無関心な僕が、お前だけは例外

 糸井が話しかけてくるようになって
 一週間くらいが経った。

 何の話をしたかなんて
 一つも覚えてない。


 僕が「へえ」「そう」と適当に聞き流しても、

 糸井は懲りずに毎日
 休み時間のたびに身体を僕の方へ翻す。


 それが日常にになりつつあった。


 授業で前からプリントが回される。

 みんなテキトーに後ろへ手を伸ばすだけなのに
 前の席の糸井は、わざわざこちらへ振り返る。

 「はい、宇佐見」

 差し出された紙を受け取ろうとした

 そのとき。

 指が、触れた。

 ほんの一瞬。

 カサついた紙の感触とは違う

 生身の皮膚の熱。

 ほんの一瞬のことだ。

 「……」

 別に、気にするほどでもない。

 偶然、指先が掠っただけ。

 そう自分に言い聞かせたのに


 それは一度では終わらなかった。


 プリントを回すたび。
 ノートを回収するたび。

 糸井の指先が、僕の手に触れる。

 わざわざ振り返って
 僕の目を見ながら手渡してくる。

 その際、指先が不自然に触れることが増えた。

 偶然にしては
 回数が多すぎる。

 まるで僕がどこで指を伸ばすか
 あらかじめ分かっているみたいに。

 「後ろからプリント回収してくださーい」

 担任の気だるげな声が響き
 後ろの席から束ねられたプリントが回ってきた。

 前の席の糸井が、やはり振り返る。

 無言でプリントを差し出したのに

 「ありがと」

 柔らかな笑顔で礼を言われる。

 また指先が触れた。


 ……いや、今度は違った。


 指が、絡んだ。

 一瞬、けれど、
 今までよりはっきりと。

 僕の指の間をなぞるように
 糸井の長い指が滑り込んでくる。

 離す気がないみたいに、わずかな力で絡め取られた。

 「……なに」

 思わず低く声を漏らして顔を上げると
 糸井は平然とした顔で僕を見つめていた。

 「別に。受け取っただけ」

 嘘をつけ。

 絡まった指を抜こうとすると、
 糸井は名残惜しそうに
 最後の一節まで指先を滑らせてから
 ゆっくりと手を引いた。


 心臓の奥が、少しだけ騒がしくなる。


 気のせいなんかじゃない。


 糸井という男はそれだけでは留まらなかった。

 午後の英語の授業中。

 シャーペンを走らせる音が響く静かな教室内で
 僕はうっかり消しゴムを床へ落とした。

 拾おうとして腰を浮かせかけた、


 その瞬間。


 前の席から、
 すらりと伸びた手がそれを掬い上げた。

 「はい」

 糸井が消しゴムを僕の手のひらにポン、と乗せた。

 「……ありがと」

 短く礼を言い
 手を引っ込めようとした


 ——けれど。


 ぎゅっと、
 消しゴムごと手を握り込まれた。

 僕の手よりも一回り大きな
 熱い手。

 包み込むように
 けれど逃がさないという明確な意志を持って、
 僕の右手が拘束される。

 「は……?」

 思わず糸井を凝視した。

 授業中だというのに
 こいつは悪びれる様子もなく
 いつも通りの涼しい顔をしている。

 「落とさないように」

 なんて、どうでもいいことを言う。


 ——いや、今の必要あったか?


 確信犯だ。

 そう思うのに、
 糸井の手が
 僕の冷えきった指先に残していった熱があまりに強烈で。

 自分の手のひらがじわじわと火照るのを自覚しながら

 僕は再び机に突っ伏した。