俺の幼馴染(男)が俺のこと大好きなのに、告白してこない。

「じゃ、本番がうまくいくことを願って、かんぱ~い!」
 紙コップが一斉に掲げられる。中身は何てことないジュースなのに、やけに特別な音がした。
 今日は本番前日の、ちょっとした決起集会だった。

「天宮、実行委員よく頑張ったな。正直ここまでやってくれるとは思わなかったぞ」
「ちょっと先生、それは失礼じゃないっすか」
 クラスに笑いが広がる。
 視界の端に隆也がいたけど、相変わらず無表情で、何を考えているか分からなかった。

 明日が本番ということもあって早めに解散したけど、何となく帰りたくない。
 珍しく立ち寄った本屋で、雑誌コーナーをうろつく。
 目に入ったのは、隆也の好きなバンドの特集だった。
「……こんな時まで出てくるんだもんな」
 虚しくなって、店内をぶらぶらしていると、知らない制服の女子高校を見かけた。背伸びして、本棚の上の本に手を伸ばしている。

「どうぞ」
 本を手渡す。どこか見覚えのある顔だった。
「ありがとうございます……って、もしかして天宮?」
「……園田!?」
 そこにいたのは、かつて俺を振った相手だった。
 小学生の時はショートカットだった髪が伸びて、後ろで結んでいる。セーラー服を着ていて、あの頃よりずっと大人びて見えた。

 一瞬にして、小学生の頃の記憶が蘇る。
 好きになった理由なんて、もう思い出せない。でも、振られたことだけは、はっきり覚えている。
 小四の二月。まだ、隆也に出会う前。栗原は同じクラスの女子で、よく話す相手だった。
 バレンタインの日、クラスの男子にチョコを配っているのを見て、こうしちゃいられないと、勇気を振り絞って告白した。

「俺、栗原が好きなんだけど」
「……考えてみるね」
 告白といっても小学生のすることだ。その先にどう進むのかなんて分からなかったけど、好きって言えば、何かが変わると思っていた。

 次の日。俺が告白したことは、クラス中に知れ渡っていた。
 教室に入ると、栗原は数人の男女に囲まれていた。笑い声の中心で、昨日のことを説明している。
「天宮くんから告白された」
「え、どういう感じだったの?」
「ウケる。で、どうするの?」

 大勢に囲まれている栗原の視線が、一瞬だけこちらに向く。
「……あ、天宮くん」
 俺は、何も言えなかった。

 小学生の噂なんて大したことはなくて、一ヶ月が経つ頃にはもうみんな忘れていたと思う。
 五年に上がると、栗原は親の転勤で転校していった。
 きっと誰も覚えていない、俺の初恋。
 だけど俺の心に、深い傷を残したのだった。
 
 あれ以来、俺は“告白される側”でいることに命を賭けていた。
 女子に優しくして、見た目を磨いて、誰にでも好かれえるように動いて。
 その結果が高じて、学校一のモテ男の座を手にした。それが楽しくて、満足で。……それでいいはずだった、なのに。

「へえ、高校からこっちに帰ってきてたんだ」
「うん。でも大学はまた向こうに行きたくてさ、参考書探してたとこ」
 本屋を出て、栗原と近くのカフェに入る。振られた相手と一緒にいるなんて、不思議な感覚だった。

 大学……。高二の秋だもんな。もうみんな進路とか考え始める時期か。
 隆也も、そんなことを考えているのだろうか。そう思って、すぐに自分で呆れる。
 まただ。気を抜くと、すぐに出てくる。
 
「……今日話せて良かった」
 栗原がぽつりと言った。
「あのさ、私が転校する前のこと覚えてる? 天宮が告白してくれたこと」
「……覚えてるよ」
 忘れるわけがない。
「……ごめんなさい。あの時、ホントは私も天宮のこと好きだったんだよね。でも恥ずかしくて……好きじゃない振りなんてして、最低なことした」
深く頭を下げる。
「謝っても許してもらえることじゃないかもしれないけど……」
「……そんなに謝らないでいいよ」

 昔の俺なら、胸の奥がざわついていたはずだ。
 でも今は、不思議なほど静かだった。
——ああ、本当にどうでもよくなったんだな。
ここ最近は、栗原に振られた傷のことも忘れていたような気がする。それはつまり、 俺の頭の中が、別のことで埋まってるってことだ。

 スマホの通知が鳴る。栗原のスマホだった。
「……もしかして、彼氏?」
「……うん。私から告白したんだ」
 一瞬、言葉を選ぶように視線を落としてから、顔を上げた。

「……あのさ、天宮が教えてくれたんだよ。告白することの大切さ」
「…俺が?」
「うん。あの時、すごく嬉しかったから。だから今度は、ちゃんと自分から言おうって思ったの」
まっすぐな目が、俺を突き刺す。

「……ありがとう、栗原」
「天宮、今好きな人いるでしょ?」
「え?」
不意に言われて声が上ずる。
「顔にそう書いてあるって」
軽く笑って、続ける。
「私もさ、あの時素直になれたら良かったなって思うよ」

「だからさ」
 少しだけ優しい声になった。
「気持ち、伝えたほうがいいよ。…あの時の私みたいに恥ずかしがらないで。……って、私が言えたことじゃないけどさ」
 そう言って栗原は笑った。その笑顔を見て、思い出す。
 あの頃、確かに俺はこの人に恋していた。ちゃんと、まっすぐに。
 伝えたことに、間違いはなかったんだ。
「……ありがとう、栗原」
 
 栗原と駅で別れた後、俺は自分の部屋でブレザーを眺めていた。
 隆也のブレザー。夏前に間違えて着たのがきっかけで、あいつの気持ちを知って。
 最初は信じられなかったけど、悪い気はしなくて。
 そんな隆也を目で追いかけるうちに、気付いたら俺も隆也のこと、好きになってて。
 好きなのに告白してこないあいつが焦ったくて、拗ねて、逆ギレして。

「……情けねえ」
 ブレザーを握る。
 文化祭が終わったら、ブレザーを返そう。俺は心にそう決めた。