、まだ隆也のブレザーを返せずにいる。
「……もう少しだけ、いいよな。借りてても」
小さく呟いて、袖を指でつまむ。
これを着ていると、あいつの声が聞こえる。だから――手放せない。
※※※
「はよ」
「お、おう」
一緒に登校するのは毎朝恒例だ。
(今日も俺のブレザー着てる……可愛すぎるだろ……)
……ほら、まただ。何なんだよ。好きなんだろ、俺のこと。
だったら――なんで、「いない」なんて言うんだよ。……意味わかんねえ。
心の中じゃ、あれだけ好きだって言いまくってるくせに。せめて、あの時のことを少しは考えてくれてもいいだろ。俺が「好きな人いるのか」って聞いた意味とか。……なのに、何もなかったみたいな顔しやがって。
隆也からは、あの会話についての心の声は聞こえてこなかった。
告白された回数、66回。(あれから隣の席の堀田さんに告白されたのだ。幸いすぐに席替えがあった。)
男に、しかも幼馴染に告白されたとなれば新記録。なのに俺は、告白されたことを思い出すよりことも、隆也の気持ちを考えることのほうが多くなっていた。
「あ、そうだ。この前貸したブレザー、返してもらっていいか?」
「え……なんで」
「もうすぐ夏服になるだろ。クリーニング出したいんだけど……」
「あ、ああ〜!クリーニングな。わかった、放課後返すよ」
確かにもうブレザーはいらないほどの暑さで。ブレザーを着てくるやつの方が少ない季節だった。
「頼む」
あっさり頷いたくせに、胸の奥がざわつく。
「……返したくねえな」
誰にも聞こえないくらいの声で呟いて、袖をぎゅっと握る。
このブレザーを着てるときだけ、隆也の心の声が聞こえる。
(可愛すぎるだろ……)
さっきの声が、まだ頭の奥に残っている気がした。
これを返したら、もう聞こえなくなるのか。そう思った瞬間、指先に力がこもる。
……嫌だ。そんなの、困るに決まってる。
隆也が何考えてるのか分からなくなるのも、あのどうしようもなく甘い声が聞こえなくなるのも。
――どっちも。
「隆也、これ。貸してくれてサンキュ」
授業が終わり、隆也にブレザーを渡す。隆也は何でもない顔で受け取った。
「おう」
それだけ。それだけなのに、少しだけ胸の奥が引っかかる。
部活に向かう隆也に背を向けて、俺は足早に図書室へ向かった。今日は、家にも帰りたくない。ひとりでいたかった。
下校時刻になり、帰ろうとすると、昼間の晴れが嘘みたいに雨が降っていた。しばらく待っても、やむ気配はない。
仕方なく昇降口へ行くと、隆也が軽音部の女子と話していた。
「どうした樹。帰ったんじゃ」
隣にいるのは、この前中庭で隆也と話していた女子だ。
「図書館で勉強しててさ」
俺が近づくと、その女子が顔を赤らめるのが分かった。けど、今はそんなのどうでもよかった。
女子の手元には一本の傘。
――あ、これ。
邪魔したな、と一瞬で分かる。
「じゃあ、また明日」
背を向けかけた、その時。
「ちょっと待てよ。傘持ってんのか?」
「……持ってないけど、何とかする」
「風邪ひくだろ。俺の折り畳みに入れ」
女子を見送ってから、隆也はこっちに来た。
……バカだな、こいつ。俺がいなければ、あのまま二人で帰れただろ。
あの女子だって、嬉しかったはずなのに。彼女だって、できたのかもしれないのに。
隆也が紺色の折り畳み傘を広げる。男二人で入るには小さすぎて、濡れないようにするにはどうしたって肩を寄せあう必要があって。
俺が少しでも離れて歩こうとすると、「もっとこっち」っと引き寄せられた。
近いのに、今は聞こえない。あのうるさいくらいに甘い声が。
ブレザーは隆也のかばんにあって、俺はワイシャツ一枚で。何も聞こえないはずなのに。やけに静かで、妙に意識してしまう。
触れている肩とか、すぐ隣にある体温とか。
それに――心臓の音。どっちのだか、分からないくらい近くて。
……やっぱり、俺のこと、好きだよな?
次の月曜。週末の雨が嘘みたいに晴れて、暑いくらい。
制服に手を伸ばして――ふと、止まる。ブレザーが、ない。
「……あ」
そうだ。昨日、隆也に返したんだ。もう、心の声が聞こえないのか。
「……まあ、別にいいだろ」
いいはずなのに。
エントランスに向かう足取りは、やけに重かった。
「……やっぱ、ねえと落ち着かねえ」
自分でも理由が分からないまま、そう呟いた時。
「あ、樹」
顔を上げると、隆也がいた。
「はよ。ほら、これ」
差し出されたのは、見慣れた紺色。
「ブレザー。これから暑いけど、必要なんだろ?」
「……っ、サンキュ」
ほとんど反射で受け取って、そのまま袖を通す。
――その瞬間。
(なんで俺のブレザー着たがるんだろ……)
(……でも、樹が俺のブレザー着てるのは、やっぱ可愛い)
「……はあ」
思わず、息が漏れた。久しぶりに聞いた気がする、その声に。
「どうした?」
「いや……なんでもねえ」
——やっぱり。思わず、口の端が緩む。
「好きじゃん」
「え?」
「いや、独り言」
やっぱ隆也、俺のこと好きじゃん。
なんで安心してんだ、俺。意味わかんねえ。
俺は女子が好きなのに。こんなんじゃまるで……。
足を止める。まるで、なんだ?まるで、俺が隆也のこと……。
首を振る。
「いやいやいや、ないないない!」
男だぞ!?隆也だぞ!?小学校の時から知ってんだ。幼なじみだろ!
不思議そうに俺を見つめてくる隆也の目がまともに見られない。こんなことは初めてだった。
その日の夜。
気を紛らわせるみたいに、いつもの恋リアを流す。この前、隆也の部屋で一緒に見たシリーズだ。
あの時一緒に見た、告白して振られるシーンが再生される。画面の中で、告白して――振られる。
展開は知っているのに、やっぱり胸が痛くなる。
もし。俺が、隆也に振られたら。
「…………」
これまで告白された場面を思い出そうとする。花井さん、堀田さん……全部ぜんぶ、嬉しかったはずだ。
告られることが、俺の生き甲斐だった。でも、頭に浮かぶのは隆也の顔ばかりで。
ああ、もう――だめだ。どうやら認めるしかないらしい。
俺は、隆也が好きだってこと。
「……でも、俺から告白するのは違うよな」
だってあいつ、「好きな人はいない」って言ってたし。普通に振られるだろ……。
ていうか、何で隆也は俺に告白してこないんだ?……キモいって思われるとか、そういうやつか?
俺は、隆也のブレザーを着る前の自分を思い返す。
距離なんて、気にしたこともなかった。
隆也のことを、恋愛対象として見たことなんて一度もない。あの頃の俺が、もし隆也から告白されていたら――。
「……そりゃ、言えねえよな」
ぽつりと呟く。
でも。俺は天宮樹。学校一のモテ男なのだ。幼馴染(男)に告白させるんて、余裕だ。
「絶対、告らせてやるからな」
期末テストも終わって、今日は終業式。
猛暑の中でも、クーラーの効いた教室では隆也のブレザーを着るようにしていた。もちろん、隆也の本音を聞くためだ。
相変わらず俺のことは可愛いだなんだ言っているけど、肝心の「好き」は、まだ一度もはっきり聞けていない。
明日から夏休み。隆也はきっと、部活漬けだ。俺は帰宅部だから何も予定はないけど、遊ぶ予定はそれなりに入っている。
「じゃあ樹。後で」
「おう。がんばれよ」
終業式は午前で終わる。 夕方からは、隆也のバンドのライブだ。
「ここだよな……」
ライブハウスの前で立ち止まる。こういう場所、数えるくらいしか来たことがない。
榊原はバイト、小野田はそもそも来なさそうだし。
ワンドリンク引換券を交換し、中に入る。思っていたより人が多い。
「すげえな……そんなに人気なのか」
……ていうか。女子多くね?
軽音ってこんな感じなのか。やけに視線を感じて、なんとなく落ち着かない。
それにしても、女性ファンが多いことに驚く。あ、今、目合ったよな。やば、これ声かけられたり――
「わっ」
「うお」
前を見ていなくて、誰かとぶつかった。
「すいません」
「いや、ボクも前見てへんかったから…」
関西弁?顔を上げると、小柄な男子がにこっと笑っていた。
俺とは別の高校の制服を着ている。
「なんや自分、カノン好きなん?気ぃ合うなあ」
「俺はグラストに知り合いがいて。でもカノンもかっこいいな」
Glass Tone(グラストーン)、略してグラストが隆也のバンドの名前だ。カノンは、今日のライブでメインを務める高校生バンド。
「そうなんや。あ、ボク鳴海明彦。先週こっちに来たばかりなんよ、仲良くしたってー」
「なるみ……」
“こっち”ってことは東京出身じゃないのだろうか。聞こうとした瞬間、照明が落とされて大音量が響く。
ステージに視線を向けると、隆也がいた。ベースを構えて、ライトを浴びている。長い指が弦を押さえて、リズムに合わせて動く。その横顔が、やけに様になっていて。
……やっぱ、かっこいいな。
「隆也……」
「どの人が知り合い?」
鳴海が耳元で聞いてくる。
「……ベース弾いてるやつ」
「……へえ。隆也くん、いうんや…」
興味を持ったように、鳴海はじっとステージを見つめた。
「いや~、めっちゃ良かったな」
「グラストも初めて聴いたけど良かったわあ」
ライブの余韻がまだ残っている。
耳の奥で、さっきのベースの音が鳴り続けているみたいだった。
……隆也、やっぱすげえな。幼馴染の引け目なしでも、あれは普通にプロ並みだと思う。
「俺、知り合いに挨拶しに楽屋行くけど」
そう言うと、隣の鳴海がぱっと顔を上げる。
「なあ、ボクもついてってええ?」
……軽い。というか、遠慮がない。
「……多分、大丈夫だと思うけど」
少し迷ってから頷くと、鳴海はにっと笑った。
「やった」
楽屋は、余韻に浸ったバンドメンバーとスタッフで騒がしかった。隆也は椅子に座って汗を拭いている。
「よ、お疲れ」
「樹。来てくれたんだな」
「行くって言っただろ」
いつもの調子で笑う隆也に、少しだけほっとする。
「そっちは……?」
横から鳴海が顔を出す。
「初めまして。ボク、鳴海明彦。なるみんて呼んでや」
鳴海が一歩前に出て、にこっと笑う。
隆也は不思議そうに頷く。その隆也の両手を、鳴海はぎゅっと握りしめた。
「隆也くんめっちゃタイプやわ」
一瞬、言葉の意味を理解するのに時間がかかる。隆也も、同じように固まっていた。
「ボク、ゲイやねん」
俺はすっかり忘れていた。隆也がイケメンで優しいってことは、他のヤツも隆也を好きになっておかしくないんだって。
鳴海が、楽しそうに笑う。
「な、ボクとデートせえへん?」
梅雨のじめじめした空気は終わり、ここ数日は夏本番かよってくらいの晴天が続いている。
期末テストを乗り越えれば夏休み、そして夏休みが開ければすぐに文化祭だ。
「あれ?樹ブレザーでかくね?」
クーラーの効いた教室。
いつも通り、俺と隆也、榊原、小野田の四人。昼食を食べている時に、榊原が俺の袖口を見て聞いてきた。
「……ああこれ、隆也の」
「また借りてんのかよ、お前らほんと仲良いなー!」
その一言に心臓が跳ねた。
いつもなら「幼馴染だからな!」と笑って返せるのに、この前、隆也の気持ちを知ってしまってから妙に意識してしまう。
※※※
昨日、夢をみた。
いつもの通学路で、勇気を振り絞って隆也に「好きな人はいるのか」と聞く夢。
返ってきたのはあっさり一言、「いない」だけ。
でも、あの出来事は夢じゃない。一週間前、現実にあったことだ。
隆也からはっきり「好きな人はいない」と聞いた後も、相変わらず甘い心の声は聞こえっぱなしで。
(樹が俺のブレザー着てるのは、やっぱ可愛い)
目の前では、いつも通り澄ました顔で弁当を食べている。それなのに、頭の中にはこんな声が流れ込んでくる。
あれから、何も聞けないままだった。
勘違いだったならそれでいい。水に流せばいいだけの話だ。
だけど俺は、まだ隆也のブレザーを返せずにいる。
「……もう少しだけ、いいよな。借りてても」
小さく呟いて、袖を指でつまむ。
これを着ていると、あいつの声が聞こえる。だから――手放せない。
※※※
「はよ」
「お、おう」
一緒に登校するのは毎朝恒例だ。
(今日も俺のブレザー着てる……可愛すぎるだろ……)
……ほら、まただ。何なんだよ。好きなんだろ、俺のこと。
だったら――なんで、「いない」なんて言うんだよ。……意味わかんねえ。
心の中じゃ、あれだけ好きだって言いまくってるくせに。せめて、あの時のことを少しは考えてくれてもいいだろ。俺が「好きな人いるのか」って聞いた意味とか。……なのに、何もなかったみたいな顔しやがって。
隆也からは、あの会話についての心の声は聞こえてこなかった。
告白された回数、66回。(あれから隣の席の堀田さんに告白されたのだ。幸いすぐに席替えがあった。)
男に、しかも幼馴染に告白されたとなれば新記録。なのに俺は、告白されたことを思い出すよりことも、隆也の気持ちを考えることのほうが多くなっていた。
「あ、そうだ。この前貸したブレザー、返してもらっていいか?」
「え……なんで」
「もうすぐ夏服になるだろ。クリーニング出したいんだけど……」
「あ、ああ〜!クリーニングな。わかった、放課後返すよ」
確かにもうブレザーはいらないほどの暑さで。ブレザーを着てくるやつの方が少ない季節だった。
「頼む」
あっさり頷いたくせに、胸の奥がざわつく。
「……返したくねえな」
誰にも聞こえないくらいの声で呟いて、袖をぎゅっと握る。
このブレザーを着てるときだけ、隆也の心の声が聞こえる。
(可愛すぎるだろ……)
さっきの声が、まだ頭の奥に残っている気がした。
これを返したら、もう聞こえなくなるのか。そう思った瞬間、指先に力がこもる。
……嫌だ。そんなの、困るに決まってる。
隆也が何考えてるのか分からなくなるのも、あのどうしようもなく甘い声が聞こえなくなるのも。
――どっちも。
「隆也、これ。貸してくれてサンキュ」
授業が終わり、隆也にブレザーを渡す。隆也は何でもない顔で受け取った。
「おう」
それだけ。それだけなのに、少しだけ胸の奥が引っかかる。
部活に向かう隆也に背を向けて、俺は足早に図書室へ向かった。今日は、家にも帰りたくない。ひとりでいたかった。
下校時刻になり、帰ろうとすると、昼間の晴れが嘘みたいに雨が降っていた。しばらく待っても、やむ気配はない。
仕方なく昇降口へ行くと、隆也が軽音部の女子と話していた。
「どうした樹。帰ったんじゃ」
隣にいるのは、この前中庭で隆也と話していた女子だ。
「図書館で勉強しててさ」
俺が近づくと、その女子が顔を赤らめるのが分かった。けど、今はそんなのどうでもよかった。
女子の手元には一本の傘。
――あ、これ。
邪魔したな、と一瞬で分かる。
「じゃあ、また明日」
背を向けかけた、その時。
「ちょっと待てよ。傘持ってんのか?」
「……持ってないけど、何とかする」
「風邪ひくだろ。俺の折り畳みに入れ」
女子を見送ってから、隆也はこっちに来た。
……バカだな、こいつ。俺がいなければ、あのまま二人で帰れただろ。
あの女子だって、嬉しかったはずなのに。彼女だって、できたのかもしれないのに。
隆也が紺色の折り畳み傘を広げる。男二人で入るには小さすぎて、濡れないようにするにはどうしたって肩を寄せあう必要があって。
俺が少しでも離れて歩こうとすると、「もっとこっち」っと引き寄せられた。
近いのに、今は聞こえない。あのうるさいくらいに甘い声が。
ブレザーは隆也のかばんにあって、俺はワイシャツ一枚で。何も聞こえないはずなのに。やけに静かで、妙に意識してしまう。
触れている肩とか、すぐ隣にある体温とか。
それに――心臓の音。どっちのだか、分からないくらい近くて。
……やっぱり、俺のこと、好きだよな?
次の月曜。週末の雨が嘘みたいに晴れて、暑いくらい。
制服に手を伸ばして――ふと、止まる。ブレザーが、ない。
「……あ」
そうだ。昨日、隆也に返したんだ。もう、心の声が聞こえないのか。
「……まあ、別にいいだろ」
いいはずなのに。
エントランスに向かう足取りは、やけに重かった。
「……やっぱ、ねえと落ち着かねえ」
自分でも理由が分からないまま、そう呟いた時。
「あ、樹」
顔を上げると、隆也がいた。
「はよ。ほら、これ」
差し出されたのは、見慣れた紺色。
「ブレザー。これから暑いけど、必要なんだろ?」
「……っ、サンキュ」
ほとんど反射で受け取って、そのまま袖を通す。
――その瞬間。
(なんで俺のブレザー着たがるんだろ……)
(……でも、樹が俺のブレザー着てるのは、やっぱ可愛い)
「……はあ」
思わず、息が漏れた。久しぶりに聞いた気がする、その声に。
「どうした?」
「いや……なんでもねえ」
——やっぱり。思わず、口の端が緩む。
「好きじゃん」
「え?」
「いや、独り言」
やっぱ隆也、俺のこと好きじゃん。
なんで安心してんだ、俺。意味わかんねえ。
俺は女子が好きなのに。こんなんじゃまるで……。
足を止める。まるで、なんだ?まるで、俺が隆也のこと……。
首を振る。
「いやいやいや、ないないない!」
男だぞ!?隆也だぞ!?小学校の時から知ってんだ。幼なじみだろ!
不思議そうに俺を見つめてくる隆也の目がまともに見られない。こんなことは初めてだった。
その日の夜。
気を紛らわせるみたいに、いつもの恋リアを流す。この前、隆也の部屋で一緒に見たシリーズだ。
あの時一緒に見た、告白して振られるシーンが再生される。画面の中で、告白して――振られる。
展開は知っているのに、やっぱり胸が痛くなる。
もし。俺が、隆也に振られたら。
「…………」
これまで告白された場面を思い出そうとする。花井さん、堀田さん……全部ぜんぶ、嬉しかったはずだ。
告られることが、俺の生き甲斐だった。でも、頭に浮かぶのは隆也の顔ばかりで。
ああ、もう――だめだ。どうやら認めるしかないらしい。
俺は、隆也が好きだってこと。
「……でも、俺から告白するのは違うよな」
だってあいつ、「好きな人はいない」って言ってたし。普通に振られるだろ……。
ていうか、何で隆也は俺に告白してこないんだ?……キモいって思われるとか、そういうやつか?
俺は、隆也のブレザーを着る前の自分を思い返す。
距離なんて、気にしたこともなかった。
隆也のことを、恋愛対象として見たことなんて一度もない。あの頃の俺が、もし隆也から告白されていたら――。
「……そりゃ、言えねえよな」
ぽつりと呟く。
でも。俺は天宮樹。学校一のモテ男なのだ。幼馴染(男)に告白させるんて、余裕だ。
「絶対、告らせてやるからな」
期末テストも終わって、今日は終業式。
猛暑の中でも、クーラーの効いた教室では隆也のブレザーを着るようにしていた。もちろん、隆也の本音を聞くためだ。
相変わらず俺のことは可愛いだなんだ言っているけど、肝心の「好き」は、まだ一度もはっきり聞けていない。
明日から夏休み。隆也はきっと、部活漬けだ。俺は帰宅部だから何も予定はないけど、遊ぶ予定はそれなりに入っている。
「じゃあ樹。後で」
「おう。がんばれよ」
終業式は午前で終わる。 夕方からは、隆也のバンドのライブだ。
「ここだよな……」
ライブハウスの前で立ち止まる。こういう場所、数えるくらいしか来たことがない。
榊原はバイト、小野田はそもそも来なさそうだし。
ワンドリンク引換券を交換し、中に入る。思っていたより人が多い。
「すげえな……そんなに人気なのか」
……ていうか。女子多くね?
軽音ってこんな感じなのか。やけに視線を感じて、なんとなく落ち着かない。
それにしても、女性ファンが多いことに驚く。あ、今、目合ったよな。やば、これ声かけられたり――
「わっ」
「うお」
前を見ていなくて、誰かとぶつかった。
「すいません」
「いや、ボクも前見てへんかったから…」
関西弁?顔を上げると、小柄な男子がにこっと笑っていた。
俺とは別の高校の制服を着ている。
「なんや自分、カノン好きなん?気ぃ合うなあ」
「俺はグラストに知り合いがいて。でもカノンもかっこいいな」
Glass Tone(グラストーン)、略してグラストが隆也のバンドの名前だ。カノンは、今日のライブでメインを務める高校生バンド。
「そうなんや。あ、ボク鳴海明彦。先週こっちに来たばかりなんよ、仲良くしたってー」
「なるみ……」
“こっち”ってことは東京出身じゃないのだろうか。聞こうとした瞬間、照明が落とされて大音量が響く。
ステージに視線を向けると、隆也がいた。ベースを構えて、ライトを浴びている。長い指が弦を押さえて、リズムに合わせて動く。その横顔が、やけに様になっていて。
……やっぱ、かっこいいな。
「隆也……」
「どの人が知り合い?」
鳴海が耳元で聞いてくる。
「……ベース弾いてるやつ」
「……へえ。隆也くん、いうんや…」
興味を持ったように、鳴海はじっとステージを見つめた。
「いや~、めっちゃ良かったな」
「グラストも初めて聴いたけど良かったわあ」
ライブの余韻がまだ残っている。
耳の奥で、さっきのベースの音が鳴り続けているみたいだった。
……隆也、やっぱすげえな。幼馴染の引け目なしでも、あれは普通にプロ並みだと思う。
「俺、知り合いに挨拶しに楽屋行くけど」
そう言うと、隣の鳴海がぱっと顔を上げる。
「なあ、ボクもついてってええ?」
……軽い。というか、遠慮がない。
「……多分、大丈夫だと思うけど」
少し迷ってから頷くと、鳴海はにっと笑った。
「やった」
楽屋は、余韻に浸ったバンドメンバーとスタッフで騒がしかった。隆也は椅子に座って汗を拭いている。
「よ、お疲れ」
「樹。来てくれたんだな」
「行くって言っただろ」
いつもの調子で笑う隆也に、少しだけほっとする。
「そっちは……?」
横から鳴海が顔を出す。
「初めまして。ボク、鳴海明彦。なるみんて呼んでや」
鳴海が一歩前に出て、にこっと笑う。
隆也は不思議そうに頷く。その隆也の両手を、鳴海はぎゅっと握りしめた。
「隆也くんめっちゃタイプやわ」
一瞬、言葉の意味を理解するのに時間がかかる。隆也も、同じように固まっていた。
「ボク、ゲイやねん」
俺はすっかり忘れていた。隆也がイケメンで優しいってことは、他のヤツも隆也を好きになっておかしくないんだって。
鳴海が、楽しそうに笑う。
「な、ボクとデートせえへん?」
