ただのハイスペックなモブだと思ってた

 これまで以上に葛城と話をするようになってから一週間ほど経った日の放課後、葛城が待っているであろう自習室へ向かう途中の廊下で日向に呼び止められた。

「神乃」

 その声は機嫌が悪いことを隠そうともしていなかった。

「最近、星と何やってんの?」
「……そんなの、葛城に聞けばいいだろう?」

 わざとあからさまな作り笑いをしてやると、さらに日向を怒らせることに成功したようだった。

「星は二人で勉強してるとしか言わないんだよ!」
「それなら、それを信じたらいいじゃないか?」

 実際、放課後の半分以上の時間はちゃんと勉強もしている。
 しかし、日向はそれでは納得がいかないらしい。

「でも、最近は昼も放課後もお前と一緒とかおかしいだろ!?」

 確かに、最近は昼も葛城と一緒に食べている。
 俺がBL漫画の話がしたくて、葛城を昼に誘っているのだ。

「今まで俺以外のやつとそんなに親しくなることなかったのに……」

 ……あれ? こいつ……もしかして……

「お前、俺に嫉妬してるのか?」

 かつてモブだった俺が一方的に羨ましがっていた主人公様が、元モブの俺に嫉妬を?

「っ!?」

 日向は驚いたようにその目を見開き、それから俺を凝視して、徐々にその顔は赤くなり、最終的には茹でダコみたいになった。

「ち、ちげーし!!」

 無駄にでかい声でそう叫んで、日向は走って行った。

「なんだあいつ?」

 青春ドラマかなんかか?
 でも、そうか。俺が日向を羨ましく思っていたように、日向も俺に嫉妬することがあるのか。
 それは意外であり、大きな発見のような気がした。



 自習室に行くと、葛城が先に部屋にいて参考書に目を通していた。

「……」

 俺はなんとはなしに、葛城のその様子を廊下から扉のはめガラス越しに眺める。

 自習室の中、窓から差し込む夕日が、伏し目がちの葛城の姿をオレンジ色に染める。
 ふと、葛城は窓の外に目をやって、その瞳を優しく細めて微笑んだ。

 その笑顔に近づいてみたくなって、俺は自習室の扉を開ける。
 すると、葛城はこちらへ視線を向けて、俺の姿をその瞳に映して、それから満面の笑顔を見せた。

「神乃くん! 遅かったね!」

 満面の笑顔で俺の名前を呼ぶ葛城の姿に、俺は目を奪われた。

「……どうしたの?」

 初めて笑顔を見たというわけじゃない。
 葛城はよく笑うほうだし、BL漫画の話をするようになってからはなおのこと、笑顔が増えた。

 今みたいな笑顔だって、特別な笑顔じゃない。
 それでも、俺の目は奪われ、鼓動は加速した。

「神乃くん?」

 言葉もなくただただ葛城を見つめる俺の様子を訝しんだ葛城は席を立って、俺に近づいて、俺の顔を覗き込んだ。

「大丈夫?」

 白くて細い指で頬に触れられると、顔が熱くなった。

「な……なんでもない」
「本当に? 具合悪いなら、もう帰る?」
「いや、平気」

 俺は葛城の指から離れて、椅子に座った。

「さっき、日向に絡まれて、来るの遅くなっただけ」
「え? 至ちゃんに?」
「ああ。なんか、俺と葛城が最近仲がいいって、嫉妬してた」
「……嫉妬?」

 そう呟いた葛城の頬を夕日の色とは明らかに違う赤みが染め、口元はちょっと緩んでいた。
 それは知っている表情だった。

 葛城から借りたBL漫画で、恋する主人公やその相手役が見せていた表情だ。

 俺は、葛城のその表情を見たくなかった。 
 いや、正確には、俺のこと以外を考えている時に、その顔はしてほしくなかった。

 葛城の心の中、その奥深くの大切なところには、日向がいるのだと知った。

「……葛城、日向のこと、好きなの?」

 確認するようにそう聞くと、葛城の顔はそれこそ火でも吹くんじゃないかと思うほど真っ赤になった。

「ななな何言って……な、ない、ないよ! 好きなんて……」

 テンパっている葛城は、俺の声が乾いていたことになど気づかない。

「そっか……好きなんだね?」

 俺はなんとか口角を持ち上げて微笑んだ。
 葛城が作り笑いだと指摘した笑顔だ。

 しかし、日向のことを指摘された今の葛城には、俺の笑顔を冷静に見抜く余裕はなかったみたいだ。

「あれだけ、俺だって主人公になれるとか言いながら、結局は葛城も日向を主人公に選ぶんだ?」

 苛立ちが胸の中に渦巻く。
 俺だって主人公になれると教えてくれた葛城は、俺が葛城に恋をしていると自覚した次の瞬間に俺の期待を裏切った。

「な、何言ってるの!? そういうんじゃないよ!?」

 葛城の声は裏返り、震えている。

「葛城……俺、腐男子仲間じゃん?」
「え? うん?」
「俺、LGBTQ の人にも偏見ないって前に伝えたよね?」
「……うん?」
「だから、俺、葛城の恋を応援するよ」
「ヘァ!? い、いいよ! 本当に、そういうんじゃないから!! 僕、同性愛者じゃないって言ったでしょ!?」
「葛城、俺のこと、信用できない?」
「信用できるとか、できないとかじゃなくて……」

 葛城はちらりと俺の顔を見る。その瞳には期待がある。

「……本当に? 偏見とか、ないの?」
「うん」

 偏見がないのは本当。

「それなら、応援とかはいいから……秘密にしてくれる?」
「……わかった」

 でも、応援するというのは嘘だったから、応援しなくてもいいって言われて、正直、ホッとしている。
 初めて恋をした相手の恋を本心から応援できるほど、俺は大人じゃない。