俺のこと好きだって人間は、なんとなく分かる。
まず目が違う。どんなに隠してもバレバレだ。俺のこと見てんだろうなーっていう熱い視線。話してる時は目が合わないのに、視線をそらすとすぐこっちを見る。
顔もすぐ赤くなるし、少し言葉を交わしただけで照れたように俯く。そんなのもう、俺のことが好きですって言ってるようなもんだ。
それに声も高くなる。緊張してるのがバレバレのうわずった声。とって食ったりしないんだから、そんなに緊張しなくてもいいのにと思ってしまう。
――え、なんでそんなことが分かるかって?シンプルに言えば、俺はモテるから。
毎朝、とんでもない寝癖がつく栗色の髪の毛を整える。モテる男は身だしなみチェックを欠かさない。雨の日だろうと雪の日だろうと、俺の髪型は完璧だ。
アクセサリーの類は校則違反になるから着けないけど、ネックレスだけは別。インスタで見かけてすぐポチったシルバーのネックレスは、シャツの下に潜ませれば普段は見えない。だけど気分はちゃんと上がるから、俺にとっては大事なもの。モテる男は見えないところにも気を配るのだ。
マンションのエントランスにある鏡で前髪を確認したあと、外に出る。今日も決まってる。けど、そう思ってるのを表には出さないことがポイント。
「っしゃ、おっけー」
見た目だけじゃなくて、女子への接し方にも超絶気を配ってる。
多くの男子が、中学くらいから女子を意識し出し、いじり始める。この子が可愛いだの、あの子はおっぱいがでかいだの。
俺から言わせれば、本当のモテ男はそんなことはしない。あくまで紳士的に、親切に接する。ちょうどいい距離感で。それだけでほとんどの女子がイチコロだ。
高二の六月現在、人生で告白された回数のべ65回。
俺は確信している。もはやメンヘラからギャルまで、俺のことを好きにならない女子はいない。
だけど特定の彼女は作らない。告白される瞬間が、一番カッケーから。
『天宮 樹くんへ』
女子特有の丸っこい字で書かれた便箋。学校に着くと、下駄箱にラブレターが入っていた。
「昼休みに中庭に来てください、ね……」
中庭は、普段生徒が立ち入らない場所だけど、告白スポットで有名だ。入学以来、行くのはこれで七回目になる。誰にも言わないけど。
差出人を見ると、隣のクラスの花井さんだった。そういえば、先月の体育祭で少し話したような気がする。
手紙を鞄にしまって、俺はそのまま教室へ向かった。手紙をもらったことは、昼休みまで誰にも言わない。
午前中は何食わぬ顔をして過ごす。
告白される度に思う。告白するってことは、相手のことを好きってことだよな。でも、好きな相手からは告白されたいと思うのが普通じゃないか?
付き合うのが目的だから、どっちが告白するかなんどうでもいいのだろうか。
俺は絶対告白されたい。自分から告白するのなんて、あのことがあって以来、考えられない。
一瞬、嫌な記憶がフラッシュバックする。女子全員の馬鹿にしたような顔、からかってくる友達。首を振って、俺はその記憶を押し込める。
昼休み昼飯を食べずに中庭に行くと、花井さんがひとりで待っていた。俺の経験上、大体の女子が同じように落ち着かずにそわそわとしている。
「あ、天宮くん。来てくれてありがとう」
そう言って花井さんは照れたようにはにかんだ。人の良さそうなたれ目も、小さい唇も可愛らしい。
「ううん。えっと……6組の花井さんだよね。それで、俺に話って?」
あのラブレターをもらった時点で、内容は聞かずともわかってるけど。
花井さんは、意を決したように顔を上げる。
「……あのね、天宮くん」
来た。こういう時の声も、大体同じだ。
「体育祭の時に天宮くんを見て、かっこいいなって思って……よかったら、付き合ってください」
準備していたら台詞を口にする。
「伝えてくれてありがとう。でも俺、今誰とも付き合う気ないんだ。ごめんね」
俺は軽く頭を下げる。
花井さんは泣きそうな声で「そっか……やっぱりそうなんだね」と呟いた。
全ての女子に同じことを言ってるので、人づてに聞いたのだろう。
告白してきた相手を振る時は、少し申し訳ない気持ちにもなる。だけど、これでまた俺という人間が認められた気持ちのほうが大きい。
断っておくが、俺は女の子が好きだ。可愛いし、癒される。
中学の時は彼女がいたこともある。だけど告白される時以上のドキドキは味わえなくてすぐに別れた。
俺は別に彼女がほしいわけじゃなくて、告白されたいんだって気付いた。
「よお色男~」
教室に入るなり、肩に腕を回してきたのは榊原。明るく染めた頭の上がプリンになっている。
「また告られたんだって?ここまで来るとすげえよな、女子も」
スマホから目をそらさずに言うのは、小野田。黒縁メガネが妙に似合っている。
「誰が樹と付き合えるか競争してるんじゃね」
「はは、どうだろ」
そんなことされても、俺は誰とも付き合わないんだけどね。榊原が続けて言う。
「しかも今回、6組の花井さんだろ?めっちゃかわいいじゃん」
「可愛くて良い子だったよ。でも、ビビッとは来なくて」
これは半分本音だ。残りの半分は言わない。告白されることがかっけーと思ってるのは、表には出さない。
「はあ~?さすがモテる男は言うことが違いますなあ!」
榊原は見た目は悪くないけど、女子をエロい目で見ていることがバレバレだ。
一方の小野田も顔は整ってるけど、現実の女子に全く興味がない。
「俺も告白されてえ~!!高二の夏だぞ!?俺の青春どこだよ!」
榊原が叫ぶと、小野田がぼそっと呟く。
「そんなにいいか?俺は嫁一筋だからな」
「出たゲームオタク。二次元キャラは嫁とは言わねんだよ!」
「うっわ、小野田遅れてる。今時はAIと結婚する時代だぞ」
小野田も榊原も、自然体でいられる大事な友達だ。俺がモテるからってひがんだりしない。そんな距離感がちょうどいいのだ。
二人のくだらないやりとりに笑っていると、頬にひやりとした感覚。
「つめてっ!!」
差し出されたのは、水色のラベルが貼ってあるペットボトルの炭酸。俺の好きなギリギリ君ソーダ味。
振り向くと、長身で無表情の隆也が立っていた。
「……樹、これ好きだろ。購買のそばの自販機にあった」
「サンキュ」
こいつは鮫島隆也。同じマンションの別の階に住んでいる、小学校の時からの腐れ縁だ。
「そうだ、樹。今日部活ないけど、うち来る?」
「おー、行く!」
隆也の両親は離婚していて、母親と二人暮らし。専業主婦のうちの母さんと、女手一つで息子を育てる隆也母はなぜか気が合うらしく、小さい頃からよく互いの家を行き来している。
――そういや、隆也の恋愛話って聞かないよな……。
隆也は整った顔立ちをしている。背も高いし、中学まで野球部だっただけあって筋肉質だ。普通にモテるはずなのに、そういう噂はほとんど聞かない。
無口で無愛想だけど、冷たいわけじゃない。むしろ誰よりも優しいことを俺は知ってる。
俺なんかより、ずっと――。
あーあ、ほんと見る目ねえよな女子って。
そんなこと、絶対言わないけど。絶対ないとは思うけど、俺が学校一のモテ男じゃなくなったら嫌だし。
俺は心の中で、人生で告白された回数をひとつ増やした。
放課後、俺は隆也の部屋にいた。
「すげえ、また増えた?」
「ああ、一本。先輩に譲ってもらった」
「可愛がられてんじゃん」
壁際にはベースが何本も立てかけてあって、床にはCDが積まれている。一目で、音楽オタクの部屋だと分かる。
隆也は軽音部でベースを弾いていて、結構期待もされてるらしい。
わざわざ本人には聞かないけど、隆也がベースを始めたのは、多分俺がやれって言ったからだ。
※
遡ること二年前。中学の時、俺はバスケ部で隆也は野球部のエースだった。背番号一。
ちなみに俺がバスケ部を選んだのは、先輩に可愛い女子マネージャーがいたから。そんな不純な動機でうまくなるはずもなく、万年補欠だったけど。
「いちにー、さんしー!」
野球部は外周で体育館裏を通る。ゴツい掛け声と大人数の足音が聞こえてきて、遠ざかっていく。
周回遅れで息切れする部員もいる中で、隆也はいつも余裕の顔で走っていた。
休憩中の俺のところに来て、たまにどうでもいい話をする。
バスケ部の思い出といえば、練習でも試合でもなく、あの水色のペットボトルの炭酸と、トレーニング姿の隆也だ。
あれはそう、隆也が膝を怪我したから引退するのだと話してきた日も、そんな暑い夏の日だった。
「…この前の予選が最後だったんだ」
そう言って俯く隆也の右足には包帯が巻かれていて、見るだけで痛々しい。
俺はなんと声をかけたらいいのか分からなくて、俺は黙ったまま、頭の中では全く別のことを考えていた。
――ああ、これでもう、部活中の隆也と話せなくなるんだ。
体育館からバッシュのこすれる音が聞こえる。それが、やけに寂しかったのを覚えている。
「じゃあ音楽やれば?」
「…え?」
その頃、俺はバンドにハマっていた。毎週Mステを録画して、好きなバンドの新しいCDは限定版を予約するといった具合に。
「高校入ったらバンド組もうぜ。俺がギターやるからさ、隆也はベースな」
「……わかった」
軽いノリだった。生来の飽き性の俺は、高校に入る前には、俺の興味関心は移り変わっていた。小遣いを前借りして買ったギターは、今はクローゼットの奥で息を潜めている。
でも、隆也は違った。夏にした約束をちゃんと覚えていて、受験が終わって早々にベースを始めた。
隆也はコツコツ努力を積み重ねられる男だった。さすが野球部でもエースだっただけはある。
初めて隆也のスラップを間近で見た時の感動は忘れられない。
「すっげ~!天才じゃん!!」
隆也の上達を間近で見ていると、最初に誘ったのは俺なのに、なんて嫉妬をするのが失礼なくらいだった。
高一の春には、先輩たちのバンドからスカウトされるような腕前になっていた。
※
「やっぱ、隆也のベースいいよな。聴いてるとなんか落ち着く」
先輩から譲り受けたというベースで一曲弾いてもらった後、俺はベッドに寝転がる。
「……そうか」
「うん。俺ベース全然わかんないけどさ、隆也が弾いてるの見るのはすげー好き」
「…………」
「あ!てか今日はあれ見るんだった。お前でも絶対ハマるやつ」
「……わかった」
「隆也も絶対泣くと思うからさ~」
俺が今ハマってるのは、バスケでもギターでもなく、恋愛リアリティショー。所謂恋リアってやつだ。最初はモテるための研究で見始めたけど、気づけば普通にハマってた。
恋リアにもいろいろあるけど、やっぱり一番面白いのは俺らと同じくらいの高校生が出てるやつ。
隆也のパソコンで俺のサブスクにログインして、第一話を再生する。
明るい女性ボーカルの曲が流れて、男女が順番に教会に入ってくる。「真実の愛を見つけにきました」ってやつが、初回の定番シーン。
しばらく経って、隆也がいう。
「なあ、樹」
「んー?」
「これ、いつ血みどろのシーンになるんだ?」
「いや恋リアだから!そんなシーンないから!」
忘れてた。隆也は音楽オタクだけど、ホラー映画も好きなんだった
それでもちゃんと見てくれてるみたいで、四話にさしかかった頃。ひとりの男子メンバーが、女子に告白する。
『……ありがとう。でも、友達でいたいな』
決心して、勇気を出して告白して、失恋に至るまでをカメラが丁寧に追う。
涙であふれるスタジオ。俺もつられて泣いていた。
「あー、今シーズンもめっちゃ良かったな。特に告白シーン!」
告白されることには慣れているけど、他人の告白シーンを見るのも、やっぱりいい。胸が熱くなる。
「振られてたけど、あの告白シーンマジよかったわ。隆也もそう思うだろ?」
「……そうかな。言って、関係が変わるくらいなら俺は言わないかな」
ふ~ん。意外だった。隆也のそういう話ってあんまり聞いたことなかったから。そんな風に考えることもあるんだな…。
梅雨の晴れ間。いつもの四人で、購買から教室に戻る途中。
「あーっ!あっちー!まだ六月なのにまじあちいな」
榊原がシャツの襟をバタつかせる。
渡り廊下そばのバスケコートが、妙に静かなことに気づいた。
「あれ、コート空いてね?」
「まじだ。三年、進路相談で昼休みズレてんじゃね?」
そう言った瞬間、榊原が走り出す。
「ワンオンワンしようぜー」
「……俺はいい」
小野田のノリが悪いのはいつものことだ。
「小野田、ドリブルできんの?」
「うっせー」
榊原に煽られて何だかんだ参加するあたり、本気で嫌なわけではないんだろう。
気づけば通りがかった他のクラスの奴らも混ざってきて、昼休みのバスケはちょっとした球技大会みたいに白熱した。体育の授業よりよっぽど盛り上がる。
渡り廊下で、数人の女子がこっちを見てるのが分かる。ああ、また近々告られるかもな。
汗で、シャツが背中に張り付いている。俺はブレザーを脱いで、コート脇に無造作に放り出した。
予鈴が鳴る。
「あー、汗かいた。やべ、もう昼休み終わる」
「早く行こうぜ」
俺は慌ててブレザーを手に取った。
教室に入ると、クーラーが効いていて少し寒い。外はあんなに暑かったのに。
俺はそのままブレザーを羽織る。ちょっと、でかい気がした。まあいいか、と気にせず席に座る。
次の授業は数学だった。机から教科書を出して、先生の説明をぼんやり聞く。
(……やっぱバスケしてる樹も可愛いな)
――は?
一瞬、思考が止まる。今の、誰だ?周りを見ても、先生以外は誰も喋ってない。そもそも授業中だ。私語なんてする空気じゃない。
空耳、か……?
「じゃあ次の問題を――天宮」
「え?あ……俺すか」
「お前以外誰がいるんだー」
「すいません、えっと」
(ああ、せっかく樹を見てたのに……)
やっぱり、気のせいじゃない。これ、隆也の声が聞こえてるんだ。
どういうことだよ……!しかも今、可愛いって言った!?
頭が一気に熱くなる。この暑さでおかしくなったのか、俺?
先生の説明が頭に入るわけがなく、なだれこんでくる隆也の声で頭がいっぱいだった。
授業が終わると同時に、俺は椅子から勢いよく立ち上がった。
「隆也!ちょっと来い!」
「……どうした、樹」
ポカンとしている周りを無視して、俺は隆也の腕をつかんで教室を出た。
榊原と小野田が何か言ってた気もするけど、聞いてる余裕はない。
そのまま空き教室の扉を開けて、半ば押し込むみたいに中へ入る。
「お前、なんか話してみろ」
「は……?」
「いいから」
「え……」
(どうしたんだよ樹。急に……)
間違いない。目の前の隆也は黙っているのに、頭の中で隆也の声が聞こえる。
これ、隆也の心の声だ。
俺、おかしくなっちゃったのか?
「てか、樹。それ俺のブレザーだろ」
「え?」
「さっきバスケの後、取り違えてた」
「あ、ああ……」
そういえば、心なしかサイズが大きい気がしたんだ。これ、隆也のだったのか。道理で大きいはずだ。
ボタンを外そうとした時だった。
(樹が俺のブレザー着てるとか、心臓に悪い…)
「ん?」
思い切ってブレザーを脱ぐ。
頭の中で、隆也の声が聞こえなくなった。
「……」
確認のために、もう一度ブレザーを羽織る。
(ちょっとでかくて、袖も長くて……)
「んん!?」
「どうしたんだよ樹……」
目の前の隆也は普段通りの無表情。声のトーンもいつもと同じだ。
でも、たしかに頭の中に聞こえるのは、聞いたことのないような隆也の甘い声で――。
俺は一歩踏み込んで、グイっと隆也に顔を近づける。
「お前……小さい声でしゃべってないよな?」
「は……?」
(そんな近づくなって……可愛すぎる)
やっぱり聞こえる。隆也の口は閉じている。
何となく、理解した。このブレザーを着てる時だけ、隆也の心の声が聞こえるんだ。
「樹、どうした?熱でもあるのか?」
(頼むから、心配させるな……)
隆也が俺の額に手をあてる。ひんやりした感触と同時に、頭の中に声が響く。
(ばれるわけにはいかないんだ。俺が、お前を好きだってこと)
「……は?」
一瞬、思考が止まる。好き?誰が。誰を。
目の前の無表情な隆也と、甘い声が重なる。
「……ハァァアアアア!?!?」
思わず叫んだ。
天宮樹、高校二年。生き甲斐は告白されること。
そんな俺は、どうやら。
幼馴染に、片想いされてるらしい。
まず目が違う。どんなに隠してもバレバレだ。俺のこと見てんだろうなーっていう熱い視線。話してる時は目が合わないのに、視線をそらすとすぐこっちを見る。
顔もすぐ赤くなるし、少し言葉を交わしただけで照れたように俯く。そんなのもう、俺のことが好きですって言ってるようなもんだ。
それに声も高くなる。緊張してるのがバレバレのうわずった声。とって食ったりしないんだから、そんなに緊張しなくてもいいのにと思ってしまう。
――え、なんでそんなことが分かるかって?シンプルに言えば、俺はモテるから。
毎朝、とんでもない寝癖がつく栗色の髪の毛を整える。モテる男は身だしなみチェックを欠かさない。雨の日だろうと雪の日だろうと、俺の髪型は完璧だ。
アクセサリーの類は校則違反になるから着けないけど、ネックレスだけは別。インスタで見かけてすぐポチったシルバーのネックレスは、シャツの下に潜ませれば普段は見えない。だけど気分はちゃんと上がるから、俺にとっては大事なもの。モテる男は見えないところにも気を配るのだ。
マンションのエントランスにある鏡で前髪を確認したあと、外に出る。今日も決まってる。けど、そう思ってるのを表には出さないことがポイント。
「っしゃ、おっけー」
見た目だけじゃなくて、女子への接し方にも超絶気を配ってる。
多くの男子が、中学くらいから女子を意識し出し、いじり始める。この子が可愛いだの、あの子はおっぱいがでかいだの。
俺から言わせれば、本当のモテ男はそんなことはしない。あくまで紳士的に、親切に接する。ちょうどいい距離感で。それだけでほとんどの女子がイチコロだ。
高二の六月現在、人生で告白された回数のべ65回。
俺は確信している。もはやメンヘラからギャルまで、俺のことを好きにならない女子はいない。
だけど特定の彼女は作らない。告白される瞬間が、一番カッケーから。
『天宮 樹くんへ』
女子特有の丸っこい字で書かれた便箋。学校に着くと、下駄箱にラブレターが入っていた。
「昼休みに中庭に来てください、ね……」
中庭は、普段生徒が立ち入らない場所だけど、告白スポットで有名だ。入学以来、行くのはこれで七回目になる。誰にも言わないけど。
差出人を見ると、隣のクラスの花井さんだった。そういえば、先月の体育祭で少し話したような気がする。
手紙を鞄にしまって、俺はそのまま教室へ向かった。手紙をもらったことは、昼休みまで誰にも言わない。
午前中は何食わぬ顔をして過ごす。
告白される度に思う。告白するってことは、相手のことを好きってことだよな。でも、好きな相手からは告白されたいと思うのが普通じゃないか?
付き合うのが目的だから、どっちが告白するかなんどうでもいいのだろうか。
俺は絶対告白されたい。自分から告白するのなんて、あのことがあって以来、考えられない。
一瞬、嫌な記憶がフラッシュバックする。女子全員の馬鹿にしたような顔、からかってくる友達。首を振って、俺はその記憶を押し込める。
昼休み昼飯を食べずに中庭に行くと、花井さんがひとりで待っていた。俺の経験上、大体の女子が同じように落ち着かずにそわそわとしている。
「あ、天宮くん。来てくれてありがとう」
そう言って花井さんは照れたようにはにかんだ。人の良さそうなたれ目も、小さい唇も可愛らしい。
「ううん。えっと……6組の花井さんだよね。それで、俺に話って?」
あのラブレターをもらった時点で、内容は聞かずともわかってるけど。
花井さんは、意を決したように顔を上げる。
「……あのね、天宮くん」
来た。こういう時の声も、大体同じだ。
「体育祭の時に天宮くんを見て、かっこいいなって思って……よかったら、付き合ってください」
準備していたら台詞を口にする。
「伝えてくれてありがとう。でも俺、今誰とも付き合う気ないんだ。ごめんね」
俺は軽く頭を下げる。
花井さんは泣きそうな声で「そっか……やっぱりそうなんだね」と呟いた。
全ての女子に同じことを言ってるので、人づてに聞いたのだろう。
告白してきた相手を振る時は、少し申し訳ない気持ちにもなる。だけど、これでまた俺という人間が認められた気持ちのほうが大きい。
断っておくが、俺は女の子が好きだ。可愛いし、癒される。
中学の時は彼女がいたこともある。だけど告白される時以上のドキドキは味わえなくてすぐに別れた。
俺は別に彼女がほしいわけじゃなくて、告白されたいんだって気付いた。
「よお色男~」
教室に入るなり、肩に腕を回してきたのは榊原。明るく染めた頭の上がプリンになっている。
「また告られたんだって?ここまで来るとすげえよな、女子も」
スマホから目をそらさずに言うのは、小野田。黒縁メガネが妙に似合っている。
「誰が樹と付き合えるか競争してるんじゃね」
「はは、どうだろ」
そんなことされても、俺は誰とも付き合わないんだけどね。榊原が続けて言う。
「しかも今回、6組の花井さんだろ?めっちゃかわいいじゃん」
「可愛くて良い子だったよ。でも、ビビッとは来なくて」
これは半分本音だ。残りの半分は言わない。告白されることがかっけーと思ってるのは、表には出さない。
「はあ~?さすがモテる男は言うことが違いますなあ!」
榊原は見た目は悪くないけど、女子をエロい目で見ていることがバレバレだ。
一方の小野田も顔は整ってるけど、現実の女子に全く興味がない。
「俺も告白されてえ~!!高二の夏だぞ!?俺の青春どこだよ!」
榊原が叫ぶと、小野田がぼそっと呟く。
「そんなにいいか?俺は嫁一筋だからな」
「出たゲームオタク。二次元キャラは嫁とは言わねんだよ!」
「うっわ、小野田遅れてる。今時はAIと結婚する時代だぞ」
小野田も榊原も、自然体でいられる大事な友達だ。俺がモテるからってひがんだりしない。そんな距離感がちょうどいいのだ。
二人のくだらないやりとりに笑っていると、頬にひやりとした感覚。
「つめてっ!!」
差し出されたのは、水色のラベルが貼ってあるペットボトルの炭酸。俺の好きなギリギリ君ソーダ味。
振り向くと、長身で無表情の隆也が立っていた。
「……樹、これ好きだろ。購買のそばの自販機にあった」
「サンキュ」
こいつは鮫島隆也。同じマンションの別の階に住んでいる、小学校の時からの腐れ縁だ。
「そうだ、樹。今日部活ないけど、うち来る?」
「おー、行く!」
隆也の両親は離婚していて、母親と二人暮らし。専業主婦のうちの母さんと、女手一つで息子を育てる隆也母はなぜか気が合うらしく、小さい頃からよく互いの家を行き来している。
――そういや、隆也の恋愛話って聞かないよな……。
隆也は整った顔立ちをしている。背も高いし、中学まで野球部だっただけあって筋肉質だ。普通にモテるはずなのに、そういう噂はほとんど聞かない。
無口で無愛想だけど、冷たいわけじゃない。むしろ誰よりも優しいことを俺は知ってる。
俺なんかより、ずっと――。
あーあ、ほんと見る目ねえよな女子って。
そんなこと、絶対言わないけど。絶対ないとは思うけど、俺が学校一のモテ男じゃなくなったら嫌だし。
俺は心の中で、人生で告白された回数をひとつ増やした。
放課後、俺は隆也の部屋にいた。
「すげえ、また増えた?」
「ああ、一本。先輩に譲ってもらった」
「可愛がられてんじゃん」
壁際にはベースが何本も立てかけてあって、床にはCDが積まれている。一目で、音楽オタクの部屋だと分かる。
隆也は軽音部でベースを弾いていて、結構期待もされてるらしい。
わざわざ本人には聞かないけど、隆也がベースを始めたのは、多分俺がやれって言ったからだ。
※
遡ること二年前。中学の時、俺はバスケ部で隆也は野球部のエースだった。背番号一。
ちなみに俺がバスケ部を選んだのは、先輩に可愛い女子マネージャーがいたから。そんな不純な動機でうまくなるはずもなく、万年補欠だったけど。
「いちにー、さんしー!」
野球部は外周で体育館裏を通る。ゴツい掛け声と大人数の足音が聞こえてきて、遠ざかっていく。
周回遅れで息切れする部員もいる中で、隆也はいつも余裕の顔で走っていた。
休憩中の俺のところに来て、たまにどうでもいい話をする。
バスケ部の思い出といえば、練習でも試合でもなく、あの水色のペットボトルの炭酸と、トレーニング姿の隆也だ。
あれはそう、隆也が膝を怪我したから引退するのだと話してきた日も、そんな暑い夏の日だった。
「…この前の予選が最後だったんだ」
そう言って俯く隆也の右足には包帯が巻かれていて、見るだけで痛々しい。
俺はなんと声をかけたらいいのか分からなくて、俺は黙ったまま、頭の中では全く別のことを考えていた。
――ああ、これでもう、部活中の隆也と話せなくなるんだ。
体育館からバッシュのこすれる音が聞こえる。それが、やけに寂しかったのを覚えている。
「じゃあ音楽やれば?」
「…え?」
その頃、俺はバンドにハマっていた。毎週Mステを録画して、好きなバンドの新しいCDは限定版を予約するといった具合に。
「高校入ったらバンド組もうぜ。俺がギターやるからさ、隆也はベースな」
「……わかった」
軽いノリだった。生来の飽き性の俺は、高校に入る前には、俺の興味関心は移り変わっていた。小遣いを前借りして買ったギターは、今はクローゼットの奥で息を潜めている。
でも、隆也は違った。夏にした約束をちゃんと覚えていて、受験が終わって早々にベースを始めた。
隆也はコツコツ努力を積み重ねられる男だった。さすが野球部でもエースだっただけはある。
初めて隆也のスラップを間近で見た時の感動は忘れられない。
「すっげ~!天才じゃん!!」
隆也の上達を間近で見ていると、最初に誘ったのは俺なのに、なんて嫉妬をするのが失礼なくらいだった。
高一の春には、先輩たちのバンドからスカウトされるような腕前になっていた。
※
「やっぱ、隆也のベースいいよな。聴いてるとなんか落ち着く」
先輩から譲り受けたというベースで一曲弾いてもらった後、俺はベッドに寝転がる。
「……そうか」
「うん。俺ベース全然わかんないけどさ、隆也が弾いてるの見るのはすげー好き」
「…………」
「あ!てか今日はあれ見るんだった。お前でも絶対ハマるやつ」
「……わかった」
「隆也も絶対泣くと思うからさ~」
俺が今ハマってるのは、バスケでもギターでもなく、恋愛リアリティショー。所謂恋リアってやつだ。最初はモテるための研究で見始めたけど、気づけば普通にハマってた。
恋リアにもいろいろあるけど、やっぱり一番面白いのは俺らと同じくらいの高校生が出てるやつ。
隆也のパソコンで俺のサブスクにログインして、第一話を再生する。
明るい女性ボーカルの曲が流れて、男女が順番に教会に入ってくる。「真実の愛を見つけにきました」ってやつが、初回の定番シーン。
しばらく経って、隆也がいう。
「なあ、樹」
「んー?」
「これ、いつ血みどろのシーンになるんだ?」
「いや恋リアだから!そんなシーンないから!」
忘れてた。隆也は音楽オタクだけど、ホラー映画も好きなんだった
それでもちゃんと見てくれてるみたいで、四話にさしかかった頃。ひとりの男子メンバーが、女子に告白する。
『……ありがとう。でも、友達でいたいな』
決心して、勇気を出して告白して、失恋に至るまでをカメラが丁寧に追う。
涙であふれるスタジオ。俺もつられて泣いていた。
「あー、今シーズンもめっちゃ良かったな。特に告白シーン!」
告白されることには慣れているけど、他人の告白シーンを見るのも、やっぱりいい。胸が熱くなる。
「振られてたけど、あの告白シーンマジよかったわ。隆也もそう思うだろ?」
「……そうかな。言って、関係が変わるくらいなら俺は言わないかな」
ふ~ん。意外だった。隆也のそういう話ってあんまり聞いたことなかったから。そんな風に考えることもあるんだな…。
梅雨の晴れ間。いつもの四人で、購買から教室に戻る途中。
「あーっ!あっちー!まだ六月なのにまじあちいな」
榊原がシャツの襟をバタつかせる。
渡り廊下そばのバスケコートが、妙に静かなことに気づいた。
「あれ、コート空いてね?」
「まじだ。三年、進路相談で昼休みズレてんじゃね?」
そう言った瞬間、榊原が走り出す。
「ワンオンワンしようぜー」
「……俺はいい」
小野田のノリが悪いのはいつものことだ。
「小野田、ドリブルできんの?」
「うっせー」
榊原に煽られて何だかんだ参加するあたり、本気で嫌なわけではないんだろう。
気づけば通りがかった他のクラスの奴らも混ざってきて、昼休みのバスケはちょっとした球技大会みたいに白熱した。体育の授業よりよっぽど盛り上がる。
渡り廊下で、数人の女子がこっちを見てるのが分かる。ああ、また近々告られるかもな。
汗で、シャツが背中に張り付いている。俺はブレザーを脱いで、コート脇に無造作に放り出した。
予鈴が鳴る。
「あー、汗かいた。やべ、もう昼休み終わる」
「早く行こうぜ」
俺は慌ててブレザーを手に取った。
教室に入ると、クーラーが効いていて少し寒い。外はあんなに暑かったのに。
俺はそのままブレザーを羽織る。ちょっと、でかい気がした。まあいいか、と気にせず席に座る。
次の授業は数学だった。机から教科書を出して、先生の説明をぼんやり聞く。
(……やっぱバスケしてる樹も可愛いな)
――は?
一瞬、思考が止まる。今の、誰だ?周りを見ても、先生以外は誰も喋ってない。そもそも授業中だ。私語なんてする空気じゃない。
空耳、か……?
「じゃあ次の問題を――天宮」
「え?あ……俺すか」
「お前以外誰がいるんだー」
「すいません、えっと」
(ああ、せっかく樹を見てたのに……)
やっぱり、気のせいじゃない。これ、隆也の声が聞こえてるんだ。
どういうことだよ……!しかも今、可愛いって言った!?
頭が一気に熱くなる。この暑さでおかしくなったのか、俺?
先生の説明が頭に入るわけがなく、なだれこんでくる隆也の声で頭がいっぱいだった。
授業が終わると同時に、俺は椅子から勢いよく立ち上がった。
「隆也!ちょっと来い!」
「……どうした、樹」
ポカンとしている周りを無視して、俺は隆也の腕をつかんで教室を出た。
榊原と小野田が何か言ってた気もするけど、聞いてる余裕はない。
そのまま空き教室の扉を開けて、半ば押し込むみたいに中へ入る。
「お前、なんか話してみろ」
「は……?」
「いいから」
「え……」
(どうしたんだよ樹。急に……)
間違いない。目の前の隆也は黙っているのに、頭の中で隆也の声が聞こえる。
これ、隆也の心の声だ。
俺、おかしくなっちゃったのか?
「てか、樹。それ俺のブレザーだろ」
「え?」
「さっきバスケの後、取り違えてた」
「あ、ああ……」
そういえば、心なしかサイズが大きい気がしたんだ。これ、隆也のだったのか。道理で大きいはずだ。
ボタンを外そうとした時だった。
(樹が俺のブレザー着てるとか、心臓に悪い…)
「ん?」
思い切ってブレザーを脱ぐ。
頭の中で、隆也の声が聞こえなくなった。
「……」
確認のために、もう一度ブレザーを羽織る。
(ちょっとでかくて、袖も長くて……)
「んん!?」
「どうしたんだよ樹……」
目の前の隆也は普段通りの無表情。声のトーンもいつもと同じだ。
でも、たしかに頭の中に聞こえるのは、聞いたことのないような隆也の甘い声で――。
俺は一歩踏み込んで、グイっと隆也に顔を近づける。
「お前……小さい声でしゃべってないよな?」
「は……?」
(そんな近づくなって……可愛すぎる)
やっぱり聞こえる。隆也の口は閉じている。
何となく、理解した。このブレザーを着てる時だけ、隆也の心の声が聞こえるんだ。
「樹、どうした?熱でもあるのか?」
(頼むから、心配させるな……)
隆也が俺の額に手をあてる。ひんやりした感触と同時に、頭の中に声が響く。
(ばれるわけにはいかないんだ。俺が、お前を好きだってこと)
「……は?」
一瞬、思考が止まる。好き?誰が。誰を。
目の前の無表情な隆也と、甘い声が重なる。
「……ハァァアアアア!?!?」
思わず叫んだ。
天宮樹、高校二年。生き甲斐は告白されること。
そんな俺は、どうやら。
幼馴染に、片想いされてるらしい。
