目の前に有る山の地図を頼りに、正確な位置に札を貼り終わった頃には日が沈んでいた。
軽食を済ませた頃、短刀に触れていた冬弥が車から出てくると二人を見あげ「ここからは私一人で行きます」と言った事により、篠宮が睨みをきかせる。
「ここまで手伝わせて後はひとりで?冗談だろ」
「お2人には余計な介入が無いように見てほしいんです。」
視線は少し遠くへ注がれ、2人が同じように見ると、人影がいくつか見えた。杜撰な尾行。此方を完全に子供だと侮っている。小さく「ああ」と口を開く篠宮だが、ひとりで行かせることに納得した訳ではない。それを察知した黒瀬は、自分の得物を手に取った。
「なら、俺が残ろう。」
「鳴海」
「俺がここにいれば、アレらは近寄ることはできないだろ」
アメジストのピアスがキラリと光を放ち、冬弥達から離れると、階段の前に座った途端、黒瀬の姿がぼやけて見えるのは術をかけたから。これで一般人も認識はできない。
「行くぞ、冬弥」
「……うん。」
薄暗くなった階段。街灯なんてものは意味をなさずに手持ちの懐中電灯を頼りに階段を登り切ると、昼間よりも濃くなった怪異の気配にさすがの篠宮も気がついた。
「……本体は社の奥の拝殿。昼間は姿を隠していたが、見た目よりも数倍の大きさが有るはずだ。……集まってるね。」
「なるほど?……ことろで冬弥。アレはどうする?」
「あれ?」
篠宮が顎を動かした先、ガサッと草むらが揺れた。
冬弥が「まさか」と口にすると、恐る恐る出てきたのは罰が悪そうな顔の遥陽。
「な、なんで!」
慌てて近寄り、少し冷えた手を引いて自身と篠宮の間に立たせる。ふわりとヴェールが一瞬揺れて見えなくなった。これで守れる。ここは冬弥の結界内部だ。
青白くなった冬弥の顔に、事の重大さが分かる遥陽。
二人を見てなるほどと目を細めた篠宮。
「ごめん……ここ、家が近くて……昼間、冬弥達が見えて、それで……」
「ずっと、ついてたのか」
「……ん。」
冬弥は深く息を吐く。
「篠宮、今すぐ遥陽をーーー」
「いやだ!」
「遥陽!」
冬弥の初めて聞く様な大きな声が空気を裂く。その強い声音に篠宮さえ驚くが、口を出さずに見守る。
「お、俺は冬弥の友達だよ!」
負けじと訴える遥陽も声を大きくした。
「友達を助けられなかったら、俺はかっこいい男になれない!」
冬弥の呼吸が僅かに揺れた。
ドッドッと心臓が嫌な早鐘を打つ。
「遥陽は……遥陽は、とっくに俺を救った。十分にかっこいい男だよ。」
1歩近寄る。
「でも、ここは駄目だ。お願いだから篠宮とーー」
静かに、だけど切実に頼む。
「冬弥が心配なんだ!」
なんとしてでも帰らせようとする冬弥が遥陽の肩を掴もうとするが、遥陽の叫びに止まった。
「冬弥が強いって事、偉いって事、全部知ってるよ。」
震えて泣きそうになりながらも訴える遥陽にグッと拳を握った。
「俺はまだまだ弱いし、何も出来ないけど、ずっと一緒にいたい!」
今度は遥陽から1歩近寄り、冬弥の肩を掴む。
「冬弥の側で力になりたいんだ。絶対に邪魔しない。約束する!だからっ……そばにいさせてよ。」
トンと肩におでこを乗せた。
恐怖に歪ませた顔の冬弥は何も言えない。ここに遥陽がいるとは思わかなった。今すぐに帰らせたい。これは本心。だけど、それよりもこの温もりを離したくないと思った。ずっと、そばにいて欲しいと思った。
そのまま抱き締める為に上げた手を止めて、ダランと手を下げるのをずっと見ていたのは篠宮は「遥陽」と呼ぶと、ソッと離れた。
「……。」
その場でしゃがみ遥陽と目線を合わせる。
「その覚悟は本物か?」
「……?」
遥陽は息を飲む。
「中途半端な気持ちなら、ここで帰れ。」
真剣な眼差し。遥陽は首を横に振った。
「この先は、一緒にいたいだけで立てる場所じゃない」
静かな篠宮は諭す様に話す。
「冬弥と同じものを見る覚悟はあるか?」
ビクッと視線を反らせたのは冬弥だった。
少しだけ俯いた遥陽だが
「……うん。」
迷わずに答えた。
「だって、俺……」
パッと後ろを向いて氷のように冷たい冬弥の手を取って自分の熱を分けるように強く握る。
「俺、冬弥の友達だもん!」
まるでひまわりの様な笑顔だ。
冬弥は泣きそうな顔をするとそっと頷いた。
篠宮は立ち上がると、二人の頭を撫でてやる。
「よし。」
不思議そうな少年達に笑う。
「お前達、俺の傍を離れるんじゃねぇぞ?」
「は?」
「お兄さん?」
篠宮が静かに2人の後ろを見る。社の濃い気配が強くなった。
「勝手に死なれても困るからなぁ」
篠宮の言葉に冬弥は集中し、短刀を手に持った。
砂時計をひっくり返した音がした。
