また明日


禁術――魂魄縫合。

それは、本来人が触れていい術ではない。
死者の魂を繋ぎ止め、肉体を維持する。
その代償は、術者自身。冬弥は、自らの身体へ呪詛を取り込み、遥陽をこの世へ縫い留めた。

「お前は、自分が何をしたのか分かっているのか!」
神社での一件の後、篠宮と黒瀬だけに全てを打ち明けた冬弥は何も後悔していないと言いたげな顔で病室のベッドで起き上がっていた。
横に眠るのは冬弥の、術式で、眠り続ける遥陽。
脈拍や血圧等一見普通の人間だが、人ではない。

「分かっているからこそ、俺を使ったんだ。」
篠宮は帳が上がった瞬間中に入り冬弥と遥陽を探したら、そこは言葉を失うような光景が広がっていた。
手をつなぎながら意識を失う二人は、雪が真っ赤に染まり上がる程の血の海の中心にいたのだ。ただ、2人に外傷はない。本当にただ眠っているように思える。だけど、その血の海の中に散らばるように広がった何かが書かれた護符を見て言葉を失う。いいや、冬弥の体に刻まれてしまった文様を見て絶望するのだ。

「……お前は、遥陽の命だけでなく、自分自身の命をもてあそんでいるんだぞ!」
篠宮の怒声も理解はできる。
あの時確かに遥陽は死んだ。でも、冬弥はそれが許せなかった。だからこそ
「……10年だ。」
「は?」
「この術が維持できるのが10年。それ迄に俺はこの術式を完全に俺のものにしてみせる。」
その揺るぎない視線に篠宮は言葉を失った。
今すぐにでも解呪させようとしたのに、あろう事か物にするだと?
「そんな事、俺がーーー」
「篠宮。もう、大切な人を亡くしたくないんだ。」
「……っ!」
悲痛な顔の冬弥は、「あんな絶望、耐えられないよ」と心臓を抑える。その気持ちは痛いほど理解ができる。だって、篠宮も自分の唯一無二を亡くしている。

「……10年。」
「……?」
「お前がもし、その力を物に出来なかったら俺が強制的に解呪する。」
「……うん」
篠宮は病室を出る間際、「明日から俺の所に来い」と伝えた。
離れを出て篠宮の管理するマンションへ引っ越す事が決まった。小学校中学校高校と保証人は、篠宮になる。


冬弥は息を吐くと、隣のベッドで横になる遥陽に出来る限り近寄り寝顔を見下ろした。静かだ。まるで、死んでいるような……いいや

「遥陽は生きている。これからもずっと、俺の近くで」

まるでドロリとした物が流れるように、冬弥は微笑んだ。この日から10年。17歳の冬弥に残された時間は、残りーーーーーー




全ての過去を見終えた。
病室から移動し、全てが始まった境内で立ち尽くす二人。空から舞うように雪が降ってきた。

冬弥は隣に立つ遥陽を見下ろす。
「……遥陽」
『ほんと、無茶したよね。冬弥。』
遥陽は苦笑いをすると、冬弥を見上げる。
顔を合わせて無邪気に笑うと、遥陽は目を細めた。
『冬弥、夢はいつか醒めるんだよ。雪が溶けて桜が咲くように。』
「……ああ。」
雪が音も無く全てをおおっていく。

『……だから、』
遥陽はそっと灰色の空を見あげた。
『もぅ、起きなよ。』
少しずつ空が見えてきた。それでもまだ鈍色だ、
『みんな、待ってるよ?』
「……遥陽」
穏やかな遥陽の声。
冬弥は何も言わない。いいや、言えなかった。
言ってしまったら、終わってしまうから。
遥陽はそんな冬弥を見ると困った様に笑う。

『ほんっと、冬弥って不器用だよねぇ。』
「……うるさい」
『ははは』
小さく笑う遥陽
『でも、そういう所が……大好きだったよ。』
胸が、痛んだ。
遥陽は振り続ける雪に手を伸ばす。
『冬弥さ、いっぱい頑張ったね』
その言葉に、冬弥の呼吸が止まる。
『ずっと独りで、苦しかったろ?』
「別に……」
『嘘。』
即答。
遥陽は少しだけ目を細めると、腕を下ろした。
『だって、冬弥は泣くの下手だもん。』
冬弥は俯いたまま上が見れない。
そんな姿を見つめながら静かに笑う。
『でもさ、もう、俺は大丈夫だよ』
「……何が?」
震える声を誤魔化して言えたのは、たった一言。

『そろそろ、自分の心に素直になっても良いんじゃないの?』
「……。」
その言葉に冬弥は目を伏せる。
ずっと、見ないフリをしてきた。失う事も、苦しい事も、寂しい事も、全部を押し殺して来たのだ。
『冬弥はいつも頑張りすぎなんだよ』
「そんな事、ないよ。遥陽の方が、ずっとーーー」
『いいや、有るよ。俺、お前の傍でずっと、見てきたから。』
「……っ!」
小さく笑った遥陽の声の後、サァと暖かな風が境内の先にある鳥居の方から流れた。
雪がじわじわと溶けて、境内の木々を淡い色へと替えていく。

まるで、春を迎えるように……

『時間だよ』
冬弥の喉が小さく鳴った。
手足を動かそうにも縫い付けられたように動かない。まだ、ここに居たい。愛しい人のそばにいたい!

『俺、待てるよ』
遥陽が冬弥に近寄ってきた。
足音はない。
『約束、したろ?』
あの日、暖かな場所で。

「そうだな……」
冬弥は泣くのを耐えるように拳を握ると、真っ直ぐと遥陽を見た。

きっと、コレが本当の……最期

「そうだったな、遥陽……」

その声は、泣きそうなくらい優しかった。