三日が過ぎた。
教室の空気は、驚くほど平穏だった。
糸井は、僕に話しかけてこない。
休み時間になっても振り返らず、
スマホを眺めているか、古川たちのくだらない雑談に「ふーん」「へえ」と、心ここにあらずな返事を返しているだけ。
朝の「おはよう」も
授業の合間のイヤホンも
夜道での「送らせて」というわがままも。
全部、僕が見た質の悪い夢だったんじゃないか。
そう思えるほど、あいつは完璧に『僕』を切り捨てていた。
「……っ」
前から回ってくるプリントを、奪い取るように受け取る。
指先が触れることなんて、もうない。
あいつの周りには、相変わらず女子たちが集まっている。
糸井はそれを拒まない。
けれど、以前よりもずっと、その瞳には温度がないように見えた。
誰にでも同じように接して、誰のことも見ていない。
――僕のことも、もう見ていない。
それが、どうしようもなく腹立たしかった。
勝手に踏み込んできて、勝手に「好き」なんて呪いみたいな言葉を置いていって。
なのに自分だけ、さっさと安全な場所へ逃げ帰るなんて、卑怯だ。
考えたくない。
考えれば考えるほど、あいつの思う壺な気がしてならない。
思考を止めるには、身体を動かすのが一番だ。
僕は学校が終わると同時に、逃げるようにバイト先へ向かった。
「宇佐見くん、最近やる気だね」なんて店長に言われたけれど、
僕はただ、自分の中に居座り続ける「糸井」という残像を、仕事の忙しさで塗り潰したかっただけだ。
本来休みだった日にもシフトを詰め込んだ。
休憩時間は最小限。オーダー、バッシング、洗い場。
身体を酷使して、足を棒にして、脳が思考を止めるまで動き続ける。
そうすれば、あいつの「好きだよ」という甘い声も、
スマホケースの端っこが破れた点数シールのことも、
全部忘れられると思った。
トレイを持つ手が、ときどき無意識に手首をさする。
そこにはもう、あいつの体温なんて残っていないはずなのに。
「……なんなんだよ、本当に」
吐き出した独り言が、店内の喧騒に吸い込まれて消える。
あいつがいない日常の方が、ずっと長かったはずなのに。
あいつを知る前の自分に、どうしても戻り方が分からなかった。
教室の空気は、驚くほど平穏だった。
糸井は、僕に話しかけてこない。
休み時間になっても振り返らず、
スマホを眺めているか、古川たちのくだらない雑談に「ふーん」「へえ」と、心ここにあらずな返事を返しているだけ。
朝の「おはよう」も
授業の合間のイヤホンも
夜道での「送らせて」というわがままも。
全部、僕が見た質の悪い夢だったんじゃないか。
そう思えるほど、あいつは完璧に『僕』を切り捨てていた。
「……っ」
前から回ってくるプリントを、奪い取るように受け取る。
指先が触れることなんて、もうない。
あいつの周りには、相変わらず女子たちが集まっている。
糸井はそれを拒まない。
けれど、以前よりもずっと、その瞳には温度がないように見えた。
誰にでも同じように接して、誰のことも見ていない。
――僕のことも、もう見ていない。
それが、どうしようもなく腹立たしかった。
勝手に踏み込んできて、勝手に「好き」なんて呪いみたいな言葉を置いていって。
なのに自分だけ、さっさと安全な場所へ逃げ帰るなんて、卑怯だ。
考えたくない。
考えれば考えるほど、あいつの思う壺な気がしてならない。
思考を止めるには、身体を動かすのが一番だ。
僕は学校が終わると同時に、逃げるようにバイト先へ向かった。
「宇佐見くん、最近やる気だね」なんて店長に言われたけれど、
僕はただ、自分の中に居座り続ける「糸井」という残像を、仕事の忙しさで塗り潰したかっただけだ。
本来休みだった日にもシフトを詰め込んだ。
休憩時間は最小限。オーダー、バッシング、洗い場。
身体を酷使して、足を棒にして、脳が思考を止めるまで動き続ける。
そうすれば、あいつの「好きだよ」という甘い声も、
スマホケースの端っこが破れた点数シールのことも、
全部忘れられると思った。
トレイを持つ手が、ときどき無意識に手首をさする。
そこにはもう、あいつの体温なんて残っていないはずなのに。
「……なんなんだよ、本当に」
吐き出した独り言が、店内の喧騒に吸い込まれて消える。
あいつがいない日常の方が、ずっと長かったはずなのに。
あいつを知る前の自分に、どうしても戻り方が分からなかった。
