僕はサイコロを振らない

「ねぇ魚座、今週の運勢十一位だよ。最悪」

 僕の隣で、星の並びを見ながら彼女がそう言った。

 自習室は、シャープペンの音と誰かの貧乏ゆすりの音が静かに響いている。
 こんな所でファッション雑誌を広げているのは彼女くらいじゃないか。
 ーーいつもの事だから口には出さないけれど。

「そんな根拠のないモノ、信じなくても」

 そう言って僕は参考書をめくった。

 彼女は不満げに頬を膨らませ、僕の顔を覗いた。

「そんなこと言ってさ、今に信じたくなるよ?」

 その瞬間、いくつかの花が重なったような香りが鼻をかすめ、つい参考書から視線が外れた。

 僕は、スン、と鼻から空気を吸う。

「…香水つけてんの?」

「え!わかった?ヘアコロン。
 ラッキーアイテムなの!フラワームスクの香り。どう?」

 彼女は嬉しそうに自分の髪をつまむと、僕の前でわざとらしく小刻みに揺らして見せた。

 動くたびに、甘い香りがほどけていく。

「…くだらないし集中出来ない」

 と答えつつ、もう一度だけ空気を吸ってしまった。

 すぐ参考書に視線を戻すと、彼女はまた不満げな顔をして雑誌の角を指で弾く。


「あ、でもコウちゃん最下位だよ。ウケるー」

 彼女が隣で笑った。

「あっそ」

 雑誌に顔を近付けて、何がおかしいのか、ニヤニヤしながら僕をチラ、と見る。

「コウちゃん、“大切なモノを失う兆し”、だって?」

 参考書をめくりかけた手が一瞬止まった。
 そのまま先に進めない。

「ふふ、えっとラッキーアイテムは…」

「読み上げなくていい」

 僕は雑誌のページにバンと手を置いた。

「ええー?いいの?」

 頬杖をついて僕を見つめる彼女の笑顔が、胸をざわつかせた。

「…いい。つーか、早くカバン持ってきたら。もう帰るし」

 そう言うとパァっと目を輝かせ、「分かった!」と自習室を足早に出て行った。

 その背中を見届け、僕は指の隙間から雑誌の細かな字を確認した。

《ラッキーアイテム…クレープ》

 ーー今に信じたくなるよ?

「…アホらしい」

 僕は立ち上がると、参考書とノート。
 それからファッション雑誌をリュックに詰め込んだ。

 自習室を出ると彼女がカバンを持って走ってきた。

「コウちゃん!お待たせ」

 僕の腕に絡みつこうとする彼女を、引き離した。

「暑いって」

「えぇ。いいじゃん」

 また、花の香りが鼻をかすめる。

「なぁ」

「ん?」

 夕陽で彼女の髪が茶色く輝く。

「何か甘いもん食って帰ろ」

 彼女は少し驚いた顔をして、嬉しそうに笑った。


 別に、そういう気分だっただけ。

 …それだけだ。