無関心な僕が、お前だけは例外

 期末テストを目前に控えた放課後。

 オレンジ色に染まり始めた教室には、僕と糸井の二人だけが残っていた。

 「ねえ宇佐見。これ、なんて書いてあるの?」

 隣の席で自分のノートを広げていた糸井が、僕のノートを覗き込んで、堪えきれないといった様子で吹き出した。

 「……何だよ。笑うな」

 「いや、ごめん。でもさ、相変わらず字、やばくない?これ、もはや数式っていうか古代文字の類でしょ」

 「うるさい。自分に読めればいいんだよ」

 ムッとしてノートを閉じようとすると、糸井の大きな手がそれを優しく制した。

 「でもさ、これ、お前の字だなって一発で分かるよ」

 「バカにしてる?」

 「違うよ。他の誰にも真似できない、宇佐見だけの字。……なんかさ、これ、俺しか読めなくていい気がしてきた」

 「は?意味わかんね」

 僕が吐き捨てると、糸井は僕のシャーペンを握っている指先に自分の指を絡めた。

 「宇佐見、授業中いつも寝てるし、ここ分からないんじゃない?秀才の俺が教えてあげようか?」

 意地悪く糸井が笑う。

 「秀才とか自分で言うな。これくらい、解ける」

 僕は糸井の手を振り払い、問題を解いてみせた。
 ありがたいことに、昔からあまり勉強で苦労したことはない。

 解答を突きつけると、糸井は「……はぁ」と大げさにため息をついた。

 「いつも寝てるし、字が汚いのに、そのくせ頭いいの、意味わかんない。……しかもその顔だもんな。字が汚い以外に欠点無いわけ?可愛げなさすぎるだろ」

 「……そこは褒めるとこ。だいたい、顔は関係ないだろ。お前の方がよっぽど王子様扱いされてるじゃんか」

 僕が投げやりに返すと、糸井が少しだけ苦しげに眉をひそめた。

 「自覚ないなあ……。あのさ、宇佐見。お前、いい加減自分の顔がどれだけ破壊力あるか自覚しろよ?じゃなきゃあんなにしょっちゅう告白されないからな。俺がどれだけ毎日ヒヤヒヤしてるか分かってる?隙あらば他の奴に持っていかれそうで、気が気じゃないんだよ。もっと俺の身にもなってよ」

 「…………」

 真剣な顔でそんなことを言われて、僕は返歌に詰まった。

 告白なんて、ただ『誰かと間違えて』されるだけだと思っていたけれど。糸井の目には、僕はそんな風に映っているんだろうか。
 沈黙に耐えかねて、僕は絞り出すように言った。

 「……可愛げなんて、お前にだけあれば十分だ」

 糸井は一瞬目を見開いた後、机に突っ伏して肩を震わせた。

 「……あー、もう。ほんと、宇佐見。不意打ちの『好き』は心臓に悪いって」

 「好きなんて一言も言ってない」

 「言ったも同然でしょ。……ねえ、知ってる?俺、あの日プリント拾って宇佐見の字を見た瞬間、『あ、こいつおもしろい』って思っちゃったんだよね」

 糸井は頬杖をついて、蕩けそうな瞳で僕を見つめる。

 「本当はその後の下駄箱で、宇佐見が『ありがとう』って笑った瞬間に完全に撃沈したんだけど。きっかけは、この暗号みたいな字だったんだよ」

 僕はノートの端を指でなぞりながら、小さく「趣味悪……」と毒づいた。

 誰にも見せたくなかったかっこ悪い部分さえ、この男は『好き』のきっかけにしてくれたんだ。

 それが、どうしようもなく嬉しくて。

 僕は西日に焼かれた顔の熱さを誤魔化すように、また新しい問題に視線を落とした。