「……俺はお前がいないのに卒業したよ」
静かな冬弥の声。
『居るよ』
風が止んだ事で聞こえるのは賑やかな卒業生達の声だ。
体が熱い。
黒い文様が浮かび上がっているのが分かる。それでも、頭だけは冴えている。
『俺は、ずっと側に居ただろ?』
「……ふふ、そうだったな。」
フェンスに寄りかかる冬弥に抱きついた遥陽。
何故か少し、震えている?
あれ、遥陽の体ってこんなに冷たかったっけ。
あれ、遥陽の心臓って動いていなかったっけ。
でも、まぁ……
何を不安がる必要がある?
『俺……まだ、冬弥とここにーーー』
「遥陽」
段々と小さくなった遥陽の声。
それを辞めさせた冬弥は優しく遥陽を抱きしめた。
幾分も大きな体は小さ目の遥陽を軽く包んでしまう。
冬弥は心から幸せそうに笑うと、遥陽の頭にキスをした。愛しさを込めたキス。告白の言葉は無い。遥陽は顔をあげようとするが、冬弥の言葉に目を見開いた。
幼少期のあの日々みたいな、明日も遊ぼうねと別れたあの時の優しくて、あたたかな、そんな言葉。
「また、あしたな……遥陽」
ぐちゅ、ぐちゃ……くちゃ……ーーーーじゅ、ぐちっ
「……それが、お前の選択なんだな、冬弥。」
全身を黒い呪詛で染め上げた遥陽……いいや、「怪異」が冬弥の体を喰らい続ける姿に言葉を失ったまま立ち尽くした篠宮はスラリと抜いた細身の刀を構えた。
怪異は篠宮の存在に気が付き凶暴な牙を剥いて襲いかかってくる。10年、冬弥の中で封じられていたあの神社で取り込んだ神様の怪異が解放された。あの時より大きさは縮んでいるとはいえその脅威は計り知れない。それでも、篠宮は「いつも通り」に怪異に向き合い、そして
一筋の閃光が怪異の体を貫き、やがて黒い呪詛の文字が、ガラスが砕けるように散った。
媒体だった遥陽の体が大きく揺れた瞬間、獣のような咆哮の後、呆気なく消滅。
この10年が、終焉を迎えた瞬間だ。
この場に残った篠宮は、冬弥の亡骸に近寄る。
顔の半分は食われた。頭、顔、首、肩と無惨な姿になってしまっていたが、体に刻まれた黒い文様は無いし、それに……それに……
「そんな、いい顔で……寝てんじゃねぇよ……この、親不孝者がっーーー」
残った半分の顔に優しく、静かに触れて足元から崩れた篠宮が肩を震わせた。
冬弥と遥陽の事は弟のようでもあり、息子の様にも思っていた。篠宮に親はいない。それでも、このふたりが幸せであればいいと願い、あの日冬弥と遥陽を守る為に受け入れた。共に戦ってきた10年。嫌な予感は度々していた。それでも、ふたりならと思っていた矢先。
虫の知らせで駆け付けたらこれだ。
ー……最期まで心配をかけさせやがって。
駆けつけてきた黒瀬や仁はその姿に言葉を失う。
数十年ぶりに涙を流した篠宮は、そっと前を見ると、言葉を失いながら目を見開いた。
グズグズと黒い炎に焼かれて行く冬弥の体を愛しそうに抱きしめながら消えていく遥陽があったからだ。
ボロボロと更に涙を流した。
ー……あぁ、全部連れていく気なんだな。
遥陽はまるでこの場の全員にお礼を告げるように頭を下げると、優しく微笑んで黒い炎の中で冬弥と共に消えていった。
同時に二人を失った喪失感。
アレだけ飛び散った肉片や血液さえそこにはなく、篠宮についた冬弥の血も無い。遥陽は全てを持っていった。
それでも、冬弥と遥陽は確かにあの瞬間だけはあの日の続きを過ごしていた。
春風に乗って何処までも自由に走り続ける。
冬弥の悪夢は醒めた。
『また明日』
それは、さようならの言葉では無い。
〜終〜
