ただのハイスペックなモブだと思ってた

 放課後、成績上位者しか使えない個室の自習室で読書をしていると、青い顔した葛城が入って来た。

「神乃くん、いつも言ってるでしょ? ああいうことやめてってば!」

 俺は本から顔を上げて、にこりと微笑んでみせる。

「ああいうことって?」
「朝のやつだよ! あの後、神乃くんの取り巻きの女の子たちから一日中睨まれて怖かったんだから!」
「でも、今回は呼び出されたりとか、リンチにあいかけたりはしなかっただろ? 前回の時にちゃんと釘をさしておいたから」
「確かに、実力行使はなかったけど……でも、怖いことには変わりないの!!」

 葛城は今にも泣きそうだ。
 目の前の席に座り、机に突っ伏した葛城の頭を俺はぽんぽんっと撫でる。

「葛城は主人公様の親友ポジションなんだから、危険な目になんて遭わないよ。たとえ、危険に晒されても、危機一髪のところで助けてもらえるさ。主人公様に」
「また、それ? 神乃くんって割とオタク思考だよね。実際にはそんなうまいこといかないよ? 実際、リンチされそうになった時だって、僕が神乃くんに電話するって嘘ついて助かっただけだし。神乃くんに泣きついて、彼女たちに注意してもらっただけだし。本当にピンチになったら、僕なんて簡単にボコボコにされてるよ」
「でも、結果的に、ボコボコになってないだろ?」
「だから、それは自助努力なの!」

 葛城のサラサラの髪を指に絡めて遊んでいた俺の手を振り払って、葛城は背筋を正した。

「もう漫画のあるある設定の話は終わりね。今日も先生、よろしくお願いします」
「それじゃ、定期テストの勉強を始めようか? 葛城くん」

 葛城の成績は上の中。別に俺に勉強を教わらなければいけないような成績ではないけれど、六月頃から夏休みを挟んでもう四ヶ月ほど、俺は葛城に勉強を教えている。
 正確には、勉強の教え方を教えている。日向のために。

 ちなみに、俺たちはまだ一年だ。
 この学校には普通科クラスと東大や京大などの難関大学や海外の大学への進学を目指す特進クラスに分かれているから、入学して二ヶ月ほどした頃に普通科クラスの葛城に声をかけられて驚いた。

 葛城曰く、自分は教えるのが下手なのだという。だから、俺に教え方を教えて欲しいと言ってきた。
 主人公を赤点で留年させるわけにはいかないという友情だ。

 俺はクラスメイトに授業内容の質問を受けることが多く、そのことを知っていた先生が葛城のクラスで俺の教え方が上手いというようなことを話したのだという。

 それで、葛城は校舎も違う俺に会いにわざわざやってきて、友達のために自分に勉強の教え方を教えて欲しいと頭を下げてきたのだ。
 そんな友情の熱に押されて、ついでに、帰宅部で放課後暇していることもあって、俺もうっかり了承してしまった。

 でも、今はその時にうっかり了承した自分に感謝している。

「ここの式、もうちょっと細かく計算の流れを書いてみろ」

 俺は頭がいいがゆえに略しすぎて、凡ミスしている計算式を指差す。

「葛城は頭がいいのに、ツメが甘い」

 葛城の親友への情熱にうっかり了承してしまったこの時間を、いまでは俺は楽しいと感じていた。

「本当だ、ここのところで計算間違ってる」
「もうちょっと噛み砕いて考えてみたほうが凡ミスも減るし、日向も理解しやすいだろ」
「うん! ありがとう!」

 葛城が無邪気な笑顔を見せる。

「……日向のために、ここまでしてやる必要性があるのか?」
「え?」

 無意識に口からこぼれていた俺の言葉に、葛城の視線がノートから俺に移る。

「日向は主人公だろ? 赤点くらい、自分でなんとかできるんじゃないか? サッカーの特待生なんだから、大会で優勝するとか、プロの団体とかから声をかけられれば成績なんて関係ないんじゃないか?」

 そんな俺の言葉に葛城が笑う。

「本当に、神乃くんはジャ◯プ脳だなぁ~。実際にはそんな上手くはいかないよ。至ちゃんは確かに天才サッカー少年かもしれないけど、順風満帆にサッカー選手になれるかなんてわからないじゃん? 日本の中で天才って言われてても、海外にはもっとすごい人たちがいるでしょ? もし、そういう人が一人でも日本に来ちゃったりしたらさ、至ちゃんは注目されなくなるかもしれない。そういうことがなくても、試合中や練習中に怪我をして、しばらく試合に出られなくなるかもしれない。そういうちょっとしたことで、世間の目って変わるでしょ? そういう時でも、地に足をつけて生きていけるように、できるだけのことはしておいてあげたいんだ」
「……やっぱり、主人公ってすごいんだな。お前みたいなのが隣にいるから、あいつは主人公でいられるのかもしれないな」

 俺はいつもの笑顔が作れなくて、思わず自虐的な笑顔になる。
 すると、葛城はきょとんっとその目を見開いて、それからふふふっと声を出して笑った。

「神乃くんは本当に自分のことを主人公じゃないって思ってるの?」
「こんなすでに完璧に出来上がっている主人公がどこの物語にいるんだ?」
「完璧って自分で言っちゃうあたり、主人公の素質大だよ」

 葛城は一冊の本をカバンから取り出した。
 それは、やたらキラキラした男子が小柄な男子に壁ドンしている表紙の漫画本だった。

「これ、読んでみて? 僕が腐男子なのがバレるからずっと言えなかったんだけど、BL漫画の中では、神乃くんみたいな人がいつだって主人公なんだよ?」
「俺が……主人公?」
「あ、あと、それから、神乃くんの笑顔が作り笑いだってのは結構バレてるから、そういう意味では、神乃くんはそんなに完璧じゃないよ?」

「じゃ、今日も先生、ありがとうございました」と自習室から出ていく葛城の背中を俺は呆然と見つめ、その扉が閉められた瞬間、無意識に自分の顔を触った。
 え? 俺の作り笑いって、わかりやすいのか?