無関心な僕が、お前だけは例外

「さ、帰ろっか。斗亜」

「……一回一回、名前呼ぶな。心臓に悪い」

「慣れるまで呼び続けるよ。斗亜、ほら、手」

差し出された大きな手に自分の手を重ねる。繋いだ手から伝わる鼓動は、僕のものか、それとも穂高のものか。
区別がつかないほどに重なり合って、心地いいリズムを刻んでいた。

これまで僕にとって、他人の体温は避けるべき『ノイズ』でしかなかった。教室の喧騒も、誰かの視線も、すべては僕の眠りを妨げる背景に過ぎなかったはずなのに。

ふと、穂高が持っていたスマホの裏側に目が留まる。透明なケースの端に、見覚えのある小さな『破片』。

「お前、それ。まだ貼ってたのか」

あの日、僕がテキトーに剥がして、あいつが奪い取ったはしっこが破れたパンの点数シール。
流石にもう剝がしたと思っていた。

「当たり前じゃん。これ、俺の宝物。斗亜から初めてもらったプレゼントだし」

「……プレゼントなわけないだろ。僕から奪い取った、ただのゴミだ」

「俺にとっては、世界で一番価値のあるものだよ」

穂高は愛おしそうにその小さなシールを指でなぞった。端は以前見たときよりもボロボロに擦り切れているけれど、あいつは本当に大切にそれを持ち続けていた。

他人の感情なんてどうでもよかった。

誰が僕を好きになろうと、誰が僕をどう評価しようと、僕の視界には一ミリも入ってこなかった。
なのに、
この男がシール一枚を「宝物」と呼ぶだけで、僕の胸の奥は、これまでに知らなかった熱い色で塗り潰されていく。

胸の奥が温かいもので満たされて、僕は照れ隠しに視線を逸らした。

「……もうそんなのボロいだろ。……新しいの、今度はちゃんとしたやつ、買いに行くか?」

「えっ」

穂高が足を止めて、驚いたように僕を見た。

「それって、斗亜の方から夏休みデートのお誘い?もしかして、俺とずっと一緒にいたいってこと?」

「…………変な解釈すんな。ただ、新しいシールに貼り替えた方がいいだろって言っただけだ」

ニヤニヤとからかってくる穂高に、僕は顔を真っ赤にして早足で歩き出す。他人に興味のなかった僕が、自分から誰かの『次』を望むなんて。

新しいシール、
新しい約束、
新しい季節。

そんな面倒なことを僕から言い出すなんて、自分でも信じられない。

「その前にテストだろ。赤点取ったら夏休みも何もないんだからな」

「大丈夫だよ、俺たちなら。……それにさ、夏休みまで待てない。テストのモチベーション上げるためにも、今から買いに行こうよ。斗亜が選んでくれたやつ、また宝物にするから」

後ろから追いかけてきた穂高が、今度は僕の指を絡めるようにして強く握り直した。

僕の退屈だった世界に、強引に踏み込んできた例外。
僕の無関心を、いとも簡単に塗り替えてしまった男。

「……勝手にしろ」

「あはは、照れてる。可愛い」

意地悪く笑う穂高を、僕は毒づきながらもその体温を離したくないと思った。

欠けていたシールの端っこが、僕の真っ白だった毎日に、穂高にしか出せない鮮やかな色をつけてくれた。