星の女生徒恐怖症が治らないまま迎えた文化祭当日、生徒会メンバーの誰もが朝から各教室を回って確認作業を行ったりして非常に忙しくしていた。
講堂では著名人が来て講演を行ったりもするが、こちらは生徒向けというよりはその保護者向けのため、対応はほぼ教師とPTAで、生徒会としてやることはあまりない。
俺は生徒会長として挨拶を交わす程度だ。
「君が神乃さんのところの息子さんか! 話に聞いていた通りの美男子だね」
講演をする著名人の男性にそんな風に言われた。どうやら、父か祖父の知り合いのようだ。
俺は愛想笑いで流しておいた。
もしや、俺が今年、生徒会に選ばれたのは、文化祭でこの人を呼ぼうという話になったからではないだろうか? そんな疑念が生まれたが、まぁ、大した問題ではないので、次の場所に向かうことにしてその場を去った。
次に見回りに来たのは女装・男装コンテストの会場だ。
こちらに関しては生徒会が主体となる催しになる。とは言っても、企画は大体、生徒たちに意見を求めることとなる。
その意見箱に入っていたのは、女装・男装コンテストではなかったのだが……
「ミスコンがしたいとか、ミスターコンがしたいという意見が生徒から上がっているけれど、PTAや教師たちは反対のようだ」
二週間ほど前に意見箱を締め切って、意見箱に入っていた内容を確認しながら俺たちは話し合った。
「個人の見た目を評価して差をつけるというのが、最近の風潮では難しいかもしれないね」
「それなら、女装・男装コンテストはどうでしょう?」
松下さんがなんだかいい笑顔だ。
「確かに、それなら見た目を競っているというより、センスを競っている感じになるかな」
「真面目に女装・男装するのもありだけど、笑いにもなるしな」
「面白いかもしれないな」
「ミスターコンとか、忙しい時に遥翔に出演してほしいとか言い出しそうだしな」
「遥翔に夢見る彼女たちは女装してほしいとは言わないだろうから、安全だろう」
そんな会話が生徒会で交わされた結果の女装・男装コンテストである。
俺の今日の一番大きな仕事がこのコンテストの司会になるだろうか。
俺がいろんなところを見回って、PTAや先ほどの講演者などに挨拶をして回っている間、星が会場の準備を進めてくれているはずだ。
「星、準備は順調?」
そう俺が会場に入ると、目の前にセーラー服を着た星がいた。
率直に言おう。すごく可愛かった。涙目な星がすごく可愛かった。
「遥翔くん、助けて〜」
そう情けない声を出した星を俺は思わず抱きしめた。
「え? 何してんの?」
「試着させてた」
三津谷の返答に、「よくやった!」という本音は飲み込んだ。
本人が嫌がっているのだから、本音を言って嫌われるわけにはいかない。
それに、さらに本音を言うならば、俺が一番最初に星の可愛い姿を見て、俺だけがその姿を記憶しておきたかった。
「よく似合ってるだろう?」
「葛城くん、次はこれですよ!」
段ボールを漁っていた松下さんが振り返った。
その手にはメイド服が握られていた。いいセンスだった。すごくいいセンスだと思った。
「一着だけって言ったでしょ!?」
しかし、もう星は涙目だ。これ以上、無理はさせられないだろう。
「二人とも、遊びは終わりだ。準備を急いで」
俺は三津谷と松下さんを急かして、準備に戻ってもらった。
部屋から出る前に松下さんが俺たちを見て、なんだかすごく満足そうな顔をしていた。
「星は着替えて」
「うん。ありがとう」
本当はずっと星を抱きしめていたかったけれど、そういうわけにもいかないから、俺は仕方なく星から手を離した。
星は眼鏡を外して、涙を拭って、にこりと微笑んだ。
「へへ。本当に、遥翔くんに守ってもらっちゃったね」
以前、日向に対抗して、俺も星を守れるって言ったのを覚えていたのだろう。
そんなことを言って微笑む星がめちゃくちゃ可愛くて、もう一度抱きしめたくなった。
その後に開かれた女装・男装コンテストは大いに盛り上がった。
女装した男子生徒たちの姿は滑稽で笑いを誘い、男装で凛々しいイケメン姿の女生徒たちの姿に同性である女生徒たちが熱狂した。
「葛城くんが出場できないのが残念だわ」
「まさか、星が一番似合っていたとは……」
星で遊んでいた松下さんと三津谷がしみじみとそんなことを言っていた。
この時、星は見回りで他のところへ行っていたが、二人の会話を聞いていたら怒ったことだろう。
まぁ、星が怒ったところで可愛いだけで怖さは全くないのだが。
そんなことを正直に言えば、さらに怒られるだろうから言わないけれど。
コンテストが無事に終了すると、俺たちは交代で昼休憩を取ることになっていた。
俺は最後でいいため、ひとまず松下さんと三津谷に先に休憩を取ってもらう。
他の会場も問題なく順調に運営されていることを確認し、俺は空き教室の方への見回りに向かった。
こういう時は、羽目が外れて、人目のないところで悪さをするような者も出るから、先生やP TAが中心になって見回りをしてくれているはずだ。
文化祭の会場から外れた教室を見回っていると、空き教室の窓から下を見ている星がいた。
星も見回りをしてくれていたのだろうが、外の校舎裏にあたる部分に気になるものでもあったのだろうか?
「星? どうしたの?」
そう声をかけると星の肩がびくりと揺れた。
「遥翔くん!」
振り返った星は、俺の気配に全然気づいていなかったようで、驚いた表情をしていた。
「何かあったのか?」
星の隣に立ち、窓の下を覗き込む。すると、窓の下、校舎裏には、日向と一人の女生徒がいた。
「これって……」
上階だし、窓もしっかり閉まっているから、外にいる二人には聞こえないはずなのに、思わず小声になる。
「多分、そう」
「告白?」と、はっきり聞いたわけではないけれど、星はそう返事をした。
「大丈夫か?」
よりによって、日向を好きな星の目に止まるなんて。
俺は星が傷ついていないかと心配になったが、星はその目を何度か瞬いて、それから、自分の胸に手を当てた。
「うん……大丈夫みたい」
それは、星自身もなんだか困惑しているような様子だった。
「そっか……」
俺はなんとはなしに星の手を握ったけれど、星はその手を振り払わなかった。
「星、お昼まだだろう? 生徒会室に戻って一緒に食べよう?」
「うん」と星は頷いた。
