「ギリギリじゃねぇか」
煙が静かに流れていく。
冷たさを残すその目が冬弥とその後ろの遥陽を写すと、フッと笑う。
「もう少し余裕持てよ。無理すんな」
「……あんたが呼んだんだろ?」
「違いねぇな」
篠宮が立ち上がり吸い殻をケースにしまい、庭から視線を外す。
指先だけで、軽く招いた。
「……ついてこい」
揺れたピアスが、かすかに光る。
奥の廊下を少し進んだ所にある襖の手前で、わずかに足を止める。
柱の脇に、木製の札が掛けられている。濃い木の色。墨で書かれた「統制課」の文字。不要な飾りはない。ただ、それだけで、この場所を示すには十分だった。
篠宮が襖に手をかけ静かに引いた。音もなく、襖が横へ滑る。
中へ足を踏み入れる三人。空気がわずかに変わる。先ほどまでの静けさとは違う。人の気配。
数人の職員が、それぞれの机に向かっている。薄く光るモニターと、話し声は抑えられる。
控えめな打鍵音と紙の擦れる音が、それに重なる。迷わず真ん中を歩く篠宮。冬弥や遥陽にはすれ違っても、誰も声をかけない。視線だけが、わずかに逸れるだけ。
奥の執務机に進むと、その傍らに一人の男が立っていた。頭一つ分、高い。黒いスーツ。無駄のない立ち姿。
半身のまま、視線だけがこちらを捉えている。
髪は後ろへ撫でつけられ、一切の乱れがない。
髪も、瞳も黒い。光を吸い込むような、冷たい色。
だが、片耳。右側にだけ、小さなピアスがあり、紫の石がわずかに光を弾くのが、唯一の色を持つ。
ほんのわずかに、顎を引く。
たったそれだけの動作。それで十分だった。冬弥も少しだけ会釈するだけ。
この男の名は、黒瀬鳴海。
篠宮の側近として動く男だ。余計な言葉はない。ただ、そこに立っているだけで、場が締まる。
「千景、書類です」
椅子に座るまで待ち、差し出された書類を篠宮が受け取る。
「ん? あぁ、この前の……ありがとな、鳴海」
黒瀬は短く頷いた。それ以上の会話はない。だが、それで足りている。
頭を下げて通り過ぎる黒瀬。冬弥の斜め前で一度止まると、そっと頭を下げてから自分の席へ戻る。
「そういや」
徐に口を開いた篠宮
「一緒に住み始めて、どれくらいだっけ」
「……高校入ってからだ」
少し悩んでから冬弥が答えると、背もたれに深く寄りかかりながら首を傾げる。
「へぇ。どうだ、暮らし」
「別に、変わらないよ」
冬弥の少し砕けた話し方。少しだけ間が空く。篠宮は、それをそのまま受け取り「そっか」と、小さく笑った。
「篠宮、これ。昨日のだ。」
差し出された書類を受け取る。
「ああ、ありがとな」
学校に現れた怪異の報告書。ゲームセンターの太鼓のゲームで勝敗を決めたあれだ。
相変わらず整った字。乱れもなく見本のように美しい。
ふと、手が止まり、引き出しを開けると、中から一枚の書類を取り出した。
「ハル」
冬弥の後ろでビクッ!と肩を揺らせた。
「おい、この前の報告書」
「……な、なんの事だよ」
そっと机の上に載せた報告書を見た冬弥の頬が少し引き攣った。
「誤字多すぎ。なんだ?これは、小学生の日記か?」
あまりの字の汚さにため息が出る。
「やり直しだ。」
「は、はぁぁ!?」
