その日の夜。隆也から電話がきた。
「…もしもし」
「樹、今からちょっと出てこれるか」
昼間、フードコートで見た隆也の顔を思い出して、会うのが怖くなる。
「電話じゃだめなのか? ちょっと今、宅配頼まれててさ」
とっさに理由をつける。
「……分かった。鳴海のことなんだけど」
ドキン、と心臓が跳ねる。
「……あ、ああ。あの後どうだった?」
「……花火大会に誘われた。樹、今年も榊原たちと行くんだよな?」
来週の花火大会。鳴海なら、軽く誘いそうだ。
「隆也は?」
「もともと軽音部のやつらと行くつもりだったんだけど、鳴海が二人で行きたいって」
一拍、間が開く。
「だから、二人で行くことにした。……いいか?」
なんで、俺に聞くんだよ。
「…そんなの、隆也が決めることだろ。わざわざ俺に聞かなくてもいいだろ」
「……そっか」
短い返事のあと、また少しだけ沈黙が落ちる。
「あのさ」
まだ、切らないのか。
「鳴海ってさ、どう思う?」
だから、なんで俺に聞くんだよ。
「……どうって、別に。隆也が男とってのは、まあ、びっくりしたけど……」
必死に言葉を探す。
「隆也が幸せなら、それでーー」
「……樹は?」
「え?」
「俺が鳴海と付き合っても、平気?」
喉が、詰まる。
電話にしたことを後悔した。今、どんな顔してるんだろう。
「……な、なんでそこで俺が出てくるんだよ。隆也と鳴海の話だろ」
少しだけ強く言ってしまう。
「……そっか」
それ以上、何も言わなかった。
「じゃあ、また」
通話が切れる。静かになった部屋で、スマホだけがやけに重く感じた。
――これでいい。いいはずなのに。
フードコートで話していた二人の姿が焼きついて離れない。
花火大会の日。夕方から榊原たちと神社で待ち合わせの予定だから、昼過ぎに起きた。
家族はみんな外出していて、家には俺だけ。朝から、やけに静かだった。冷房の音と、遠くの車の音くらいしか聞こえない。部屋の空気まで、どこかぼんやりしている気がした。
なんとなく体を起こすのも億劫で、ベッドの上でスマホをいじる。時間だけが、無駄に過ぎていく。
ベッドで適当に動画を見ていると、インターホンが鳴った。
「はいは~い……」
気の抜けた返事のまま、ゆっくり玄関へ向かう。
「鳴海……」
玄関を開けると、浴衣姿の鳴海がいた。
華奢な体に、濃い紺色の浴衣がよく似合っている。正直、その辺の女子より可愛いかもしれない。
「どうしたんだよ」
「ごめんなあ突然。隆也クンに部屋番号聞いたんよ」
「あー……そっか。……今日、隆也と花火見るんだろ?」
「うん、あのな、樹クンには先に言っておこうと思って」
「何を?」
「今夜、隆也クンに告白する」
「……え」
あまりにもあっさり言われて、言葉が出ない。
「ちゃんと、決着つけるわ」
にこっと笑う。
「樹クンはほら、隆也クンの一番の親友やろ? やから先に言っておこうかなーと思って」
「……」
何も返せないでいると、鳴海が一歩近づいた。
「樹クンも、逃げんときや?」
「……は?」
「分かりやすいねん。樹クンって」
くすっと笑う。
「まあええけど。ボクはボクで、取りにいくだけやし」
カラン、コロン。
遠ざかっていく背中を、しばらく動けずに見ていた。
待ち合わせ場所に着くと、榊原はじめ、クラスのやつらが数人集まっていた。小野田の姿は見当たらない。
「よお樹―!」
「あれ、今年は浴衣じゃねえの?」
「そういや小野田は?」
「人混み嫌いなんだと。もったいないよなー、花火は現地で見るのがおもしれえのに」
涼しい部屋でひとりゲームをしている小野田が思い浮かぶ。あいつなら、そう言いそうだ。
「とりあえずなんか食わね? 腹減った」
「あっちに焼きそばあったぜ」
「俺大盛り食いてえ」
にぎやかな声に押されるまま、足が勝手についていく。
屋台の灯りも、人のざわめきも、去年の花火大会と同じはずなのに。
どこか遠くで鳴ってるみたいに、現実感が薄い。
『ボクはボクで、取りにいくだけやし』
鳴海に言われた言葉が、頭から離れない。
しばらくして、アナウンスが流れる。
――間もなく、花火の打ち上げを開始します……
次の瞬間、夜空に光が弾けた。
大輪の花火。歓声が、一斉に上がる。
色とりどりの花火を見上げながら、俺は違うことを考えていた。
隆也と、浴衣姿の鳴海。
今、どこで何してる。ちゃんと会えてるのか。もう、告白したのか。
考えたくもないことばかりが、勝手に浮かんでくる。
花火も、屋台も。全然、楽しめる気がしなかった。
「…もしもし」
「樹、今からちょっと出てこれるか」
昼間、フードコートで見た隆也の顔を思い出して、会うのが怖くなる。
「電話じゃだめなのか? ちょっと今、宅配頼まれててさ」
とっさに理由をつける。
「……分かった。鳴海のことなんだけど」
ドキン、と心臓が跳ねる。
「……あ、ああ。あの後どうだった?」
「……花火大会に誘われた。樹、今年も榊原たちと行くんだよな?」
来週の花火大会。鳴海なら、軽く誘いそうだ。
「隆也は?」
「もともと軽音部のやつらと行くつもりだったんだけど、鳴海が二人で行きたいって」
一拍、間が開く。
「だから、二人で行くことにした。……いいか?」
なんで、俺に聞くんだよ。
「…そんなの、隆也が決めることだろ。わざわざ俺に聞かなくてもいいだろ」
「……そっか」
短い返事のあと、また少しだけ沈黙が落ちる。
「あのさ」
まだ、切らないのか。
「鳴海ってさ、どう思う?」
だから、なんで俺に聞くんだよ。
「……どうって、別に。隆也が男とってのは、まあ、びっくりしたけど……」
必死に言葉を探す。
「隆也が幸せなら、それでーー」
「……樹は?」
「え?」
「俺が鳴海と付き合っても、平気?」
喉が、詰まる。
電話にしたことを後悔した。今、どんな顔してるんだろう。
「……な、なんでそこで俺が出てくるんだよ。隆也と鳴海の話だろ」
少しだけ強く言ってしまう。
「……そっか」
それ以上、何も言わなかった。
「じゃあ、また」
通話が切れる。静かになった部屋で、スマホだけがやけに重く感じた。
――これでいい。いいはずなのに。
フードコートで話していた二人の姿が焼きついて離れない。
花火大会の日。夕方から榊原たちと神社で待ち合わせの予定だから、昼過ぎに起きた。
家族はみんな外出していて、家には俺だけ。朝から、やけに静かだった。冷房の音と、遠くの車の音くらいしか聞こえない。部屋の空気まで、どこかぼんやりしている気がした。
なんとなく体を起こすのも億劫で、ベッドの上でスマホをいじる。時間だけが、無駄に過ぎていく。
ベッドで適当に動画を見ていると、インターホンが鳴った。
「はいは~い……」
気の抜けた返事のまま、ゆっくり玄関へ向かう。
「鳴海……」
玄関を開けると、浴衣姿の鳴海がいた。
華奢な体に、濃い紺色の浴衣がよく似合っている。正直、その辺の女子より可愛いかもしれない。
「どうしたんだよ」
「ごめんなあ突然。隆也クンに部屋番号聞いたんよ」
「あー……そっか。……今日、隆也と花火見るんだろ?」
「うん、あのな、樹クンには先に言っておこうと思って」
「何を?」
「今夜、隆也クンに告白する」
「……え」
あまりにもあっさり言われて、言葉が出ない。
「ちゃんと、決着つけるわ」
にこっと笑う。
「樹クンはほら、隆也クンの一番の親友やろ? やから先に言っておこうかなーと思って」
「……」
何も返せないでいると、鳴海が一歩近づいた。
「樹クンも、逃げんときや?」
「……は?」
「分かりやすいねん。樹クンって」
くすっと笑う。
「まあええけど。ボクはボクで、取りにいくだけやし」
カラン、コロン。
遠ざかっていく背中を、しばらく動けずに見ていた。
待ち合わせ場所に着くと、榊原はじめ、クラスのやつらが数人集まっていた。小野田の姿は見当たらない。
「よお樹―!」
「あれ、今年は浴衣じゃねえの?」
「そういや小野田は?」
「人混み嫌いなんだと。もったいないよなー、花火は現地で見るのがおもしれえのに」
涼しい部屋でひとりゲームをしている小野田が思い浮かぶ。あいつなら、そう言いそうだ。
「とりあえずなんか食わね? 腹減った」
「あっちに焼きそばあったぜ」
「俺大盛り食いてえ」
にぎやかな声に押されるまま、足が勝手についていく。
屋台の灯りも、人のざわめきも、去年の花火大会と同じはずなのに。
どこか遠くで鳴ってるみたいに、現実感が薄い。
『ボクはボクで、取りにいくだけやし』
鳴海に言われた言葉が、頭から離れない。
しばらくして、アナウンスが流れる。
――間もなく、花火の打ち上げを開始します……
次の瞬間、夜空に光が弾けた。
大輪の花火。歓声が、一斉に上がる。
色とりどりの花火を見上げながら、俺は違うことを考えていた。
隆也と、浴衣姿の鳴海。
今、どこで何してる。ちゃんと会えてるのか。もう、告白したのか。
考えたくもないことばかりが、勝手に浮かんでくる。
花火も、屋台も。全然、楽しめる気がしなかった。
