二学期の初日。
始業式から朝練があるとかで、隆也とは朝会わなかった。文化祭も近いし、いよいよ大詰めなのだろう。
昇降口で上履きを出していると、見覚えのある黒縁メガネのやつがやって来た。
「はあ……」
「へえ、学校一のモテ男でも溜息つくことってあるんだ」
「小野田……」
「久しぶり」
夏休みの間、ほとんど会っていなかった顔がそこにあった。相変わらず、飄々としている。
「学校一のモテ男でも悩むことってあるんだね。安心してよ、隆也と榊原には言わないから」
「サンキュ……」
始業式の前、校舎裏の自販機売り場で、小野田と並ぶ。
「……好きなやつがいるんだけど」
「……へえ」
小野田は意外そうにこちらを見る。
「相手も、俺のこと好きなんだと思う」
「確定なんだ」
「……多分」
自信をもって言い切ることはできなかった。
「でも、向こうからは何も言ってこない」
「ふーん」
興味があるのかないのか分からない返事。
「……樹は、告られることが嬉しいみたいだけどさ。そうじゃない人もいるんじゃない?」
「は?どういうことだよ」
「いや……前から思ってたけどさ、告白するってかなり勇気のいることだからね」
「……」
「それを何回告白されたか数えるなんて、悪趣味もいいところでしょ」
「……」
「……ごめん、悪趣味はちょっと言い過ぎた。俺個人の考えだからさ、そんな真剣に受け止めないでよ」
その言葉を聞きながら、いつだったか、隆也の部屋で一緒に見た恋リアを思い出した。
男子メンバーのひとりが、勇気を出して告白するシーン。振られて、それでもちゃんと向き合って――。
それを見た隆也が言っていたこと。
『関係が終わるくらいなら、俺は言わないかな』
「……俺、馬鹿だ」
隆也はずっと、答えをくれてたんだ。
言葉じゃなくても。行動とか、態度とか、そういうので。隆也は、隆也なりのやり方で、ずっと――。
「――俺、隆也の何見てたんだよ」
隆也の名前が出たことに、小野田は少し驚いたようだった。でも、隠すつもりはなかった。
「……見てたと思うけど。分かろうとは、してなかったんじゃない」
「…ありがと、小野田」
「別に。ミルクティー奢りね」
「……わかった」
自販機には、水色のラベルの炭酸ジュースもあった。
文化祭まで一か月足らず。始業式の後のホームルームでは、文化祭について話し合うことになっていた。
一年の時は、飲食で売り子をやった(女子の人気がすごくてすぐ完売した)。
こういうイベントごとは、やりたがるやつがクラスに一人や二人はいるものだ。今年も適当に任せておこうと高を括っていた。
隆也はやっぱり、文化祭本番はライブで忙しいだろう。一緒に回る時間、とれんのかな……。
「えーと、今日は文化祭の出し物について話す予定だったんだけど」
担任が黒板を叩く。
「男子の実行委員の原が、夏休みの部活中、複雑骨折してな」
一瞬、教室がざわつく。
「だから、代理で実行委員を決めたい。……天宮でいいか?」
突然名前を呼ばれて、反応が遅れる。
「へ……!? いや、ちょっと待ってくださいよ。なんで俺?」
「だってお前、部活入ってないだろー。体育祭も球技大会も何の委員もやってなかったし、当日動けるやつお前しかいないんだよ」
「え……」
クラスの視線が、俺に集まる。
「と言っても、急には難しいと思うからな。動けるやつは手伝ってやってくれ」
担任がそう言った瞬間、教室の空気が少しだけ変わった。
「天宮くんがやるなら私も手伝いまーす」
「私もー」
「さっきまで誰もやる気なかったくせに……」
男子のどこか呆れたような声が混じる。
でも女子たちは気にした様子もなく、次々と手を挙げていく。
「だってー、ね?」
「天宮くんの力になりたいでーす」
笑いながら、軽いノリで。
羨ましそうに見る男子と、楽しそうに笑う女子。その温度差の中に、ひとりだけ放り込まれる。
「つーわけで、天宮。男子の実行委員は天宮で決定な。よろしくー」
逃げ道、ないじゃん。
「……マジか」
小さく漏れた声は、誰にも届かなかった。
放課後、実行委員と有志(主に女子たち)で出し物について話し合うことになった。
「やっぱりお化け屋敷がいいと思う!」
「えー、定番すぎない?」
「飲食のほうが準備は楽だよー」
「私チョコバナナ食べたーい」
女子たちのとりとめのないおしゃべりと化した場で、話し合いはだんだん脱線していく。
そんな中で、ふと思いついた。
「どうせやるならさ、面白いのやろうぜ。告白カフェとか」
「何それ?」
「告白する場所、用意するの。成功率上がりそうじゃね?」
一瞬の間のあと、女子たちが目を輝かせる。
「えー、面白いかも」
「文化祭で告白したい人も多いしね。うけそう」
「さすが天宮くん、モテる男子は言うことが違うねー」
思った以上に反応がよくて、少しだけ肩の力が抜ける。
「そういえば私、文化祭で告白したい人がいてさー」
「えー、誰それ」
盛り上がりたいだけの女子たち。
なんとか話し合いがまとまって、教室を片付けていると、部活終わりの隆也が戻ってきた。
「つかれた……」
「お疲れ」
水色のパッケージの炭酸が差し出される。
「サンキュ……」
「出し物決まりそう?」
「明日ホームルームで多数決とるけど、今のところカフェが優勢。告白できるカフェってコンセプトにしたらどうかなって」
一瞬、目を丸くしたけど、すぐに元の無表情に戻った。
「ふーん……樹らしいな」
「だろ?」
『言っても困らせるだけだし、俺の気持ちを押し付けたくない』
『…そいつには、幸せになってほしい』
花火大会の日、隆也はああ言っていたけど。俺の考えはこうなのだ。
告白したくてもできない人が、勇気を出せる場所をつくりたいと思った。
告白するのもされるのも、どっちも勇気がいる。けど、言ええないまま心に秘めておくより、思い出にできたらって思うから。
「実はさ、このアイデア、鳴海に言われたことが元になってるんだよな」
「鳴海の?」
「俺は今まで、告白してもらってばっかだったけどさ。鳴海みたいに、自分の気持ちを恐れずに言えるのがかっけえなと思って」
「……」
「そうだな」
「そういう人の背中を押せたらって思ってさ」
「……そうだな」
本心だった。鳴海に隆也をとられると思ったら、今までにないほど焦ったから。
「……かっけえよな、鳴海」
ほんと、俺とは大違いだ。
「……樹もかっこいいよ」
「え?」
一瞬だけ、視線がぶつかる。何か言いかけて、隆也は口を閉じた。
「……というか、ごめん。当日、部活でほとんど手伝えそうにないんだけど」
逃げるみたいに、話題が変わる。
「いいって。ライブ本番だろ? 俺も見に行くからがんばれよ」
なんとなく、いい雰囲気な気がする。隆也から面と向かって褒められるなんて、ほとんどない。
ブレザーを着てる時は、散々「可愛い」って言ってたくせに。こんな風に直接褒められるとまた違ったものがある。
沈黙を破ったのは、榊原がの騒がしい声だった。
「おつかれー!話し合い終わった?」
……ほんとうに空気が読めない。
始業式から朝練があるとかで、隆也とは朝会わなかった。文化祭も近いし、いよいよ大詰めなのだろう。
昇降口で上履きを出していると、見覚えのある黒縁メガネのやつがやって来た。
「はあ……」
「へえ、学校一のモテ男でも溜息つくことってあるんだ」
「小野田……」
「久しぶり」
夏休みの間、ほとんど会っていなかった顔がそこにあった。相変わらず、飄々としている。
「学校一のモテ男でも悩むことってあるんだね。安心してよ、隆也と榊原には言わないから」
「サンキュ……」
始業式の前、校舎裏の自販機売り場で、小野田と並ぶ。
「……好きなやつがいるんだけど」
「……へえ」
小野田は意外そうにこちらを見る。
「相手も、俺のこと好きなんだと思う」
「確定なんだ」
「……多分」
自信をもって言い切ることはできなかった。
「でも、向こうからは何も言ってこない」
「ふーん」
興味があるのかないのか分からない返事。
「……樹は、告られることが嬉しいみたいだけどさ。そうじゃない人もいるんじゃない?」
「は?どういうことだよ」
「いや……前から思ってたけどさ、告白するってかなり勇気のいることだからね」
「……」
「それを何回告白されたか数えるなんて、悪趣味もいいところでしょ」
「……」
「……ごめん、悪趣味はちょっと言い過ぎた。俺個人の考えだからさ、そんな真剣に受け止めないでよ」
その言葉を聞きながら、いつだったか、隆也の部屋で一緒に見た恋リアを思い出した。
男子メンバーのひとりが、勇気を出して告白するシーン。振られて、それでもちゃんと向き合って――。
それを見た隆也が言っていたこと。
『関係が終わるくらいなら、俺は言わないかな』
「……俺、馬鹿だ」
隆也はずっと、答えをくれてたんだ。
言葉じゃなくても。行動とか、態度とか、そういうので。隆也は、隆也なりのやり方で、ずっと――。
「――俺、隆也の何見てたんだよ」
隆也の名前が出たことに、小野田は少し驚いたようだった。でも、隠すつもりはなかった。
「……見てたと思うけど。分かろうとは、してなかったんじゃない」
「…ありがと、小野田」
「別に。ミルクティー奢りね」
「……わかった」
自販機には、水色のラベルの炭酸ジュースもあった。
文化祭まで一か月足らず。始業式の後のホームルームでは、文化祭について話し合うことになっていた。
一年の時は、飲食で売り子をやった(女子の人気がすごくてすぐ完売した)。
こういうイベントごとは、やりたがるやつがクラスに一人や二人はいるものだ。今年も適当に任せておこうと高を括っていた。
隆也はやっぱり、文化祭本番はライブで忙しいだろう。一緒に回る時間、とれんのかな……。
「えーと、今日は文化祭の出し物について話す予定だったんだけど」
担任が黒板を叩く。
「男子の実行委員の原が、夏休みの部活中、複雑骨折してな」
一瞬、教室がざわつく。
「だから、代理で実行委員を決めたい。……天宮でいいか?」
突然名前を呼ばれて、反応が遅れる。
「へ……!? いや、ちょっと待ってくださいよ。なんで俺?」
「だってお前、部活入ってないだろー。体育祭も球技大会も何の委員もやってなかったし、当日動けるやつお前しかいないんだよ」
「え……」
クラスの視線が、俺に集まる。
「と言っても、急には難しいと思うからな。動けるやつは手伝ってやってくれ」
担任がそう言った瞬間、教室の空気が少しだけ変わった。
「天宮くんがやるなら私も手伝いまーす」
「私もー」
「さっきまで誰もやる気なかったくせに……」
男子のどこか呆れたような声が混じる。
でも女子たちは気にした様子もなく、次々と手を挙げていく。
「だってー、ね?」
「天宮くんの力になりたいでーす」
笑いながら、軽いノリで。
羨ましそうに見る男子と、楽しそうに笑う女子。その温度差の中に、ひとりだけ放り込まれる。
「つーわけで、天宮。男子の実行委員は天宮で決定な。よろしくー」
逃げ道、ないじゃん。
「……マジか」
小さく漏れた声は、誰にも届かなかった。
放課後、実行委員と有志(主に女子たち)で出し物について話し合うことになった。
「やっぱりお化け屋敷がいいと思う!」
「えー、定番すぎない?」
「飲食のほうが準備は楽だよー」
「私チョコバナナ食べたーい」
女子たちのとりとめのないおしゃべりと化した場で、話し合いはだんだん脱線していく。
そんな中で、ふと思いついた。
「どうせやるならさ、面白いのやろうぜ。告白カフェとか」
「何それ?」
「告白する場所、用意するの。成功率上がりそうじゃね?」
一瞬の間のあと、女子たちが目を輝かせる。
「えー、面白いかも」
「文化祭で告白したい人も多いしね。うけそう」
「さすが天宮くん、モテる男子は言うことが違うねー」
思った以上に反応がよくて、少しだけ肩の力が抜ける。
「そういえば私、文化祭で告白したい人がいてさー」
「えー、誰それ」
盛り上がりたいだけの女子たち。
なんとか話し合いがまとまって、教室を片付けていると、部活終わりの隆也が戻ってきた。
「つかれた……」
「お疲れ」
水色のパッケージの炭酸が差し出される。
「サンキュ……」
「出し物決まりそう?」
「明日ホームルームで多数決とるけど、今のところカフェが優勢。告白できるカフェってコンセプトにしたらどうかなって」
一瞬、目を丸くしたけど、すぐに元の無表情に戻った。
「ふーん……樹らしいな」
「だろ?」
『言っても困らせるだけだし、俺の気持ちを押し付けたくない』
『…そいつには、幸せになってほしい』
花火大会の日、隆也はああ言っていたけど。俺の考えはこうなのだ。
告白したくてもできない人が、勇気を出せる場所をつくりたいと思った。
告白するのもされるのも、どっちも勇気がいる。けど、言ええないまま心に秘めておくより、思い出にできたらって思うから。
「実はさ、このアイデア、鳴海に言われたことが元になってるんだよな」
「鳴海の?」
「俺は今まで、告白してもらってばっかだったけどさ。鳴海みたいに、自分の気持ちを恐れずに言えるのがかっけえなと思って」
「……」
「そうだな」
「そういう人の背中を押せたらって思ってさ」
「……そうだな」
本心だった。鳴海に隆也をとられると思ったら、今までにないほど焦ったから。
「……かっけえよな、鳴海」
ほんと、俺とは大違いだ。
「……樹もかっこいいよ」
「え?」
一瞬だけ、視線がぶつかる。何か言いかけて、隆也は口を閉じた。
「……というか、ごめん。当日、部活でほとんど手伝えそうにないんだけど」
逃げるみたいに、話題が変わる。
「いいって。ライブ本番だろ? 俺も見に行くからがんばれよ」
なんとなく、いい雰囲気な気がする。隆也から面と向かって褒められるなんて、ほとんどない。
ブレザーを着てる時は、散々「可愛い」って言ってたくせに。こんな風に直接褒められるとまた違ったものがある。
沈黙を破ったのは、榊原がの騒がしい声だった。
「おつかれー!話し合い終わった?」
……ほんとうに空気が読めない。
