ただのハイスペックなモブだと思ってた

 初めて読んだBL漫画は俺にとって衝撃的なものだった。

 男性同士の恋愛が衝撃だったわけではない。
 海外の友達も多く、その中にはゲイのやつもいたからLGBTQへの理解もあるつもりだ。

 俺が衝撃を受けたのは、主人公や主人公の相手役の完璧さだ。
 それはまさに、俺のようで、自分でも物語の主人公になり得たのだという事実が衝撃だった。

 あまりの衝撃に、自習室でしか会わないという約束をしている葛城の教室に朝一で行ってしまった。

「葛城!!」

 教室の扉を開けた瞬間に中にいた生徒たちはざわめき、俺が葛城を呼んでまたざわついた。

「神乃くん!?」

 日向と話していたらしい葛城が慌てて立ち上がり、走って俺のところに来る。

「葛城、昨日借りた……」
「ちょ、ストップ!!」

 葛城が俺の口を両手で塞ぐ。

「ちょっとこっち!!」

 俺は葛城に引っ張られるままにその場を離れる。

 葛城が繋いだ手から伝わる温度がなんだか新鮮で、やけにドキドキした。
 昨夜、葛城が貸してくれた漫画を読んだ時から、世界がキラキラと煌めいて見えていたけれど、葛城の揺れる髪や白い首筋まで眩しく見える。

 葛城は空き教室を見つけて入ると、しっかりと扉を閉めた。

「神乃くん! 昨日、ちゃんと言ってなかった僕が悪いんだけど、僕、一応、隠れ腐男子なんだから、あんなところで話さないでよ!!」
「腐男子?」
「BLが好きな男子のこと!」
「そうなんだ! じゃ、俺もそれだな!」
「……神乃くんは隠れる気が全くなさそうだけど……」
「だって、LGBTQは別に悪いことじゃないだろ?」
「もちろん。その人たちは全然、悪くない! でも、同性愛者でもないのに、BL漫画が好きとかはなんか恥ずかしいんだよ~」
「そういうもの?」
「少なくとも、僕はそう」
「そっか。じゃ、これからは内緒にするよ」
「うん。お願いします」
「それで?」と葛城が聞いてきた。
「朝からどうしたの?」
「いや、俺みたいな人間が主人公になり得ることがわかって、すごく衝撃で、なんか、生きる気概みたいなものが出てさ……葛城にお礼を言いたくて!」

 俺は葛城の両手を自分の両手で包み込むように握った。

「本当に、ありがとな!!」

 葛城が首まで真っ赤にして照れる。

「まさか、そんなに感謝されるなんて思わなかったけど……でも、神乃くんが元気出たならよかった」

 そう笑う葛城の笑顔がいつもよりもなんだか眩しい気がした。

「あの主人公の設定のさ」

 まだ朝礼までは時間があるだろう。
 せっかく二人きりになれたからと俺は昨日葛城が貸してくれた漫画の感想を伝える。

「一度外国語の本に目を通したら話せるようになるっていうの、チートでいいよな」
「わかる! 絶対にありえないことだけど、あのチート能力がないと、恋に落ちないもんね」
「俺も、そんな能力なら欲しい」
「神乃くんでもそんなこと思うんだ?」
「チートすぎる能力は、主人公っぽいじゃん」

「確かに」と、葛城が笑った。

「でも、神乃くんはそんなチート能力なくても十分にハイスペックな主人公みたいだけどね」
「そうか?」

 俺はずっと物語の主人公に憧れていたし、物語の主人公みたいな日向が羨ましかった。
 そんな俺を葛城はあっという間にモブから主人公にしてくれたのだ。

「そうだよ。見た目も格好良くて、文武両道で、毎朝リムジンに乗って登校するお金持ちだし」
「葛城から貸してもらった漫画読んだ後に色々ネット検索したけど、そういう設定なら強気の攻めみたいな主人公が多そうだった」
「それもありだけど、神乃くんはみんなに優しいから、みんなが憧れる王子様タイプもいいよね」
「その場合、受け攻めどっち?」
「どっちもありかな~」

 話が盛り上がったところで予鈴が鳴る。

「もう教室に戻らないと」
「ごめんな。朝から」

 んーんと、葛城は首を横に振る。

「そんなに気に入ってくれたのなら、他の本も貸そうか?」
「本当か?」
「うん。明日、持ってくるね」

 その日から俺たちは勉強を教える以外にも会うようになり、勉強の話以上にBL漫画の話をするようになった。