定例会の日より少し。
いつも通りの日常を過ごしていた冬弥は、何故か時計や庭を見る頻度が増えていた。
それに気がついていた梅野であっても、それを冬弥に言う事は許されていない。
何故なら、突き放す選択をしたのが冬弥自身だからだ。
「……ふぅ。」
本を読んでいてもなかなか集中出来ずにいた為、気晴らしに庭を歩こうと立ち上がり部屋を出た。夏の終わりも近く、秋風が頬を撫でた。羽織を持ってきてよかったと縁側で座った時、あれ。と首を傾げた。
「……あんな所に花なんて咲いていたかな」
草履を履いて庭の花壇の前でしゃがむ。そこにはコスモスが風に揺れていた。
静かに呟いた冬弥は「若様」と後ろから声がした事で立ち上がらずに少しだけ首を動かし声のした方を見ると、縁側で座っていた梅野を見つける。
「それは、月待遥陽様が植えて行った物ですよ。」
「……なぜ」
「若様に元気になって欲しかったそうです。」
梅野は優しく微笑みながら、少しだけ前を語る。
初めて遥陽がこの家に来た時、庭に花なんて一輪も咲いていなかった。その庭を見て遥陽は「お花が無いね」と梅野に言った。梅野自身ここを勝手に弄ってはいけない為、冬弥の許可が必要だと言ったら、遥陽はその場で冬弥の部屋に行き許可を貰ってきたという。
後日、遥陽がコスモスの苗を持って来た。冬弥に会う前の少しの時間、二人は花壇に花を植えて過ごす。それが何日も何日も続いた。
冬弥は縁側の前の廊下を歩く時庭を見る事はしないから、ずっと気が付かずに居たのだ。
そして、遥陽は部屋で一人ぼっちで本を読んでいる冬弥を笑顔にさせたかった。
大きな家で親と共に居ないのを、子供ながらに変だと感じていたに違いない。
「……余計な事を。」
「申し訳ございません、若様。ですが、どうか……その花だけは摘み取らないよう、お願いします。」
梅野はその場で座礼すると、冬弥に頼む。
「私は、ここを出たら帰る場所はもう、有りません。息を殺して影のように過ごす以外の方法が分かりません。当主様より命じられたあの日からずっと、若様から出ていけと言われないように務めてまいりましたが、それは間違いでした。」
梅野が顔を上げると、眉を下げて「若様、いいえ、坊ちゃん」と口にする。
「この場所に、この家に居る時だけは「御影」で無くてもよろしいのです。」
「……??」
「坊ちゃんは「御影の次期当主」で有るよりも前に、1人の人間です。」
さぁと一際強い風が吹いた。今の今まで誰かにそんな事を言われた記憶はない。
冬弥はこの世に生まれ落ちたその時から次期当主になると言われていた。それは、素質があったからだ。
長男、長女を差し置いてその席に居ることは幼いながらに重圧で、考え方等が誰よりも早く大人になってしまったのは、もはや必然だった。
梅野も、初めこそ数多く存在する使用人の内の1人に過ぎなかった。何故選ばれたのかは分からない。それでも、次期当主様の唯一の使用人に選ばれたからにはそれを命を賭して守らねばならない任務だった。
「……私は」
「すぐにそういう考えになるのは厳しいと思いますが、どうか、忘れないでください。この花を植えていた時の遥陽様はずっと、坊ちゃんの事を考えていました。もちろん私も。この場には、坊ちゃんを害する人間はおりません。」
梅野の初めて見た笑顔。
冬弥は不可解なものを見るように目を瞬かせた。
知らない。そんなもの、知らない。だけど、何故だろう
ー……私は今、心から月待遥陽に会いたいと思う。
