書斎から出た冬弥は、指示書を握りながら母屋を後にした。
こちらを見る兄の視線を無視してそのまま離れに向かうと、玄関先で此方に気がついた遥陽がブンブン手を振りながら花咲く笑顔で梅野と共に「おかえり」を言ってくれた。一気に氷の様な心が溶かされ、ふわりと笑う冬弥は目を細め「ただいま」を告げる。
ー……ここが私の帰る場所だ。
夕食時
「梅野さん。」
「はい、何でしょう坊ちゃん」
遥陽と出会った日から2人の関係も変わった。
まずは三食の食事を共に摂るようになった事。
朝の挨拶等をするようになった事。
自室に籠らず居間にも居るようになった事。
天気のいい日は外に出る事。
他にも会話が増えたりと、普通の人みたいな生活が出来るようになり、少しずつではあるが、冬弥の壁も薄れて来ているのは梅野にも分かった。
「当主から怪異の討伐命令がある。明後日出掛けるから遥陽には言わないで貰えるかな」
「ですが、坊ちゃん……」
「私の力は他とは違う。きっと、遥陽は私を見て幻滅してしまう。だから……お願いします。」
冬弥は自信なさげに笑うと、梅野は視線を下げた。
主人である冬弥の願いは叶えたい。だけど……
「遥陽様は、他の有象無象とは違います。きっと、坊ちゃんを否定するような事はなされないと梅野は思います。」
「そうだね、遥陽はきっと否定しない。これは、私の覚悟の問題だ。だから……」
「……かしこまりました」
「ありがとう、梅野さん」
目の前の少年はいつだって自分を曝け出す事はしない。きっと、遥陽に幻滅でもされたらもう二度と立ち直れない位に心を許し、縋っている。
梅野は非戦闘員。怪異と戦う事は出来ない。
だから、彼に寄り添う事は出来ても共感は出来ない。
梅野は1度だけ見た怪異と戦う冬弥の姿は美しくも恐ろしいと思った。大人を凌ぐ程の霊力の高さ、一撃で仕留める俊敏さ、多勢に無勢だとしても引かない精神。
きっと、冬弥は
「私は、戦う為だけに生まれたのだろうからね。」
「え、冬弥明日いないの!?」
次の日の昼下がりに冬弥の元へ訪れた遥陽は冬弥から直々に「明日は出かけるから」と聞いて大きな声を出していた。
「うん。明後日は居るよ。だからーー」
「どこ行くの!何するの!だれといくの〜〜!?」
「ちょ、近っ!遥陽、近いよ」
ドアップに遥陽の顔。仰け反りながら頬に集まった熱を誤魔化す為に視線を逸らしたら、遥陽が「俺も行く!」と言い出した。
「……は?だ、駄目だよ。」
慌てて正面を見た。
「なんでよ!俺も行くもん!」
ぷぅと頬を膨らませる遥陽。
「明後日には会えるから、だからーー」
「いやだ!」
「遥陽……」
大きな声でいやだ。と言った遥陽に冬弥は胸が痛んだ。
「だって、俺は一回も冬弥とお出かけしたことない。」
「……え」
てっきりお出かけしたいから嫌だと言っているのかと思った。
「俺も、冬弥とどっかに遊びに行きたいよ。」
幾らここで会えるからと言っても、長い間この場でしか遊べない事に不満が溜まっていたのだろう。相当、無理をさせてしまった。
「……ごめん、遥陽」
「……。」
遥陽は目を潤ませ「俺も、ごめんね」と下を向いてしまった。
「でも……」
「……?」
「いつか絶対、二人だけで遊びに行こう。」
「冬弥?」
遥陽の手を握り強い視線を向けた。
「今は無理でも、いつか、絶対。」
「……うん!」
頷く遥陽も何処か納得していない顔だが、コツンと当たったおでこに目を開けた。冬弥の長いまつ毛が、息が近い。冷たい指先に自分の熱い手を絡めた。
「遥陽、それまで待ってて。」
「……ん。わかった。俺、待てるよ。」
そのまま目を閉じた冬弥に習って遥陽も目を閉じる。
ー……いつか、私の全てを話せる日まで。
