高校に入学して二ヶ月。
五月の連休が過ぎ
浮足立っていたクラスの空気も、
湿り気を帯びた梅雨の気配に落ち着き始めていた。
僕は退屈な日々を送っていた。
学校とバイトの往復。
僕にとって、学校は「睡眠不足を補う場所」でしかなかった。
放課後、
終礼のチャイムと同時に僕は荷物をカバンに詰め込んだ。
一刻も早くファミレスのバイトに行かないと、
今日のシフトに間に合わない。
席を立とうとしたそのとき、
背後から「宇佐見!」と騒がしい声が響く。
「カラオケ行こうぜ、な?
今日は他校の女子も呼んでるからさ。お前がいれば絶対盛り上がるって!」
山岸だ。
入学式でたまたま隣の席だっただけで「マブ」を自称してくる、
生命力だけが取り柄の男。
「バイト」
「またかよ!お前、少しは高校生らしいことしろよ」
「してるだろ。自給自足っていう立派な社会勉強」
「可愛くねー……。おい、無視すんなよ!」
本当にこのままだと遅刻する。
山岸の猛攻をスルーして昇降口へ向かった。靴を履き替えていた、
そのとき。
「落とし物のお届けです」
低くて、落ち着いた声がした。
振り返ればそこに立っていたのは、一軍男子の頂点みたいなやつ。
糸井穂高。
いまだにクラスメイトの顔と名前が半分も一致しない僕でも、
さすがにこいつのことだけは知っている。
というか、知らないやつの方が少ないと思う。
背が高くて、顔もいい。
勉強もできるし、運動もできるらしい。
いつもこいつの周りには、誰かがいる。
出席番号は僕の前。当然、席も僕の前。
一七八cmの僕よりもさらに高いその背中は、
授業中、僕が教師の視線を盗んで眠るための絶好の「壁」だった。
今日も糸井の広い背中に隠れて、午前中はずっと夢の中にいた。
……正直、関わるタイプじゃない。
そんな僕にとっては「便利な壁」でしかなかったはずの糸井が、
一枚の紙を指先でヒラヒラさせ、爽やかな笑顔を浮かべて僕の前に立っている。
「これ」
差し出された紙を受け取る。
見覚えがあった。
三者懇談の用紙。
名前だけ書いて、
肝心の希望日を空欄のまま出して、
担任に突き返されたやつ。
希望日なんてどこでもいい。
どうせ母さんは仕事だし、
僕もバイトだ。
どこで落としたのかも覚えてない。
「……あー、これ」
でも、失くせばまた説教確定だ。
危なかった。
「ありがとう」
短く言って、顔を上げた。
糸井と目が合う。
一瞬、
驚いたみたいな顔をして——
すぐに、
何事もなかったみたいに笑った。
「どういたしまして」
爽やかかよ。
どうでもいいことを思いながら、
踵を返す。
やばい、バイト。
山岸のせいで普通に遅れかけてる。
全力でチャリを飛ばせば、なんとか間に合うはずだ。
「じゃ」
それだけ言って、昇降口を飛び出した。
チャリにまたがりながら、
ふと思う。
なんで、あいつがわざわざ。
……まあ、いいか。
考えるだけ無駄だ。
五月の連休が過ぎ
浮足立っていたクラスの空気も、
湿り気を帯びた梅雨の気配に落ち着き始めていた。
僕は退屈な日々を送っていた。
学校とバイトの往復。
僕にとって、学校は「睡眠不足を補う場所」でしかなかった。
放課後、
終礼のチャイムと同時に僕は荷物をカバンに詰め込んだ。
一刻も早くファミレスのバイトに行かないと、
今日のシフトに間に合わない。
席を立とうとしたそのとき、
背後から「宇佐見!」と騒がしい声が響く。
「カラオケ行こうぜ、な?
今日は他校の女子も呼んでるからさ。お前がいれば絶対盛り上がるって!」
山岸だ。
入学式でたまたま隣の席だっただけで「マブ」を自称してくる、
生命力だけが取り柄の男。
「バイト」
「またかよ!お前、少しは高校生らしいことしろよ」
「してるだろ。自給自足っていう立派な社会勉強」
「可愛くねー……。おい、無視すんなよ!」
本当にこのままだと遅刻する。
山岸の猛攻をスルーして昇降口へ向かった。靴を履き替えていた、
そのとき。
「落とし物のお届けです」
低くて、落ち着いた声がした。
振り返ればそこに立っていたのは、一軍男子の頂点みたいなやつ。
糸井穂高。
いまだにクラスメイトの顔と名前が半分も一致しない僕でも、
さすがにこいつのことだけは知っている。
というか、知らないやつの方が少ないと思う。
背が高くて、顔もいい。
勉強もできるし、運動もできるらしい。
いつもこいつの周りには、誰かがいる。
出席番号は僕の前。当然、席も僕の前。
一七八cmの僕よりもさらに高いその背中は、
授業中、僕が教師の視線を盗んで眠るための絶好の「壁」だった。
今日も糸井の広い背中に隠れて、午前中はずっと夢の中にいた。
……正直、関わるタイプじゃない。
そんな僕にとっては「便利な壁」でしかなかったはずの糸井が、
一枚の紙を指先でヒラヒラさせ、爽やかな笑顔を浮かべて僕の前に立っている。
「これ」
差し出された紙を受け取る。
見覚えがあった。
三者懇談の用紙。
名前だけ書いて、
肝心の希望日を空欄のまま出して、
担任に突き返されたやつ。
希望日なんてどこでもいい。
どうせ母さんは仕事だし、
僕もバイトだ。
どこで落としたのかも覚えてない。
「……あー、これ」
でも、失くせばまた説教確定だ。
危なかった。
「ありがとう」
短く言って、顔を上げた。
糸井と目が合う。
一瞬、
驚いたみたいな顔をして——
すぐに、
何事もなかったみたいに笑った。
「どういたしまして」
爽やかかよ。
どうでもいいことを思いながら、
踵を返す。
やばい、バイト。
山岸のせいで普通に遅れかけてる。
全力でチャリを飛ばせば、なんとか間に合うはずだ。
「じゃ」
それだけ言って、昇降口を飛び出した。
チャリにまたがりながら、
ふと思う。
なんで、あいつがわざわざ。
……まあ、いいか。
考えるだけ無駄だ。
