『樹は、俺が鳴海と付き合っても、平気?」
『……な、なんでそこで俺が出てくるんだよ。隆也と鳴海の話だろ』
なんであの時、あんなことを言ってしまったんだろう。
樹の家に行こうとして、電話をして。表情が見えないのをいいことに、聞くつもりのないことまで聞いていた。
「俺が幸せならいい、か…」
そうだよな。お前にとって俺は、ただの幼馴染で。それ以上でも、それ以下でもない。
ずっと前から、分かっていたはずなのに。胸の痛みは、消えてくれなかった。
今日は、鳴海と花火大会に行く日。
夕方に鳴海が俺の家に来て、一緒に会場まで行く予定になっていた。
スマホを見ても、樹からの連絡はきていない。
「……」
別に、連絡なんて来るわけないのに。
夕方になって、鳴海は俺の家に来た。
浴衣がよく似合っている。慣れていないのか、下駄で歩くたびに少しだけ足取りが不安定で、そのたびに裾を気にしている。
一緒に神社まで向かうと、参道には、屋台が所狭しと並んでいた。焼きそばの匂いと、人のざわめきと、遠くで鳴る祭囃子。
視線を巡らせるが、会場に樹の姿は見当たらなかった。榊原たちと一緒にいるのだろうか。
「花火が始まる前に、何か食べるか? 買って来るよ」
「ほんま? なら、かき氷食べたい!」
「……了解」
鳴海はいいやつだ。少し強引で、でも裏がなくて。隣にいて、楽だと思う。こうやって引っ張ってくれるのも、嫌いじゃない。
俺は、昔からそうだった。自分で決めるのが苦手で、自分の意見は言わないで。誰かの後ろについていく方が、ずっと楽で。
気付けば、いつも少し前を歩く樹がいて。その背中を、追いかけるみたいに歩いていた。
また、樹のことを考えてる。
「隆也クン、あーん」
はっと顔を上げると、鳴海が笑っていた。
ストロー付きのスプーンが、目の前に差し出される。一瞬、躊躇する。けど断る理由も思いつかなくて、そのまま口を開いた。
イチゴ味のシロップが、口に広がる。
「今、樹クンのこと、考えてたやろ」
図星をあてられて怯む。
「……なんで」
「今日は、ボクのことだけ考えててほしいな」
軽い口調のくせに、妙にまっすぐで。冗談みたいに言ってるのに、冗談にできない。返す言葉が見つからないまま、視線だけが泳ぐ。
「……人、増えてきたな」
もうすぐ花火の時間だ。その前に腹ごしらえしようと、屋台に行列ができていた。
ざわめきに紛れるように、鳴海が俺の腕を引く。
「ちょっと奥の方、行ってみいひん?」
「あ、おい」
止める間もなく、そのまま引かれる。屋台の明かりと人混みから、少しずつ離れていく。
気づけば、神社の境内の奥。さっきまでの喧騒が、嘘みたいに遠かった。
「ここだと、花火よく見れないんじゃ……」
「ええよ、花火なんて。別に見るつもりないもん」
「……え?」
足を止めた鳴海が、ゆっくり振り返る。
「はあ……人混みはやっぱ苦手やなあ。ライブハウスもほんとはあんま得意ちゃうし」
ぽつりと、愚痴みたいに言う。
「でもあの日、隆也クンに出会えたのはラッキーやったけどなー」
そう言って、窮屈そうに下駄をぶらぶらとさせる。俺と鳴海は、近くの石段に並んで座った。
「……そんな感じするよ」
「そう?」
「ああ。鳴海は、見てるとひやひやする」
一瞬きょとんとして、それから、ふっと笑う。
「……あー、好きやなあ」
「え?」
「そんなん、本気で好きなコ以外に言ったらあかんよ。勘違いしてまうから」
「……好きなやつ、なんて」
言いかけたところを、被せるみたいに言われる。
「自分が恋愛体質やからかな、分かるんよ。ボクと同じや。――恋してる人の顔」
「……」
「いるやろ? 隆也クン。好きな人」
鳴海の言葉を否定しようとして、できなかった。
沈黙の中、遠くで花火が上がる音がした。ここからは音だけが届いて、光は木に遮られて見えない。
「やっぱり。……そうだとしても、ボクは気にしんよ」
鳴海が、いつもの調子で笑う。
「ゆっくりでも、ボクのこと好きになってくれたらええし」
少しだけ間を置いて、まっすぐに見つめてくる。
「どう? ボクと付き合ってみいひん?」
軽い言い方。いつも、そうだ。冗談みたいに聞こえるのに、逃げ道を塞ぐ距離。
ふと、浮かぶ。いつも俺の前を歩く背中。呼べば、当たり前みたいに返ってくる声。
誰からも人気があって、モテて。告白されることが生き甲斐みたいな顔してるけど、本当は誰よりさみしがりで。
「……鳴海」
名前を呼ぶと、大きな瞳が揺れる。
「気持ち、伝えてくれてありがとう」
自分でも驚くくらい、声は静かだった。
「でも」
短く区切る。
「俺、ずっと好きなやつがいるんだ」
迷いはなかった。ごまかしも、濁しもない。
「だから、ごめん。鳴海とは付き合えない」
はっきりと、言い切る。
鳴海は一瞬だけ黙って、それから小さく息を吐いた。
「……そっか」
次の瞬間には、いつもの笑顔に戻っていた。
「振られたわ〜、分かったけどやっぱキツいなあ」
肩をすくめて、軽く笑う。
何も言えないでいると、「謝るとかやめてや。惨めになるもん」先にそう言われた。
「まあでも、ちゃんと答えてくれてありがとう」
その声は、明るいままだった。何事もなかったみたいに。
けど――ほんの一瞬だけ。視線が、落ちた。すぐに戻る。
「ほな、向こう戻ろか。花火終わってまう」
「ああ」
「練習頑張りや。半端なライブしたら許さへんで」
「……ああ」
立ち上がる鳴海の背中は眩しくて。花火よりも、ずっと。怖がって気持ちを伝えられない俺とは、違う。
鳴海に出会えて、気持ちを伝えてもらって、良かった。
『……な、なんでそこで俺が出てくるんだよ。隆也と鳴海の話だろ』
なんであの時、あんなことを言ってしまったんだろう。
樹の家に行こうとして、電話をして。表情が見えないのをいいことに、聞くつもりのないことまで聞いていた。
「俺が幸せならいい、か…」
そうだよな。お前にとって俺は、ただの幼馴染で。それ以上でも、それ以下でもない。
ずっと前から、分かっていたはずなのに。胸の痛みは、消えてくれなかった。
今日は、鳴海と花火大会に行く日。
夕方に鳴海が俺の家に来て、一緒に会場まで行く予定になっていた。
スマホを見ても、樹からの連絡はきていない。
「……」
別に、連絡なんて来るわけないのに。
夕方になって、鳴海は俺の家に来た。
浴衣がよく似合っている。慣れていないのか、下駄で歩くたびに少しだけ足取りが不安定で、そのたびに裾を気にしている。
一緒に神社まで向かうと、参道には、屋台が所狭しと並んでいた。焼きそばの匂いと、人のざわめきと、遠くで鳴る祭囃子。
視線を巡らせるが、会場に樹の姿は見当たらなかった。榊原たちと一緒にいるのだろうか。
「花火が始まる前に、何か食べるか? 買って来るよ」
「ほんま? なら、かき氷食べたい!」
「……了解」
鳴海はいいやつだ。少し強引で、でも裏がなくて。隣にいて、楽だと思う。こうやって引っ張ってくれるのも、嫌いじゃない。
俺は、昔からそうだった。自分で決めるのが苦手で、自分の意見は言わないで。誰かの後ろについていく方が、ずっと楽で。
気付けば、いつも少し前を歩く樹がいて。その背中を、追いかけるみたいに歩いていた。
また、樹のことを考えてる。
「隆也クン、あーん」
はっと顔を上げると、鳴海が笑っていた。
ストロー付きのスプーンが、目の前に差し出される。一瞬、躊躇する。けど断る理由も思いつかなくて、そのまま口を開いた。
イチゴ味のシロップが、口に広がる。
「今、樹クンのこと、考えてたやろ」
図星をあてられて怯む。
「……なんで」
「今日は、ボクのことだけ考えててほしいな」
軽い口調のくせに、妙にまっすぐで。冗談みたいに言ってるのに、冗談にできない。返す言葉が見つからないまま、視線だけが泳ぐ。
「……人、増えてきたな」
もうすぐ花火の時間だ。その前に腹ごしらえしようと、屋台に行列ができていた。
ざわめきに紛れるように、鳴海が俺の腕を引く。
「ちょっと奥の方、行ってみいひん?」
「あ、おい」
止める間もなく、そのまま引かれる。屋台の明かりと人混みから、少しずつ離れていく。
気づけば、神社の境内の奥。さっきまでの喧騒が、嘘みたいに遠かった。
「ここだと、花火よく見れないんじゃ……」
「ええよ、花火なんて。別に見るつもりないもん」
「……え?」
足を止めた鳴海が、ゆっくり振り返る。
「はあ……人混みはやっぱ苦手やなあ。ライブハウスもほんとはあんま得意ちゃうし」
ぽつりと、愚痴みたいに言う。
「でもあの日、隆也クンに出会えたのはラッキーやったけどなー」
そう言って、窮屈そうに下駄をぶらぶらとさせる。俺と鳴海は、近くの石段に並んで座った。
「……そんな感じするよ」
「そう?」
「ああ。鳴海は、見てるとひやひやする」
一瞬きょとんとして、それから、ふっと笑う。
「……あー、好きやなあ」
「え?」
「そんなん、本気で好きなコ以外に言ったらあかんよ。勘違いしてまうから」
「……好きなやつ、なんて」
言いかけたところを、被せるみたいに言われる。
「自分が恋愛体質やからかな、分かるんよ。ボクと同じや。――恋してる人の顔」
「……」
「いるやろ? 隆也クン。好きな人」
鳴海の言葉を否定しようとして、できなかった。
沈黙の中、遠くで花火が上がる音がした。ここからは音だけが届いて、光は木に遮られて見えない。
「やっぱり。……そうだとしても、ボクは気にしんよ」
鳴海が、いつもの調子で笑う。
「ゆっくりでも、ボクのこと好きになってくれたらええし」
少しだけ間を置いて、まっすぐに見つめてくる。
「どう? ボクと付き合ってみいひん?」
軽い言い方。いつも、そうだ。冗談みたいに聞こえるのに、逃げ道を塞ぐ距離。
ふと、浮かぶ。いつも俺の前を歩く背中。呼べば、当たり前みたいに返ってくる声。
誰からも人気があって、モテて。告白されることが生き甲斐みたいな顔してるけど、本当は誰よりさみしがりで。
「……鳴海」
名前を呼ぶと、大きな瞳が揺れる。
「気持ち、伝えてくれてありがとう」
自分でも驚くくらい、声は静かだった。
「でも」
短く区切る。
「俺、ずっと好きなやつがいるんだ」
迷いはなかった。ごまかしも、濁しもない。
「だから、ごめん。鳴海とは付き合えない」
はっきりと、言い切る。
鳴海は一瞬だけ黙って、それから小さく息を吐いた。
「……そっか」
次の瞬間には、いつもの笑顔に戻っていた。
「振られたわ〜、分かったけどやっぱキツいなあ」
肩をすくめて、軽く笑う。
何も言えないでいると、「謝るとかやめてや。惨めになるもん」先にそう言われた。
「まあでも、ちゃんと答えてくれてありがとう」
その声は、明るいままだった。何事もなかったみたいに。
けど――ほんの一瞬だけ。視線が、落ちた。すぐに戻る。
「ほな、向こう戻ろか。花火終わってまう」
「ああ」
「練習頑張りや。半端なライブしたら許さへんで」
「……ああ」
立ち上がる鳴海の背中は眩しくて。花火よりも、ずっと。怖がって気持ちを伝えられない俺とは、違う。
鳴海に出会えて、気持ちを伝えてもらって、良かった。
