【完結。一気読み推奨☆】ただのハイスペックなモブだと思ってた

 水族館に行く当日、水族館前の最寄り駅で待ち合わせた。

 リムジンで来たら目立つから他人のふりをすると言われて、俺は仕方なく家の近くの駅までリムジンで送ってもらい、それから電車で水族館の最寄り駅へと到着した。

 葛城と出かけるのが……いや、もうこれはデートと言ってもいいだろう。葛城とのデートが楽しみすぎて、俺は三十分ほど早めに待ち合わせ場所に到着してしまった。

 葛城が来るのを楽しみに待っていると、何人かの同年代の女の子に声をかけられた。
 水族館の最寄り駅だからだろう。これから一緒に水族館に行かないかというような感じで誘われた。

 俺は笑顔で断った。そして、内心でさっさとこの場を去ってくれと願った。
 ただでさえ、葛城はこういうことを心配していたのだ。こんな場面は見られたくない。
 水族館でも目立つから一緒に出かけるのはやはり面倒だなとか思われたら困る。

 何組目かの女性たちを断って追い払った時、「神乃くん! 待たせてごめんね!」そんな声が聞こえて俺は改札口のほうへ視線を送った。そして、固まる。

「神乃くん、お待たせ」
「あ、ああ……」

 なんとか葛城にそう返したけれど、それ以上に気になった葛城の後ろに俺は視線を固定してしまう。
 なぜ、こいつがここにいるのだろうか?

「葛城、なんで……」

 日向がここに? と聞く前に、日向がニヤリと笑った。

「今日は俺も水族館に一緒に行くからな!」

 葛城は日向と一緒に来た。
 まさか、葛城としては最初から三人で水族館に行くつもりだったのだろうか?
 いや、そもそも、葛城は最初、土曜日に出かけようと言っていた。それを俺が日曜日に行こうとゴリ押ししただけなのだ。

 もしや、最初から葛城と日向は日曜日に遊ぶことになっていたのではないだろうか? いや、そのことに気づいたからと言って、二人で楽しんでと帰るつもりなど全くないのだが。

「星、行こうぜ!」

 日向は道を把握しているのか、先を歩いて行く。
 自信満々に歩いて行く日向に葛城が声をかけた。

「至ちゃん! そっちじゃないよ!」

 水族館を示す看板とは逆に歩いて行くからおかしいと思った。
 俺は「こっちだよ」とスマホを見ながら道を示す葛城の横を歩いた。

「もしかして、今日、日向と遊ぶ予定だった?」

 実はそうなんだとか言われても引き下がるつもりはないけれど。
 一応、俺は聞いてみた。しかし、葛城は眉尻を下げて謝った。

「ごめんね。違うんだ」と、葛城は少し困った様子だ。

「家を出たところで偶然至ちゃんと会って、どこに行くのか聞かれたから、神乃くんと水族館に行くことを話したら、自分も行くってついて来ちゃって」
「そっか……でも、日向とデートみたいで、嬉しい?」

 そう小声で聞くと、葛城は思ってもみないことを言われたというような表情になった。
 それから、拗ねたように俺を睨む。

「どうしてそういう意地悪言うの? 揶揄うつもりなら、水族館になんて行かないで僕はもう帰るから、至ちゃんと二人で行って!」

 どうやら、葛城はこういうネタで揶揄われるのが本当に嫌いなようだ。

「ごめん! どんな状況でも好きな人と水族館とか、嬉しいものかと思っただけで、揶揄うつもりはなかったんだ!」

 揶揄うつもりはなかった。それは本当だ。
 でも、葛城に恋をしている俺としては面白くない展開だから、意地悪な言い方になった。

「もう、本当にそういうこと言わないでよね!」
「うん。絶対言わない!」

 俺は心に誓った。
 葛城を怒らせて疎遠になるとか絶対に嫌だから、日向に嫉妬したとしても、それで葛城に意地悪なことを言うとか、そういうのはもう絶対にやらない。
 意地悪をするなら日向にする! そう心に誓った。

「至ちゃん、どっか行っちゃったね」

 薄暗がりの水族館は、勝手にずんずん進んでいく日向をそれとなく巻いて、葛城と二人きりになるにはいい場所だった。

 俺は日向が俺たちからどんどん離れていくことには気づいていたけれど、常に葛城の意識を魚だのクラゲだのに注目させて、日向がはぐれていくことに葛城が気づかないようにした。

 あれだけ勝手に一人で進んでいくということは、日向は俺の邪魔がしたかったわけではなく、単純に水族館に来たかっただけなのだろうか? 不思議なやつである。

「あ! ペンギンだ!」

 ペンギンが見えるガラスの前にはたくさんの子供たちがいたけれど、子供たちの後ろから葛城はペンギンを見つめて嬉しそうだ。

「葛城、ペンギン好きなの?」
「うん! 可愛いだろ?」
「あざらしやシャチの水槽の前でも楽しそうにしてたし、もしかして、水族館より動物園のほうが良かったんじゃないのか?」
「動物園は好きだけど……」

 葛城が俺から視線を逸らす。

「そんなに心配するほど目立たないってば」

 待ち合わせの駅前で何度か女の子たちに声をかけられて多少面倒ではあったけれど、それは今は忘れることにする。

「今度は、一緒に動物園行こうな?」
「ええ!? 絶対に目立つってば! なんなら、どんな動物よりも目立っちゃうと思うよ!」
「よしっ! 次は、うちのリムジンで一緒に動物園に行こう!」
「絶対に嫌だ!」

 葛城に好きになってもらう前に、葛城には俺の環境に慣れてもらったほうがいいかもしれない。
 これじゃ、奇跡的に葛城の恋人になれても、どこにも出かけられないだろう。

「動物園に行く前に、予行練習でリムジンに乗ってみる?」
「なんの予行練習なの? それ?」
「目立つことに慣れるため?」
「やっぱり、目立ってる自覚あるんじゃん!」
「俺はともかく、リムジンは目立つかな」
「神乃くんもめちゃくちゃ目立つからね?」
「それは葛城が俺のこと格好いいって言ってくれてるみたいで嬉しいかも?」
「何言っているの?」

 やはり、葛城の口から直接格好いいという言葉を引き出すのは無理か。

「神乃くんが格好いいのは周知の事実でしょ?」

 え?

「葛城、俺のこと、格好いいって思ってたの?」
「じゃなかったら、BL漫画の主人公みたいとか言わないでしょ?」

 葛城の声が少し小さくなった。
 葛城は常に周囲の気配を気にかけている。
 だから、俺がどう見られているのか、自分がどう見えるのか、俺たちの会話が誰かに聞こえていないか……そんなことが気になるのだ。
 俺はいつも葛城のことしか目に入っていないし、葛城の言葉しか聞こえていないから、少し悔しい。

「……神乃くん?」

 俺は葛城の頬に触れて、その頬を少し撫でた。
 葛城も、俺でいっぱいになればいいのに……そんな願いを込めて。

「神乃くん!」

 葛城が俺を強く呼んだ。

「イルカショー始まっちゃう!!」
「え……イルカショーは外だけど?」

 俺が目立つのが嫌なんじゃないのか?

「大丈夫! 最前列でカッパ着るから!!」

 何が大丈夫なのかわからないけれど、好きなものがあれば、目立つ俺と一緒にいることも気にならないということかもしれない。
 それなら、動物園は絶対に行くべきだろう。

 ちなみに、準備のいい葛城は自分と俺の分のカッパを持って来ていた。
 そして、残念ながら、イルカショーの最前列には日向もいた。
 カッパのない日向は全身ずぶ濡れになった。

 もう11月で秋だというのに、全身ずぶ濡れになった日向はそれでも元気だったが、葛城が日向のことを心配して早めに家に連れて帰ることした。
 結局日向に邪魔されることになったのだ。
 まだ二人で遊べるはずだったのに。

 悔しかったから、俺はリムジンを呼んだ。
 電車にびしょ濡れで乗るのは迷惑だろうと、俺は葛城を説得した。
 日向はリムジンに乗れることを喜んでいた。まぁ、普通のよくいる同年代の反応だ。
 しかし、葛城はリムジンは電車以上に濡れた人間を乗せていい乗り物じゃないという主張をして遠慮していた。

 結局は日向が乗りたがったし、高野が笑顔で「乗ってください」と言ったから、葛城も渋々乗ってくれた。
 その代わり、日向にはカッパを着せて、余計なところを触らないようにぐるぐる巻きにしていた。

 俺からいつも葛城の話を聞かされていた高野だったが、初めて直接会ってみて、どうやら葛城のことが気に入ったようだった。

 葛城と日向を家に送った後、高野は機嫌良さそうに言った。

「葛城様は非常に常識的で気遣いの出来るいい子ですね」

 俺はそんな高野の言葉に頷く。

「そう。葛城はすごくいい子なんだ。ただ、なんか、俺への評価が厳しくて、目立つことを嫌ってなかなか一緒に出かけてくれないんだ……俺、葛城が言うほどは目立ってないと思うのに……」

 俺は人目とか気にせずにもっと葛城と出かけたいし、実際、それほど目立たないと思うのに……
 今日はたまたま数名の女の子に声をかけられたけれど……たまたまだ。

「他者のことをよく見ているところも葛城様のいいところですね」

 高野はかなり葛城のことを気に入ったようだから、次にリムジンに乗せることがあっても歓迎してくれるだろう。