体育館を出た後、俺のクラスに行くという鳴海と別れて、隆也に連絡した。
『後夜祭の時間、教室で待ってる』
すぐには既読がつかなかった。それでも、隆也は来ると分かっていた。
文化祭二日目の午後は、あっという間に過ぎていった。
夕方から夜にかけて、後夜祭が始まる。校庭ではキャンプファイヤーが始まり、歓声と笑い声が遠くで混ざっている。
その年、一番人気だった出し物の発表も行われた。
俺のクラスの告白カフェは、優秀賞は逃したけど、顧客満足度一位を獲得した。
「まあ、上出来だろ」
盛り上がるクラスメイトたちの輪を外れて、教室へ向かう。
この時間、教室に来る生徒はいない。電気が消された教室に、俺の足音だけが響く。
暗闇の中で、隆也のブレザーを着る。少し長い袖。布の重さと、薄く残った匂い。
これがあったから、気付いてしまったんだよな。
キャンプファイヤーの光が、窓の外で揺れている。遠くのざわめきだけが、やけに現実っぽくて。それ以外は、全部静かだった。
どれくらい、待っていただろう。静かな教室に、足音が近づいてくる。次の瞬間、勢いよく教室のドアが開いた。
振り返ると、息を切らした隆也が立っていた。
「……遅くなってごめん」
「おう、お疲れ」
一瞬、暗い沈黙が落ちる。
「ライブすごい人だったな。鳴海も来てたよ」
「……ああ、見えた」
それ以上は続かない。何を話したらいいかなんて、もうお互い分かってる。
「……さっきのさ」
喉が、妙に乾く。
「俺宛、だよな」
隆也は何も言わない。でも、その沈黙で十分だった。
「……隆也、俺さ。……俺、お前に言わなきゃいけないことがあるんだ」
「……え?」
息を整えて、耳を澄ます。
このブレザーを手にしてから、ずっと聞いてきた隆也の心の声。聞こえなくても分かる。
(やめてくれ……離れるとか言うなよ)
(友達やめるとか、言わないよな)
(お前がいなくなったら、俺は――)
「ちげえって!!」
「……え?」
「そんな話じゃねえよ」
一歩、近づく。
「信じてくれないかもしれないけど、俺、このブレザーを着てると、お前の心の声が聞こえるんだ」
「……え?」
「試すか?」
少しの沈黙。
「……じゃあ、今考えてること当ててみろよ」
「樹がいなくなったら俺は生きていけない」
「……は?」
「だろ」
隆也はしばらく俺の目を見つめて、そして言った。
「……信じるよ。樹が言うなら、信じる」
その一言が、胸に落ちる。
そうだ。隆也はいつだって俺を信じてくれてた。
最初から言えば良かったんだ。お前の心の声だけ、盗み聞きしようなんて思わないで。
俺も、気持ちを伝えるのが怖かったんだ。
「それでさ」
ブレザーの裾を握る。足が震える、けど。もう逃げたくなかった。
「俺、隆也が好きだ」
静かな教室に、はっきり響いた。
「隆也が俺の事どう思ってるか知って、最初は信じられなかった。でも……気づいたら、お前ばっか見てて」
言葉が、止まらない。
「告白してこねえのムカついて、拗ねて……でも結局」
視線を逸らさずに言う。
「俺の方が、お前のこと好きになってた」
好きって言われてドキドキするのも、他のやつにとられそうになって焦るのも、全部単純な話だ。
「だけど、好きなやついないってわれて……お前に告白されたくて、素直になれなかった。
でも、隆也が誰を好きでも、これだけは言える。俺は、隆也が好きだよ」
沈黙。たった数秒が、長く感じて。
――頼む。そう思った瞬間。
「……俺も、樹が好きだ」
低い声が鼓膜に響いた。
「樹が好きだ」
隆也の心の声じゃない。直接聞こえる。
「嫌われるのが怖くて嘘ついた。ごめん」
視線がぶつかる。
「何年も前から、お前がずっと好きだったよ、樹」
「……やっと、聞けた」
ああ。俺はきっと、その言葉をずっと聞きたかった。
俺はボタンを外すと、ゆっくりとブレザーを脱いだ。
もうこんなのなくてもいい。お前の気持ちは、手に取るように分かるから。
「……これ、返す」
「え?」
「これからは、お前の口から気持ち聞きたい」
「……」
隆也が、ゆっくり近づく。
「樹」
「……何だよ」
「……好きだ」
「……知ってる」
「好きだよ、樹」
二人きりの教案で、距離がゼロになる。恥ずかしくて、顔を背ける。
「だから知ってるって! お前、俺のこと可愛いって思いすぎなんだよ…っ」
「……これからは、言っていいんだよな」
「……へ?」
「もう、我慢しなくていいってことだよな」
隆也が、俺の頬に触れる。
「え?」
「今までずっと…言えなかった分、樹に好きって言っていいんだよな」
ちょっと待て。それってーー
「好きだよ、樹」
耳元で囁かれて、どうにかなってしまいそうに熱くなった。
「……知ってるって」
やっと声を絞り出す。
お前が、ずっと伝えてくれてたから。
「……目、閉じて」
「……え?」
「キスしたいから、閉じて」
「っ!!」
見上げると、大真面目な顔をしていた。
「そ、そんなことわざわざ言うなよ」
「……思ってることは口に出せって言うから」
「だ、だからってそんな――」
唇が重なる。もうこれ以上、言葉は要らなかった。
遠くで、歓声が上がる。
キャンプファイヤーの火が揺れて、教室を照らし出していた。
『後夜祭の時間、教室で待ってる』
すぐには既読がつかなかった。それでも、隆也は来ると分かっていた。
文化祭二日目の午後は、あっという間に過ぎていった。
夕方から夜にかけて、後夜祭が始まる。校庭ではキャンプファイヤーが始まり、歓声と笑い声が遠くで混ざっている。
その年、一番人気だった出し物の発表も行われた。
俺のクラスの告白カフェは、優秀賞は逃したけど、顧客満足度一位を獲得した。
「まあ、上出来だろ」
盛り上がるクラスメイトたちの輪を外れて、教室へ向かう。
この時間、教室に来る生徒はいない。電気が消された教室に、俺の足音だけが響く。
暗闇の中で、隆也のブレザーを着る。少し長い袖。布の重さと、薄く残った匂い。
これがあったから、気付いてしまったんだよな。
キャンプファイヤーの光が、窓の外で揺れている。遠くのざわめきだけが、やけに現実っぽくて。それ以外は、全部静かだった。
どれくらい、待っていただろう。静かな教室に、足音が近づいてくる。次の瞬間、勢いよく教室のドアが開いた。
振り返ると、息を切らした隆也が立っていた。
「……遅くなってごめん」
「おう、お疲れ」
一瞬、暗い沈黙が落ちる。
「ライブすごい人だったな。鳴海も来てたよ」
「……ああ、見えた」
それ以上は続かない。何を話したらいいかなんて、もうお互い分かってる。
「……さっきのさ」
喉が、妙に乾く。
「俺宛、だよな」
隆也は何も言わない。でも、その沈黙で十分だった。
「……隆也、俺さ。……俺、お前に言わなきゃいけないことがあるんだ」
「……え?」
息を整えて、耳を澄ます。
このブレザーを手にしてから、ずっと聞いてきた隆也の心の声。聞こえなくても分かる。
(やめてくれ……離れるとか言うなよ)
(友達やめるとか、言わないよな)
(お前がいなくなったら、俺は――)
「ちげえって!!」
「……え?」
「そんな話じゃねえよ」
一歩、近づく。
「信じてくれないかもしれないけど、俺、このブレザーを着てると、お前の心の声が聞こえるんだ」
「……え?」
「試すか?」
少しの沈黙。
「……じゃあ、今考えてること当ててみろよ」
「樹がいなくなったら俺は生きていけない」
「……は?」
「だろ」
隆也はしばらく俺の目を見つめて、そして言った。
「……信じるよ。樹が言うなら、信じる」
その一言が、胸に落ちる。
そうだ。隆也はいつだって俺を信じてくれてた。
最初から言えば良かったんだ。お前の心の声だけ、盗み聞きしようなんて思わないで。
俺も、気持ちを伝えるのが怖かったんだ。
「それでさ」
ブレザーの裾を握る。足が震える、けど。もう逃げたくなかった。
「俺、隆也が好きだ」
静かな教室に、はっきり響いた。
「隆也が俺の事どう思ってるか知って、最初は信じられなかった。でも……気づいたら、お前ばっか見てて」
言葉が、止まらない。
「告白してこねえのムカついて、拗ねて……でも結局」
視線を逸らさずに言う。
「俺の方が、お前のこと好きになってた」
好きって言われてドキドキするのも、他のやつにとられそうになって焦るのも、全部単純な話だ。
「だけど、好きなやついないってわれて……お前に告白されたくて、素直になれなかった。
でも、隆也が誰を好きでも、これだけは言える。俺は、隆也が好きだよ」
沈黙。たった数秒が、長く感じて。
――頼む。そう思った瞬間。
「……俺も、樹が好きだ」
低い声が鼓膜に響いた。
「樹が好きだ」
隆也の心の声じゃない。直接聞こえる。
「嫌われるのが怖くて嘘ついた。ごめん」
視線がぶつかる。
「何年も前から、お前がずっと好きだったよ、樹」
「……やっと、聞けた」
ああ。俺はきっと、その言葉をずっと聞きたかった。
俺はボタンを外すと、ゆっくりとブレザーを脱いだ。
もうこんなのなくてもいい。お前の気持ちは、手に取るように分かるから。
「……これ、返す」
「え?」
「これからは、お前の口から気持ち聞きたい」
「……」
隆也が、ゆっくり近づく。
「樹」
「……何だよ」
「……好きだ」
「……知ってる」
「好きだよ、樹」
二人きりの教案で、距離がゼロになる。恥ずかしくて、顔を背ける。
「だから知ってるって! お前、俺のこと可愛いって思いすぎなんだよ…っ」
「……これからは、言っていいんだよな」
「……へ?」
「もう、我慢しなくていいってことだよな」
隆也が、俺の頬に触れる。
「え?」
「今までずっと…言えなかった分、樹に好きって言っていいんだよな」
ちょっと待て。それってーー
「好きだよ、樹」
耳元で囁かれて、どうにかなってしまいそうに熱くなった。
「……知ってるって」
やっと声を絞り出す。
お前が、ずっと伝えてくれてたから。
「……目、閉じて」
「……え?」
「キスしたいから、閉じて」
「っ!!」
見上げると、大真面目な顔をしていた。
「そ、そんなことわざわざ言うなよ」
「……思ってることは口に出せって言うから」
「だ、だからってそんな――」
唇が重なる。もうこれ以上、言葉は要らなかった。
遠くで、歓声が上がる。
キャンプファイヤーの火が揺れて、教室を照らし出していた。
