一人静かに離れた所でこれを見ていた高校生の冬弥は、今にも叫び出したい衝動に駆られていた。
いくら叫んでも、何をしてもこの世界を変えることは出来ない。
だって、ここはあくまで過去であり冬弥の見ている夢の中。だから、例えこの先何が起こっても今の冬弥に「何か」をする事は出来ないのは頭では分かっているのだが「駄目だ」「今すぐ遥陽を帰してくれ」と心臓が早鐘を打った。
目の前で行われているのは、過去の世界の戦闘。
篠宮は冬弥と遥陽を守りながら、それでも冬弥は遅れを取らずに怪異を次々と倒していく。
遥陽は約束通り篠宮のそばにいる。
「……はる、はるひ……遥陽っ!!」
手を伸ばしても自分の手は幼い遥陽の体をすり抜けるだけ。自分が攻撃されているように全てが痛い。
いいや、心が痛い。
「もう、やめて……やめてくれっ!!」
冬弥が一際大きく叫んだ瞬間、音が無くなった。
『はは、泣き虫になったなぁ、冬弥』
「…………はる、ひ」
聞こえてきた「声」にそっと顔をあげる。
ありえない。そんなこと、絶対に……だけど、全身が訴える。もつれながら立ち上がり走る。
いつの間にか綺麗になっている境内。雪が積もり世界を白銀に染めていた。
「遥陽っ!」
『ん、冬弥……久しぶり』
目の前で止まり、その笑顔を見た時、ボタボタと流れたのは冬弥の涙。両手を広げて待つ遥陽に、1歩の距離を縮めてその身体を抱きしめた。
温度が、無い。心臓が……動いてない。それでも
「遥陽」
『はいはい、遥陽だよ』
「……遥陽っ」
『んー、どうしたぁ?』
「……ごめん」
『なんで、謝るの?』
「ごめん、遥陽……ごめんっ」
更に力を込めると、ポンポンと背中を叩かれた。
「お前を……守れなくて、ごめんっ!」
心が引き裂かれてしまいそうだ。声を押し殺し嗚咽を零す。遥陽はそんな冬弥に目を見開いたあと、『はは』と困った様に笑いながらポンポンを続ける。
『……冬弥はちゃんと守ってくれたよ。』
そっと空を、何も無い空を見あげた遥陽。
『俺が、約束を守れなかったのが悪い。』
あの時、篠宮の静止を振り切って前へ出た。
『俺が、弱かったのがいけない。』
あの時、自分が出した術は怪異の隙さえつけなかった。
『だから、お前はなーーんにも、悪くない。』
過去を振り返りながらもどこか他人事の様に、でも、まるで母親のように、諭すように、安心させるように告げる。
「……でもっ!!」
冬弥の声が掠れていることにまたまた苦笑い。
こんなにも感情を大きく揺れ動かすのは良くも悪くも遥陽が原因。
だからこそ、遥陽は言う。
『それに、俺はこれっぽっちも後悔してないよ?』
例え、冬弥にとって傷を抉るような言葉でも。
ここは冬弥の過去の世界。これは、既に起こった事だ。
『だって、友達を守れたんだ。俺、かっこいい男になれただろ?』
体を離して笑った。
ボタボタと更に大粒の涙が冬弥から溢れる。
雪が、全てを包んで隠すように。
過去の世界も、血で塗り替えられていた。
神社の境内や社に居る怪異をあらかた倒し終えて後は一番の本体を消滅させるだけとなった時、冬弥はあちこちに張り巡らしていた術の疲弊が影響し、戦闘中に膝を着いてしまった。同時展開は生まれて初めて。あと少しで完全に扱えると思っていたその油断。
篠宮が急いで防御結界を作ろうとするが、怪異の脅威が目前まで迫っている事に気がついて、冬弥はすぐさま短刀を持ち攻撃の姿勢を取ろうとした瞬間、横から割って入ってきた影に目を見開いた。
まるで、世界がスローモーションの様に動き、真っ赤な花を開花させた。いいや、花なんかでは無い。これは夥しい程の血だ……誰の?
「……はる、ひ?」
「……っぐ、がはっ!!…………っとう、や……ぜぇ、はぁ……ぶじ?」
怪異が遥陽の抉れた腹部から中に入って侵食を始めた。
体がボキ、バキと嫌な音を鳴らせると同時に遥陽の悲鳴が上がる。変な方向に曲がる手足、首が周り目が血走り、ボタボタと止めどない血を流し続け、こちらを見下ろした
『とう、やぁあ、ぶじ、だいじょウぶ?痛い、イタイ?いたいイタイ痛い!イタイィいいいいいい!!助けてぇえええええええェエえ!』
『……とうや、おれ、ぼく、わたし、きみは?…………きゃははははは!』
最早何を言っているのか分からない。
様々な怪異が遥陽の体を支配した。
半分だけ真っ黒に染まった遥陽を見あげ、手を伸ばしていたのをすぐさま篠宮が回収して下がる。
「しっかりしろ、冬弥!アレはもう遥陽じゃない!!あれはもう、怪異だ!」
篠宮の怒声に冬弥は言葉を失った。いま、なんて言った?冬弥はずっと遥陽を見続ける。いいや、ぐにゃぐにゃと動き、何かが蠢いている遥陽だったものを見ている。
「いやだ……離して……篠宮、遥陽がっ!」
暴れる冬弥。篠宮は冬弥を睨み手を振りかざして頬を叩く。乾いた音が響き、冬弥は頬を抑えて目の前の篠宮を見上げた。
「冬弥、現実を見ろ!」
「げん、じつ」
肩を揺さぶられ、篠宮の言葉通り遥陽を見ると、既に体の半分以上が怪異に侵されていた。それでも……
「あれは……はるひだよ、しのみや。」
例え手足がおかしな方向を向いていても、首が曲がっていても、何重にも聞こえる声だったとしても。
冬弥には、「アレ」が遥陽に見えていた。
「だって、はるひは……まだ、いきてるだろ?」
