俺の幼馴染が俺のこと大好きなのに告白してこない件。

 自分の部屋のベッドに、隆也のブレザーを広げる。
 見た目は至って普通の、俺のより少し大きい紺色のブレザー。
 あれから分かったことがある。
 ひとつ、読めるのは隆也の心だけ。他の人の心の声は、聞こうと集中してみても無理だった。
 ふたつ、読めるようになる服はブレザーだけ。試しに隆也のジャージやカーディガンを借りてみたけど、心の声は聞こえなかった。
 そして、みっつ――幼馴染の隆也は、俺のことが、超がつくほど大好きだってこと。
 
 さっき聞いた、隆也の心の声を反芻する。
 (ばれるわけにはいかないんだ。俺が、お前を好きだってこと)
「全然気づかなかった……」
 ばれるわけにはいかないってことは、隆也は隠したかったってことだよな……。
 落ち着け。問題を整理しよう。俺は天宮樹。学年一のモテ男なのだ。これくらいで狼狽えるわけにはいかない。
 まずは、隆也が男だってこと。
 モテ男といっても、俺は女子からしか告白されたことがない。女子が好きだし、男を恋愛対象に見たことはなかった。
 偏見とかはないけど、自分が男を好きになるかって言われたら、考えたこともなかった。女子の甘い香りややわらかい体が好きだから。
 うん、そうだ。これは確定事項!
 次に、相手が隆也だってこと。俺にとって隆也は幼馴染で、それ以上でもそれ以下でもなかった。
「まじか……」
 悩んでるのは、むしろこっちの問題の方だ。
 好意を持たれてるのが他の男だったら、こんなに悩まなかっただろう。「俺の恋愛対象は女子だから」って思って気にしない、以上だ。
 だけど隆也ってのが……。そもそも、あの隆也に好きなやつがいたってだけで驚きなのに、その相手が俺だなんて……。
 まだ心がついてこない。驚き半分、信じられないって疑う気持ち半分って感じだ。
 だからまだ、俺は隆也をどう思ってるのかとか、恋愛対象に見られるかってところまで考えが達してない。
「うあああああ!!!」
 恋愛対象……。ふと、俺と隆也がそういう関係になっているところを想像してしまい、叫び声を上げる。隣の部屋で勉強していただであろう、弟の翔に壁を思いっきり叩かれた気がするけど、気にしない。気にしている余裕なんてない。
 ――てか、俺が今まで見てきた、恋してるヤツの態度とは全然違うんだけど……。
 俺のことを好きだって告白してくる女の子は、みんな照れて恥ずかしそうにしてた。それに優越感を感じてたのに……。
 頭に浮かぶ隆也は、顔色ひとつ変えずにいつも無表情。本当に俺のこと好きなのか?
「勘違い……じゃないよなあ」
 確かに聞いた、隆也の心の声。
 隠し通したいから、態度に出さないようにしてたのか?それにしたって、好きな相手の前であんなポーカーフェイスができるだろうか――。
 ベッドに顔を埋める。ブレザーからは、微かに隆也のにおいがした。
 柔軟剤なのか、隆也自身のにおいなのか。石鹼みたいで落ち着く香り。その香りでまた、隆也の顔を連想してしまう。
 もし隆也が俺のことを好きなのが本当だとして、それを俺がブレザーの力を借りて知ったことを、本人が知ったら?勝手に人の心を読むやつだと幻滅するだろうか。いや、隆也はそんなことで突き放したりしてくるやつじゃないけど。
 でも……。俺のムダに発達した右脳が、隆也の幻滅した表情を描いていく。
『樹、そんなことするやつだったんだ……』
 それはいやだ……。隆也は大事な幼馴染なんだ。失いたくない。
「直接聞きたいけど……、ブレザーの話するわけにもいかないし……」
 言ったって信じてもらえるわけがない。
 隆也のことだから、真顔で「樹、頭でも打ったか?」なんて心配してくる。うん、きっとそうだ。
「どうしたらいいんだよー!」
 隣の部屋から、翔がさっきより強く壁を殴る音が聞こえた。
 部屋でひとりで叫ぶなんて、モテる男にあるまじき行為だ。けど、仕方がない。
 十分に眠ることもできないまま、夜は更けていった。

 次の日の朝。
 今日は隆也の朝練がないので、待ち合わせして一緒に登校する日だ。
 隆也のブレザーを着てエントランスで待っていると、ワイシャツに姿の隆也が降りてきた。胸には学校で配布された赤色のネクタイをしている。
「樹。はよ」
「……はよー……」
「どうした?元気ないな」
「いやー……。昨日あんまり寝れなくてさ」
 お前の隠された恋心を知ってしまい、どうしようか考えてましたなんて言えるわけがない。
 俺は今日も、完璧なモテ男でいなくちゃいけないんだ……。
「あ、てかさ。このブレザー、しばらく借りていい?」
 うちの高校は服装の規定がゆるくて、入学式とか始業式とかの式典以外は割と自由なのだ。これから暑くなる季節、ブレザーがなくても平気だろう。
 隆也の気持ちがちゃんと分かるまでは、このまま借りていたい。いや、心の声を盗み聞きしたいわけではない、決して。
「別にいいけど……」
「サンキュー」
 さっきから普通に話してるけど、今日はまだ隆也の心の声は聞こえていない。
 俺の予想だと、本心を話しているぶんには、心の声も聞こえない。本人が黙っている時とか、本心と違うことを話している時に聞こえるのだろう。
 どうやって隆也の気持ちを確認するか考えていると、ぐいっと腕を引かれた。
「危ない」
 次の瞬間、ハイスピードで走ってきた自転車が俺のすぐ横を通り過ぎた。隆也に腕を引かれていなければ、思い切りぶつかっていただろう。
「……うお」
「樹、ぼーっとしてどうした?お前が考え事なんて珍しい」
(どんな顔してる樹も可愛いけど……)
 隆也の整った顔がすぐそばにあり、同時に今日初の心の声も聞こえる。
「う、うわああ!……な、何でもねえよ」
「……?」
 瞳は鋭く見えるけどたれ目気味で、まつ毛は意外と長い。鼻も高くて、男らしい顔立ちだ。
 こいつ……イケメンなんだよな。ほんと、この顔であんな甘いこと言えるんだったら、女子なんてイチコロだぜ、きっと。
 
 隆也の心の声が聞こえるようになってから、二日目。
 俺はその事実よりも、別のことに驚かされていた。
 ――いや、さすがに俺のこと好きすぎじゃね!?
 隆也は普段からあまり話さない。思っていることがあっても、自己主張するようなタイプじゃない。
 それはつまり、よくしゃべるヤツより、心の声が聞こえやすいってことで。
 無口なヤツでも、心の中で何も考えていなければ何も聞こえないんだろうけど、隆也は違う。普段は無口なのに、心の中ではうるさいほどよくしゃべるのだ。
「オッス樹、隆也」
「うーす」
 今日も明るい榊原とは対照的に、隆也は声が低いからローテーションに思える。だけど、俺も榊原も慣れているから気にしない。
 今日の体育について榊原が話し出し、隆也は静かに自分の席に座った。
(樹、様子がおかしかったけど熱とかじゃないよな……)
 大声でペチャクチャしゃべる榊原とは違う声が、俺の頭に直接流れ込んでくる。隆也の心の声だ。
 ご心配なく。お前のことを一晩中考えてたらよく眠れませんでしたなんて、口が裂けても言えないけどな。
(朝練がない日は貴重だからな……。樹ともっと一緒に過ごしたいし)
「ブハッ」
「樹? どうした?」
 不意打ちに、思わず噴き出す。クラスの女子の目線が一気に俺に集まるのを感じる。やばい。学校一のモテ男が、いきなり噴き出す姿なんて見せられないだろ。
「いや、何でもない。体育でもバスケやれるの、楽しみだな」
 不思議そうに見つめてくる榊原に、ちゃんと話を聞いていたことをアピールする。
 脳内に響く隆也の声と、直接話す人の声は音質が違うとは言え、同時に聞こうとするとちょっとしたコツがいる。変な目で見られないように、気をつけないとな……。
 それもこれも、急にすごい発言してくる隆也のせいなんだけどな。
 視界の端っこで隆也を捉えると、涼しい顔をして楽譜を眺めていた。

 授業が始まってからも、隆也の心の声は時折聞こえた。
 さすがに教科書の問題を考えてる時とかは、そこまで大きな声で聞こえない。だけど、独り言っていうのかな、無意識に思うんじゃなくてハッキリ思うやつ。たとえば「腹減ったなぁ」とか「めんどくさいな」とか、そういう気持ちは大きく聞こえる。
(早くベース触りてえな……あのコードもっと練習しないと)
(あ、樹またあくびしてる。やっぱ寝られなかったのか)
(この先生、話し方がゆっくりだからな。樹はよく眠そうにしてるんだよな)
 そんなことまで考えてたのかよ。
 ていうか、ほんとに俺のこと好きすぎだろって。俺が言えたことじゃないけど、授業に集中しろって。
 こんなことばかり考えてても、成績は良いんだよな、隆也って。顔が良くて頭も良いとか、ほんと彼女いないのが意味不明だけど、それは隆也が、俺を好きだからで――。
「あ、あの天宮くん」
「ん?」
 隣の席の堀田さんが、小声とともに俺の軽く机を叩く。
「消しゴム、貸してくれないかな? 忘れちゃって……」
「うん、いいよ」
 俺は消しゴムをちぎって、大きい方を堀田さんに渡す。
「それ使って。ちょっと不格好だけど」
「あ、ありがとう……」
 堀田さんの顔が赤くなる。挨拶ぐらいしか交わしたことのなかったけど、また告白カウントが増える日も近いかもしれないな。
 小さくなった消しゴムを見ながら、昨日告白してくれた花井さんを思い出す。
 ラブレターの丸っこい字、小柄な体格、緊張で赤くなった顔。
 その全てが俺の知る”恋する乙女”の表情で、これまでブレたことはなかった。
 先生に気づかれないように、斜め後ろを振り返る。少し離れた席にいる隆也が、こちらを見ていた。相変わらずのポーカーフェイス。
(……堀田さんに消しゴム貸してあげたのか。優しいな)
 心の声は丸聞こえだ。
 
 隆也の心の声に集中していたら、あっという間に放課後がやって来た。
 今日一日、俺のことが好きだって確信できる発言がないか耳を澄ましていたけど、結局決定的な発言はないままだった。
「樹。俺部活行くけど、樹は帰る?」
「あー、今日は帰ろっかな」
 隆也の部活が終わるまで、榊原たちと教師でだべって時間を潰すこともある。
 けど、今日は寝不足だ。帰ってゆっくり昼寝でもしたい。そう思っていた矢先。
(帰るのか……)
 びしょ濡れの子犬みたいな顔をするものだから、思わず言ってしまった。
「あ〜、もう!待ってる!待ってるって」
「……ありがとう。6時には終わると思うから」
「文化祭のオーディションに向けて練習してんだろ? がんばれよ」
 小さく頷いて部室に向かう隆也を見送りながら、椅子をくっつけて寝ようかと考える。
 うちの学校の軽音部はレベルが高い。軽音部の一大イベントと言えば文化祭でのライブだが、出演できるバンド数は決められている。
 オーディションで、隆也のバンドは去年落ちた。もともと三年の最後の文化祭ということもあって、一年が選ばれることはほぼないらしいけど、一年生の中では期待の星だったらしい。
 今年は絶対に出たい。そんな意気込みが、言わなくても伝わってきた。
 
 榊原はバイトで、小野田は好きなラノベの新刊発売日だとかで帰ってしまった。
「ねむ……」
 仕方なく、かたい椅子の上で目をつむる。
 静かな教室に、女子の声と隆也の声が聞こえてくる。そういえば、教室から見える中庭で、たまに軽音部が練習してるんだった。
 隆也の心の声は聞こえてこない。物理的に離れると心の声も聞こえないのは、昨日の夜に発見済みだ。
「…………」
 何となく気になって窓から顔を出すと、軽音部の女子と隆也が話しているのが見えた。
 別にいいんだけどさ、隆也が誰と話してたって。ていうか、同じ部活の女子となんて話して当たり前だろ。
 でも……。今日一日ずっと着ていた隆也のブレザーを握り締める。
 ずっと隆也の心の声が聞こえてたから。聞こえないまま、隆也の笑顔だけを見るのは変な感じで。
 今も俺のことを考えてるのかな、なんて。
「……意味わかんねえ」
 昨日までだったら絶対考えていなかったであろうことを、俺は考えていた。

 時間通り、6時過ぎに隆也はベースを背負って教室に戻ってきた。
「待っててくれてありがとう。帰ろう」
「お疲れ。寝てたわ」
 噓だ。中庭から隆也と女子の声が聞こえてきてから、眠気はとっくに覚めていた。
 朝と同じ道、同じように隆也の隣を歩く。意を決して、口を開いた。
「隆也ってさ……好きな奴とかいるの?」
「何だよ、急に」
「いや、いつも俺の話ばっかでさ……隆也のそういう話って、聞かないから」
 あれ、待てよ。これで俺だと言われたら、俺どうするつもりで――
 そんな考えがよぎったすぐ後。
「――いないよ」
 ……え?聞き間違いじゃないよな?
「今は……いない」
 前を向いたまま繰り返す。たしかにブレザーを着てるのに、心の声は聞こえなかった。
 心で思ってる本心と、口で言ってることが同じだったら、心の声は聞こえない。ということは、今の言葉が本心だってことで。
「……へえ~、そっか、いや、そうだよな」
「ああ。今は部活に一番集中したいから」
 ブレザーをぎゅっと握る。やっぱり隆也の声は聞こえない。
 ってことは、これが本音ってこと……?
 昨日の甘い声が頭の中で思い出される。じゃあ昨日のあれは何だったんだよ。
 もしかして、俺に言ったんじゃなかった?でも、授業中は俺のことが可愛いだとかなんだとか言ってたし……。
「樹?どうした、なんか今日変だけど」
「あ、いや、平気平気。あまりにも普通な答えだったからさ、逆に意外だったっていうか」
「なんだそれ」
 いつもの調子に戻す。一瞬でも好きな相手は俺だなんて言われると思った自分が、無性に恥ずかしかった。
 でも、さっき話してた軽音部の女子でもなくてよかった。
 ……あれ?なんでこんなこと思ってるんだ?
 隆也は俺の目をじっと見ている。無表情だし、声はいつも通り低い。
 なのに、頭に聞こえてくるのは優しくて甘い言葉で――
(好きだ、樹)
「いや、今の……」
「どうした?」
 言われてはっと気付く。聞こえてない声まで、勝手に脳内で作り出してる。
 っていうか俺、なんでこんなにドキドキしてんだ……?
 俺が自分の気持ちに気づくのは、もう少し先の話。