俺の幼馴染(男)が俺のこと大好きなのに、告白してこない。

 梅雨の晴れ間。四限が終わった足で購買に行った帰り、榊原がほとんど叫び声に近い声を上げる。
「あーっ! あっちー! まだ六月なのにまじあちいな」
 ワイシャツの襟をバタつかせているが、その背中は汗で張り付いている。
「…ほんと、人間が外に出ていい気温じゃないよね」
 小野田も、今にも溶けそうに目を細めている。
 一秒でも早く教室へ辿り着きたい気持ちと、暑さで動くのも嫌になるくらいだるい気持ち。言葉にしなくても、全員同じ気持ちだろう。
 ダラダラと歩いていると、渡り廊下そばのバスケコートが、妙に静かなことに気づいた。いつもなら昼休みのこの時間、三年生がバスケで盛り上がっているのに。

「あれ、コート空いてね?」
「まじだ。進路相談で昼休みズレてんのかな」
 そう言った次の瞬間、榊原が走り出す。

「ワンオンワンしようぜー」
「……俺はいい。こんな暑い中バスケとか、自殺行為でしょ」
 小野田のノリが悪いのはいつものことだ。

「小野田、ドリブルできねえの?」
「うっせー」
 榊原に煽られて何だかんだ参加するあたり、本気で嫌なわけではないんだろう。
 俺もブレザーを脱いで、暑い日差しが照りつくコートに放り出す。
 部活では万年補欠だったけど、今でもバスケは好きだ。

 気づけば通りがかった他のクラスの奴らも参加して、昼休みのバスケはちょっとした球技大会みたいに白熱した。体育の授業より、こういう時のほうがよっぽど盛り上がる。
 渡り廊下で、数人の女子がこっちを見てるのが分かった。
 ――ああ、また近々告られるかも。なんて頭の片隅で思った。

 予鈴が鳴って、俺は慌ててブレザーを手に取る。
「あー、汗かいた。やべ、もう昼休み終わる」
「早く行こうぜ」
 教室に入ると、クーラーが効いていて少し寒い。外はあんなに暑かったのに。
 俺はブレザーを羽織った。ちょっとでかい気がしたけど、まあいいか、と気にせず席に座る。
 次の授業は数学だった。机から教科書を出して、先生の説明をぼんやり聞く。
 
 その時だった。
(……やっぱバスケしてる樹、生き生きしててかっこいいな)
 
 ――は?
 一瞬、思考が止まる。今の、誰だ?
 周りを見ても、先生以外は誰も喋ってない。そもそも授業中だ。私語なんてする空気じゃない。
 空耳、か……?

「じゃあ次の問題を――天宮」
「え? あ……俺すか」
「お前以外誰がいるんだー」
「すいません、えっと」
 
(ああ、せっかく樹を見てたのに……)
 
 やっぱり、気のせいじゃない。
 頭の中に声が響く。しかも、隆也の声で。
 なんで!? どういうこと!? この暑さでおかしくなったのか、俺?
 そんな状態で先生の説明が頭に入るわけもなく。
 授業中は、なだれこんでくる隆也の声で頭がいっぱいだった。

 授業が終わると同時に、俺は椅子から勢いよく立ち上がった。
「隆也!ちょっと来い!」
「……どうした、樹」
 ポカンとしている周りを無視して、俺は隆也の腕をつかんで教室を出た。
 榊原と小野田が何か言っていた気もするけど、聞いている余裕はない。
 空き教室の扉を開けて、半ば隆也を押し込むみたいに中へ入る。

「お前、なんか話してみろ」
「は……?」
「いいから」
「え……」
(どうしたんだよ樹。急に……)
 
 間違いない。目の前の隆也は黙っているのに、同時に頭の中で隆也の声が聞こえる。
 やっぱりこれ、隆也の心の声だ。

「てか、樹。それ俺のブレザーだろ」
「え?」
「さっきバスケの後、取り違えてた」
「あ、ああ……」
 そういえば、少しサイズが大きい気がすると思ったら。これ、隆也のだったのか。道理で大きいはずだ。
 中央についているボタンを外そうとした時だった。
 
(樹が俺のブレザー着てるとか、心臓に悪い…)
 
「ん?」
 ボタンを外して、ブレザーを脱ぐ。
 その瞬間、頭の中で、隆也の声が聞こえなくなった。
「……」
 確認のために、もう一度ブレザーを羽織る。
 
(ちょっとでかくて、袖も長くて……)
 
「んん!?」
「どうしたんだよ樹……」
 目の前にいる隆也は普段通りの無表情をしている。声のトーンも、いつもと同じだ。
 でも、たしかに頭の中に聞こえるのは、聞いたことのないような隆也の甘い声――。
 俺は一歩踏み込んで、グイっと隆也に顔を近づける。
「お前……小さい声でしゃべってないよな?」
「は……?」
 
(そんな近づくなって……可愛すぎる)
 
 やっぱり聞こえる。隆也の口は閉じている。
 何となく理解した。このブレザーを着てる時だけ、隆也の心の声が聞こえるんだ。
「樹、どうした?熱でもあるのか?」
 
(頼むから、心配させるな……)
 
 隆也が俺の額に手をあてる。ひんやりした感触と同時に、頭の中に声が響く。
 
(……好きだ、樹)
 
「……は?」
 一瞬、思考が止まる。好きって言った? 隆也が、俺を?
 目の前の無表情な隆也と、甘い声が重なる。

――俺のこと好きだって人間は、なんとなく分かる。
 潤んだ瞳、赤く染まった頬、高くなる声。
 目の前にいる隆也の目は潤んでないし、いつものポーカーフェイスで声も低い。
 それなのに、頭に流れ込んでくるのは聞いたこともない甘い声で。

「……ハァァアアアア!?!?」
 空き教室に、叫び声が響き渡る。
 天宮樹、高校二年。生き甲斐は告白されること。
 そんな俺は、どうやら。
 幼馴染の、心の声が聞こえるようになったらしい。