クロスケと呼ぶには

「今日は、ちゃんと準備して出るからね。」
「…ありさがいいなら」

珍しく素直だった。
 前回の外出大事件のあと、クロスケは外に出ることに少し慎重になっていた。
まあ、商店街で追いかけ回されたら普通そうなるか。

「今回は大丈夫。ちゃんと“人間っぽく”するから!」
「…できるの?」
「やるの!」

怪しんでるクロスケを押し切って言い切った私が取り出したのは、昨日の帰りにショッピングモールで買ってきた一式だ。
シンプルな水色のパーカーにデニム、スニーカーだ。初めに着ていた黒パーカーもクロスケに似合っていて良かったのだが、毎日同じ味だと飽きてしまう、というありきたりな言い分で水色へと変えてみた。

「あとはこれ!」
「…またそれ。」

私が差し出したのは、白いネコ耳の形をしたニット帽。しかしクロスケは露骨に嫌そうな顔をする。

「耳、隠さないとダメだから。」
「むずむずする…。」
「我慢!」

半ば強引に被せると、猫耳を象った帽子の中で耳がもぞもぞ動いている。
…ちょっと可愛い、かも。

「あと尻尾はここに入れてね。」
「またそれ。」
「またそれです!」

なんとか準備を整え鏡の前に立たせると――

「……。」
クロスケが自分の姿をじっと見つめた。

「どう?」
「……変。」
「変じゃない!それが普通だから!」
「ありさと違う…。」
「そりゃ男女だからね!?」
 
思わずツッコんでしまった。

(…ちゃんと人間に見える、よね?)

そういう帽子だと思っておけば耳も見えないし、しっぽも隠れてる。これなら、たぶん大丈夫。

「よし、行こっか。」
「…うん。」

少しだけ緊張した面持ちで、クロスケは頷いた。


 外に出ると、クロスケはぴたりと私の横にくっついている。なぜだ、ていうか。

「近い。」
「…。」
「近いってば。」
「………。」

無言で袖をつかんでくるクロスケは離れる気配がない。しかしこのままでは少し歩きにくい…。

「ちょっと。」
「……人、多い…。」
「まあ、商店街だからね。」

前回のトラウマがあるのか、完全に警戒モード。
でも今回は誰も騒がない。
理由は簡単、普通の“人間の男の子”にしか見えていないからだ。

「ほら、大丈夫でしょ?」
「うん…。」

クロスケが安心したのを感じ少しだけ力が抜ける。そのまま、ゆっくり歩き出した。

「…いい匂い。」
最初に反応したのは、それだった。

「たい焼き屋さんだね。」
「これ、食べれるの…?」
「食べれるよ?」
「……。」

初めて見るであろうたい焼きをじっと見つめる。
これは完全に欲しがってる顔だ。

「買う?」
「いいの…?」
「いいよ。」

お店のおじさんにお金を渡し手に入れたたい焼きを渡すと、クロスケは少しだけ戸惑っていたがゆっくりと食べ始めたが――

「……あつっ!?」
「そりゃ焼きたてだから!」

あぁ、焼きたてとはいえ猫だから猫舌なのか。
変に納得しながら見ていると、クロスケは熱がりながらもはふはふしながら食べ始める。

「……おいしい。」
「でしょ!」

その表情があまりにも素直で思わず笑ってしまう。

「ありさも食べる?」
「いいの?」
「うん。」

差し出されるたい焼き。
ちょっとかじられてるけど。

「じゃあ一口だけ。」

ぱくっと食べる。クロスケが気になっていたので、味はカスタードクリームにした。
今更だが、人間の姿になってるときは人間の食べ物を口にしても問題はないようだ。

「ほんとだ、美味しい!」
「……ありさが食べたとこ。」
「そこ!?」

慌てて返すと、クロスケは気にせずそのまま食べた。なんか、変に意識してるの私だけ…?



 少し歩いた先。
雑貨屋の前で、クロスケが足を止めた。

「これ…。」
「ん?」

指差した先には小さな黒猫のキーホルダー。
ころんとしたフォルムで、ちょっと間の抜けた顔。

「…似てる。」
「どこが…?」
「黒い。」
「それだけ!?」

そう言いながらも、なんとなく気持ちはわかる。

「欲しいの?」

そう聞けば少しだけ迷って、こくりと頷く。

「じゃあ買おっか?」

キーホルダーの会計中、クロスケはもどかしそうに有紗に言った。

「……ありさ。」
「ん〜?」
「ありがとう…。」

袖口をつままれながら小さく言われ、なんだか少しだけ胸がくすぐったくなった。





 軽く買い物を終えた帰り道、夕焼けが少しだけ差し込んでいた。

「…楽しかった。」
「それはそれは、楽しんでもらえて何よりです。」
「前より怖くなかった、気がする。」
「バレないようにちゃんと準備したからね。」
「違う、ありさがいたから。」
「…。」

また、それだ。クロスケは平気で恥ずかしいことをさらっと言う。こっちはドキドキしてしまうっていうのに。
そんなことを考えていると、今や日常となったように名前を呼ばれ返事をする。

「また、来たい。」
「…そんなの、良いに決まってる。」

自然に答えていた。
その瞬間、クロスケの顔が少しだけ明るくなる。

「……約束。」
「うん、約束。」
そう言うとクロスケに小さく指を差し出される。

「え?」
「…約束。」
「指切りってやつ?」
「たぶん…?」
「どこで覚えたの…?」

苦笑しながらも小指を絡める。
その距離は、やっぱり近い。でも、

(……悪くない)

そう思ってしまう自分がいる。
ただのお出かけのはずだったのに。

気づけば、少しだけ特別な時間になっていた。